5.2



 "ユウキオーガ"、それがプロのブロス乗りである佑樹(ゆうき)の愛機である。

 自身の名を与えた彼の機体は鮮やかな青色の機体色をしており、その背には全長の半分はある巨大な大剣を背負っていた。

 二本の角を思わせるアンテナを頭部に生やし、見た目重視の刺々しい鋭角的な装甲、明らかにパワー重視のマッシブな体格。

 それらの姿はオーガを冠するに相応しく、悪く言うならばゲームかアニメの中ボスあたりに居そうな造形であった。


「おー、あれが相手の機体か」

「あんまり知らない奴だなー」

「ねぇ、チャンピオンは来ないのー!!」


 ベースの裏庭に現れた青い機体の姿に、臨時の観客席に居る地元住民たちは歓声の声をあげる。

 模擬試合とは言え生でブロスユニット通しの戦いを見る絶好の機会である、ブロスファイトに興味を持つ者たちが集まっているらしい。

 一応広報の方で今日の模擬試合の事は簡単に宣伝していたらしいが、予想より人が集まったようで用意した簡易椅子が足りずに立ち見になった人も出ている。

 この光景はそのまま現代における、ブロスファイトの人気の高さを実感する風景と言えるだろう。


「はいはい、これ以上は危険ですからね…」

「ご来場の方には無料で、白馬システム特製の記念タッチペンをお配りしています」


 ベースに居るチームのメンバーは模擬試合の準備に忙しく、観客達の相手は本社から助っ人として派遣されたスーツ姿の男たちが担当していた。

 後で広報活動に使うつもりなのか撮影班も用意しているようで、高性能カメラを搭載したドローンの最終調整をしている者も居る。

 そんなスーツ軍団の中には歩の実力を懸念していた営業の伊沢の姿もあり、見事な営業スマイルを浮かべながら会社の記念品を配り歩いていた。


「ふん、五月蝿い観客共な。 まあいい、精々俺様の華麗な操縦テクニックを見ていくんだな」

「これが実戦、本当にやれるのか。 否、やるんだ、約束したもんな!!」


 ユウキオーガに対峙するのは茶色の機体、我らがワークホースである。

 その茶色の塗装や太ましい脚部はその名の通り馬を思わすが、それ以外に目立った特徴の無い機体はユウキオーガと違って明らかに地味だった。

 そんなワークホースに搭乗している歩むは初の実戦を前に萎縮しそうなるが、先程交わした約束を思い出して自らを奮い立たせる。

 相手はプロ、自分が手に届かったマニュアル免許を持つ格上の相手だ。

 本来は勝ち負け口に出すのもおこがましい相手だろうが、それでも歩はあの青い鬼に勝たなければならない。

 あの少女、佳代との約束を果すため…。











 それはワークホースとユウキオーガ、二体の巨人が対峙する1時間程前の頃である。

 本日の模擬試合の相手をしてくれるプロチームを出迎えた歩たちは、今日の相手をしてくれるプロのパイロットの悪態に面を喰らっていた。

 元来、プロのブロス乗りという連中は、我儘で性格が捻くれている連中の集まりというのが常識である。

 選ばれた人間にしか許されない競技用ブロスのマニュアル免許、それを勝ち取った天才は過剰なまでの才能とプライドの高さを併せ持つ物なのである。

 しかしそうは言ってもこの佑樹と言うパイロットは本当に酷かった、何しろ口を開けば歩たちを貶す言葉を延々と掃いてくるのだ。

 相手は貴重な実戦経験を得るための貴重な練習相手である、立場上下出に出るしか無い歩たちは愛想笑いを浮かべながらやり過ごすしか無かった。

 そして自分の優位をはっきりと自覚しているらしい佑樹は、鬱憤晴らしとばかりに思うがままに暴言を吐け続けている。


「ほー、こんな所でパイロット殺しの整備士様に出会えるとはな…。 やっぱり噂通り、とんでもないチームのようだな」

「っ!?」

「ちょっと、幾ら何でも言っていいことと悪いことが…!!」


 しかし残念ながら歩たちの努力は、佑樹の放った禁句によって台無しとなった。

 "パイロット殺し"、重野に向けて放たれた言葉に過剰に反応したのは、当の本人では無くその横に居た福屋である。

 歩にはその言葉の意味が解らなかったのだが、福屋の反応を見る限りどう考えてもそれは重野に対する褒め言葉では無いだろう。

 今にも佑樹に対して飛びかからんばかりの福屋であったが、その暴走を重野は福屋の肩に手を置いて抑えた。


「こら、佑樹! すいません、家の者が失言を…」

「へっ、本当の事だろう。 今の時代に整備不良なんて起こす整備士が居るチームなんて…」

「…こら、お父さんの悪口を言うな!!」


 流石に佑樹の暴言が目に余ったのか、一緒にやってきた同じチームの男が佑樹を止めようとする。

 しかしその制止も空振りに終り、佑樹の暴言は止まる気配を無い。

 そんな重野を悪く言う言葉に福屋は歯ぎしりが聞こえてきそうな表情で悔しがり、重野は表情を変える事無く何も言葉を発しない。 そして今の福屋の気持ちを代弁するかのように現れた少女、重野の実の娘である佳代は怒りの表情で佑樹の前に歩み寄る。


