3-2.
週末、歩は福屋から指定された待ち合わせ場所に立っていた。
白馬システムチームのベースから最寄りの駅前を指定した所から、目的地まで電車移動するのだろうか。
その手の経験が全く無いとは言わないが、少なくとも教習所に入った頃から異性と遊んだ記憶が無い歩は若干緊張しながら福屋の到着を待つ。
四月からのブロスファイト新シーズン開幕まで後少し、暦の上では既に春だが今日の気温はまだ冬の名残が残る寒さである。
普段着より少しばかり上等な黒のジャッケトでは防寒が少々足りないようで、上着を来てくれば良かったと歩は内心で後悔していた。
「あら、早いわね。 関心関心…」
「福屋さん、今日は…、えっ?」
「ふふ、してやったりと言った所かしら…」
そんな風に待ち合わせ場所に立っていた歩に、一人の女性が後ろから声を掛けてきた。
聞き覚えのある声に歩は即座に振り向き、待ち合わせをしていた先輩の姿を目の当たりにして固まってしまう。
そんな後輩の反応は福屋に取っては狙い通りだったのか、悪戯に成功した子供のように微笑む。
歩が普段見かける福屋の姿は仕事場では自分と同じ作業服であり、帰宅時の格好も地味さが目立つ平凡な服装であった。
しかし現在の福屋の姿は普段の姿とは正反対の、フリルやレースが目立つ所謂ゴスロリ系と言うべき派手な衣装を身に纏っていたのだ。
普段は三つ編みにまとめている髪も、今日は此処ぞとばかりに衣装と合わせて左右に結んだツインテールである。
相変わらず徹夜続きなのか今日も目の下に隈が出来ているが、逆にそれは今日の黒系の衣装と相まって何かの怪しさを感じさせる佇まいだった。
「あ、あの…、福屋さん。 その姿は…」
「これから行く場所は、こういう格好をした方が目立たないよ。 半分は趣味だけどね…」
「…一体、俺は何処に連れて行かれるんですか?」
「それは着いてからのお楽しみ」
今回のデートは歩を何処かへと案内するための物である事は聞いていたが、福屋はその肝心の行き先について決して口に出さなかった。
歩の問い掛けに福屋は意味ありげに微笑むだけで有り、そのまま話を打ち切って駅の方へと向かってしまう。
井澤と言い自分の周りには意外に秘密主義の人間が多いようで、歩は若干不満を感じながら福屋と共に駅へと入っていった。
技術の進歩というよりは単純に人口と言う頭数が減った関係で、満員電車が過去の物になった22世紀の電車はあっという間に歩を目的地へと連れて行った。
目的地まで道中で福屋の格好はそれなりに目立っていたが、彼女は視線に晒される事に慣れているのか全く動じる事無く平然としている。
それは福屋が以前よりこの手の格好をしていた事を意味し、歩は彼女の意外な趣味に内心で驚かされていた。
よく考えてみれば同じ職場の人間とは言え、休日のプライベートまで把握している程に仲がいい人間は殆ど居ない。
休日の姿を思い浮かべられる者など、教習所時代からの付き合いである寺崎くらいな物であろう。
「…あ、もしかして今日は例のゲームに関係しているんですか?」
「ようやく気付いたの、意外に察しが悪いわね…」
そして目的地で最寄り駅、歩が一度も降りた覚えが無いその駅に着いた所で歩は今更ながら福屋の目的を察した。
以前に歩が福屋と二人で残業をしていた時に、彼女は歩に対して自分の趣味であるゲームの詳細を何時か教えてくれると約束してくれた。
その何時かが今日であると推測した歩に、福屋としてはもう少し早く気付いて欲しかったのか若干不満気である。
何となく目的が把握出来て安心感を覚えた歩は、福屋に連れられて見知らぬ町中を歩いていく。
「…此処よ」
「…此処ですか?」
駅から数分歩いて辿り着いた目的地、それは何の変哲もないビルであった。
何処の町中にも有りそうな10階建て程度の中堅ビルであり、コンクリート制と思われるその外見に何ら変哲な箇所は見られない。
中に入ってみると意外にビルのセキュリティはしっかりしているのか、警備ロボットのチェックが歩と福屋を出迎えてくれた。
此処で歩や福屋が警備ロボに登録されていない不審者と判断されれば、容赦なく通報されてそのまま連行されてしまう。
しかし福屋の方で既に歩のデータは事前登録されているらしく、警備ロボットは歩たちを中まで素通した。
既に何度も此処に通っているらしい福屋は慣れた手付きでエレベータの階数を指定して、歩をビルの中腹にあたる階層へと案内する。
そしてエレベータが目的の階層にたどり着き、その扉が開いた途端に歩の眼の前にとんでもない光景が広がった。
「…な、此処は!?」
「ようこそ、子供の心を持った大人の社交場へ」
「三階と四階をぶち抜いているんですね。 よくある縁起担ぎじゃ無かったのか…」
そこのフロアは二階層分の空間をぶち抜いて作られた、ホール上の広々とした部屋になっていた。
エレベータの階表示で4F部分が無かったのが不思議だったのだが、その秘密はこの巨大な大部屋だったらしい。
歩が驚かされたのは部屋の広さだけでは無く、その空間の中央に設置された巨大な立体スクリーンである。
