5-3.
試合の開始直前、裏庭に設置された臨時の観客席に滑り込むように佳代が姿を見せた。
友人の帰還に気付いた少女は慌てた様子で佳代に手を振りながら、確保していた自身の隣の空席に指を指す。
佳代は席取りをしてくれた友人の少女に感謝の笑みを浮かべながら、少女の隣の椅子に急いで駆け寄って座った。
「遅いよ、佳代ちゃん。 もう始まっちゃうよ」
「ごめん、ちょっとお父さんとの話が長くなって…」
一緒に模擬戦の観戦に来ていた友人の少女に、あの不愉快な敵パイロットの話をしても仕方ないだろう。
佳代は誤魔化しの言葉を述べながら遅れてきたことを詫び、友人の少女は別段怒った様子も無く笑顔で佳代の謝罪を受け入れていた。
父親である重野が様々なブロスファイトのチームを渡り歩いた関係で、彼の一人娘である佳代は転校を何回も繰り返している。
今の学校もまだ通い始めてから一年も満たないが、そんな中でこの大人しい風貌の少女は今の学校で出来た初めての友人だった。
今日もブロスファイトの模擬試合の観戦に付き合ってくれて、席取りまでしてくれた友人には感謝してもしきれないだろう。
「何だよ、逃げたかと思ったぜ」
「ふん、そんな訳無いでしょう。 お父さんの機体の晴れ舞台を私が見逃すわけ無いじゃない!
佳代たちから少し離れた所に、学校で因縁を付けてきた少年たちのグループの姿があった。
あれだけ歩たちのチームの事を貶しておきながら、しっかりと今日の模擬戦を見に来ていたらしい。
売り言葉に買い言葉と佳代は、相変わらずの少年の悪態に対して真っ向から立ち向かう。
この佳代の気の強さは生来の物なのか、それとも転校する度に周囲の環境が変わる状況に適応するには引っ込み思案で居られなかった故の物なのか。
「ま、まあ機体が良くても、パイロットの方は少し不安かもだけど…」
「違うよ、佳代ちゃん!! パイロットさんも頑張ってくれるよ!!」
「え、えぇ…」
内心では歩の事を認め始めている佳代であるが先に悪く言った手前、前言を翻すのはバツが悪いと思ったのだろう。
佳代の口から出た言葉は以前と同じパイロット不安論であった、その発言にまたもや自分と違って大人しい筈の友人が噛み付いてきたでは無いか。
実は友人の家が営んでいる弁当屋の特製弁当を、あのパイロットが毎日昼食にしている事など佳代は知る筈も無かった。
事前に定められた模擬試合の開始時刻まであと僅かな所で、観客たちの前に白馬システム営業の伊沢が姿を見せた。
襟元に付けたマイクによって拡声された声は、後ろに居る観客達にまでしっかりと届いている。
「えー、今回の模擬試合は全て、ブロスファイト委員会が定めた公式ルールに則って試合を行います。
そこでブロスファイトファンに取っては常識かもしれませんが、簡単に試合のルールについて解説したいと思います」
ブロスファイト、ブロスユニットと言う名の現代の巨人通しの戦いが無法で行われる訳も無い。
今は国民的競技となっているブロスファイトであり、ブロスファイトの存在を知らない人間はほぼ皆無と言えよう。
しかしブロスファイトの存在を知っていることと、その競技ルールを知っていることはイコールでは無い。
そこで今回の模擬試合をより楽しむため、此処で観客達にブロスファイトのルールについて軽く説明しておくつもりらしい
「まずは勝敗について。 これはブロスユニットに搭載されているブロスが、自機の戦闘続行が不能であると判断されたら敗北となります。
敗北と判断される状況は様々ですが、ブロスファイトで一番よく見られる決着は頭部のカメラを破壊されて目を潰されるパターンですかね」
ブロスユニットに搭載されている競技用ブロスは、常に自機の動作状況とダメージを確認している。
例えば足をもがれて自立不能状態になったり、頭部カメラを破壊されて目を潰されたりすればブロスは自機は戦闘不能であると判断するだろう。
ブロスが戦闘不能を判断するシステムは全機体共通であり、当たり前であるばブロスを細工して都合いい判定をさせようとすれば無条件で失格となる。
「次にブロスファイトで使用できる武器について。 ブロスファイトでは基本的に、飛び道具以外の武器を持ち込むことが出来ます。
ただし搭乗者の安全のため、剣などについては刃の部分を潰しておく必要があります」
ロボットアニメでよく見られるビーム兵器などを用いた銃撃戦は、残念ながらブロスファイトでは禁止されていた。
銃撃戦などと言う戦争を連想させる行為に懸念を持つ有識者は、前世紀より一定数以上は存在しているのだ
彼らの横槍を避けるためにはブロスファイトから、銃などの近代戦闘を思わせる武器は排除する必要があった。
しかし泣く泣くロボット通しの撃ち合いを諦めたが、ロボット同士のチャンバラまでは譲れない。
聞く所によると様々な政治的の末、ブロスファイトでは剣や槍と言う飛び道具以外の武器の使用は認められることになったらしい。
「では、簡単では有りますがルール説明は以上となります。 ブロスファイトの模擬試合をお楽しみに…」
「おお、いよいよ始まるぞ!!」
「頑張れー!!」
簡単なルール説明を終えた伊沢は観客達の前から引き、それを切欠に青と茶色の巨人が動き始める。