「お父さんは凄いのよ。 あの時だった悪いのはお父さんじゃ無くて…」

「佳代、来ていたのか!? 止めろ、もういい!!」

「でも、こいつはお父さんの…」


 重野 佳代、かつて歩に不満をぶつけてきた少女は父親を悪く言う佑樹に明確な敵意を見せる。

 父親が面倒を見ている機体の晴れ舞台である、今日は休日であることもありこの少女がこの場に現れない理由は無い。

 そして父に会いに来た少女は偶然にも、父が侮辱されているこの場に現れてしまったらしい。


「佑樹、お前もいい加減にしろ!!」

「…ふん、仕事は仕事だ、試合はしてやるよ。 一瞬で片を付けて、さっさと帰らせて貰うがな…」


 佑樹のチームの男は語気を強めながら、佑樹の稚気と言うべき暴言を今度こそ止めようとする。

 その言葉に流石に口が過ぎたと理解したのか、佑樹は歩たちに背を向けて自分の機体を乗せたトレーラーに向かって歩き出す。

 謝罪の言葉一つ口に出さず、傲慢な態度を変えない佑樹の姿を父を侮辱された少女は敵意を込めた眼差しで見つめていた。







 散々場をかき回した佑樹は、そのままトレーラーに収められた愛機の中に引きこもってしまった。

 一緒のチームの男は最後の調整だと説明したが、どう考えても歩たちの前から逃げたとしか思えない。

 しかし佑樹の言う通り、今日の本来の目的である模擬戦の準備を進めなければならないのは事実だ。

 重野たちは先程のいざこざを忘れようとするかのように、ワークホースの最終チェックを行っていた。


「いよいよ、試合か…。 大丈夫かな…」


 整備士仲間たちがワークホースに掛かりきりになる中、歩は一人休憩スペースのソファに腰を掛けていた。

 その中で一人作業から外れた歩は、試合に向けて集中力を高めるための時間を作って貰えたのだ

 普段は歩の本来の仕事である整備士の仕事を疎かにする事を許さない重野であるが、初の実戦を控えたパイロットでもあるに気を使ってくれたらしい。

 歩の脳裏には全日までに監督の犬井とまとめた、今日の試合のプランが繰り返し思い起こされていた。

 プラン通りに動けば少なくとも無様な真似にはならないだろう、そう自分に言い聞かせながらも歩の胸の内から不安は消え去ることは無い。


「あの…」

「ああ、重野さんの、どうしたんだい?」

「…今日は謝りに来たんです。 ごめんなさい、この前は酷いことを言って…」

「へ、いいよ、俺がへっぽこなのは本当だったしな」


 そんな時に歩の前に姿を見せたのは、先程佑樹に対して怒りを見せてたい重野の一人娘の佳代であった。

 どうやら佳代は歩に先日の暴言を謝るために、このベースへと訪れていたようだ。

 よく考えてみれば模擬試合を見るだけならば最初から裏庭の観客席に行けばいい、そうしないでわざわざベースを訪れていた理由はこのためらしい。

 この様子を見るとあの後で父親からみっちり説教されて、大いに反省させられたようである。

 嫌々では無く本当にすまなそうにしている佳代を許さない訳にもいかず、歩は素直に彼女の謝罪を受けれた。


