8-1. 再会のスタジアム
最初はあくまで代理だった。
パイロット不在と言う状況、そしてワークホースがセミオート機構と言う作業用のオートマ免許で操縦可能な機体だった事。
これらの要素が合わさり、整備士だった歩は急遽パイロット代理としてワークホースの経験値集めを行う事になったのだ。
最初は単純にブロスユニットに乗れる事が嬉しく、何だかんだ文句を言いながらも内心で喜んでワークホースに乗っていた。
あくまで本職は整備士であるという自覚があったから、パイロット業と並行して整備の仕事も真面目に取り組んでいた。
それはパイロットとして正式に任命された後も変わること無く、歩は今日まで自分の状況に疑問を感じる事無く今日まで我武者羅に働いてきたのだ。
「考えたことも無かったな、整備の仕事を辞めるなんて…」
ファミレスで福屋からパイロット兼整備士と言う自身の歪な状況を突きつけられた歩は、何時かのように寝床の上で悩んでいた。
少し前まであんなに眠たかったのに、今は眠気が全く出てこず色々な考えが頭を過ぎってしまう。
確かに福屋の言う通り、パイロットとしての立場から見れば今の整備士の仕事は余分な物でしか無い。
例えば自らが痛めつけたワークホースを整備する罰も、あれは自分が整備士であったからこそ課せられた物なのだ。
歩が整備士を辞めて本格的にパイロット一本に絞っていたら、恐らく重野は説教だけで済ました事だろう。
「別に整備の仕事が嫌いな訳じゃ無い。 ワークホースの面倒をこれからも見てやりたい、けど…」
教習所のパイロットコースで落ち零れた歩は、パイロットで無くても少しでもブロスユニットに関わりたいと考えて整備士コースへと転科した。
言うなれば今の整備士としての立場は妥協の産物であり、パイロットとしての立場こそ本来求めていた物である。
教習所で整備士コースに転科した直後の自分であれば即座にパイロットへ完全転向しただろうが、現在の歩は整備士としての仕事にも愛着を持っている。
巨大ロボットと言う趣味人の玩具に惹かれた歩に取って、整備士としてブロスユニットを弄くり回す事は楽しかった。
しかしパイロットに専念するようになれば、整備の仕事は重野たちに全て任せることになり歩は今のようにワークホースに触れなくなるだろう。
パイロット兼整備士、ブロスユニットの全てに関われる歪な立場を捨てるべきか、捨てないべきかを決められず歩の眠れぬ夜が続いていた。
結局、歩はどちらを選ぶことが出来ず、パイロット兼整備士の立場を続けていた。
あの日以降、福屋は歩に対して何も言ううことは無く、以前と同じように頼れる整備士の先輩としての立場を貫いている。
歩の方も余りこの話を蒸し返す気にならず、何処か余所余所しい雰囲気を感じながらも自分の仕事を続けていた。
パイロットとしてワークホースを操り、整備士としてワークホースの整備をする。
パイロット兼整備士の二足草鞋の生活を忙しくこなしていた、あっという間に時間が過ぎていった。
「久しぶりに此処に来たな…、相変わらずデカイなー」
ライセンス試験のために日々訓練に励んでいる筈の歩であるが、どういう訳か今日は彼の職場であるベースでは無く他の場所に居た。
そこはドーム型の施設だった、眼下には100メートル四方の巨大なフィールド、それを四方から囲うは観客席はフィールドを見やすいように座席が階段状に積み上がっている。
安全性を重視して透明な敷居によってフィールドと分断されている観客席は、施設の地上階から階段を上がって入る事になる。
その階段を駆け上って現れた歩は、子供のように目を輝かせながらドーム内を見回していた。
此処はブロスファイトのために作られた専用スタジアム、今日此処で公式のブロスファイトが行われるのである。
「あんまり客入りは良くないわね。 この時のノンタイトル戦なら、こんな物かしらね」
「オンライン中継が有りますからねー、大抵のファンはわざわざ此処まで足を運ばないんでしょう」
歩の後に続いて現れた犬居は満面の笑みを浮かべている歩とは対処的に、何処か硬い表情だった。
その格好もジーパンにジャンパーと言う若者らしい格好の歩に対して、犬居のそれは普段良く見かけるスーツ姿である。
これば職場であれば歩の方が浮くであろうが、今彼らが居るのはブロスファイトと言う娯楽を見るためのスタジアムなのだ。
180付近と言う恵まれた身長を持つ彼女は、この場に相応しくない格好と相まって周囲の観客から注目を浴びていた。
「は、早く席に行くわよ」
「だからその格好は止めた方が良いって言ったのに…」
「これは仕事よ! それならそれらしい格好でいないと…」
他の観客達の視線に気づいた犬居は若干顔を赤らめながら、いそいそと指定された席へと向かう。
その様子に対して歩はほら見たことと言う様子で、若干呆れた表情を浮かべながら犬居に続いていく。
犬居の言う通り今日歩たちがスタジアムに訪れたのはプライベートの遊びでは無く、仕事の一貫なのである。
だからと言ってわざわざ小ざっぱりなスーツ姿でスタジアムに来る必要も無く、融通が効かない監督様であった。
歩たちの命運を決めるその知らせが届いたのは、今から数日前の事である
今どき珍しい紙媒体の封筒がベースに届けられ、その封筒を受け取った犬居は即座にデバイスを通して歩たちを呼びつける。
「"全員、集合ぉぉ!! とうとう来たわよ、ライセンス試験での私達の相手が!!"」
