8-2.
ブロスファイトは一年を一シーズンとして扱い、その年のシーズンチャンピオンを決めている。
シーズン中にはこの他にも幾つかのタイトル戦が行われているが、このシーズンチャンピオンが最も名誉のあるタイトルである事は言うまでもない。
シーズンチャンピオンになる条件は、シーズン終盤に行われるトーナメント形式の試合に勝ち残ること。
そしてこの最終トーナメントに参加できる資格を持つ者を、ブロスファイトではランカーと呼んでいた。
「もうシーズン終盤に近いから、今の時点でランク外のチームはほぼ消化試合よね。 観客の方もそれが解っているから、何処か適当な空気が出ているわ」
「これに負ければランカー落ちって言う崖っぷちの試合なら、逆に盛り上がるんですけどねー」
ランカー、つまりはブロスファイトにおけるランキングの上位陣の事である。
ブロスファイトは試合の勝敗などを通してポイントを奪い合い、それによって公式のランキングが確定する。
そして最終トーナメントに参加できる順位をランカーと呼び、それ以降は単にランク外として振り分けられていた。
ブロスファイトの世界に取ってランカーになるのは一つの壁であり、大抵のチームはこの壁に阻まれて一度も最終トーナメントに上がる事無くブロスファイトの世界を去ってしまう。
「少なくとも選手の方は必死ですよ、少しでもポイントを稼いでおきたいですから」
「次のシーズンを持ち越した戦いか…、私達も上手く行けば来年からこの戦場に参加するのね」
ブロスファイトで得られるポイントは次シーズンにも一部持ち越せるため、例えランク外でもシーズン最後までポイント集めに勤しまなければならない。
敗北をすればポイントは減る危険性もあるため、何処まで試合を組むかは各チームのさじ加減に掛かっている。
ただし公式ブロスファイトでは各チームに規定数の試合を義務付けており、試合数が足りなければ嫌でも試合を組んでポイントを守り抜かなければならない。
観客として見れば最終トーナメントに出られない者同士の消化試合にしか見えないが、当人たちに取ってはこの試合も命より大事なポイントを奪い合う死闘なのである。
こうしてブロスファイトのスタジアムに訪れた歩と犬居であるが、彼らは決して遊びに来ている訳では無い。
ライセンス試験の相手に決まった葵・リクター、彼女が父であるシューティングスター直伝の拳闘スタイルで戦う可能性が高い。
そのため歩たちが拳闘スタイルに対抗する手段を考えるのは自然な流れであり、彼らはその対拳闘スタイルの研究の一環としてこの場にやって来たのだ。
ゴルドナックル、かつてシューティングスターの愛機であるナックルエースの名を一部受け継いでいる機体。
実はこのゴルドナックルのパイロットは、シューティングスターの愛弟子と言える存在であった。
そしてブロスファイトにおいて現役で活躍しているパイロットの中、唯一の拳闘スタイルを使う人物なのだ。
歩たちは拳闘スタイルを操るブロスユニットと姿を間近で拝むため、こうして仕事を抜けてスタジアムを訪れたようである。
「ねぇ、ゴルドナックルの試合は何時かしら?」
「次の次ですね、セミファイナルの試合ですから…」
ブロスファイトの興行は基本的に、数回の前座試合を挟んだ上で最後に目玉となるメインイベントを行うパターンが多い。
歩たちのお目当てであるゴルドナックルはセミファイナル、メインイベントの次の目玉となるポジションの試合だった。
まだ本命の試合では無いこともあり、彼らは前座の試合を無視してゴルドナックルのデータを見始めていた。
「これに負けたらランク外行きか、さっきのあなたの言葉じゃ無いけど崖っぷちの状況ね」
「毎年、どうにか最終トーナメントに食い込んでいますが、年々順位は落としています。 言い方が悪いですが、落ち目って感じですよ…」
「時代遅れの拳闘スタイルでよく頑張っていると言った所じゃない」
かつては一斉を風靡した拳闘スタイル、様々なチームがナックルエースの戦い方を真似た物である。
しかし現在のブロスファイトにおいて拳闘スタイルを使うパイロットは殆どおらず、唯一ゴルドナックルが残るだけだった。
時代遅れ、犬居が辛辣に言い放った拳闘スタイルに対する評価は、そのまま拳闘スタイルに対する世間一般からの共通認識でもある。
ブロスファイトが始まってから10年以上の月日が経ち、その短くない年月の間に様々な戦闘スタイルが誕生して消えていった。
拳闘スタイルもまた過去に一時的に持て囃されて、やがて見向きもされなくなったカビ臭い戦い方の一つと言えた。
「…少しお腹が減りましたね」
「羽広くん、私達は仕事に来ている…」
「いいじゃないですか、仕事中にだって休憩時間はありますよ。 まだ本番まで時間が有りますし、今のうちに何か食べますか?
