1. 吉報と凶報
ライセンス試験で行われた葵・リクターとの試合は、白馬システムチームのワークホースの名を上げる結果となった。
二代目シューティングスターという事から既に注目を集めていた葵と互角に戦った機体、それがワーカーもどきとなれば周りから喰い付かれない筈は無い。
白馬システムはライセンス試験後、正式にワークホースに搭載されたセミオート機構の存在を世に知らしめた。
その反響は中々のものだったらしく、営業の伊沢などはセミオート機構の良い宣伝になったと狂喜していた。
セミオート機構を紹介する一環として、マニュアル免許を持たない歩の存在も世に出てしまい今ではちょっとした有名人である。
そして歩が営業の伊沢に言われるがままに、マスコミの取材や広告用の写真撮影を行っている間に日が進んでいった。
「…予定通りライセンスは手に入れたわ。 これで白馬システムチームは、次シーズンから正真正銘のプロチームよ」
「試合、出られないですけどね…。 半年間のライセンス停止、事実上次のシーズンは見送りです」
そしてライセンス試験から数週間経ったこの日、歩たちの想像通りに試験合格の吉報がもたらされたのだ。
念願のライセンスを手に入れた白馬システムチームは、晴れてブロスファイトの舞台に上がる資格を手に入れた。
しかし何故かパイロット兼整備士の歩と監督の犬居の表情に喜びは見られず、憂鬱そうな表情で連盟より送られた書類を睨みつけている。
半年間のライセンス停止というおまけ付きで送られてきた、ライセンス取得を知らせる凶報を…。
公式ブロスファイトでの1シーズン中の大まかなスケジュールは、半年ほどの期間で決勝トーナメントに参加するランカーを確定。
そして二ヶ月掛けて決勝トーナメントを行ってシーズンチャンピオンを確定、その後オフシーズンに突入するという流れになっている。
ライセンス停止をしている間は当然のように試合を行えず、ランカーになるためのポイントを稼げない。
決勝トーナメント開始寸前の時期から活動を開始しても、ポイント0のチームにやれる事など無いだろう。
このライセンス停止によって事実上、白馬システムチームのブロスファイトの参入は次々シーズンに持ち越されたのだ。
「猿野の奴ぅぅぅっ、何処まで私の足を引っ張れば気が済むのよぉぉぉっ!!」
「いやー、半分くらいは俺たちが原因じゃ無いですかね。 オーナーの話が本当だったら、俺達の方が連盟に敵視されてましたし…」
何の理由も無く不当にライセンスを停止出来る筈もなく、今回のライセンス停止についてはもっともらしい建前が付けられていた。
その建前とは例の葵たちが行ったブロスのバグを利用した裏技である、通常のブロスファイトでは有り得ない異常なダメージ判定。
この原因を調査するためにブロスファイト連盟は一定の調査期間を設け、調査が終わるまで歩たちのライセンスを停止する処置を取るというのだ。
連盟の説明をそのまま鵜呑みにすれば白馬システムチームは葵たちのとばっちりを受けたとも言え、犬居は例の裏技を作り出したと思われる葵チームの監督に対して怒りの声をあげる。
しかし試験直前にワーカーもどきを使う自分たちが連盟に敵視されている事を聞いていた歩は、素直に連盟の建前を鵜呑みに出来なかった。
どちらかと言えば自分たちに対する嫌がらせの理由作りのために、葵たちが巻き込まれたようにも見える。
「どうしますかね、次シーズンが終わるまで…」
「訓練でもしておくしか無いでしょう。 あぁ、どうしてこんな事に…」
ブロスファイトの次シーズンが開始するまで後少し、本当であれば華々しいブロスファイトの舞台に上がる準備に励んでいた事だろう。
しかしブロスファイトに参加できるのは1年以上先になることが決まり、歩たちは宙ぶらりんの状態となっていた。
流石に社会人として1年遊んでいる訳にもいかず、とりあえずは淡々と訓練を続けながらら次々シーズンまで待たなければならないだろう。
虚しい未来予想図を想像して憂鬱となった監督とパイロット兼整備士、そんな彼らの暗い顔を吹き飛ばせそうな程に明るい表情をしたスーツ姿の男が現れた。
「はっはっは、ライセンス停止の件は残念だったな。 だけど仕事が無くなった訳が無いぞ、むしろ時間が出来た事は俺的にはラッキーだったよ」
「…仕事? また取材とか宣伝ですか…」
