5-4.


 仮にユウキオーガとワークホースに乗る各搭乗者の姿を比べて見ている者が居たならば、その差に酷く驚くことになるだろう。

 ユウキオーガ、つまりは全うな競技用ブロスを搭載している機体の操縦席で佑樹は常に手や足や頭を忙しなく動かしていた。

 操縦席内のモニターに映し出される機体の状況、数にすれば百は下らない各種パラメータの情報を瞬時に把握。

 現在の機体の状況を頭に入れながら、どんな違いがあるのか足元に五つは見えるフットペダルを交互に踏み込んでいく。

 同時に左腕でキーボードに似た操作端末を操作画面を目に入れずに操作し、右腕の操縦桿を操作していた

 よく見れば右腕に握った操縦桿には十近くの小さなボタンが付いており、佑樹はそのボタンを指で操作しながら操縦桿を動かしているのである。

 競技用ブロスを操るためには、右手と左手だけで無く右足と左足と頭を別々に動かさなければならない。

 この例えには全くの過大や虚構は無く、それは競技用ブロスを操るために必要な最低限の機能でしか無かった。


「ちぃ、これも避けるか!」

「くそっ、このままでは…」


 複数の作業を並列して同時に行う才、マルチタスクと呼ばれるそれを持たない歩には今の佑樹と同じことは絶対に真似できない。

 しかし歩の操るワークホースは、劣勢ではあるが佑樹の操るユウキオーガに食らいついている。

 全うな競技用ブロスでは無い、セミオート機構と言う特殊なシステムを持つワークホースの操縦席はユウキオーガのそれと違って酷く簡素であった。

 足元には右足と左足用のたった二つのフットペダル、操縦桿にユウキオーガのそれと比較して半分にも満たない数のボタンが見える。

 そして操縦席に映し出される機体の状況は、歩が一度に把握出来る十程度の情報だけであった。

 ワークホースの操縦席に収まり必死に機体を操作する歩の表情こそ真剣であるが、その動作量とは比べるまでもなく少ない。

 白馬システムが開発したセミオート機構、その恩恵によって非才である筈の歩がブロスファイトの世界に曲りなりに足を踏み入れることが出来た。


「ふん、少しはやるじゃ無いか…、ワークホース」


 相手がセミオート機構であることなど知る由もない佑樹は、自分に食いついてくる無名のパイロットの実力を認め始めていた。

 前提として相手は自分と同じマニュアル免許の保持者であると認識している佑樹に取って、歩は自分と同じ土俵に立つ人間であった。

 自分でも気付かない内に笑みを見せ始めた佑樹であるが、自分が認めた相手がマニュアル免許すら持たない落伍者であると知った時にどのような表情を浮かべるであろう。






 佑樹の見た所、ワークホースはいいサンドバックであった。

 こちらの攻めや崩しに辛うじて反応して見せ、その解りやすい教科書通りの攻撃は少し気を使えば簡単に対処できる。

 自分が駆るユウキオーガの動きにどれだけ付いていけるか見ものだと、佑樹は己の勝利を全く疑っていなかった。

 しかし予想に反してワークホースは耐え続けた、5分、10分、15分…、一方的と言ってい状況に諦めることなく茶色の使役馬は食らいついていた。

 その茶色の体の各所には大剣で受けた剣跡が見え、右肩に直撃を喰らったのかその装甲が剥がれてフレーム部が露わになっている。

 例え刃が潰れてようとも20メートル長の巨人が振るう大質量の一撃は、まともに入ればブロスユニット手足程度なら簡単に断ち切れるのだ。

 何度もあの大剣を受けて駄目になったのか地面にはボロボロの剣が転がり、ワークホースは二本目の予備の剣を代わりに構えている。

 満身創痍の見た目であるがその動き自体は試合開始から全く代わっておらず、致命的なダメージはまだ受けていないことを示していた。


「何でだ、何で崩れない!!」

「はあはぁ…」


 何度も言うようだが、ブロスユニットは操縦者の状態に大きく左右される物である。

 操縦者が一つでも操縦を謝ればブロスユニットの動きは大きく崩れてしまい、その時点で試合は決着してしまうだろう。

 15分以上もの間、一方的と言っていい状況でやられているのだ、しかも相手はプロ試験にすら受かっていない半端者だ。

 本来であればとっくに勝敗が付いていてもおかしくないのに、ワークホースは全く崩れることは無くユウキオーガに立ち向かい続ける。

 その姿、その予想外の展開に佑樹は苛つきを覚えたようで、怒りの篭った声を絞り出していた。


「"どうするの、逃げてばかりじゃ勝てないわ!!"」

「なら勝つ方法を指示して下さいよ! 練習したことを幾らやっても無駄でした、相手にこちらの攻撃は完全に読まれています」

「"気合よ、気合で何とかするの!!"」

「精神論に頼ったら負けだと思いますが…」

「"五月蝿いわね!!"」


 しかしワークホースが不利である事は変わりなく、その機体の中で操縦者の歩は監督と打開策について話し合っている。

