2-1. ワーカーもどき
歩たちがワークホースを運んできたのは、それは先方から要望でもあったからだ。
白馬システム側が実際にセミオート機構を登載した機体を見てみないかと持ちかけ、相手が是非見たいと二つ返事で応じたらしい。
例の噂もある、恐らく相手方としては万が一に備えて実際に自分たちの目でセミオート機の力を見ておきたいのだろう。
「噂って、あれですか…。 あの試合映像がインチキだって言う、馬鹿な話…」
「あっちもそんな与太話を信じちゃいないだろうが、この世界には万が一って事もあるからな…。
ま、どちらかと言えば今回のメインは、あくまでセミオート機構の実力を見るための物だろう。 あんまり気にしなくていいぞ」
ナックルローズとの試合映像は既に世に広まっているが、一部の疑り深い者たちはこれが偽造された物だと言い張る者が居た。
彼らの常識としてワーカーもどきがあれだけの動きが出来る筈も無いらしく、あれは葵たちのチームと共謀して作り出したインチキだと言うらしい。
映像技術の進歩によって本物と見紛う映像を作り出すのは容易であり、確かにやろうと思えばそのようなインチキ映像を作ることは可能である。
しかし試合映像はブロスファイト連盟が公式に公開した物であり、実際にスタジアムであの試合を観戦していた者はマスコミを含めて一定数居た。
映像偽造説などを本気で信じる者は皆無に等しいが、未だにあれはインチキだと言い張る迷惑な人間が世間に存在するのだ。
「そろそろ付きますよ、トレーラーは何処に持っていけばいいのかしら?」
「近くまで来たら、あちら側が誘導してくれるそうだ。 この距離なら、そろそろ…」
「コンタクトが来ました、トレーラーの操作を相手に委ねます」
既に自動操縦が一般化された現代では、今のように外部からの遠隔操作による誘導は一般的であった。
わざわざ相手に行き先を指示するくらいならば、遠隔操作で直接誘導した方が早いということだ。
ただし当然のように遠隔操作には相手側の同意が必要であり、同意なしにコントロールを奪うのは犯罪である。
目的地に近づいた所で相手からのコンタクトを確認した福屋は、それに応じてトレーラーの操作を相手にへと委ねた。
ブロスファイトのチーム名は大抵、母体となる企業の名前か看板となるパイロットの名前で呼ばれる事が多い。
歩たちの"白馬システム"チームは前者、葵たちの"葵"チームは後者と言えよう。
そして今回、歩たちが出向いたワーカーもどきを使うチームも後者に属しており、彼らは世間から"ロン"チームと呼ばれていた。
ロンチームのベースは付いた歩たちは彼らの遠隔操作によって、ベース内にある広大なフィールドへと着いていた。
そこでロンチームからワークホースを起こすように指示が入り、機体に登場した歩はワークホースへと乗り込む。
「"綺麗な拠点ですね。 この訓練フィールドも裏庭の倍くらいの広さがある"」
「"お金って有る所にはあるのよね…、流石は金持ちの道楽ね…"」
「"ふっふっふ、これは良い顧客になるぞ…"」
ワークホースをフィールドに立たせた歩は、巨人の視点から改めてロンチームの拠点の様子を見回した。
恐らくチーム設立時に全ての施設を一から作ったらしく、目で見える範囲の施設はどれも真新しさを感じる。
それは廃業したチームの施設をそのまま流用した白馬システムチームの中古ベースには無い物であり、若干の羨ましさを覚える光景であろう。
噂によるロンチームを率いるロンと言う男は、とある大企業の一人息子らしい。
言うなればロンチームは金持ちのボンボンの道楽チームと言う奴であり、その豊富な資金源があってこそ連敗続きで有るにも関わらずブロスファイトを続けられているようだ。
施設の充実さから金の匂いを嗅ぎ取った営業の伊沢は、何処か黒さを感じる笑みを浮かべていた。
「"あれ、何かフィールドにブロスユニットが出てきましたよ。 あれってロンチームの機体ですよ、確か名前はドラゴンビューティー"」
「"ちょっと待ってくれ、通信が入った…。 はい、白馬システムの伊沢です。 何時もお世話に…。
…えっ、今から!? 否、それは…"」
トレーラーの福屋たちと通信を通して雑談をしていた歩の前に、一体のブロスユニットが姿を見せた。
ドラゴンビューティー、ロンチームのワーカーもどきは作業用ブロスらしく鈍重な足取りでワークホースの元へと向かってくる。
それと同時に伊沢の端末の方にロンチームから連絡が入り、それに出た伊沢はとんでもない提案をされてしまうのだった。
ロンチームの要求はシンプルだった、ワークホースとドラゴンビューティーとの模擬試合。
この場でドラゴンビューティーと戦い、ワークホースのセミオート機構の実力を見せろと言ってきたのだ。
試合をするなど伊沢も聞いていなかったようで、突然の申し出に歩たちは混乱してしまうのも当然である。
しかしこの場の責任者である伊沢は数秒悩んだ後、あろうことかこの模擬試合の要望を受けてしまう。
兎に角お客様のご機嫌を取れと試合にゴーサインを出してきた伊沢の指示に従い、歩は渋々といった様子で対戦相手と向き合った。。
「"別にセミオート機構の実力を知りたいなら、他にも方法は有る筈なのに…。 何でよりによって模擬試合なんか…"」
「"文句は後にしろ! 今のお前は白馬システムの代表でもあるんだ、恥ずかしい試合をしたら許さないからな!"
