4-2.


 初代ブロスファイトのシーズンチャンピオン、麻生 清吾の歴史はそのままブロスファイトの歴史と言えるだろう。

 ブロスファイトが公式される以前、現実となった巨大ロボットの存在に夢中になったロボット好きによってブロスユニットを使用した野試合が度々行われた。

 当時はまだ教習所などは存在せず、ロボット好きたちは世に出たばかりのブロスの操縦方法をほぼ独力で解析してマスターしたのだ。

 競技用ブロスに適合した者はブロスユニットを、そうで無い者は泣く泣くブロスワーカーに乗り込んで二足歩行ロボットを思い存分に楽しんでいた。

 そしてこのロボット好きの中の一人に、若き日の麻生 清吾が居たのである。


「一部のマニアがブロス戦国時代なんて呼んでいる、公式ルールが定まって無くて皆好き勝手していた時代…。 その頃はまだ幼かったんで話でしか聞いた事が無いんですが、当時は色々と凄かったらしいですよね?」

「多対多の集団戦程度なら今も公式でもたまにやるけど、当時は飛び道具が制限されて無かったからね…。 あの頃はバンバンと撃ち合いをしてたって言うし…」

「一応、今も試合で使っている戦闘不能を判断するシステム、あれがブロスと一緒に積まれていたから最低限のルールはあったがな…。 まあ今のブロスファイトに慣れている連中には、少々刺激が強いだろうよ」


 現在の公式ブロスファイトでも使用されている、機体ダメージの蓄積によって戦闘不能を判断するシステムの原型。

 突如世に出たブロスと呼ばれる二足歩行ロボット用のOS、それと共にこの判定システムは公開されていた。

 ブロスとこのシステムはセットで運用されることを前提に作られており、その目的は明らかにロボット同士の戦闘に明確なルールを設けるためである。

 しかし当時の判定システムは銃などを使用した遠距離戦も想定したダメージ判定を行っており、飛び道具も禁止されていなかったので当時の野試合では普通に射撃戦が行われていたそうだ。

