10-7. (第一部完)


 ライセンス試験を終えた白馬システムチームはスタジアムを撤収し、彼らの本拠地であるベースへと帰ってきた。

 ベースと戻ってきた白馬システムチームの面々の表情に喜びは見れず、しかし決して悲しみで曇っている訳でも無い。

 嬉しさ半分悔しさ半分と言うような微妙な様子で、彼らに先行して運び込まれたワークホースが待つハンガーへと向かっていた。


「引き分けかー、締まらない幕引きだったなー」

「上々の結果よ、相手が相手だったからね…。 あれは新人なんて詐欺同然、流石は二代目シューティングスターという所よ」


 引き分け、それが我らがワークホースとナックルローズのライセンス試験の戦いの結末である。

 最後の攻防でワークホースの剣撃とナックルローズの拳撃は同時に命中し、互いのブロスが同時に戦闘不能の判定を下してしまった。

 これが公式なブロスファイトであればエクストララウンド、つまりは延長戦を行う所であるが今日の試合はあくまで試験である。

 ライセンス試験ではエクストララウンドは採用せず、引き分けと言う中途半端な結末で彼らの戦いは幕を閉じたのだった。


「猿野の奴ぅぅぅ、今度あったら完膚なきまでに叩きのめしてやるからねぇぇぇ!!」

「いいじゃないですか、引き分けなら俺たちのチームもライセンスを貰えますよ」

「此処で私達のチームを落としたら、私達と引き分けた相手チームも落とさざるを得ない。 けれでも流石に話題の二代目シューティングスターを落とす度胸は無いでしょうしね…」


 どんなにいい試合をしようとも敗北という結果があれば、ブロスファイト連盟はそれを白馬システムチームにライセンスを与えない口実と出来ただろう。

 しかし引き分けと言う結果では話が変わってくれる、それを口実にしてしまえば同じ立場にある葵・リクターのチームも巻き込まなければならないからだ。

 そして無名の白馬システムチームなら兎も角、二代目シューティングスターとして既に注目を集めている彼女たちのチームにそのような真似を出来る筈も無い。

 ブロスファイト連盟が意図的に試験を落とそうとでも思わなければ、公式のブロスファイトでも滅多にお目にかかれない熱戦を繰り広げた両チームの試験結果は明白である。

 これでライセンスが与えられる筈も無く、彼らは白馬システムチームにライセンスが与えられる事を半ば確信していた。


「そういえば試合後が歩が相手パイロット、葵・リクターと何か話してましたね。 和解でもしたんですか?」

「そうみたいよ。 悔しそうな顔をしながら次は勝つかまた試合をしよう、って言うお約束の台詞を口にしてたわ。 青いわねー」

「ほー、監督同士、パイロット同士が教習所時代からのライバル同士、漫画みたいな関係ですからねー」

「はぁっ!? 私と猿野を一緒にしないでくれる、あんなチビ女は眼中に無いわよ!!」


 試合中は倒さなければならない相手でも、試合が終わればノーサイドである。

 試合後、歩と犬居は相手チームの監督とパイロット、葵と猿野と握手を交わしながら互いの健闘を称えあった。

 教習所時代に最後の戦いを同じ引き分けという結果に終わったことは、やはり葵にとって非常に悔しかったのだろう。

 勝ち気な彼女らしく歩に対して勝利宣言と共に、一方的に再戦の約束を取り付けて颯爽と去っていった。

 ちなみに爽やかなライバル関係を築いているパイロットの隣で、監督たちは何時かのように罵詈雑言の応酬を交わしていたそうだ。


「…待ちなさい、」

「何だよ、先輩?」

「あれは…、羽広くん?」


 ライセンス試験の事を話しながらハンガーへと向かっていた寺崎たちだったが、その入口に差し掛かった所で突然福屋が後ろに居る二人を止める。

 そして自分たちの存在に気づかれないように、ハンガーの中を覗き込み始めたでは無いか。

 福屋の行動に訝しむ寺崎と犬居、先頭に居る彼女に習って扉から僅かに顔を出しながらハンバーの中の様子を伺う。

 そして彼らはそこで、自分たちに先んじてワークホースをハンガーを運び込んた歩と重野が何やら難しい表情をしながら向かい合ってる所を目撃してしまう。






 戦いを終えた鉄の使役馬は、彼の厩舎である白馬システムチームのベースへと戻っていた。

 ハンバーに収まるワークホースは見た目こそ無傷に近いが、その各関節部はストームラッシュもどきによって多大なダメージを受けている。

 ただし歩がダメージを見極めてあの自爆技を止めていたため、今回のワークホースはまだ辛うじて自力で動けた。

 スタジアムで運搬用のトレーラーへと自力で乗り込めたし、トレーラーから自らの足でハンガーへと収まる事も出来た。

 前回のようにわざわざ歩がワーカーを使って運ぶ必要も無く、確かにダメージが大きいが鉄の使役馬はまだ死に体になっていない。

 そんな傷ついたワークホースの前で歩は重野に呼び出され、禁じられていたストームラッシュもどきを試合で使用した事への弁解を求められている。

 自らの非を認識ている歩は後ろめたさを覚えながらも、真っ直ぐと重野の目を見ながら自らの思いを吐露した。


「…何か言うことはあるか」

「俺は…、あいつを勝たせたかったんです。 だからあれを使ったことに後悔は有りません。

 確かに機体を傷つけないことは一番ですが、勝つために機体を酷使することも必要です。 何も考えずにあの技を続けてワークホースを壊したら本当にただの自爆ですが、限界を見極めて使いこなせばあれは勝利の切り札となると…」