「否、今日の仕事はセミオート機構の売り込みだ。 セミオート機構に興味を示したチームが接触してきてね…」
「えっ? チームってプロのブロスチームが!?」
ブロスファイト連盟の思惑を此処で論じても不毛であり、歩たちのブロスファイト参入が次に持ち越された事実に変わりは無い。
しかしだからと言って遊び呆けられる筈も無く、営業の伊沢が暇人となった歩に対して新しい仕事を持ってきた。
ライセンス試験が事実上のお披露目の場となった白馬システム謹製のセミオート機構、どうやら早速これに興味を示したチームが出てきたらしい。
いよいよ本格的にセミオート機構の商売が始まるようで、ここからが自分の仕事とばかりに伊沢は見るからに張り切っている様子であった。
翌日、早速歩たちはセミオート機構の売り込みに出発した。
実際にセミオート機構を紹介するには実物を見せるのが一番と言うことで、ワークホースを載せたトレーラーと共に歩たちは目的地へと向かっている。
トレーラーの中には営業の伊沢とパイロット兼整備士の歩が後部席、ソフト寄りの整備士である福屋が運転席に座っていた。
その道中で歩たちは伊沢から、セミオート機構に興味を示したブロスファイトチームの詳細について聞いている。
「…ああ、例のワーカーもどきのチームですか。 それなら納得です」
「全うなブロス乗りがセミオート機構に興味を持つ訳ないからね。 セミオート機構やあなたの事も、一部のネット上でボロクソに言われていたわ」
「本人の前で言わないで下さいよ…」
今の所はライセンス試験の戦いをマスコが好意的に報じてくれた事もあり、大衆の大半はセミオート機構の存在を受け入れていた。
歩のようにブロスユニットに乗りたくても乗れない凡人は世間に溢れており、セミオート機構は彼らの夢を叶える画期的な発明なのだ。
しかしセミオート機構の存在は、自らの力でマニュアル免許を勝ち取ったプロのブロス乗りからは受け入れ難い物だったようだ。
プロのブロス乗りやその周辺に居る人間たちに取ってセミオート機構は忌むべき存在であり、これを否定する人間は少なくなかった。
そのためプロのブロスチームがセミオート機構に興味を持つことは有り得ないと思われたが、相手がワークホースと同類のワーカーもどきを使うチームなら話は別であろう
「今は例のライセンス試験のインパクトで好意的に見られているが、時間が経てばどう変わるかは解らないぞ。 大衆は熱しやすく冷めやすい、この手の評判の賞味期限なんてすぐに来てしまうからな。
セミオート機構をアピールしようにも、俺たちは次シーズンのブロスファイトに出られない。 だから俺たちの代わりに、セミオート機構をアピールしてくれる存在が必要なんだ」
「確かに連敗記録を塗り替え続けているあのチームが、セミオート機構を使って勝利でもしたら凄い宣伝になりますね」
以前にも触れた通りブロスファイトは、競技用ブロスを持たない作業用ブロス搭載のワーカーもどきの存在を黙認していた。
しかしワークホースのような特別な機体でも無い限り、ワーカーもどきがブロスファイトの世界で生きていける筈も無い。
大抵のチームは一年と経たずに現実を知って廃業をするのだが、今歩たちが向かっているチームはある意味で別格だった。
何と数年前よりブロスファイトに参入してから今も現役で戦い、公式ブロスファイトの連敗記録を更新しているチームなのだ。
その負けっぷりや諦めの悪さからカルト的な人気を誇り、その負けっぷりを見にスタジアムを訪れる者も多いらしい。
22世紀のハルウララと言うべきこのチームがセミオート機構で生まれ変わったならば、それはいい宣伝となる事だろう。
「これは俺たちに取ってもまたとないチャンスだ。 しっかりと家のセミオート機構をアピールしてくれよ、パイロットくん」
「は、はい! 頑張ります!!」
「よーし、良い返事だ。 これが上手く行ったら、また奢ってやるぞ!!」
「体育会系ね…」
ブロスファイトの参入が持ち越されて宙ぶらりんとなった歩に取って、セミオート機構の売り込みは一番重要度の高い仕事と言える。
伊沢の営業職らしい力強い言葉に応えながら、歩は自分に課せられた新しい仕事に対してやる気を見せていた。
そんな男らしい歩と伊沢のやり取りに、この場では少数派である福屋は冷めた目を向けるのだった。
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