この広い部屋の半分を埋めている立体投影機上には巨大なロボットが戦っており、室内の人間はその大迫力の戦いに釘付けになっていた。
大人の社交場、福屋のその言葉通りこの部屋の住人は何処か浮世離れした感じである。
福屋のゴスロリ姿のような派手な衣装を纏っている者も少なく無く、まさに此処は現実から隔離された遊び場なのだろう。
そして彼らが夢中になっているのは、ブロスファイトを思わせる架空のロボットたちの戦いであった。
ブロスユニットの整備士をしている福屋が趣味のゲームでもロボットに触れている事は決して意外な事では無く、歩はむしろ納得したような気分である。
「ロボット物の対戦ゲームですか、大型の立体投影装置といい金が掛かってますね」
「ふっ、ただのロボットゲームじゃ無いわよ。 ほら、見ていなさい」
立体投影機によって映し出されているのは、二体の巨大ロボットの戦いであった。
片方は見るからにゴツいスーパーロボット風の機体、もう一方は現実のブロスユニットに近い機体である。
ブロスユニットに似た機体の方は頭部が龍の形になっており、何処かそれはドラゴンビューティーを思わせるデザインであった。
よく見れば立体投影機の足元にはカプセル状の小部屋が幾つか設置されており、恐らくあの中に居る人間がこの架空のロボットを操縦しているに違いない。
架空の戦場で戦う二体、しかしその動きはゲームにしてはどちらも動きが鈍くまるでワーカー同士の試合を見ているようである。
やがて龍を頭部に持つロボットが相手の攻撃を避ける際にその場で足を滑らせて、その場で転倒してしまった。
「あれ、バランスを崩して倒れた。 へー、あんな所までリアルに作り込んでいるんですか」
「そう、此処のでシミュレーションは限りなく現実に沿ったした環境を想定しているの。 私達はこの現実に即する環境下で、ロボットを戦わせるためのプログラムを組んで遊んでいるのよ」
「えっ、それってもうブロスと同じじゃ…」
「そうよ。 少なくとも私はこのゲームを通して、ブロスに変わるロボット用のOSソフトを作りたいの。
どう、楽しいゲームでしょう?」
普通のゲームであれば面倒な物理法則などをある程度無視して、自由度の高いロボットの動作を実現するだろう。
仮装とは言え現実と同等の縛りがある環境化で2足歩行ロボットを動かそうとしてみても、とてもまともに遊べる代物にはならないからだ。
巨大な2足歩行ロボットを歩かせるだけでも現実は至難の技であり、事実ブロスが誕生するまで誰もまともな巨大ロボットを現実に作り出せなかった。
しかし福屋の話が本当であれば、此処でのゲームはそれらの物理法則の縛りを全て再現していると言うのだ。
それはゲームという枠を超えた高度なシミュレーションであり、仮にこの環境で自由自在にロボットを動かせるプログラムを作り出したらそれはあのブロスに匹敵する代物と言える。
「勿論、大半の人間はこのゲームを単なる遊びとして見ているわ。 自作したプログラムでは無く、事前に用意された作業用ブロス相当のベーシックプログラムでも遊べるしね。
けれどもこのゲームを通して、真剣にブロスに変わる物を作ろうとしている私のような大馬鹿が居るの。 …選ばれた人間にしか操れない、ブロスって言う怪物ソフトに不満を持っている人間は意外に多いのよ」
「福屋さん…」
「…そしてあなたもブロスに不満があって、此処に来たんでしょう。 お兄さんを選んでくれなかったブロスを…、ねぇ、妹さん?
福屋は歩にこの場所で行われているゲームの真意を説明しながら、彼を部屋の中央部分へと誘っていく。
そして投影機付近の小部屋の前まで辿り着いた時、先程まで架空のロボットを動かしていた人間がちょうど部屋から出てきた。
歩は部屋から出てきた人物の姿を目撃し、福屋の話の流れから一目でそれが誰なのか理解することが出来た。
恐らく何かのアニメキャラか何かの仮装らしく、その毒々しい色合いの衣装は外界では兎も角この異空間では似合いの物だ。
しかし衣装や眼鏡などの小物などで変装しているようだが、その変化は福屋のそれに比べれば可愛いものである。
歩はその少女が現在のお得意様の妹にあたる、メイリンと言う名の嬢様である事を察することができた。
「っ!? あなたたちは…」
「あなたは普段の私に気付かなかったようだけど、私の方はあなたに気付いていたのよ。 あなたのような若い子が、こんなところに居るのは珍しかったしね…」
どうやら福屋は最初にロンチームを訪れた時に、ロンの妹のメイリンがこの遊び場の住人である事に気付いていたらしい。
一方のメイリンの方は残念ながら福屋の方には気付かなったようだが、仕事をしている時の地味な福屋から今のゴスロリ姿の福屋を想像しろと言う方が無茶な話である。
未だに福屋の正体は解らないようだが普段とほぼ変わりない歩の方には流石に気付いたらしく、メイリンは歩の姿に驚きを顕にしていた。
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