4. "白馬システム"チーム


 まだライセンス試験に通っていないので正式には名乗れ無いが、白馬システムが運営するブロスファイトチームは順調に動き出していた。

 当面の目標であるライセンス試験に通るため、"白馬システム"チームは一丸となって働いている。

 しかし人間は24時間ぶっ通しで働ける筈も無く、会社で定められたタイムスケジュールに沿って定期的に休息を取っていた。

 丁度昼休憩となりベース内に設置された休憩室では、自然とチームのメンバーが集まり昼食を取っていた。

 ベース内には食堂施設は存在せず、各々は自らが持ち込んだ統一性の無い昼食が休憩室内に広げられていた。


「相変わらず美味そうだなー、お前の弁当は。 流石はパイロット様だよ」

「止せよ、別にお前の分も用意してやってもいいんだぞ? 一緒に健康な体を作ろうぜ、寺崎」

「いいよ、俺はこの安飯で十分さ…」


 パイロットは体が資本と監督命令で栄養管理を強制されている歩は、健康に良いメニューを売りにしている弁当屋の特製弁当を口に入れていた。

 完璧な栄養バランスを実現したという特製弁当は確かに美味ではあるが、余り肉っ気が多くなく若い男である歩には若干物足りない感じである。

 現代の技術においては血液や尿などをわざわざ取らずとも、対象者の全身を特殊なカメラに収めるだけで瞬時に身体状況を走査して健康状態を調べられる。

 毎日の健康チェックを義務付けられている歩としては、食事一つでも気を抜けないと言う苦労を強いられていた。

 それに対して健康など気にする必要は全く無い寺崎の方は、栄養よりカロリーが重視された一般的なコンビニ弁当を昼食にしている。

 歩としてはこの同僚を自分と同じ境遇に巻き込みたい所であるが、残念ながら他人の健康状態を調べる行為は現代においてはプライバシーの侵害に当たってしまう。

 本人にその気が無くただの整備士に健康チェックを行わせる理由は存在せず、寺崎は若干恨めしげの歩の視線を無視して美味しそうに体に悪そうな唐揚げを頬張っていた。


「ふーん、あんたらは教習所の同期なの。 上手い事、家のチームに入れたわねー」

「いやー、年齢的にはこいつが先輩ですけどね。 パイロットコースから転科したから、二年多く教習所に通っているんで…」

「別に年齢はいいだろう…」


 昼食中の雑談は自然と歩たちの経歴の話題となり、歩は寺崎と教習所の整備士コースの同期である事を話していた。

 夢破れてパイロットコースを諦め、失意の中で整備士コースに進んだ歩はそれなりに浮いた存在だった。

 そんな孤立しそうな状況の中で歩に最初に声を掛けてくれたのが、この寺崎と言う男なのである。


「そう言う先輩は、重野さんと長いんですか?」

「前に居たチームで一緒だったのよ、まあそのチームは二年くらいで廃業しちゃったけど…。

 その縁で此処に誘われたのよ」

「いやー、先輩が居てくれて本当に助かりますよ。 俺たちだけじゃ、ワークホースの経験値でレベル上げをするのも一苦労で…」


 歩たちの先輩である福屋は、最初から整備班のリーダーである重野と顔見知りであった。

 かつて重野と一緒に別のチームで働いていた経験を持つ福屋は、整備の仕事において頼りになる先輩である。

 趣味がゲームらしく徹夜明けで目の下に隈を付けている事が多いが、彼女が整備においてミスをした所は見たことは無い。

 特に福屋という女性はソフト面に精通しており、セミオート機構と今までにない機構を持つワークホースが収集したデータを分析するには彼女の力が不可欠だった。


「この業界はソフト屋は不遇よ。 わざわざ重野さんが私を誘った理由が、セミオート機構の件で解ったわ」

「普通のブロスってブラックボックス化してて、ソフト的に弄る所は殆ど無いですからねー。

 だからどっちかって言うと、ハードよりの技術者の方が重宝されますし…」


 競技用のブロスの中身がブラックボックスと化している事は、既に何度も触れているだろう。

 一般的なリアル系のロボットアニメであれば、機体のソフト面をアップデートして改造する展開は少なくない。

 しかし競技用ブロスのそれは現在の形で完結しており、白馬システムがセミオート機構を作り出すまで誰も触ることが出来なかった。

 ソフト面での技術者は競技用ブロスに対して何の役にも立たず、必然的にソフトに精通した整備士は不必要と言うことになる。

 余り食事には気を使わないのかベース内の自販機で売っている栄養ブロックで腹を満たしている福屋は、ソフト屋としての自身の不遇の過去を思い出したのか自嘲気味に笑っていた。







 歩たちより少し離れた場所で一人食事を取っているスーツ姿の女性、チームの監督である犬居の姿がそこにあった。

 意外に少食らしい彼女は180付近の恵体にも関わらず、歩では腹半分にもならなそうな小さなサンドイッチを頬張っていた。

 四六時中一緒に居る整備班の輪に入れないのか、若干孤立している彼女を救えるのはパイロットとして監督と接している歩しか居ない。

 そんな事を考えていたかどうかは知らないが、歩は極々自然な感じで犬居に対して声を掛けていた。


「そういえば犬居さんも教習所の監督コース上がりなんですよね? もしかして同期とか…」

「…二期上。 悪かったわね、就職先が見つからなくて浪人して! 監督は倍率が高いのよ!!」

「いや、別に馬鹿にしてる訳じゃ…」


 このチームが監督して初めて働くチームであると言っていたので、歩は犬居が自身と同じ年に教習所を卒業したのだと思ったのだろう。

 しかし実は二年前に教習所を出た後、受け入れてくれるチームが見つからずに彷徨っていた過去を持つ彼女にそれは地雷であった。

 巨大なブロスユニットの面倒を見るための一チームに数名必要な整備士と違い、監督という役割は一チームに一人しか必要では無い。

 加えてブロスファイトの勝敗に大きく左右される監督に対して、それなりの実績を求めることは当然である。

 逆を言えば実務未経験の新米監督が、僅か一年程度の就職浪人でチームに入れた事のほうが奇跡的と言えよう。


「あぁぁ、そもそも一足飛びで監督なんて目指すんじゃ無かった、お蔭でセミオートなんてキワモノの面倒を見る羽目なるし…。

 こんな事なら美味しい話に乗らずに、大人しく実績のあるチームにコーチ枠で入るべきだったかしら?