スタジアム名物のホットドッグとか、美味しそうですよ」
「…一応仕事なんだから、お酒は禁止よ」
ショービジネスの一種であるブロスファイトにおいて、スタジアム内では観客のために様々な飲食物が提供されている。
歩たちの周囲の観客たちもビール片手に観戦している中年や、ポップコーンをむさぶる子供の姿がチラホラと見られた。
こういうスタジアムと言う特殊な空間で食べる飲食物は美味しそうに見える物で、その姿は自然と歩たちの空腹を促していた。
一応仕事で来ている歩たちであるが、まだ本命であるゴルドナックルの出番までそれなりに時間がある。
結局、欲望に負けて買い食いを提案した歩に堅物の犬居が珍しく乗っかり、二人はいそいそと座席に設置された専用デバイスで注文するのだった。
数試合の前座を終えた後、スタジアムのフィールド上ではセミファイナルとファイナルの舞台作りを行っていた。
ブロスファイトの戦いの舞台であるフィールドでは、演出も兼ねて様々な環境を模す場合がある。
前座戦は障害物が存在しない広々とした舞台での戦いだったが、セミファイナルからはフィールドを模様替えするようだ。
これがタイトル戦などの大規模な試合であれば、森林ステージや城塞ステージという派手なステージ構成となろう。
しかし今回はノンタイトルの地味な興行であり、フィールドには無乾燥な立方体の障害物がランダムで設置されるだけであった。
ブロスワーカーたちがいそいそと障害物を設置し、その間に会場内でセミファイナルを行う対戦者たちの紹介を流していた。
「いよいよ本番ね。 折角、来たんだから一瞬足りとも見逃すんじゃ無いわよ」
「解ってますよ。 重野さんが言っていた、現場の空気って奴を感じてやります」
ブロスファイトの公式試合はリアルタイムで配信しており、直接スタジアムに来なくても観戦ことが可能である。
拳闘スタイルの研究のためにゴルドナックルの試合を見ようとした時、歩たちは最初は直にスタジアムに来るつもりは無かった。
しかしそれに待ったを掛けたのがチームの大黒柱である重野であり、彼は折角ならば直接試合を観戦した方がいいとアドバイスしたのだ。
実際にスタジアムに訪れ、目で耳で肌で鼻で下で試合を直に感じる。
それは配信では絶対に得られない感覚であり、少しでもゴルドナックルの拳闘スタイルを理解したいならスタジアムに出向くべきだ。
どちらかと言えば精神論に近い重野の意見であるが、初のライセンス試験に向けて万全の体勢を敷きたい歩たちは素直にそれに従った。
「うわっ、派手な機体。 映像でも見ていたけど、直で見ると一際ね」
「名前の通り金ピカですねー。 照明に反射して眩しいや…」
フィールドの設置が終わり、いよいよセミファイナルに出場するブロスユニットたちが姿を見せたは。
片方は歩たちのお目当てであるゴルドナックル、その名前の通りその機体の全身は金色に塗装されており非常に目立っている。
拳闘スタイルを使う矜持から金色の機体は一切の武装を所持して無く、唯一拳を保護するグローブ型のパーツを嵌めているだけだ。
余分なパワーなど不要とばかりにゴルドナックルの機体は細身であり、その姿はまさに軽量級のボクサーの佇まいだった。
ゴルドナックルに対するは、これまた派手さでは負けていない全身を虹色に染めた機体だった。
虹色の機体はゴルドナックルとは対象的に、シールドにランスを携えて腰に長剣まで吊るした西洋騎士を思わせる重装備をしている。
その重装備に見合うパワーを有しているらしい虹色の機体は、ゴルドナックルと比べて一回り大きい鈍重な姿だった。
「ゴルドナックルの相手も派手ねー」
「ドリームジェネラル、プロ入り三年目。 これに勝てば初のランカー入り、か…」
最下位に近いランカーと、ランカー寸前のランク外の戦い。
ランカーである事とそうでない事は天と地程の差があり、今シーズンの日程的にこの試合が彼らの事実上の最終試合だった。
これに勝てば晴れてランカーとしてシーズンチャンピオンを決定する最終トーナメントに参加、負ければランク外として屈辱のシーズンオフを迎える。
下剋上がなるか、それともランカーが己の地位を守り抜くか、まさに崖っぷち同士の戦いが始まろうとしていた。
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