3-3.


 メイリンに取ってロンと言う人物は、心から尊敬できる兄であった。

 ロンは少々自己中心的ではあるが概ね善人と言える性質の人間であり、彼は少し年の離れた妹を非常に可愛がった。

 兄妹は裕福な家庭で生まれ育ち、その家柄に相応しい高度な教育を課せられていた。

 その英才教育の成果が出たようで、ロンは天才とは言えない物の優秀に部類される立ち位置の人間と言える。

 恐らく何も無ければロンはそのまま家業に携わるようになり、周囲を振り回しながらもその地位に見合う活躍が出来ただろう。

 しかしロンはそのような道を辿る事無く、どうい訳かブロスファイトと言う明後日の方向に進んでしまったのだ。


「切っ掛けは私なんです。 私がブロスファイトのファンで、そこか兄もブロスファイトに興味を持って…」

「お嬢様がロボット好きか、悪いけど変わった趣味ね」

「よく言われます…」


 そう言って困ったような笑みを浮かべるメイリンは、確かにロボットよりは花や蝶が似合いのお嬢様に見える。

 伊達メガネを外して素顔を見せたメイリンと共に、歩たちはビルの上階にある談話ペースへと来ていた。

 部屋にはテーブルと椅子のセットが衝立によって遮られながら設置されており、ある程度はプライベートに考慮した作りになっていた。

 歩たちの他にも談話スペースで仲間と雑談を交わしているグループがちらほら見え、歩たちはその中の一角に収まっている。

 聞く所によるとこのビルでの集まりは所謂オフ会にあたるイベントらしく、普段は彼らはオンライン上の仮想空間でやり取りをしているそうだ。

 今日は定期的に開かれるイベントの日、ロボット好きの趣味人たちは談話室で久方ぶりの生身での会話を楽しんでいる様子である。


「兄は私と同じくブロスファイトの虜になり、両親の反対を押し切って教習所にまで入ってしまった。 …二年で中退して、一般の大学に入り直す結果となりましたがね」

「良く親御さんがそんな我儘を許したわね。 幾ら親馬鹿と言っても大事な跡取りを…」

「ロンさんは確か三男ですよ、前に見たプロフィールにそう書いてありました

「ああ、跡取りが既に居るから、ある程度は好きに出来たのね…」

「私達は年の離れた親子なんです、孫に近い感覚なのか私達は両親から非常に可愛がって貰っていて…」


 メイリンが切っ掛けとなってブロスファイトの世界に嵌まり込んだロンは、金持ちの三男坊という気楽な立場もあって夢を追うことが許された。

 幼い頃から優秀な人間だったロンは意気揚々と教習所のパイロットコースに入り、そしてかつての歩と同じように挫折したのである。

 マルチタスク、競技用ブロスを操るために必須の才が残念ながらロンに備わっていなかったのだ。

 しかしロンは夢を諦めること無く、親の力にも借りてワーカーもどきでブロスファイトの世界に挑んで今に至ったらしい


「両親や他の兄たちは年が離れすぎていた事もあって、私は幼いころから兄にべったりでした。 兄は嫌な顔一つせずに私の相手をしてくれた、私のお願いならどんな事でも叶えてくれたんです。