 ただし銃撃戦を想定したダメージ判定システムを備えながらも、競技用ブロスと呼ばれている方のブロスには射撃補正やそれに類する機能は全く備わっていない。

 ブロスユニットで撃ち合いをやるには操縦者自身の感覚で射撃を行う必要があり、その難易度は筆舌に尽くし難いだろう。

 ある程度は弄る事が出来る作業用ブロスの方はそれに類する機能を組み込むことが可能であり、射撃戦においてはワーカーがユニットに勝る逆転現象も起きたらしい。


「公式みたいに試合を止める審判役なんても居ないんだ。 荒っぽい奴なんかは、戦闘不能を判断した相手に死体撃ちする馬鹿も嫌がってな…」

「うわぁ、そんな事をしたら今だと一発でライセンス停止じゃ無い」

「逆に戦闘不能の状態から無理やり機体を復帰させて、ゾンビみたいにやり返すまでテンプレだったな…。 試合の後はどっちの機体もボロボロ、整備するのも一苦労だったぞ」

「整備士にとっては、大忙しの時代ですね…」


 歩や犬居が小学生になった頃にブロスファイトが公式化されたので、それ以前のブロス戦国時代の話は幼かったか彼らには縁遠い話である。

 そもそも公式化される以前のブロスファイトはアングラ的な扱いであり、幼い彼らの耳に入る筈も無い。

 映像記録こそ幾らでも残っているが、やはり実体験の伴った話はインパクトが違う。

 歩たちは重野のブロス戦国時代の昔語りに、興味津々の様子で耳を傾けていた。


「重野リーダーはその頃から、ブロスユニットの整備に携わってたんですよね。 もしかしてその時に、あの麻生 清吾と関わりが…」

「面識があったくらいだよ。 あの頃は一部のロボットマニアくらいしかブロスユニットに興味を示さない狭い世界だったからな、当時の関係者はだいたい顔見知りだ。

 だから正直俺も驚いたんだよ、あいつがセミオート機構に興味を示すなんてな…」


 麻生 清吾はブロス戦国時代の頃から、腕利きのブロス乗りとして名を上げていた。

 後に公式化したブロスファイト競技の初シーズンでチャンピオンになった事で、その評判は真実であると証明される。

 ブロスが世に出て30年近くの月日が流れ、麻生 清吾は今もブロスユニットに乗り続けていた。

 文句なしの最高齢ブロス乗りであり、ブロス戦国時代を知るブロスユニットの生き字引的な存在と言えた。

 そして麻生 清吾が活躍した時代は、若き日の重野が活躍した時代でもあった。

 何時もは口数が少ない重野であるが今日は珍しく饒舌になり、この後もブロス戦国時代の思い出話を続けてくれた。






 重野の昔語りを聞いている間に、ベースから離れていた寺崎と福屋が戻ってきていた。

 彼らは井澤が言うセミオート機構の別の売り込み先に行っていたのであり、それはつまり麻生 清吾のチームの事を指している。

 この同僚たちはあの麻生 清吾と毎日会っていると言う、歩に取ってはとんでも無い事実を今日まで隠していたのだ。

 歩たちが居る部屋に入ってきた寺崎の姿を目の当たりにした歩は、思わず椅子から立ち上がり教習所時代からの友人に詰め寄ってしまう。

 そして同じく麻生 清吾の件を秘密にされていた犬居も歩と同じ気持ちなのか、席こそ立たなかった物の若干険しい表情で寺崎たちを睨みつける。


「おい、寺崎! お前、何で麻生 清吾のことを黙っていた!!」

「うわっ、とうとうバレたか!? そうだよな、確か麻生さんはこっちに来てたらしいし、鉢合わせになってもおかしく無いか…」

「落ち着きなさい、歩くん。 これもあなたのためよ…。

 もし歩くんが麻生 清吾の事を知ったとして、その状態でロンチームの仕事に集中出来たのかしら?」

「うっ、それは…」


 歩が麻生 清吾と彼の愛機であるナイトブレイドのファンである事は、この職場では周知の事実である。

 そんな男が自分を差し置いて職場の同僚が麻生 清吾と仕事をしている事をしったら、気が気でない状態になるだろう。

 井澤がそこまで見越したかは分からないが、結果的に歩は麻生 清吾の存在を知らなかったこそロンチームの仕事に集中できたと言える。

 福屋の冷静な突っ込みに痛い所を感じた歩は、すごすごと寺崎から離れて元の席へと戻っていた。


「…何で麻生 清吾が此処に居た。 あなたたちが今帰ってきたって事は、麻生 清吾が此処に来た時にはまだそっちで仕事をしていたのよね?

 自分の機体を残して、何でわざわざ家のベースに…」

「ああ、確か重野さんと今度の打ち合わせをするために、ちょっと外出したらしいよ。 後は下見かな…」

「打ち合わせ、下見?」


 寺崎と福屋は恐らく麻生 清吾の機体、あのナイトブレイドに積み込まれたセミオート機構の面倒を見るためにベースを離れていたのだ。

 つまりは元チャンピオンは自分の機体を残して、わざわざ単身でこのベースを訪れたと言える。

 どうやら麻生 清吾は何らかの目的があって白馬システムのベースを訪れたようだが、寺崎の曖昧な言葉ではそれを察することが出来ない。


「何だよ、寺崎。 麻生 清吾は一体何のようで此処に…」

「…もう少しすれば解るよ」

「おい、もう秘密主義は勘弁してくれよ…」

「はははは、これもお前のためだ。 数日もすれば解ることだから、今は我慢してくれよ」


 歩の疑問に対して寺崎はこれまでのように、その答えを口に出すことは無かった。

 明らかに自分が蚊帳の外に置かれていることに対して歩は不満を顕にするが、寺崎や福屋はあくまで口を閉ざし続けた。

 麻生 清吾は一体どのような目的で此処を訪れたのか、その答えは寺崎の言う通り数日後に明かされる事となる。

 そして歩はその瞬間に、彼らがこの事を秘密にしていた理由を察する事となるだろう。











 歩が麻生 清吾と初対面果たしてから三日後、もやもやした気分でロンチームの仕事をしていた歩はこの日、久しぶりにワークホースをベースの裏庭に立たせていた。

 ロンチームに通う関係で最近はこの裏庭に来ていないが、少し前まで歩とワークホースはこの場所で毎日のように訓練に明け暮れていた。

 此処は歩のホームと言うべき場所であり、本来であればこの見慣れた風景にちょっとした安心感を覚える筈だった。

 しかし歩は見慣れた風景の中に混じった異物の存在によって、安心感とは真逆の感覚を得てしまっていた。


「"…嘘だろう。 本当に…、あれはナイトブレイドなのか?"」

「"あいつらぁぁぁ、だからあの時にはぐらかしたのねぇぇぇっ!? こんなサプライズは要らないのよぉぉぉぉぉっ!!"」


 その青い機体を歩が…、否、ブロスファイトに関わる全ての人間が見紛う筈も無い。

 青色の装甲をベースに随所に西洋鎧を思わせる銀色のパーツが施され、西洋兜を思わせる特徴的な頭部をしたブロスユニット。

 その両手には二振りの剣が握られており、一度それが振るわれればこのベースの裏庭が嵐が巻き起こることは間違いないだろう。

 ナイトブレイド、ブロスファイトの初代シーズンチャンピオンの愛機、そしてこの機体に乗っている人物は一人しか居ない。


「"さて、一勝負と行こうじゃないか。 君の使うストームラッシュを見せてもらおう"」

「"い、いえ…。 あ、あんなのはただの物真似みたいな物で…。 あ…、じ、自己紹介がまだでしたね。 お、私は羽広 歩と…"」

「"は、は、羽広くん、自己紹介なんてしている場合じゃ…。 ち、ちなみに私はか、か、監督をしている犬居 愛衣で…"」


 これはナイトブレイドに登載したセミオート機構の最終調整のための模擬試合であり、その相手役としてワークホースが指名されたのだ。

 元チャンピオンがセミオート機構なんて代物を積んでいる事実を現時点で広めるのは好ましくなく、必然的に調整相手を勤められる相手は限られる。

 そして麻生 清吾自身も歩とワークホースに…、あのライセンス試験の一件でストームラッシュを使い手として有名になった主従に興味を示した事で今日の模擬試合が決定したらしい。

 この模擬試合の事を当日の朝に知らされた歩と犬居は、あれよあれよという間にナイトブレイドと対峙すると言う夢のような状況となっていた。

 まさか伝説のチャンピオンと戦うことになるとは夢にも思っていなかった二人は、ガチガチに緊張した状態となっている。

 二人のこの様子を見る限り、寺崎たちがが今日の模擬試合を秘密にしていた事は懸命な判断と思われた。


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