「機体のダメージを見極めて自壊を防いだ、ただの無謀な暴走じゃ無かったて言いたいんだな…。」

 しかしあの自爆技をもう少し早く止めておけば、此処までの被害にはならなかったんじゃ無いか?」

「あいつに…、葵相手にそんな中途半端な真似をしても無駄だと考えました。 限界ギリギリまで技を続けたからこそ、俺はあいつと引き分けにまで持ち込めたんです」


 確かに重野の言う通り、もう少し早いタイミングでストームラッシュもどきを止めていればワークホースのダメージは軽減できただろう。

 しかし歩はそれをする事無く、ワークホースが戦闘不能となる寸前まで自爆技を継続した。

 あの葵に…、二代目シューティングスターを相手にそのような中途半端な真似をしても意味が無いと考えたのだ。

 一分一秒でも剣の嵐を継続して相手を削らなければ勝機は無いと判断し、結果から言えばあの絶望的な状況から引き分けにまで持ち込むことが出来た。

 最後の攻防で放たれたナックルローズの拳は試合開始時と比べて明らかに衰えていたが、それでも歩は相打ちに持ち込まれていた。

 仮にナックルローズのダメージがもう少し軽微であれば、相手の拳が先に命中してこちらが一方的に敗北していたかもしれない。


「重野さん、俺はこれからも整備士とパイロットの仕事を両方続けます。 パイロットとして腕を磨く、整備士として機体の面倒を見る。 どちらの仕事も最終的にはこいつのためになると思うんです。

 だって俺は整備士としてこいつを整備士てきたからこそ、俺はこいつの限界を見極められた…」

「…それがお前の出した結論なら、俺は別に何も言ううことは無い。 ただし整備の仕事に手を抜いたら、ただじゃおかないからな!」

「はいっ!!」


 確かにパイロットに専念して自身の技量を上げて、セミオート機構でより多くの経験値を集めていたら今日の試合でもっと有利に立ち回れたかもしれない。

 しかし整備士としてワークホースに触ってきたからこそ、歩はあの時に限界を見極めることが出来たと言える。

 パイロットとしての経験と整備士としての経験がどちらも、ブロスファイトで勝ち抜くための力になる事を今日の試合で理解できた。

 歩はこれからも二足草鞋を続ける決意を重野に告げる、それに対して重野は前言通り歩の決意を尊重して何も言わなかった。


「…しかしどんな理由があっても、お前は俺の言いつけを破った。 その罰は受けてもらうぞ」

「はい、こいつの整備は俺一人でやって見せます。 これもブロスファイトで勝つための勉強だと思って、頑張ります!」

「よし、折角だから全て人力でやれ。 いい勉強になるぞ」

「…へっ?」


 パイロットと整備士を今後も続けるならば、歩は整備士としての仕事をこなさなければならない。

 重野は以前と同じように歩に対して自らが痛めつけた使役馬の整備を命じ、その罰を予想していた歩は元気よく重野の指示に応じた。

 しかし次の瞬間に重野が口に出した新たな条件を流石に予想出来なかったのか、先程のハキハキとした答えが嘘のような怪訝そうな声だ出してしまう。


「はぁ、人力で!? 整備ロボットの助けを借りるなって事ですか?」

「本当にブロスユニットの事を知りたいなら、自分の手でそれを弄るのが一番だ。 安心しろ、今回は俺も付き合ってやる!

 ブロスファイトの来シーズンまで二ヶ月近くある、それだけあれば人力で十分にこいつをばらせるぞ!!」

「本当にやるんですか…」


 ブロスユニットは全長20メートル前後の巨人であり、それを整備するには凄まじい労力が必要となる。

 しかし時は22世紀、人間の代わりに整備作業を行う整備ロボットの登場によって、整備士の負担は大きく軽減されていた。

 人間の何倍・何十倍の作業量をこなすことが出来る整備ロボットの存在が無ければ、巨大なブロスユニットを数人程度の頭数で整備など出来る筈も無いのだ。

 ブロスユニットの整備を行うためには整備ロボットの協力は必須である、しかし重野はそれを無しに人間の力だけで整備を行なと言ってきた。

 そんな無茶苦茶な指示に驚かない訳も無く歩は失礼ながらも重野の正気を疑ったが、当の本人は今まで見たことのないご機嫌な様子で本当に人力のみで整備を始めようとしていた。


「あらあら、重野さん、ご機嫌ねー。 後輩くんがちゃんとブロスユニットの事を考えている事が、余程嬉しかったらしいわ。

 後輩くんも可愛そうなこと…、多分あの人なら本気でやるわよ」

「はぁ、暫くは整備の仕事で残業が続きそうですねー」

「馬鹿言わないでよ! 整備作業に1ヶ月も掛けられる訳無いでしょう。 さっさとワークホースを整備士て、訓練を再開するわよ!!

