2-2.
通信を通して歩と挨拶を交わしたロンは、そのまま機体から脱出して地上へと戻ってきていた。
運動神経は良いのかブロスユニットの体を足場にして自力で降りたロンを出迎えたのは、可憐な笑顔が眩しい美しい少女である。
こんな短期間で汗など出る筈も無いだろうが、少女の手にはロンのために用意されたらしいタオルとドリンクが握られていた。
ロンは少女に負けない爽やかな笑顔と共に、大仰な態度で少女に応えてみせる。
「やぁ、メイリン! 何時も悪いね…」
「兄さん、凄く惜しかったわよ! もうちょっとだったのにね…」
「はっはっは、少々手が滑ったよ。 まさかこの僕と引き分けるとは、相手も中々の腕だったな…」
「"…帰っていいですか?"」
「"気持ちは分かるけどこれも仕事よ、歩くん。 とりあえずそのまま待機で、井澤さんがこのままセミオート機構の実演に移るための交渉を…"」
ブロスユニットに搭載された高性能マイクを通して、歩は麗しい兄妹のやりとりを一字一句逃さずに聞いていた。
唐突な模擬戦が終わったと思ったらこの三文芝居である、地上のロンたちとは対象的に歩の表情は自然と曇っていく。
本当であればこのまま帰って寝たい所であるが、残念ながら社会人である歩にそのような我儘は許されない。
福屋の指示を受けた歩は渋々と言った様子で、ワークホースの内側で次の指示を待つのだった。
模擬試合と言う異常事態から始まったセミオート機構の売り込みであったが、試合が終わってからは無難な流れに戻っていた。
試合で使っていたロンチームの訓練用フィールドで歩はワークホースを動かし、ワーカーもどきではとても出来ない様々戦闘動作を披露して見せる。
その際に歩が乗るワークホースのコックピットをリアルタイムで公開し、セミオート機構の操縦性に関するアピールも忘れない。
ロンチームの関係者は自分たちのワーカーもどきとは別次元の、白馬システムチームのワーカーもどきに釘づけの様子だ。
「凄い!? これだけの動きを、あの程度のパラメータ入力で…」
「学習させた動作をシステムが再現している、本当に白馬システムは競技用ブロスの解析に成功したんだ!!」
「その通りです、白馬システムは競技用ブロスの解析に成功し、難解なパラメータ入力の一部を機械で肩代わり出来るようになりました。
その成果がご覧の通り、作業用ブロスと同程度の操縦性で競技用ブロスレベルの動きを再現できるのです」
解説として福屋がロンチームの関係者に、セミオート機構の概要について説明をしていた。
セミオート機構、未来人が作ったと言われるほどに完成度が高く半ばブラックボックスと化していた競技用ブロス。
これまで誰一人としてその深淵を覗くことが敵わず、それが世に出て以来一度もアップデートもされずに当時の状態のまま使用されている怪物オペレーションシステム。
その競技用ブロスを部分的にとは言え解析し、これまで不可能とされていた機械操作により操縦サポートを実現した事実はブロスに関わる者にとっては驚きでしか無い。
「機体に動きを学習させる、学習機能キター!!」
「これだよ、俺はこういうのがやりたかったんだ! パイロットと共に成長していく機体、とうとう二次元が現実に追いついたぞ!!」
「ロンさん! 俺たちの手で最強のドラゴンビューティーを作り上げましょう!!」
所謂、リアル系と言われている架空のロボット作品に触れた者にとって、ロボットに経験値を積ませるという概念は一般的と言えるだろう。
パイロットの操縦データを蓄積してロボットの操縦性を向上、パイロットとロボットが共に成長していくと言う話は二次元の世界ではお定まりの展開である。
しかし現実世界に現れたロボット、ブロスユニットはその競技用ブロスの特殊性からロボット側に経験値を積ませる事は出来なかった。
難攻不落の競技用ブロスを誰も弄れず、ブロスファイトに勝つために出来る事はパイロット側の技量を上げる事しか無い。
パイロット以外はブロスファイトの勝敗に関わる事は出来ず、精々ブロスユニットをハード的に完璧な状態に整備するくらいで他に仕事が無かったのだ。
「…すまない、少し考えさせてくれ無いかか?」
「えっ!?」
「兄さん!?」
セミオート機構の登場によって機体整備以外にブロスファイトに直接関われる仕事が出来た事に、整備関係者のテンションは非常に高くなっていた。
特に彼らのチームの機体はワーカーもどきである、幾らパイロットが作業用ブロスの技量を上げても全うなブロスユニットには到底追いつけない。
彼らがブロスファイトに勝利を掴むには機体側のアプローチが必須であり、セミオート機構の登場はまさに渡りに船と言った感じであろう。
場の雰囲気的に今すぐにでもセミオート機構を搭載しそうな勢いであったが、しかしそれに待ったを掛ける者が居た。
ロン、ロンチームのパイロットであり、彼の実家がスポンサーを務めているこのチームの実質上のトップがセミオート機構の導入に難色を示したのだ。
このロンの反応は彼のチームメンバーだけで無く妹の方も驚きだったらしく、彼らは一斉にロンの方を振り向いた。
「ど、どうしてですか!? 何か私たちの製品に不満でも…」
「いや、そう言う事では無い。 ただ僕はこいつと…」