「"うわっ、煩い!?"」
「"仕事中に緊急回線を繋げるのは止めなさいよ!!"」
デバイスから突如発せられた犬居の甲高い声に反応しながらも、その呼びかけに応えて整備員たちが集まり出す。
その視線の先には犬居の手によって掲げられた、ブロスファイトを運営する協会のロゴが入った封筒があった。
歩たちが集まった事を確認した犬居は勿体つけるように封筒を開封し、その中にあるライセンス試験に関する書類を取り出した。
そこにはライセンス試験である試験試合の日程・会場、そして対戦相手の情報が順番に記されている。
犬居は書類をゆっくりと捲っていき、最後に記された対戦相手のページが出た所で寺崎が驚きの声を漏らした。
「あれ、葵って…。 おい、これってお前の元カノじゃね?」
「おい、寺崎!!」
「はっ?」
「何々、詳しく!!」
葵(あおい)・リクター、それが書類に書かれていた対戦相手のパイロットの名前だった。
その名前に聞き覚えのあった寺崎は、それが教習所時代に歩と噂になっていた人物である事に気付き思わず声に出してしまう。
元カノ、その響きは女性陣にとっては聞き捨てならないのか、福屋と犬居は目を輝かせながら詳細な説明を求めた。
「別に彼女じゃ無い。 ただのパイロットコース時代の同級生だって…」
「えぇー、そんな感じじゃ無かったぞ。 ただの同級生がわざわざ整備科コースの教室まで、お前の面を殴りに来るかよ」
「えっ、修羅場!? 修羅場なの!?」
確かに歩はライセンス試験の対戦相手となった、"葵(あおい)・リクター"と言う女の事を知っている。
衆目の前で彼女から殴られると言う醜態を演じたのも残念ながら事実だ、しかし歩と彼女は断じて寺崎が勘ぐるような関係では無かった。
しかし当時の歩と葵・リクターの間で交わされたやり取りだけを抜き取れば、喧嘩別れしたカップルのようにも見えるのは事実である。
実際、あの一件の後で整備科コース内で暫く噂になったし、寺崎の話を聞いた女性陣も同様の結論を得たようだ。
「い、色々あったんだよ。 色々とな、別にいいなよ」
「何よ、怪しいわねー」
「可愛い子ね、こういう子がタイプだったのかしら?」
「止めて下さいよ、二人共!!」
確かドイツ系の血を引くらしい葵・リクターの姿は、金髪碧眼と言う日本人と明らかに異なる西洋の空気を感じさせた。
書類に載せられていた葵の写真が無表情だった事もあり、その美しい容姿と合わせて西洋人形を思わせる佇まいである。
相性が悪いのか普段は禄に絡まない福屋と犬居の女性陣が、ここぞとばかりに息を合わせて歩に葵・リクターとの関係を問いただす。
その熱意に押されながら、歩は葵・リクターとは何の関係も無かったと言い張るしか無かった。
歩と葵の関係を問いただすと言う脇道に逸れてしまったりもしたが、兎に角ライセンス試験の相手は確定した。
これが公式なブロスファイトであれば対戦相手のプロフィールや戦績を調べ、その情報を元に試合の進め方を決めることになる。
しかしこれはライセンス試験であり相手は無名のプロ未満である、相手を調べようにも無名のパイロットの情報など何処に落ちているだろうか。
ただし相手が無名で無ければやりようが有り、幸か不幸か葵・リクターと言う存在は既に業界で名の知られた期待株だった。
「二代目シューティングスター、シューティングスターの娘ね…。 そういえば教習所時代に噂で聞いていたいけど、まさかこんな小娘が…」
「15歳で教習所に入って、ストレートで卒業した文字通りの天才ですよ。 その年令もあって、教習所では結構浮いてましたけどね…」
実は教習所には年齢制限は存在せず、やろうと思えば中卒で入ることも可能である。
しかし入学するには高校レベルの学力は必須であるため、大抵は高校卒業後に大学受験と同じ感覚で教習所を受ける物だ。
逆を言えば中卒の時点で高卒レベルの学力があれば入学は可能であり、葵・リクターと言う人間はそれを成し遂げたジーニアスだった。
そして葵・リクターはブロスファイトの黎明期において、シューティングスターと呼ばれていた名パイロットの一人娘でもある。
ブロスユニット"ナックルエース"を操り、その華麗な戦いぶりからファンの間でシューティングスターと讃えられたパイロット。
どうやら鷹が鷹を生んだらしく、二代目シューティングスターは満を持してブロスファイトの世界に足を踏み入れようとしているらしい。
「あいつが相手ならば、その戦法は分かります。 シューティングスターの代名詞というべき…」
「拳闘スタイル、それなら対策がしやすいわね…」
初代シューティングスター、かつて歩はその試合をスタジアムで観戦した事があった。
ナイトブレイドの剣戟を華麗なステップで掻い潜り、その懐に飛び込んで拳を打ち付けようとする赤い閃光はまさにシューティングスターの異名に相応しい物だった。
手には拳を保護するグローブのみ装着し、武器を一切使わずに拳のみで戦い抜く拳闘スタイル。
シューティングスターの娘である事に誇りを持っていた葵が父の戦い方を真似ない筈は無く、彼女もまた拳闘スタイルでライセンス試験に挑んでくるに違いない。
歩の脳裏にはかつてのナイトブレイドとシューティングスターの姿が蘇り、その姿がワークホースとまだ見ぬ葵の機体に一瞬だけ置き換わるのだった。
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