6. 名馬の条件
佑樹は己の敗因を理解していた。
今回の佑樹の役目は、ライセンス試験を控えているプロ未満のヒヨッコの教導役である。
そのため佑樹は指導という建前の元、相手に経験を積ませるような戦いを行う必要があった。
無理に勝負を決めに行こうとはしないで、ジワジワと相手を追い詰めるような戦い。
教導と言えば格好がいいが、それは生意気な相手を嬲ろうとする佑樹の稚気染みた感情も込められていたかもしれない。
しかしその戦い方は結果的に佑樹の癖を新たに作り出し、それを相手に漬け込まれてしまったのである。
「…ありがとうございます」
「ふん…」
試合後、機体をトレーラーに戻した佑樹は、ベース内で今日の自分の相手と向き合っている。
手負いの相手が何を仕出かすは分からないため、出来るだけ早く勝負を付けるのはブロスファイトの鉄則である。
これが本番であれば佑樹は少し無理をしても攻め込み、恐らくワークホースはそれに耐えきれずにあっさりと敗北していた事だろう。
この敗北は佑樹が教導役という役目を果たした結果とも言え、決して佑樹の評判を落とすものでは無い。
そう自分に言い聞かせながら佑樹は、自分を負かした無名のパイロットに頭を下げられていた。
勝者となった歩としても今日の勝利は、相手がこちらに付き合ってくれたからこそ得られた物である事は理解していた。
戦いを通じてプロのパイロットの凄さを理解した事もあり、歩は素直に佑樹に対して礼を言葉に出せた。
「…悪かったな、今日は少し大人気無かった。 少なくともお前とこの機体なら、ライセンスくらいは何とか取れるだろう」
「は、はい!!」
敗北のショックで今日の自分の言動を見直したのか、佑樹の口から思わぬ謝罪の言葉が出てきた。
思うような成績を得られない現状のフラストレーションを、今日はじめて会った相手にぶつけてしまった事が今更ながら恥ずかしくなったのか。
しかし例え佑樹が自分の否を認識したとしても、相手が有象無象であれば自分から謝ろうとは思わないだろう。
プライドが極めて高いプロのブロス乗りとはそう言う物であり、自分の下と見ている人間には決して下手には出ない。
この反応は佑樹が今日の戦いを通して目の前の相手が自分と同じ土俵の存在、プロのブロス乗りになるであろう者だと認識したことによる軟化でもあった。
険悪であった両者が戦いを通じて分かり合い和解する、お話としてはよくある展開と言えよう。
周囲で歩たちのやり取りを聞いていた整備班たちも、今回の勝利と佑樹の謝罪で決着としたらしくこれ以上話を蒸し返す気は無いようだ。
一番佑樹に憤慨していた佳代は歩の勝利に満足し、父親に家へと帰されたのでもう此処には居ない。
普通であれば此処で一件落着となりそうな物だが、残念ながら今回はそうはならなかった。
「はん、情けないなー、こんなモドキにやられるとは、プロを名乗る資格すら無いぞ」
「え、誰…」
「"…そいつは前のパイロット! 直前で契約を切ったあの裏切り者よ"」
しかし予期せぬ乱入者の登場により、収まりかけていた場の雰囲気は一変してしまう。
突如、佑樹と歩の間に割って入ってきたのは、無精髭を生やしたスーツ姿の男である。
恐らく三十歳前後と思われる男はわざとらしくため息を漏らしながら、佑樹に向かって難癖を付け始めたでは無いか。
未だに身に付けていた通信機から聞こえてくる監督の声が歩に、ベースに現れた謎の男の正体を知らせてくれた。
"白馬システム"チームの元パイロット、ワークホースに乗る筈だったプロのブロス乗りがどういう訳この場に姿を見せたらしい。
「本当ですか、それ? なんで家をやめた人間が此処にいるんだよ…」
「…あぁぁ、こいつの認証登録がまだ解除されてなかった!!」
時代は22世紀、セキュリティの面でも現代とは比べ物にならない程に真価を遂げている。
歩たちの拠点であるベースにおいても、不審な侵入者があれば瞬時に察知して警備員が駆けつけるようになっていた。
事前に認証されている歩たちのようなチームのメンバー、または佳代のように身内からの申告によってゲスト認証された人間でなければ此処には入れない筈なのだ。
しかし例えセキュリティが進歩しようとも、それを使う人間側のヒューマンエラーがあればどうしようも無い。
慌てた様子で端末を触ってベース内の認証情報を確認した福屋は、本来であれば自分たちと同じ職場に居るはずだった元のパイロットの認証が解除されてない事を知る。
どうやらこの男は自分の認証が解除されていない事を知り、堂々とベース内に足を踏み入れたらしい。
「…どういう事ですカ! あなたは既に我々のチームの人間では有りまセン!!」
「なーに、近くを寄ったんで少し見学させてもらったんですよ。 このブロスユニットモドキの活躍って奴をね…」
「モドキ? てめー、さっきから何を…」
「お前、知らなかったのか? どうりでこんな試合を引き受けるわけだ。 いいか、こいつは…、オートマ何かを搭載しているこいつはブロスユニット何かじゃなく、ワーカーの仲間でしか無いんだよ!!」