「"…一応聞きますけど、勝っていいんですよね?"」
「"当然だ! あんな礼儀知らずの奴はボコボコにして、白馬システムのセミオート機構の凄さを思い知らせてやれ!!"」
どうやら素直に模擬試合に応じた伊沢であるが、何の前振りも無くいきなり試合を挑んできた相手の失礼な態度にそれなりに思う所はあるらしい。
暗に三味線を弾くか確認を取った歩に対して、伊沢は若干キレ気味に全力で勝利することを命じる。
確かにセミオート機構の実力を見せるための試合で、ワーカーもどきなどに苦戦したら意味は無い。
伊沢のお墨付きも出た歩はモニタを通してドラゴンビューティーを睨みつけ、相手に勝利することのみを考え始める。
「"まあ、精々頑張りなさい、歩くん"」
「"は、はい…"」
この場に監督の犬居は同行しなかったので、今日は福屋が監督役の代わりである。
何時の間にか"後輩くん"呼びから名前呼びに昇格していた福屋の激励を受けながら、歩はドラゴンビューティーとの試合へと挑む。
セミオート機構の実演で剣舞でも見せようと考えて、試合用の模造剣を持ってきたのは正解であった。
歩は二振りの剣を構えるナイトブレイドをリスペクトした何時ものスタイルで構え、試合開始と時を待ち続けた。
そして数十秒後、模擬試合の開始を告げる音声が聞こえた瞬間、鉄の使役馬はフィールドを駆け出した。
歩の意気込みとは裏腹に、模擬試合の決着は一瞬で付いた。
そもそもセミオート機構の恩恵で競技用ブロス搭載のブロスユニットと五分に戦えるワークホースが、ただのワーカーもどきに負ける筈も無い。
先手必勝とばかりに詰め寄った歩が放った二刀の斬撃、以前のライセンス試験では葵に捌かれた連撃があっさり決まってしまう。
相手も何か反応しようとしたようだが、作業用ブロスの操縦性では間に合う筈も無く殆ど棒立ちであった。
二刀の連撃をまともに受けて装甲を削られ、そのまま大の字になって後ろに倒れ込むドラゴンビューティー。
この呆気ない幕切れに勝利者である歩自身も戸惑ってしまい、地面に斬り倒されたドラゴンビューティーの様子を伺う。
その装甲には歩が付けた斬撃の跡がくっきりと残っており、もしかしたらこの修理費用をこちらが払うのかとどうでもいい心配を初めてしまう。
そんな時である、歩の耳朶に地面に倒されたドラゴンビューティーからの通信が届けられたのは…。
「"ははははは、中々やるでは無いか! よし、今日の所は引き分けとしておいてやる"」
「"は、引き分け!?"」
「…ふむ、そういえば自己紹介が無かった。 僕の名前はロン、ブロスファイト界に颯爽と現れた革命児さ!!」
地面に倒された機体のコックピットが開き、中から這い出してきたパイロットがワークホースを見上げながら不敵に微笑む。
その人物は中々の美男子であり、自信に満ち溢れたその佇まいは確かに育ちの良さを感じさせる物だった。
完敗としか言えないこの状況にも関わらず、平然と引き分けと言い放ったその神経を理解出来ずに歩は戸惑いの声を漏らしてしまう。
そんな歩の反応にも意に介さず、セミオート機構の売り込み相手であるロンはまるで舞台俳優のように格好を付けながら自己紹介を行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます