8-4.


 久々に顔を合わせた元同輩、葵・リクターの姿は歩の記憶にある姿と余り変化が見られなかった。

 金髪碧眼と言う日本人離れたした美しい容姿、西洋系にしては小柄で余り凹凸が見えないスレンダーなスタイル。

 否、その身に纏う雰囲気は確かな自信で満ち溢れているようで有り、四年前には僅かに見られた幼さは完全に消えてしまっている。

 今の彼女は教習所に通う単なるパイロット志望の少女では無い、ライセンスこそ未所持だが難関である競技用ブロスを獲得したプロのブロス乗りなのだ。

 かつての同輩でありライセンス試験の相手でもある葵・リクターとの思わぬ再開に言葉を失った歩は、呆然とした表情で葵の姿を見やる。

 そして葵の方もまた歩の言葉を待っているのか、口を閉ざしたままパイロットコースを落ち零れた元同輩の姿を見つめていた。


「なんであんた此処に居るのよ、猿野!! ていうか今まで何をやっていたの、教習所を卒業した途端に連絡が付かなくなって…」

「ごめんごめん、新チームの立ち上げに忙しくってさー。 初めての監督業は色々と慣れなくて、苦労してたのよ…」

「はぁ、もしかして葵・リクターのチームの監督はあなたなの?」

「そうよ、教習所を卒業した時、葵ちゃんから直々にスカウトを受けたの。 あれ、言ってなかったけ?」

「そんな話は初耳よ!? だから就活の時に余裕綽々だったのね、きぃぃぃぃっ!!」


 そんなシリアスな空気を醸し出すパイロットたちとは対象的に、彼らの連れである監督たちは姦しく言い争っていた。

 猿野は180センチ超の形体である犬居とは対象的な非常に小柄な女性であり、下手をすれば以前にあった重野の娘と同じ位のサイズでは無いだろうか。

 フィールドを最下層として階段状となっている観客席で、犬居の背後に居る猿野は一段上の位置に居る事になる。

 しかしそれを差し引いても席から立ち上がる犬居と猿野では、前者の方が目線が高くわざわざ背を丸めて相手と目線を合わせる程だ。

 両者の会話を聞く限りでは、どうやら葵の連れである猿野という女は教習所時代の犬居の同期であるらしい。

 そして猿野は二年ほど就職浪人をしていた犬居と違い、葵にスカウトされて密かに監督として働いてたようだ。

 口では葵の下で監督をしていた事を謝っている猿野であるが、犬居の反応を面白がっている所を見る限り確信犯である可能性が高いように見える。


「でも、デンちゃんも良かったじゃない、念願の監督になれたみたいで。 まあ、最もまっとうなチームじゃ無さそうだけど…」

「煩いわね、そんなことは私が一番解っているわよ! ふん、そういうあんたこそ、チームに入ったはいいけど二年も足踏みしたみたいね」

「ブロスファイトのチームを一から作るのは大変なのよ? 白馬システムなんて有名企業のチームには分からないだろうけど…」


 葵・リクターはストレートで教習所を卒業した、つまりは二年前の時点で既に競技用のブロスの免許を持っていた。

 しかし葵がパイロットとなり猿野が監督なったチームは、今年始めてライセンス試験を受ける事になる。

 つまりは彼女たちが卒業してからチームが具体的に動き出すまで、二年もの時間が必要だったようだ。







 ブロスファイトのチームを運得するにはそれなりの資金が必要なり、チームを一から立ち上げるには相応のスポンサーが必要になってくる。

 歩たちの場合はブロスワーカー市場でトップシェアを誇るソフト会社、白馬システムの潤沢なバックアップによって結成一年目からライセンス試験に挑める環境を手に入れた。

 これはブロスファイトの世界において非常に恵まれたパターンであり、大抵のチームはこのような幸運に恵まれること無く最初の頃はスポンサー探しに明け暮れる事になる。

 白馬システムの様に企業が自社の宣伝目的でブロスファイトチームを結成する場合と、個人が一からチームを立ち上げる場合ではチームを軌道に乗せるまでの難易度が段違いである事は言うまでもない。

 何処の企業も無名の新人にお金を出す物好きは居らず、スポンサーとなってくれとお願いしても鼻で笑われて門前払いされるのが落ちである。

 葵たちのチームも二代目シューティングスターと言う看板があればこそ、僅か二年程度の月日でチームの環境が整えられと言えた。


「本当に大変だったのよ、此処まで来るのは…。 お給料だって殆ど貰えなかったんだから…。

 多分、デンちゃんの方がお給料を貰ってくらいよ、だから今度ご飯でも奢ってよ」

「嫌よ! ふん、いい気味ね。 あんたにはお似合いの境遇よ。 ごめんねー、福利厚生がしっかりしている上、残業代まで出してくれる優良企業に居て…」

「うわ、カチンと来た! 相変わらず体だけでなく、態度も大きい女ね。 けれでも逆境に弱い所も変わっていないんでしょう、この人間グレート・デン!!」

「だから、その呼び方は止めなさいよ。 そっちも相変わらず身長だけで無く、人間としても小さい女ね」

「おい、身長のことを言ったら戦争だろうが…」

「知らなわよ、先に言ってきたのはそっちでしょう?」


 相変わらず歩と葵と言うパイロット陣を無視して言い争いを続ける二人は、最早ただの子供染みた口喧嘩の様相であった。

 チビ、デカ女と互いに罵り合い二人が止まる様子は全く見られず、その姦しい声は逆に段々と声量を上げていく有様だ。

 女同士の戦いに圧倒された歩は彼女たちを止める手段は無く、仕方なく同性である葵に視線で助けを求める。

 しかし葵の方もこの状況を打開する手段は無いのか、歩の視線から目を反らすその姿には先程の自信溢れる雰囲気はすっかり消えていた。

 ちなみにグレート・デンとは犬の種類の一つであり、その特徴は大型犬である割に気が弱い所にあった。

 どうやら猿野は犬居と言う名前と180センチを超える彼女の身長と意外に気が弱い性格を鑑みて、彼女をグレート・デンと評しているらしい。


「お客さん、周りの迷惑になりますので…」

「「あっ?」」

「「すいません、すいません…」」


 結局、犬居と猿野という名前から相性が悪い、犬猿の争いは第三者の介入によって止められることになる。

 今彼らがいる場所はスタジアム、そして先程彼らが観戦していたゴルドナックルの試合はセミファイナルであった。

 つまりはこの後で興行の最終イベントであるファイナルの試合が控えており、彼女たちの言い争いが他の観客の迷惑にならない筈が無い。

 流石に目に余ったらしいスタジアム側の人間が歩たちの元に近寄り、言葉こそ丁寧だが明らかに怒りが込めながら注意を述べる。

 その言葉に漸く口喧嘩を止めた犬と猿、そして係員に対して平謝りをする歩と葵の姿がそこにあった。

 共に頭を下げる二人には先程までの寒々しい空気は存在せず、有る種の連帯感すら生れたような気分を感じていた。











 あの後、係員からやんわりと退場を促された歩たちは、その指示に従ってすごすごとスタジアムを後にしてた。

 ファイナルを見る前にスタジアムを去るは残念であるが、目的であるゴルドナックルの試合は一応観戦できたので良しとするしか無いだろう。

 スタジアムを出た歩と葵は、自然と今回の騒動を引き起こした彼らの監督たちの様子を見ていた。

 犬居の方は若干顔を青くしながら、何やら言葉にならない言葉をぶつぶつと呟いている。

 予期せぬ状況で感情的になる事が多い彼女はやはり根は気が弱いらしく、今日の自身の失態は余程応えたらしい。

 そんな犬居とは対象的に猿野の方は殆ど表情を変えておらず、歩の視線に気づいたのか笑みを浮かべながら手を降ってくる始末だ。 名前や体型だけで無く性格までも相反する、何処まで対象的な二人である。


「…色々と話したいことがあったけど、もうそんな気分じゃ無いわね。 私達は金時(きんとき)さんの所に顔を出すから、これで失礼するわ」

「金時、確かゴルドナックルのパイロットか…」

「金時さんには私達のチームの立ち上げる時に色々とお世話になったのよ。 パパの愛弟子だったから、色々と面倒を見てくれたのよ…。

 次はライセンス試験で会いましょう」


 犬居と猿野の監督コンビにすっかり調子を崩されたらしい葵は、このまま歩の前から去るつもりらしい。

 セミファイナルで敗北したゴルドナックル、パイロットの金時は拳闘スタイルを操る葵の兄弟子に当たる存在である。

 兄弟子の応援に来た葵が試合を終えた兄弟子に顔を見せずに帰るわけには行かず、彼女たちはこのままスタジアムの方に戻るようだ。

 スタジアムに戻り初めた葵の姿を見て歩は内心で安堵を覚えていた、正直言って彼女とは合わす顔が無いと言う奴で余り関わりたく無いのである。

 しかしそんな歩の内心を見透かしたかのように、葵は唐突に歩みを止めてこちらに振り向いてきた。


「…今度は勝ち逃げなんて許さないんだから、覚悟しなさい」

「っ!?」


 こちらを射抜くように見つめる真っ直ぐな碧い瞳、それは四年前と全く変わっていない。

 パイロットコースを諦めて逃げるように整備士コースへ転科した歩の前に現れた葵も、今と同じような目をしていた。

 父のようなパイロットを目指す、幼い頃に抱いた夢を彼女は一切妥協する事なく今も抱き続けているのだ。

 それに対して歩はどうだ、パイロットコースで挫折して一度夢を諦め、今も整備士かパイロットかを選べずに居る中途半端な自分。

 確かに歩と葵は寺崎の言うような浮いた関係では無かった、しかし全く他人であったかと言えばそうでは無い。

 歩は葵に何一つ相談する事無くパイロットコースを抜けた事に負い目を感じており、四年前はその視線に耐えきれずに彼女から目を逸してしまった。

 そして今も葵の真っ直ぐな瞳を受け止めきれず、歩は何時ぞやのように彼女から目を逸していた。


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