そう言いながら元パイロットは、忌々し気に自分が乗るはずだった茶色の機体を睨みつける。
男の瞳からはこんなオートマを搭載しているこんな機体などあってはならないと言わんばかりの、明確な敵意が見ていた。
たまたま寄ったなどと言うことは真っ赤な嘘であり、元パイロットの目的がワークホースにあることは明らかだった。
「はっ、ワーカー? こいつが、そんな馬鹿な…」
「本当さ、ワーカーで儲けたこの会社は、ご自慢のワーカーでブロスファイトに挑む気なんだよ。 そんな馬鹿馬鹿しいことに付き合えないと、俺は一抜けさせて貰ったがな…」
「しかしあんな動きはワーカーには不可能だ、あれは競技用のブロスで無ければ…」
そして元パイロットの言葉によって初めてワークホースの真実を理解した佑樹は狼狽した様子を見せる。
それもそうだろう、その話が本当ならば自分はワーカー如きに負けたと言うのだ。
しかし佑樹はワークホースと直接鉾を交え、ワーカーなどでは真似できない機動をするこの機体の動きを体験していた。
あれがワーカーなどとはとても信じられず、佑樹は元パイロットに対して訝しげな視線を送る。
「おい、このワーカーに乗っていたパイロット。 名前は…」
「…歩です」
「歩、ね…。 やっぱり聞き覚えの無い名前だな。 此処十年の間に、マニュアル免許を手に入れた奴の名前を調べたんだけどなー」
「それは!?」
元パイロットの矛先はワークホースから、現パイロットである歩に向けられた。
そして元パイロットはこの件のアキレス腱とも言うべき話題、マニュアル免許を持たず全うなブロスユニットに乗れる筈も無い歩に向けられる。
マニュアル免許の合格者は年に数人程度の極めて高難易度の試験が課され、その合格者は公的に公開されている。
普通であれば免許を取得しただけのヒヨッコの事などを調べる者は殆ど居ないが、この元パイロットのようにやろうと思えば合格者の情報はすぐに得られた。
その合格者の中に歩が存在しないことも、すぐに把握できた事だろう。
「おい、お前…、まさか?」
「流石にワーカー用のオートマ免許は持っているようだな。 オートマ搭載のモドキに、オートマ免許しか持っていない半端者か。 いいコンビじゃ無いか…」
自身がマニュアル免許すら持たない奴が操る、オートマ搭載の出来損ないに負けた。
マニュアル免許を勝ち取りプロのブロス乗りとなった事に誇りを持っている佑樹が、その事実にどれほど打ちのめされたのか。
その一端は先程までの友好的なムードが欠片も見えない、歩を敵視した瞳から見出すことができた。
結局、この場は遅れて現れた警備員に元パイロットガ強制連行されるまで続き、佑樹はその後一言も声を発することは無かったのだ。
模擬試合とは言え、初勝利であることは変わりない。
白馬社長の心意気により開かれた祝宴は、残念ながらろくに盛り上がることは無く寒々しい物となっていた。
会場となったベース近くの飲食店にはそれなりに豪華な料理や酒が並んでいるが、その華やか会場とは対象的に元気のない人間たち。
乱入してきた元パイロット、来たとき以上にこちらを拒絶するようになった佑樹たち、そして目に見えて落ち込んでいる様子の今日の主役。
どう考えても宴を楽しめる空気では無く、早々にお開きとなってしまう。
「…ブロスファイト、プロの世界か。
勢いで此処まで来たけど、免許が取れなかった俺がこんな事をしてていいんだろうか?」
歩が無理にでも明るい顔を見せれば、今日の宴ももう少し盛り上がった事だろう。
しかしどうしても歩はそのような気分にならず、まるで葬式のような暗い顔を崩すことは無かった。
こちらに敵意を持って現れた元パイロットの事もあるが、何より歩がショックを受けたのは最後に見た時の佑樹の姿である。
模擬試合を通して曲りなりにも分かり合えたと思えた佑樹は、自分がマニュアル免許を持たない存在と知った途端に見せたあの目。
決してこちらを認めないと言わんばかりにの敵意とは隔意の込められた視線は、予想以上に歩を打ちのめしたのだ。
やはり自分がブロスファイトに参加する事自体が間違いではないか、そのような考えまで頭に過り出した歩には空元気を見せる気力すら出なかった。
「…少しいいですか、歩サン?」
「…社長?」
帰宅しようとしていた歩を呼び止めたのは、オーナーである白馬社長であった。
何やら話が有るらしい社長の誘いを下っ端が断る事が出来るはずも無く、歩は白馬に連れられて車で何処かへと運ばれていく。
一体何処へ行くのかと思ってみたら、付いたところは歩のよく知る場所であった。
歩たちの職場であるベース、歩たちは宴会の会場から元いた場所に帰ってきたのである。
車を居りた歩は訳の分からないまま白馬社長に付いていき、やがて彼らはベース内へと入っていく。
「歩サン、あなたは名馬の条件は何だと思いますカ?」
「えっ、名馬、ですか?