 残念ながら彼我の実力差ははっきりしており、生半可な攻撃では相手に届きすらしないだろう。

 今の歩ではユウキオーガの攻撃を凌ぐことしか出来ず、少しずつであるがワークホースのダメージは蓄積している。

 どうにか試合を長引かせていは居るが、このままではこちらの敗北は目に見えているだろう。

 本来であれば歩の監督である犬井が何らかの打開策を掲示しなければならないのだが、残念ながら犬井にはこの状況で歩を勝利に導くための道筋を見出すことが出来ないようだ。

 耳元の通信機から聞こえてくる監督の甲高い声に辟易しながら、歩は未だに無傷の青い巨人を睨みつける。


「どうします、このまま持久戦にも持ち込みますか?」

「相手はプロよ。 ミスを待つのは余り現実的では無いわね…。

"…否、待って! この動きは…?"」

「"何か手が思いついたんですか!?"」


 自棄になって感情論を持ち出そうになる犬井であるが、流石に若くして監督として選ばれたのは伊達ではないらしい。

 リアルタイムでワークホースから送られてきたユウキオーガのデータを見ていた犬井の脳裏に、ある閃きが生まれるのだった。











 ブロスユニットは操縦者の操縦に大きく影響を受け、その動きは機体ごとに全く異なる物になる。

 それ故にブロスファイトの敗北する理由の一つとして挙げられる物は、相手の癖を読んだカウンターにあった。

 自身でも気付いていなかった些細な癖によって、ブロスファイトに敗北したブロス乗りは数知れない。

 しかし相手も馬鹿ではないので、自身を敗北へ導いた癖は次の試合までに無くすのは当然である。

 加えてブロスファイトの黎明期の頃なら兎も角、10年近くの月日が経った現在に置いてブロス乗りは己の癖を消すように務めるのは当然である。

 勿論、今歩が戦っているユウキオーガもまた、試合の結果を左右する癖など存在する筈も無かったのだ。


「そこっ!!」

「いい加減しつこいぞ、さっさとうやられろ!!」


 それもある意味でセミオートを搭載したワークホース故の展開だった。

 操縦者の影響を大きく受けるマニュアル操縦のブロスユニットは、操縦者の状況によってその動きが大きく左右されていた。

 それに対してセミオートはその大半の動作を機械が片変わりするため、操縦者の状況に関わらず常に事前に学習した動きを繰り返すことになる。

 常に同じ動作を繰り返すワークホース、それに対するユウキオーガは知らず知らずの内にその動作に対する決められた返しをするようになっていた。

 言うなればワークホースの奮戦によって、ユウキオーガに新たな癖を作り出したのである。


「なっ、俺の動きに合わせたのか!?」

「いっけぇぇぇ!!」


 何度も繰り返されるワークホースの動きに対して、決まった返しをしようとするユウキオーガ。

 しかし今度のワークホースの動きは先程とは違っていた、ユウキオーガの動きを完全に読んでいる茶色の使役馬は後ろにでは無く前に進む。

 そして絶対的優位に立っていたユウキオーガは、この瞬間に最初で最後のピンチを迎えることになった。






 僅かな癖を見出した犬井、その癖を逆手に取って相手の懐に飛び込んだ歩とワークホース。

 明らかに意表を付いたそこはプロの面目躍如と言うべきか、ユウキオーガはワークホースの起死回生の一撃を寸前の所で避けたのだ。

 胴体を無理やり斜めに傾けて袈裟斬りに振られたワークホースの剣を寸前で回避するユウキオーガ、しかしその瞬間に青い機体は不安定な状態となる。

 そして次の瞬間に体が浮く感覚を覚えた佑樹は、操縦席を大きく揺らす衝撃によって自身の機体が転がされたことを知った。

 あの一瞬の攻防でワークホースは片腕で剣を振りながらもう、片方の手でユウキオーガの腕を掴みに行っていた。

 同時にワークホースは前足を伸ばしてユウキオーガの足を引っ掛け、ユウキオーガの体を崩しに来たのだ。

 先程の剣戟は片腕で振るった言わば捨て剣、最初から本命はその剣戟から続くこの組投げにあったらしい。


「…くそっ!!」


 ユウキオーガは無様に地面へ転がされ、その眼前には剣を突きつけられていた。

 本番のブロスファイトであれば此処で容赦なく頭部を潰し、相手は自らの勝利を確定するだろう。

 しかし今日のそれはあくまで模擬試合であり、ほぼ勝負が決まったこの状況で練習相手として呼んだ相手をこれ以上痛めつける必要は無いと判断したらしい。

 格下と断じていた相手に無様に転がされ、情けを掛けれた今の自分の状況から抵抗できるほど佑樹の面は厚くは無い。

 敗北を理解した佑樹は悔しげにうめき声をあげ、乱暴に操縦席に拳を叩きつけるのだった。



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