「…お父さんは本当に一生懸命、ブロスユニットの整備をするんです。 そんなお父さんの機体を大事に使わない人は、どうしても許せなくって…」

「解っているよ、俺も整備士の端くれだから。 君のお父さんは本当に凄い整備士だよ」

「そうです、お父さんの整備士た機体は完璧なんです!!

 あいつはお父さんがどれだけ頑張って整備しているか知らないんだ、お父さんはパイロット殺しなんかじゃない…」

「佳代ちゃん…」


 先日の歩に対する苦言、それは彼女の父親に対する強い愛情から来る物であった。

 あの後で重野から聞いた話によると、佳代の母であり重野の妻である女性は既に亡くなっているそうだ。

 残された父子は二人切りで今日まで懸命に生き、父は子を子は父を愛した。

 佳代は自分を此処まで育ててくれた父親を尊敬しており、ブロスユニットの整備士という父親の仕事を誇りにしている。


「お願い、あいつに勝って。 お父さんを馬鹿にしたあいつを、お父さんが整備士た子で…」

「…分かったよ」


 大事な父の機体を満足に動かせない歩に怒りを覚えた佳代が、父親を馬鹿にしたあの憎きパイロットに対して怒りを覚えない筈が無い。

 そしてあのパイロットを叩きのめすことが出来る機会、模擬戦の時間がすぐそこまで迫っていた。

 あのパイロットに勝ってくれ、そう願う少女の言葉尻は僅かに震えておりその瞳は湿っている。

 そんな少女の感情を察した歩は、自然と少女の願いを叶うことを誓ってしまうのだった。











 正式なブロスファイトでは無い模擬試合であるため、戦いの始まりは互いの呼吸が合った瞬間になる。

 ユウキオーガは両の腕で巨大な剣を正面に構え、こちらを待ち構えるように動かない。

 競技用で刃が潰してある剣とは言え、あれだけの大質量をまともに受ければ一溜りも無いだろう。

 しかしその巨大さは取り回しの悪さを生み、上手くあれを掻い潜れば勝機は充分にある。

 実際に過去のユウキオーガがそのパターンで敗北することは多く、上手くやれば勝機は有る筈だ。


「"こちらは機動力で撹乱するのよ! いいわね、"」

「…行ける、やってやるぞ!!」


 初めてブロスユニットと対峙する歩は、自分が予想以上に高揚していることに内心で驚いていた。

 過程はどうであれこの瞬間は、歩が幼い頃から夢見ていたブロスユニット同士の戦いなのである。

 その事実を初めて実感した歩の中から不安や弱気は吹き飛んでおり、闘争心と言うべき感情すら芽生えさせていた。

 耳に付けた小型通信機から聞こえる監督の犬井からの指示を聞き流しながら、歩はユウキオーガが持つそれよりは一回り小さい剣を構える。

 これはブロスユニットが使用する一般的なサイズの剣であり、歩は今日まで毎日のようにワークホースでこの剣を振るって来たのだ。

 何度も練習を繰り返してきた一撃、練習通りにやればいいと言い聞かせながら歩はワークホースを駆けさせた。


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