 そして私たちが幼い頃、兄にこんなお願いしました。 ブロスファイトに出て、勝って欲しい、って…」

「その約束が今もロンさんを縛っていると思っているんですか? そんな事は…」

「勿論、違います。 兄は自分の意思でブロスファイトに挑んでいます、そんな幼い頃に交わした他愛な約束なんて関係は…」

「…でもあなたは、自分の約束がお兄さんを縛り付けていると感じている。 だから、お兄さんを勝たせるために、ブロスに変わるソフトを作りたかった、違うかしら?」

「…あっ!?」


 ここで話が本題である、メイリンがこの場に居た理由に繋がった。

 現実に極めて近いシミュレーション環境化で、ブロスに変わる二足歩行ロボット用のOSを作ろとする馬鹿の集まり。

 この場にメイリンが居た理由は彼らと同じくブロスに変わるOSを作りたかったのだ、競技用ブロスに選ばれなかったロンがブロスファイトに勝つために…。

 プログラミングが必修科目である今の時代、やろうと思えば幾らでもプログラミングの勉強は出来る。

 ネットの世界には此処百年の間に積み重ねられた先人たちのプログラムと言う偉大な遺産が転がっており、適正がある者にとってそれは宝の山だ。

 そしてこのお嬢様はその手の才能があったらしく、ほぼ独力でこの大人の遊び場に交じれる技術を身に付けていた。


「その様子だと、此処の事はお兄さんには隠しているわね?」

「兄は自分の力でブロスファイトに勝とうと努力していますから…」

「ロンさんを勝たせるソフトを作ろうとする行為、それはロンさんの力だけでは勝てないと侮辱していると同じ事、か…」


 メイリンは妹と言うロンに一番近い立場から、ワーカーもどきでブロスファイトに勝とうとしている兄の足掻きを目の当たりにしてきた。

 ロンは少なくともメイリンの前で決して弱みを見せる姿は無く、彼は今でも少女に取って世界で一番の兄である。

 そんな格好いい兄は世間では、ワーカーもどきでブロスファイトに挑む無謀な金持ちのバカ息子と言われている事も彼女は知っていた。

 メイリンは兄であるロンに勝って欲しいのだ、兄が本当に凄い人物だと世界に示したいのだ。

 しかしロンのためにブロスに変わるソフトを作るという行為は、兄がそのソフト無しでは勝てないと言っているような物である。

 妹としてロンの一番の味方で有りたいメイリンは、兄のためのソフト作りを兄に秘密にせざるを得なかった。

 






 メイリンの独白によって彼女がこの場に居る理由と、福屋が自分を連れてこの場に来た理由が理解できた。

 自力でブロスに変わる二足歩行ロボット用のソフトを作り上げようとする彼女は、まさに歩たちが求めていた人材であろう。

 そして歩の予想通り、メイリンの話が一区切りした所で福屋がある提案を持ち掛けたのである。


「ねぇ、メイリンさん。 多分、あなたなら私たちが此処であなたに会いに来た理由も察せられるんじゃ無い?」

「…セミオート機構を力を十全に発揮するには、兄のチームにソフトの専門家が必要です。 そして私にはそのスキルが有る…」

「多分、あなたの技術があれば、ロンチームのドラゴンビューティーは生まれ変わるわ。 お兄さんのために、セミオート機構の面倒を見てくれないかしら?」


 確かにメイリンはロンチームが必要としている人材、白馬システムチームにおける福屋と同じソフト技術者として働いて貰うには打って付けの存在である。

 ドラゴンビューティーが集めた稼働データを取捨選択して加工し、最適な動作パターンをセミオート機構に学習させておく。

 この一連の作業にはロボット関係のソフト系の技術が不可欠であり、ロンチームにはまさにメイリンのようなソフト技術が必要なのだ。

 セミオート機構の面倒を見ることでドラゴンビューティーの戦力を上げて、ロンがブロスファイトで勝つ確率を少しでも上げる。

 それはまさにメイリンが望んでいた事である筈だが、しかしメイリンは福屋の提案に対して顔を曇らせてしまう。


「セミオート機構は確かに凄いです、あれはまさしく私が求めていた兄を勝たせるためのソフトです。 けど私は兄に此処の事は…」

「あら、私はソフト技術者として、ロンチームの手伝いをして欲しいだけよ。 別に此処での事は秘密にしておくわ」

「えっ、でもそれだと私がソフト系に精通している理由が…」

「大丈夫よ、あなたがお兄さんを信じるように、お兄さんもあなたを信じているなら…」


 メイリンの懸念、それは自分がロンの力を信じきれずに兄を勝たせるソフトを求めた経緯を知られることにあった。

 自分がセミオート機構の面倒を見れるだけのスキルがあると知られば、どうやってその技術を身に着けたかを聞かれるに決っている。

 そうなればメイリンはロンに黙って、ブロスに変わるソフトを作ろとしていた兄に対する裏切り行為を告白しなければならない。

 兄の力になりたいが兄に秘密を知られなくない、苦悩するメイリンに対して福屋は実に楽しそうに彼女の悩みを解決する手段を掲示した。










 そして数日後、無事にメイリンはロンチームのソフト技術者として迎え入れられていた。

 元々ロンの応援のために頻繁にロンチームに訪れていたメイリンに取って、この場所はホームと言っていい。

 ロンだけで無くロンチームのメンバーに取って、彼女は妹分と言うかマスコット的な存在なのだろう。


「おお、メイリン! お前にそんな才能があったとは知らなかったぞ。 ふ、流石は僕の妹だ、まさかこんな短期間で此処までの技術を身につけるとは…」

「兄さん…、私頑張るわ。 きっと兄さんのドラゴンビューティーを最強のロボットにして見せる!!」


 メイリンの持つ高度なソフト技術の理由は、密かに福屋に弟子入りして身に付けたという取ってつけた理由で誤魔化せた。

 その話が本当であればメイリンは非常に僅かな期間で、下手な技術者顔負けの技術を身に着けた事になる。

 普通であればそんな馬鹿な話を信じられないだろうが、妹を溺愛しているロンは素直にそれを受け入れていた。

 妹であるメイリンが兄を大切に思うように、兄であるロンは妹の事を大切に思っている。

 まさか自分の妹が嘘を付くはずもないと、ロンは純粋にメイリンが自分を手伝ってくれる事に喜んでいるらしい。

 メイリンはそんな自分を信じ切った兄に罪悪感を覚えながら、これも兄のためだと割り切ってロンチームの一員として働き始めるのだった。




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