 こら、あんたたち、馬鹿な真似は…」


 ハンバーの入り口で歩と重野の話に聞き耳を立てていた福屋たちは、思わぬ方向に飛んでしまった話の展開に苦笑を浮かべていた。

 福屋と寺崎は互いに顔を見合わせながら、これから始まる人力整備という苦行を前に諦めたような顔を見せる。

 しかし監督である犬居としては貴重な機体とパイロットを一ヶ月以上も拘束される訳にも行かず、慌てて重野の暴走を止めるためにハンバーへと突入する。

 その後に福屋と寺崎も続いていき、暫くの間はハンガーの方から犬居の甲高い声が響き渡るのだった。











 ブロスファイト連盟の本拠地、今や国民的な興行となったブロスファイトを運営する者たちに相応しい巨大なビルである。

 そのビルの最上階に近い一室は、連盟のナンバー2である副理事長の執務室として使われていた。

 執務室の中には部屋の主である副理事長と、以前に白馬システムチームにライセンス試験辞退を共用した黒柳の姿が見える。


「いやー、中々熱くなる試合でしたね、特にあのワーカーもどきには驚かされましたよ! ワーカーもどきと聞いてブロスファイトを汚している屑どもと同じように思ってみましたが、あれだけ戦えれば十分にブロスファイトでやっていけます」

「…」

「副理事長の話を聞いて先走ってしまいしたが、試験の結果を見てから行動すべきでしたね。 後で白馬システムチームに謝罪に行かないと…」


 黒柳は彼が蔑んでいた筈のワーカーもどき、ワークホースの予想外の活躍振りにすっかり手のひらを返したようだ。

 そもそもこの男が白馬システムのエディ・白馬の元の訪れのは、一重に公式ブロスファイトを思うが故の行動である。

 彼はブロスファイトのレベルを著しく落としている作業用ブロスを乗せたブロスユニット、ワーカーもどきと呼ばれる存在を憎んでいた。

 純粋にブロスファイトを愛するが故にブロスファイト連盟に所属している彼にとって、あのような紛い物がブロスファイトの世界に居る事をを認めたくないのだ。

 ワーカーもどきが出る試合は試合では無い、鈍重な動きしか出来ないワーカーが相手ではただの虐殺ショーにしかならず黒柳が望むブロスファイトが成り立たない。

 それ故にまた新しいワーカーもどきが試験に出ようとしている事を聞きつけ、居ても立ってもいられずにあのような行動に出てしまったらしい。

 この黒柳という人物は自らの考えを他人に押し付けてくる、はっきり言ってはた迷惑な人物である。

 しかし逆を言えば相手がワーカーもどきと言えども、彼の基準を満たす戦いが出来る存在であればそれを認める柔軟さは持ち合わせているらしい。


「…君はあんな存在を認めるのか? 選ばれた超人たちの競技であるブロスファイトの世界に、作業用ブロスの免許しか持たない半端者を入れてもいいのか?」

「へ…、しかし競技用ブロスを持たないチームについては過去にも前例が…。 それに彼らの実力は他のプロのブロスチームと何ら遜色は有りませんし…」

「だから困るのだよ。 凡人が凡人で居るならば問題無かった、しかし凡人を天才の領域に近づける事は許されない。

 水は低きに流れ、人は易きに流れるものだ。 あのような存在を許してしまえば、私達が数十年掛けて築き上げた美しい世界が壊されてしまう」


 一転してワークホースの存在に好意的になった黒柳とは対象的に、副理事長は未だに鉄の使役馬の存在を認めていないようだ。

 ブロスファイトは競技用ブロスの難易度の高さ故に、選ばれが人間しか足を踏み入れることが出来ない一種の聖域となっている。

 戯れとして凡人である作業用ブロス持ちも招き入れる事はあるが、それは選ばれた超人たちの凄さを際立たたせるための贄でしか無い。

 黒柳も言っていた通り既存の作業用ブロスを乗せたワーカーもどきでは、天地がひっくり返っても全うなブロスユニットに勝つことは出来ないのだ。

 凡人が超人に勝つことが出来ないのはブロスファイト世界の絶対のルールである、しかしセミオート機構を持つワークホースはそのルールを打ち破ってしまった。

 それは副理事長には…、ブロスファイトの歴史を築き上げた者たちに取って決して許してはいけない事なのだ。

 困惑した表情でこちらを見つけている黒柳の視線を無視して、副理事長は苦々しげな表情で机の上に投げ出された白馬システムチームの情報が書かれた書類を睨みつけた。



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