8-3.
武器を一切持たないスピートダイプ、重装備のパワータイプ。
対象的な二体のブロスユニット、その戦い振りはまさに両機体のイメージをそのまま反映させたような展開だった。
一度足りとも止まること無く動き回り、時には障害物を利用して相手の攻撃を掻い潜りながら拳を振るう金色の巨人。
小煩い金蝿の攻撃など意に介さないとばかりに最初の立ち位置から殆ど動かず、盾による防御と槍による反撃に終止する虹色の巨人。
互いに一歩も譲らない攻防に観客達は盛り上がり、その歓声は同じスタジアム内に居る歩にも届いていた。
「やっぱり早いわね、流石は拳闘スタイル」
「現役の頃のシューティングスターを思わせる動きですね。 あれを捕まえるのは難しいですよ」
「けど拳だけでは決定打にはならない、拳闘スタイルの明確な弱点の一つよね」
拳闘スタイルが廃れた理由その一、それはブロスファイトと言う機械の巨人同士の戦いにおいて拳と言う攻撃手段の貧弱さである。
頑丈な機械の体を持つブロスユニット相手では、軽く拳を当てた程度ではびくともしない。
流石に足を止めて踏ん張り、腕を振りかぶって勢いを付けた拳であれば別だろう。
しかしそのような大振りの攻撃は相手に大きな隙を晒すだけであり、拳が放たれる前に潰されるのが落ちで現実的では無かった。
これが人間相手であれば顎などの急所を狙えばいいだろうが、急所など存在しないブロスユニットではその選択肢も取れない。
拳という攻撃手段はブロスユニットと言う巨人同士の戦いにおいては、どうしても非効率的なのである。
「拳闘スタイルがブロスユニットを倒す方法は一つしか無い。 それを何処で…」
「待って下さい、二体の立ち位置が少しずつ動いて…」
小競り合いを続けていた金色と虹色の巨人の戦いに、何時の間にか変化が起きていた。
最初の地点から一歩も動いてないように見えたドリームジェネラルであるが、よく見れば少しずつ移動しているでは無いか。
ゴルドナックルの小煩い拳を掻い潜りながら、一歩一歩ゆっくりと進んでいくドリームジェネラル。
そして密かに少しずつ移動していた虹色の巨人は、何時の間にか金色の巨人をフィールドに設置していた障害物の背後へと誘導してた。
「っ、上手い!? 相手の逃げ場を防いだわ!」
「否、これはゴルドナックルの作戦です。 相手のランスを空振らせた、来ますよ!!」
ドリームジェネラルの意図は明白である、ゴルドナックルの逃げ道を塞いで勝負を決める。
そして障害物と虹色の巨人に挟み込まれた金色の巨人は絶対絶命、と言う状態を自ら演出して見せた。
どうやらゴルドナックルはドリームジェネラルの企みに気付き、あえてが不利となる位置に誘導されていたらしい。
相手が勝負を決めるために放つ必殺の一撃、それはカウンターを入れる絶好の好機でもある。
シューティングスターの教えを受けたその技量は伊達でなく、障害物に挟み込まれた僅かな空間でもその華麗なステップは健在であった。
見事に相手の必殺のランスを掻い潜った金色の流星は、お返しとばかりに一撃をお見舞いした。
これまでの手打ちとは違う踏み込んだ拳は、流石のドリームジェネラルの機体を大きく揺さぶる。
「ラッシュが決まる? 必勝パターンが決まった?」
「いや、相手が腰の剣に手を…」
非力な拳闘スタイルが唯一相手を倒す手段、それは相手のダウンを奪うことだった。
機体を立たせるだけでも過剰なパラメータ入力が必要となる競技用ブロスにとって、打撃による衝撃で相手を転がす戦法は非常に有効だ。
武器を持たない事による手数の多さで幾度も機体を揺さぶられたら、相手のパイロットは機体を制御しきれずにあえなく倒れてしまう。
普通の人間でも殴り倒されればそれなりの衝撃を受けるだろうが、ブロスファイトでの相手は20メートル前後の巨人である。
その大質量からくる転倒時のダメージは非常に大きく、下手をすればその衝撃だけでブロスが戦闘不能と判断する場合も有りえた。
その軽快な動きで相手の攻撃を掻い潜り、隙を付いて相手の懐に飛び込んでラッシュを掛けてダウンを奪う。
この華麗な戦い方が人々を魅了し、拳闘スタイルはかつてのブロスファイトの世界で一斉を風靡していたのだ。
「…相手が倒れない!?」
「腰の長剣をつっかえ棒にして凌いだ、転ばぬ先の杖が成功したんだ」
一回でも倒れれば相手は致命的なダメージを受けて、例え生き残ったとしてもダウン後の攻撃が許されているブロスファイトでは倒された時点で勝負は付いている。
逆を言えば機体さえ倒されなければ、拳闘スタイルに相手を倒せる手段は無くなり無力化してしまう。、
