2-3.
数日後、歩は再び井澤と共にロンチームを訪れていた。
目的はセミオート機構の再度の紹介として、パイロットの立場からその操縦性を説明するためである。
そのため今日の訪問はワークホースを持ってきておらず、整備チームの福屋も連れて来ていない。
井澤の営業車でロンチームの拠点まで向かい、応接室と思われる部屋に歩と井澤は通されていた。
しかし応接室でロンと向かい合った開口一番に歩が口にしたのは、セミオート機構の操縦性の話では無かった。
「ああ、君は先日に僕に食らいついてきたパイロット…」
「…試合、見ました。 ロンさんはワーカーもどきで勝とうとしたんでしたね、相手の動きを予想して先行入力をしてまで…」
「っ!?」
「俺も教習所でワーカーの模擬試合をやっていましたから…」
ブロスファイトファンから滑稽な一人ダンスと笑われていたドラゴンビューティーのあの動きは、作業用ブロスに入力させた先行入力によるものに他ならない。
作業用ブロスが競技用ブロスのレスポンスに追いつくには、事前に動作を入力していなければ絶対に間に合わない。
勝利を諦めてふざけて踊っているように見えたあれは、ブロスユニットの動きに追いつくためのロンの苦肉の策であった。
ブロスユニットに作業用ブロスを載せたワーカーもどきは、少なくともハード面に置いては全うなブロスユニットと互角である。
そして至難の業であろうが相手に組付いて力勝負に持ち込めれば、ワーカーもどきでも少なくない勝機が生まれるだろう。
あの一人ダンスは相手を拘束するための掴みと崩しの動作であり、仮に相手がロンの予想通りに動いていたら勝敗は変わったかもしれない。
しかしそう簡単に相手の動きなど完璧に予想出来る筈も無く、結果はあの滑稽な一人ダンスであった。
「き、君は……?」
「ロンさんはワーカーもどきで勝ちたかったんですね。 セミオート機構に頼ること無く…」
それは言ってしまえば、ロンの身勝手な拘りだったのかもしれない。
ワーカーもどきでブロスファイトに挑み続けていたロンは、あくまで純粋なワーカーもどきで勝利を掴みたかったのだ。
自身のため、そしてワーカーもどきを操る自分を応援してくれているファンに応えるために…。
しかしそれがただの我儘でも有る事を自覚してるからこそ、ロンはセミオート機構を望むチームメンバーの前でそれを明確に拒絶出来なかった。
あれは己の拘りを優先するか、自分以外のチームの総意を優先するか悩んだ故の保留だったのだろう。
「セミオート機構を使ってブロスファイトの世界に入ろうとしている、俺が言っても説得力は無いかもしれません。
けれどもロンさんのチームの人たち、そしてファンの人達は何よりロンさんの勝利を願っている筈です」
「勝利…。 そうだ、僕は勝ちたいんだ、ドラゴンビューティーと一緒に…」
「勝ってください、セミオート機構を使ってでも…」
殆どの人間がロンの試みを無駄であると断じるだろうが、マニュアル免許を持たずにブロスファイトに挑もうとしている歩だけは彼を否定出来なかった。
眼の前の男は自分と違ってマニュアル免許を持たないからと言って諦めること無く、数年もブロスファイトの世界に挑み続けてきた大馬鹿である。
だからこそ歩は目の前の大馬鹿者に、ブロスファイトで華々しい勝利を飾って欲しいと思ったのだ。
ワーカーもどきへの拘りを捨ててセミオート機構を使ってでも勝利を掴んで欲しい、そんな思いを込めて歩はロンに対してセミオート機構の導入を真摯に訴えた。
歩の説得を受けたロンは僅かに表情を曇らせながら、そこから暫く口を開くことは無かった。
部屋の中に居る他の人間たち、井澤とロンチームのメンバーは歩とロンの突然の応酬に口を挟む様子は無く黙って二人を見守ってくれている。
実はロンは自分がワーカーもどきに拘っている事をこの瞬間まではっきり自覚しておらず、セミオート機構の存在に躊躇いを感じる理由が解らなかったのだ。
あの極めて敗北に近い引き分けをした模擬試合でセミオート機構の力は体感しており、ブロスファイトで勝利を得るためにはセミオート機構の助けを借りる価値は十分に理解出来た。
しかしロンはどうしてもセミオート機構の導入に躊躇いを覚えて、あの場では回答を濁すと言う自分らしく無い選択をしてしまった。
「……」
「……」
基本的に我道を好き勝手進んでいくタイプのロンは、自己を顧みるという行為は苦手分野なのである。
しかし自身が持っていた拘りを初めて指摘されたロンは、改めてセミオート機構の導入を考えさせられることになった。
そして数分の沈黙の後、ようやく考えがまとまったらしいロンは、歩に対して閉ざされていた口を開いた。
「…そうだね、僕のファンたちは何より僕の勝利を願っているに違いない」
「ロンさん…」
「ふっ、君のような熱心なファンに説得されたら、僕の些細な拘りなんて捨てざるを得ないな。 分かった、君のために僕はセミオート機構で勝利を掴んで見せよう!!」
「へっ…、ファン? 俺が!?」
そして歩の訴えにロンが応えてくれたようで、難色を示していたセミオート機構の導入を決意する。
