4-2.
残念ながら世紀を挟んだからと言って、子供の学び舎に大きな変化は無かった。
見た目だけなら1世紀前とは変わらない無個性な白い建物、教室の中に規則正しく並べられる簡素な机と椅子。
ただし子供たちが机の上に広げるのは教科書とノートでは無く、学校教育用に機能を制限された端末である所が世紀の差を一応は感じさせた。
授業の合間の休み時間、教室内に居る十数名の子どもたちは鬼のいぬ間とばかりに騒がしくしていた。
小学校高学年らしい10歳程度の子どもたちの中で、ある一人の少女が数人の男子生徒と何やら揉めているでは無いか。
「父ちゃんが言ってたぞ! あのロボットはヘッポコだって、どうせ前みたいに逃げ出すんだろうって…」
「ロボットじゃなくて、ブロスユニットよ! あれはパイロットが悪いのよ! お父さんの整備した子がヘッポコな訳無いじゃない!!」
「否、へっぽこだったぞ! 俺見たもん、あの格好悪いロボットが転けそうになった所を…。
テレビで見たブロスファイトの試合とは全然違ったぞ!!」
決して大きいとは言えない町にとって、新たにブロスファイトに参入を目論むチームの存在は非常に目立つものである。
しかし全ての住人たちが好意的に見ている訳でも無く、いきなり現れた余所者を快く思わない者も居るだろう。
それは数年前に何の前触れも無く町中に巨大なブロス用の施設を建設し、親会社の経済的な負担を理由に一年も経たずに撤退したかつてのチームの影響も少なくない。
恐らくブロスチームの存在をよく思っていない両親の影響を受けたのか、少年たちはブロスチームの存在に否定的なようだ。
それに対してブロスチームに父親が居るらしい少女は、必死に自分の父親を擁護しようと試みる。
「ち、違うよ、みんな。 パ、パイロットの人も頑張ってるもん」
「…えっ?」
「…はっ?」
少数派である事には変わりないが、ブロスチームに肯定的な人間は他にも居たようだ。
恐る恐る少女たちの輪に近づいてきた援軍は、先程矢面に立っていた強気な少女とは対象的な如何にも大人しい女の子だった。
こういう場で発言することに慣れていないのか、大人しげな少女は若干声を震わせながら何故かパイロットの擁護をする。
これまでの流れを見るとこの発言は、即座に少年・少女に否定の言葉で返されると思われたがどういう訳か反応が見られない。
どうやらこの大人しい少女の行動は余程珍しい事なのか、周囲の人間たちは唖然とした表情で大人しい少女の姿を見ている。
「…こら、席に付きなさい! 授業を始めるわよ!!」
結局少女と少年たちの口論は、教室に現れたスーツ姿の女性教師の登場によって水を差されることになる。
人手不足によって遠隔地から通信を介して授業を行う学校も今では少なくないが、この町の学校では生徒たちを直接教えられる教師が一定数存在していた。
この教師が怒ると長々と説教を続ける事を過去の経験から知っている生徒たちは、一目散に自分の席に戻って授業を受ける体制に入る。
そして始まる授業、黒板ならぬ電子黒板に対してチョークならぬチョーク型のタッチペンで授業の内容を書き出す教師。
電子黒板に書かれた内容をタイピングしていく生徒たち、生徒たちの端末には電子黒板の内容をコピーする機能は存在せずに自分でタイピングするしか授業の記録を残す手段が無いのだ。
そんな女教師の一本調子な喋りを耳にしながら、少年たちに絡まれていた少女の中にある決意が生まれていた。
それは奇妙な対峙であった。
私は怒ってますと言う風にこちらを睨みつける小学生くらいの少女と、それに対して苦笑いを浮かべる若者の図。
この少女に出会う直前まで一方の若者、歩にとって今日は平常通りの一日であった。
何時もの時間に起床、体力作りの早朝ランニング後にシャワーを浴びて朝食、そして自転車で出勤。
そしてベースの入り口で付近でこの少女に捕まった歩は、初対面の少女から文句を言われるという貴重な体験をする羽目になったのだ。
「あんたがへっぽこパイロットね! あんたが下手くそだから、お父さんまで馬鹿にされるじゃない!!」
「いや、それは…」
ブロスチームにとって周辺住民との協調は重要であるため、その一環としてブロスユニットの訓練風景を公開しているチームは多い。
歩たちのチームもその例に漏れず、ベースの裏庭で行っているブロスユニットの訓練風景を定期的に公開していた。
一般人にとってブロスユニットを直接見る機会は稀であり、人気チームなどには毎回沢山のファンとが押し寄せると言う。
まだライセンスすら取って居ない歩のチームにそこまでの人気を求めるのは酷であるが、それでもブロスユニットに興味を持つ子供たちが何人か見物にくる事はあった。
かつてベースを使用していたチームは地域密着型を目指していたのか、住宅街から徒歩で通える程度の近さに自分たちの拠点を立てていた。