地面に倒れない方法として一番上げられる手段は何だろうか、まず真っ先に思いつく方法は転ばぬ先の杖であろう。
そして武器の携帯を許されているブロスファイトに置いて、自身の武器を杖にして転倒を防ぐのは非常に有効な手段であった。
拳闘スタイルが廃れた第二の理由、拳闘スタイルの必勝パターンを回避する方法が確率している事である。
「まずい、ドリームジェネラルが立て直した」
「これは…、決まったかしらね」
唯一の必勝パターンを間一髪で回避されたゴルドナックルが勝つには、もう一度相手を殴り倒すしか無い。
しかし相手は同じプロのブロス乗りであり、警戒心を強めた相手がそう簡単に隙を晒さないだろう。
実践において相手のダウンを奪える機会は一回あればいい方であり、その唯一の機会を逃した拳闘スタイルの運命はほぼ決まっている。
この場に居る誰もが戦いの勝敗決まったと思った中で、ただ一人勝利を諦めていない金色の闘士が果敢に虹色の将軍へと迫っていった。
拳闘スタイルが全盛期だった頃、ブロスファイトの流行りは手数を重視したスタイルにあった。
武器を排除した事により手数と小回りを重視した拳闘スタイル、それに対抗するために相手も武器を小型して手数を優先するようになる。
そして手数という土俵では拳闘スタイルの右に出る物は無く、その華麗なスタイルに憧れて拳闘スタイルに鞍替えするパイロットも少なくなかった。
しかし栄光の拳闘スタイルの栄光は、とある公式試合によって終焉を迎える。
その試合で流行りに乗らず長物の武器を使うスタイルを捨てなかったパイロットは、拳闘スタイルの対戦相手に翻弄されていた。
為す術なく相手に倒されそうになった時、長持の選手は咄嗟に自らの武器を地面に突き立てることで転倒を回避したのだ。
転ばぬ先の杖、自らの武器で転倒を防ぐという簡単は回避方法は、相手をダウンさせるしか必勝パターンが無い拳闘スタイルには致命的であった。
後のインタビューでこれは完全な偶然の産物である事が解ったが、経緯がどうであれブロスファイトの世界で転ばぬ先の杖と呼ばれる回避策が生れた。
単純すぎて誰も気付かなかったこの回避策が世に出た瞬間に、拳闘スタイルの凋落の運命は決まってしまったのである。
「決着か、粘った方なんですが…」
「拳闘スタイル、やっぱり脆いわね…。 運が良かったわね、対策さえしていればまず負けない相手よ」
腹をランスで貫かれて障害物に貼り付けにされたゴルドナックル、誰もがはっきりと理解できる敗北である。
結局、ダウンを奪えなかったゴルドナックルが再び優勢になることは無く、そのままドリームジェネラルに押し切られてしまった。
拳闘スタイルは相手のダウンを奪うしか勝利する手段が無く、逆を言えばその相手はダウンさえ奪われなければ負ける要素は無いのだ。
ブロスファイトの世界においてこれは覆し難い明確な差であり、拳闘スタイルが廃れていった理由でもあった。
拳闘スタイルの脆さを間近で見定めた監督の犬居の脳内では、既にライセンス試験に向けたシミュレーションを行われているらしい。
ダウンを奪われない対策をしていれば負けない相手、監督の立場からして見れば非常にやりやすい相手と言えた。
「あらー、あんまり舐めていると痛い目をみるのはそっちよ。 デンちゃん?」
「なっ!? その声は…」
「へっ、デンちゃん?」
次の試合に向けて考え始めた犬居の思考を遮るかのように、背後から誰かが彼女に対して話しかけてきた。
デンちゃんと言う聞き慣れない言葉の響きに驚きながら、歩は犬居と共に声が聞こえてきた背後を振り向く。
空席が目立っていたスタジアム内で、確か歩たちの背後の席も最初は空いていた筈だった。
しかしそこには何時の間にか、二人の女性が並んで座っているでは無いか。
「あなたは…、猿野!? どうして此処に?」
「デンちゃん、久しぶりー。 相変わらず大きいわねー、デンちゃんがスタジアムに来ている事がすぐに解ったわよー」
「葵、お前…」
「久しぶりね、羽広 歩」
その二人の女声は歩と犬居にとって、それぞれ顔見知りの人間であったらしい。
犬居は二人の片割れ、悪戯をした子供のような笑みを浮かべる小柄の女性の名前を呟いている。
そして歩は猿野と呼ばれた女性の隣に居る人物、かつて教習所で共に学んでいた同輩との思わぬ再開を果たす。
葵・リクター、次のライセンス試験の相手である、二代目シューティングスターの姿がそこにあった。
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