観客たちは間近で見る巨人通しのぶつかり合うに興奮し、口々に歓声や声援を上げるのだった。
最初に仕掛けてきたワークホース、こちらの正面を避けるように回り込みながら走るワークホースの動きを佑樹はユウキオーガの中で観察していた。
このユウキオーガの大剣と正面からぶつかり合う物など殆無く、こちらを避けようとする相手の動きは過去の実戦で何度も見てきた。
それ故にワークホースの動きは佑樹の範疇の中に有るものであり、別段驚くようなことでは無い。
それより佑樹が目を引いたのは、こちらに迫り来るワークホースの動き自体にあった。
「速いな。 しかし気持ち悪い、まるで機械のように動きだ…」
操縦者に過剰なまでのパラメータ入力を要求するブロスを搭載したブロスユニットの動きは、操縦者の癖が大きく出るものである。
実際にこれまで佑樹が見てきたブロスユニットの動きは全く同じ物は無く、注意深く見れば何かしらの操縦者の癖という物が見て取れたのだ。
翻ってこのワークホースの動きはどうだ、まさに教科書通りと言うべきその動きはは癖と呼べるノイズが全く見られないのだ。
セミオート機構という画期的なシステムにより、ワークホースに乗る歩は操縦の大半を機械に任せている。
その事実を知らない佑樹には、今のワークホースの動きはとても奇妙に見えるらしい。
「いっけぇぇぇ!!」
「はんっ、しかし教科書通りで勝てないのがブロスファイトなんだよ!!」
こちらの左側面、右利きである佑樹の反応が一瞬だけ遅れる方向からセオリー通りに飛び込んできたワークホース。
振りかぶると言う余分な動作を排除できる事から、歩は剣を水辺に構えてユウキオーガに突きを放った。
相手はまだ動いておらず、あの大剣を動かしてこちらの突きを受けるのは間に合わないだろう。
使役馬の名に恥じず、ワークホースは一般的なブロスユニットと比較して脚部の機動力が優れている。
まだ一度も試合にも出たことのないワークホースの性能を相手が知る由も無く、その予想以上の機動力に面を喰らったに違いない。
ワークホースの機動力を使用した奇襲、ファーストヒットは貰ったと確信しながら剣を構えた茶色の使役馬が相手に飛び込んでいく。
「なっ、スカされたっ!? くっ…」
「ほら、お返しだ!!」
迫り来るワークホースの突きに対して、ユウキオーガが取った行動は簡単だった。
軽くサイドステップを踏み、ワークホースの突きから逃げてみせたのだ。
しかし言うは簡単であるがそのタイミングは絶妙であった、経験の浅い歩が自分の攻撃がヒットした確信した瞬間にユウキオーガは動いていた。
ファースヒットを確信した歩は予想に反した手応えの無さに愕然とし、次のしてくるだろう相手の動きを察して慌てて動き始める。
そして歩の思った通り、突きを空振りしたワークホースに向けて青い大鬼がその手に持つ大剣を振り下ろしてきたのだ。
ブロスファイトにおいて、操縦者の意識を逸らす作戦は非常に有効である。
操縦者からの過大なパラメータ入力を絶えず受けることで動作するブロスユニットにおいて、操縦者の混乱はそれだけ機体に影響を与える。
一瞬の思考停止、その間に止められたパラメータ入力をリカバーする時間はブロスファイトと言う競技においては致命的な隙を生むことになる。
経験の浅いパイロットなどはベテランの予想外の動きに混乱し、あっさりと敗北してしまうケースも少なくない。
事実、佑樹が初めてブロスファイトに参加し、敗北した理由もこのケースにあったのだ。
「ほう、崩しに反応するか。 以外にやるな…」
「危なかった!? こればプロの力だ…」
それに対して今のワークホースの動きはどうだろうか、一瞬の硬直が合ったもののユウキオーガに対して見せた反応は素早かった。
水平に構えていた剣を上に持ち上げ、ユウキオーガの大剣を受け流すように刀身を斜めに構える。
そして見事にユウキオーガの大剣をその剣で受け止め、その一撃を横の受け流すことに成功したのである。
この一連のやり取りを佑樹に佑樹は素直に関心していた、正直言って先程の攻防は本気で勝負を付けるために行っていた。
しかし相手はそれをどうにか潜り抜けて見せたのだ、無名のプロ候補生とは思えない実力である。
勿論、今の一連の攻防を潜り抜けた理由は、ワークホースが搭載するセミオート機構にあった事は言うまでも無い。
完全なマニュアル操作のブロスと違い、大半の操縦を機械が肩代わりするセミオート機構はこのような刹那の状況でその真価を発揮するのである。
「はははは、全く期待して無かったんがな…。 いいだろう、もう少し遊んでやるよ!!」
「来るか!!」
自分の初手殺しを回避してみせたワークホースに興味を持った佑樹は、今日この日初めて本当の意味での笑みを浮かべた。
それは自らのストレスを解消するために見せた、相手を嘲笑する時に浮かべる笑みでは無い。
プロのブロスファイト乗りとしてワークホースの事を認め、自分が遊ぶに相応しい存在と認めた佑樹は眼前のおもちゃを前に楽しそうに笑っていた。
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