そのため子供でも通える場所に今の歩たちのベースは立っており、この少女がこの場に立っている事は別段不思議では無い。
そこで子供たちはプロで活躍する選手と比較すれば、余り洗練されているとは言い難いワークホースの動作を見てしまったのだ。
どうやらこの少女は歩がパイロットである事を知っており、歩の操縦に文句を言いにわざわざ此処まで足を運んだらしい。
「さっきから言うお父さんって言うのはやっぱりリーダー…、重野さんのことかい?」
「そうよ、あんたが満足に動かせない機体を、お父さんが毎日丹精込めて面倒見ているのよ! 全く、これだからパイロットは…」
「申し訳ない、俺が未熟なばかりに…。 けど、最初は誰でもそういう物だと…」
詳しい年齢は知らないが恐らく40台くらいであろう重野リーダーに、小学生くらいの子供が居るのは特におかしな事では無い。
この重野の子供は友人と共に歩の操るワークホースを見学に行き、そのへっぽこさに恥ずかしい重いをしたと言うのだ。
そう言われると当事者である歩としては心苦しくも感じてしまい、自然と子供に掛けるには不似合いな謝罪と言い訳の言葉が出てしまう。
「おい、入り口の方で何を騒いでいるんだ?」
「あ、リーダー」
「…ん、お前。 こらっ、佳代(かよ)! あれ程、此処には来るなと言っただろう!!」
「あ、お父さん…」
そんな歩と少女の前に現れたのは少女の父親であり、歩の上司である我らが整備班のリーダーの姿であった。
どうやらベース入り口で騒いでいる歩たちのやり取りに気付き、わざわざ見に来てくれたようだ。
父親との思わぬ遭遇に先程までの少女の勢いは鳴りを潜め、恐る恐るといったかんじで父親の顔を見上げる。
「…別に遊びに来たわけじゃ無いの、忘れ物を届けに来ただけ」
「ああ、弁当か…。 そういえばそうだったな…」
「折角用意したんだから忘れないでよ、お父さん」
しかし父親の威厳は彼の娘、佳代が差し出した弁当箱を見てすぐに萎んでしまった。
この少女は父親の忘れ物を届けるためにこの場を訪れたらしく、歩への文句はそのついでだったようだ。
何処かバツの悪そうな顔で重野は娘から弁当箱を受け取り、まるで部下である歩から目を逸らすように明後日の方向を見る。
「じゃあ、私は学校に行くわ! そこのヘボパイロット、これ以上お父さんに面倒を掛けたら許さないからね!!」
「佳代!!」
「…あ、学校に遅れちゃう! ごめん、話は後ね、お父さん!!」
本来の用事を済ました佳代は最後に歩に釘を差し直し、父親から逃げるようにその場を立ち去っていく。
残された父親とその部下は何気なく顔を合わせて、互いに言葉を発しない無言の沈黙が暫く続いてしまう。
元々仕事関係以外では口数が少ない重野であるが、自分の娘の事となると余計に口が重くなるのか。
一方の歩の方も上司のプライベートの一面を垣間見た事に気不味さを覚えており、社会人一年目の若造にこの空気を打破するスキルが身に付いている筈も無い。
結局、二人は口を開くことは無く申し合わせたかのように、無言で一斉に職場の方に戻って行った。
過程はどうであれ自分はもうこのチームの顔であるワークホースの乗り手であり、自分の失敗はチームの失敗であるのだ。
自分が操るワークホースは少なからず人目を引いており、その拙い操縦を見てあの少女のように思う者も必ず居る筈だ。
これは今まで以上に気合を入れてパイロットをやらなければならない、そして何時かあの佳代という少女を見返してやらなければならない。
密かに内心でそのような決意を固めた歩であるが、少女を見返す具体的な機会はまだ先だろうと漠然と考えていた。
しかしまるで少女との出会いが呼び水となったかのように、その日歩は自らの初陣の話を初めて知らせる事になった。
「…はっ、模擬試合? プロのブロス乗りと試合を…、俺が!?」
「勝敗は気にしないで下サイ。 あくまで今回のは、ライセンス試験のために実戦経験を積むための物デスから…」
久方ぶりにベースに姿を表した白馬社長から直々に告げられた模擬試合の話に、歩は頭をハンマーで叩かれたような衝撃を受ける。
ブロスファイトの世界を夢見てパイロットを志し、そして挫折した自分に取ってプロのブロス乗りは別次元の存在と言っていい。
そんな相手と一週間後にブロスユニットで戦うなど、少し前の自分であれば絶対に信じないであろう。
勝敗を気にしなくていいと言う社長の有り難い言葉も耳から通り抜け、歩は未だに現実が受け入れないのか呆然とした表情を浮かべている。
"白馬システム"チームのワークホースの前に現れる最初の敵、"ユウキオーガ"との試合はすぐそこまで迫っていた。
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