ロンチームの反応からセミオート機構の売り込み成功を確信していた井澤は、この想定外の展開に思わずロンに対して詰め寄ってしまう。
井澤の問に対してロンは明確な回答を口に出来ず、その不安げな表情からは先程臆面もなく引き分けと言い切った自信に溢れた人物とは思えない。
そしてロンは井澤から視線を外し、ワークホースの演舞の邪魔にならないようにフィールド隅にのけていた自信の愛機の方を見る。
白馬システムのセミオート機構が無い、正真正銘の作業用ブロスを載せた鈍重なワーカーもどき。
歩はワークホースのモニタより、何かに悩むようにドラゴンビューティーの姿を見つめるロンの姿を覗うのだった。
結局、ロンチームのセミオート機構導入の話は保留となり、白馬システムの面々の売り込みは失敗に終わった。
営業の井澤が言うには今日はあくまでセミオート機構のお披露目であり、具体的な商売の話はこれから進めていくとの事である。
今日は十分な仕事をしたと歩を労ってくれた井澤であるが、当の本人はその言葉と裏腹に若干不満気な表情を見せていた。
確かに具体的な話はこれから進めていくのだろうが、井澤は今日の訪問でセミオート機構導入の確約くらいは得られると思っていたに違いない。
しかし実際はその一歩手前で話が終わってしまい、営業に携わるものとしては不本意な結果だったようだ。
「…何でロンって人は、セミオート機構に反対したんですかね?」
「ふん、ただ勿体ぶっているだけだろう。 あのチームが本当に勝つ気があるなら、家のセミオート機構は喉から手が出るほど欲しい筈だからな…」
「そうですかね…」
井澤はロンのセミオート機構導入の保留は、あくまで商売上の駆け引きのための小賢しい手管だと判断したらしい。
確かに歩と同じワーカーもどきしか乗れないロンがブロスファイトに勝つには、現状ではセミオート機構に頼るしか手段は無い。
あの模擬試合の明確な敗北を引き分けと言い張った所から見ても、ロンが自信の勝利に興味がない人種であるようにも見えなかった。
しかしワークホース越しにロンと井澤のやり取りを見ていた歩は、あの時のロンの様子がどうにも気にかかる。
井澤の言うように単純な駆け引きでセミオート機構を躊躇ったとは思えず、何か別の理由があるように感じられた。
ロン、その名前の響きから分かる通り、彼の何代か前の先祖がアジアの某国よりこの国に移住してきたらしい。
彼自身は生れも育ちもこの国の住人であるが、その名前は彼のルーツである国の流儀に沿った物が付けられていた。
自信過剰な金持ちのバカ息子、それが歩のロンに最初の抱いた感想だった。
親の金を使って道楽でブロスファイトをしていると言う前情報と、あの模擬試合後のやり取りが歩にそのような印象を与えたようだ。
しかし別れ際にロンが一瞬だけ見せた顔、それが歩のロンに対するイメージに罅を入れた。
それから歩は白馬システムのベースに戻ってから、ドラゴンビューティーの公式試合を全て目に通したのだ。
「うわっ…」
作業用ブロスを登載したワーカーもどきの試合は、どれを見ても酷いものであった。
それはドラゴンビューティーの敗戦の歴史であり、ロンの試行錯誤の歴史でもあった。
ブロスユニットと同程度の長物を使用して相手から間合いを取る戦法は、競技用ブロスの華麗な動きに全くついていけずに翻弄されるだけだった。
それならば手数を重視と小振りな二振りの剣を振るって見ても、剣舞の速さは圧倒的に競技用ブロスが優れており勝負にならない。
ならば奇襲の意味で拳闘スタイルの如く殴りに行こうとも、当然のように鈍重なワーカーもどきでは葵の如き華麗なステップなど踏める筈も無い。
終いには相手が居ない所で空に手足を振るう一人ダンスまで行うようになり、ドラゴンビューティーの試合中には常に罵声と失笑で満ち溢れている。
しかし試合映像を見る歩は決して笑うこと無く、真剣な表情でドラゴンビューティーの歴史を追っていった。
「何で此処まで戦えるんだ…、ワーカーもどき何かで…」
競技用ブロス用のマニュアル免許に手が届かなかった凡才、そういう意味ではロンと歩は同じ立場の人間であった。
ブロスファイトで戦う夢を諦めた歩と違い、ロンはオートマ免許で乗れるワーカーもどきで戦う道を選んだ。
ワーカーもどきのチームに出資する者など居る筈も無く、その選択はロンの我儘を許すだけの資産を持つ彼の実家があってこその選択である。
しかし仮に歩が同じ立場になったとして、自分はワーカーもどきに乗る選択を出来ただろうか。
勝ち目は皆無に等しいワーカーもどきでブロスファイトの世界に居続ける、そんな苦行を詰めるとはとても思えない。
「ドラゴンビューティーを応援してくれている人が居る、あの人は一人じゃ無いんだ…」
スタジアムでドラゴンビューティーを見に来た観客の九割方は、ワーカーもどきの無様な負けっぷりを見に来た連中である。
しかしドラゴンビューティーの試合を繰り返し見ていた歩は、真剣にロンの勝利を願う観客が居ることに気付いた。
決して挫けること無く無謀な戦いに挑み続けるロンの姿に感銘を受け、ワーカーもどきの勝利を願う者がこの世界に居るのだ。
歩はその光景から、何となくロンがセミオート機構の導入を躊躇った理由を察するのだった。
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