しかし喜ばしい決断の筈なのに、それを聞いた歩は思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。
何時の間にか自分はロンの熱心なファンになったのか、そんな歩の戸惑いの言葉をロンは分っているとばかりに一蹴した。
「ふっ、僕にはもう分っているよ。 君は僕に憧れてブロスファイトの世界に入ったんだね?」
「否、別にそういう訳じゃ…」
「はっはっは、照れることは無いよ。 そこまで僕の試合を真剣に見てくれている君が、僕のファンで無い筈は無いだろう!」
歩とロンとではオートマ免許しか持たない点や、分類上はワーカーもどきに属する機体でブロスファイトに挑もうとしている点で一致している。
加えて歩は作業用ブロスの先行入力に気付くまで、ロンとドラゴンビューティーとの試合を正確に分析して見せた。
ロンから見れば歩は自分のファンと判断するに足る理由があり、歩の熱意を自身への尊敬から来る物だと勝ってに解釈したようだ。
既に歩は自分の熱烈なファンと認識してしまったロンはその後、歩の否定の言葉に耳を貸す事は無かった。
困惑する歩とご機嫌なロンと言うオートマ免許パイロット同士の奇妙な構図が、ロンチームの応接室内で出来上がっていた。
歩の説得によってセミオート機構の導入を決定した事により、応接室は今後のスケジュールについて詰める場となった。
ブロスファイトの次シーズン開始まで凡そ一ヶ月、その間にドラゴンビューティーにセミオート機構を搭載させなければならない。
そしてセミオート機構を登載した新生ドラゴンビューティーの慣熟運転も必要となり、サービスの一環として歩とワークホースがその手伝いをすることも決まった。
ライセンス停止によって次シーズンの予定が空いている歩たちに取って、自分たちの代わりにセミオート機構をアピールしてくれるドラゴンビューティーを手伝うのは重要な仕事である。
「よくやったぞ、パイロット! まさかお前があのチームのファンだと思わなかったなー」
「全部解っている癖に…。 井澤さんもフォローの一つでも入れてくれれば…」
「いいじゃないか。 ああいうタイプの人間は、勘違いでもいい気分にさせておけば全て上手くいく物だ」
事前に歩がロンを説得する旨を相談されていた井澤は、話が思いの外上手く行った事にご機嫌な様子だ。
代償として歩がロンチームの熱烈なファンと言う誤解も生んだが、井澤には痛くも痒くもない事である。
逆に顧客がこちらに好意を持ってくれることとなり、営業としては願ったり叶ったりな勘違いと言えよう。
「パイロットくんはこれから忙しくなるぞー。 何しろ連敗街道を突っ走っているあのチームを、ブロスファイトに勝たせるまで鍛えないといけないからな…」
「次シーズンまで一ヶ月、試合の日程にもよりますが長くても精々二ヶ月って所ですよね。 この短期間で何処までやれるか…」
歩がライセンス試験まで少なくとも半年以上はワークホースに乗り、セミオート機構に対して機体動作と言う経験値を積んできた。
その苦労の成果がナックルローズとの引き分けであった、今回のドラゴンビューティーは歩たちの三分の一以下の時間しか取れないのだ。
この短い準備期間に若干の不安を覚える歩であるが、やれることをやるしか無いだろう。
「とりあえずパイロットくんとあのでかい監督ちゃんは、暫くロンチームの専属だな。 セミオート機構の先達として、しっかりあのチームの面倒を見てくれよ」
「あれ、福屋さんは連れて行かないんですか?」
「ああ、パイロットくん以外の整備チームには、別口の仕事を手伝ってもらう予定だ。 セミオート機構の売り込み口は、あのチーム以外にも有るんでね」
「ええっ!? 一体どんなチームが?」
暫くドラゴンビューティーの慣熟運転と経験値集めを行うことなるため、歩としてはソフト面での専門家である福屋にも協力してほしかった。
しかしどうやら歩の知らない所で他のプロジェクトが動いているらしく、福屋はそちらに手を取られてしまうらしい。
歩が知る限りセミオート機構を欲しがりそうなブロスファイトチームは、現役で唯一ワーカーもどきを使用するロンチーム位な物である。
井澤の話が本当であればロンチーム以外の、全うなブロスユニットを使うプロチームがセミオート機構を欲しがっているようだ。
一体どんなプロチームがセミオート機構を必要としているか興味を持った歩は、井澤にそのチームの詳細を尋ねた。
「ああ、それは…。 否、此処は秘密にしておくかな」
「ええ、何で秘密に何か…」
「君の仕事はロンチームの面倒を見ることだ、他の事に気を反らして仕事を疎かにして欲しくないからね…。 まあシーズンが始まれが自ずと分かることだ、今は自分の仕事だけに集中してくれ」
結局、井澤はセミオート機構を欲しがるもう一つのチームについて話すことは無かった。
若干の不満を覚えながらも井澤の考えも最もだと考えた歩は、もう一つのチームの事を頭から追い出してロンチームとの訓練計画について考え始めるのだった。
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