ええっと、足が速い事ですかね…、それともスタミナが有るとか…」
そして白馬社長はベース内を歩きながら、歩に対して謎の問いかけを行う。
名馬の条件、唐突に振られた質問に対して歩はとりあえず頭に浮かんだ回答をそのまま返す。
「確かに足の速さやスタミナは重要な要素デス。
しかし私が考える名馬の最大の条件は、乗り手を選ばないことだと考えていまス。
「乗り手を選ばない?」
「馬は少し前まで私達の生活に欠かせない友でありましタ。
馬は訓練さえすれば誰でも乗ることが出来た、それ故に馬は我々人間に欠かすことは出来ないパートナーになったのでス」
白馬社長という通り、基本的に馬という動物は一部の例外を除けば誰でも乗ることができた。
勿論、馬に乗るための訓練は必要であり、その過程に馬に振り落とされて怪我をする事もあろうだろう。
しかし馬の乗り手としての才能の差異はあるかもしれないが、訓練さえすれば大抵の人間は馬を操ることが出来た。
そしてどんな人間をも受け入れたからこそ、馬は人間の良き友としての地位を築いていったのである。
「ユニコーン、ペガサス、赤兎馬
神話や伝説には特別な力を持った馬は沢山存在しますが、私はあんな乗り手を選ぶ気難しい馬たちを名馬と呼びまセン。
全ての人間を受け入れてくれる平凡な馬こそ、真の名馬であるのでス」
「真の名馬、誰でもを受け入れる平凡な馬が…」
話をしながら歩たちは何時の間にかハンガーまで辿り着いており、あの茶色の機体を一緒に見上げていた。
此処までくれば白馬社長が、わざわざこのような話を歩をしている意図が察せられるだろう。
白馬社長がオートマ免許しか持たない歩などの落伍者を受け入れる、この茶色の機体を"使役馬"と名付けた意味を…。
「私達の良きパートナーであった馬たちと違い、今のロボットたちはどうでしょうカ?
大半の人間は鈍重なオートマ形式のロボットしか動かすことは許されず、マニュアル形式に適応した一部の選ばれた人間にしかロボットを自由自在に動かすことは出来ない。
それは何と不公平なことでしょうカ…」
「…オーナー、あの機体は馬なんですね。 全ての人間を受け入れた、平凡な何処にでも居る馬…」
「そうありたいと思っています」
このワークホースはただ馬なのだ、伝説や神話の存在では無い誰でも受け入れる平凡な馬。
そしてそんな平凡な馬だからこそ、ブロスユニットに乗りたかった歩の夢を叶えてくれた。
「…俺は子供の頃、父親とブロスファイトを見に行ったんです。
そして思いました、あの場所で戦いたい、あの時のパイロットみたいにロボットを自由自在に動かしたい…」
「…歩さん、あなたをワークホースの正式なパイロットとして任命まス。 この機体はあなたに託すべきだと私は思いまス」
「どこまでやれるか分かりません、けどやれるだけやってみます。 こいつと、ワークホースと一緒に…」
最初はプロのブロス乗りに乗せてデータを取り、そこから段階的に歩のようなオートマ免許しか持たない者たちに普及させようと言うのが本来の白馬社長の考えだった。
しかし結果論ではあるが、最初から歩のようなブロスファイトへの夢が破れた者にワークホースへ乗って貰う事は正解だったように思えた。
元来、この機体は歩のような若者の夢を拾い上げるために開発された機体なのだから…。
マニュアル免許を持たない自分のような人間をブロスファイトへと誘う平凡な馬、見上げる先で歩はワークホースの嘶きが幻聴した。
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