 けどコーチ枠のお給料なんて雀の涙レベルって言うし…、やっぱりどんなチームであれ監督の方が…」

「あ、あの…、犬居さん」


 名のある監督の下でコーチと言う名の雑用係として働き、下積みを積むながら監督業について勉強する。

 大半のブロスファイトの監督はコーチ時代という下積みの苦労を味わう物のため、このチームに直接誘われた時に犬居は自分の幸運を喜んだ物だ。

 しかしその結果がセミオート機構という未知の技術を積んだ海とも山とも解らないブロスユニットに、整備士がパイロット役を務めるチームを率いる状況である。

 目先の欲に眩んで自らを苦境に追い込んだのでは無いか、そのような負の思考が頭の中で渦巻き犬居は自問自答を始めてしまう。


「相変わらず情緒不安定ねー、家の監督様は…」

「おい、大丈夫なのか、この人?」

「いや、少なくとも訓練の時はまともだぞ、本当…」


 少々感情的になることが多い指揮官であるが、歩の知る限り犬居は監督としては決して無能では無かった。

 歩とワークホースの訓練プランは彼女が一人で立てており、訓練中の指摘も一々最もな物である。

 しかし周囲の目を気にせず自分の世界に入ってしまった今の犬居からは、残念ながらその優秀さは欠片も見えなかった。











 歩たちがベースの休憩室で微妙な空気を味わっている頃、彼ら整備班のリーダーはベースの外に外出していた。

 数百メートル級のビルが立ち並ぶオフィス街、そんなコンクリートジャングルの一角に白馬システムの本社が立っていた。

 本社ビル内に儲けられた会議室、その中でベースから出てきた重野が彼の雇い主である白馬社長と向かい合っている。

 如何にも社長らしいスーツを来た白馬、如何にも技術やらしい作業着を来た重野。

 対象的な二人であるがそのアンバランスな姿に対して、その表情は共に穏やかで分かり合っている風にも見えた。


「すいませン、わざわざご足労を願っテ…。 本当ならテレビ会議で済ませるべきなんでしょうガ…」

「いいさ、たまにはベースの外にも出ないとな…」


 デバイス一つで世界中と繋がることが出来る時代であるが、今のように直接顔と顔を合わせた旧世代の会議形式は決して廃れていない。

 会議の内容が漏れる危険性が皆無では無いオンライン環境を使えない、言うなれば内緒話をするには直接会って話すのが一番合理的なのである。


「我々の機体、ワークホースの調子はどうでスカ?」

「まあまあ、って所だな。 歩の奴はよくやっているよ、セミオート機構の今後の事を考えるなら、このままあいつにデータ取りをやらせる方が適任だ」

「そうですね、何れ世に出すことになるセミオート機構を利用するのは、むしろ彼のような人間デス。

 パイロットも見つからないことですシ、このまま彼に任せても…」


 そもそも競技用のブロスに乗れる者がセミオート機構に頼る必要は無く、セミオート機構を使う第一の対象者は競技用の免許を持たない人間になる。

 歩はまさにセミオート機構のターゲットとなる人間に一致しており、歩が集めたデータは白馬システムにとって非常に重要な稼働データと言えた。

 ワークホースを拒絶して出ていった元パイロットが流した悪評の影響により、未だに変わりとなるパイロットも見付かる気配は無い。

 それなばらこのまま歩にワークホースを任せてもいいのではと、白馬社長は考え始めているらしい。


「しかし、やはり整備士にパイロットを任せるのは…。 幾らブロスファイトと言えども、でそれなりの成果を出さなければ宣伝にはなりません。

 …正直言って、あの整備士で試合に勝てるのですか?」


 しかし重野、白馬と共に会議室に居るスーツの男、白馬システムの営業職である井沢 渉(いざわ わたる)はこのまま歩にワークホースを任せる事には否定的であった。

 白馬システムも道楽だけでブロスファイトへの参加を決めた訳では無く、そこには企業としての思惑は当然存在した。

 ブロスワーカー向けソフト会社としてのアピール、そして白馬システムの虎の子であるセミオート機構の宣伝のためにブロスファイトの舞台を利用したのである。

 ブロスファイトに参加するだけでは宣伝として弱い、セミオート機構の機体がブロスファイトで勝ち抜いてこそ初めて宣伝として成功となる。

 熾烈なブロスファイトの世界をただの整備士には勝ち抜けるとは思えない、井沢の意見は至極まっとうな懸念と言えよう。


「…なら、これは丁度良いテストになるかもしれませんね。 これを見てください」

「ほう、模擬試合か。 よく相手が見つかったなー、家の評判は悪いって聞いたが…」

「…プロを相手に何処までやれるか試すと言う訳ですか。 分かりました、パイロットの件はこの模擬試合の後で改めて話しましょう」


 歩の知らない所で彼がワークホースの正式にパイロットにするか決めるための、試金石と言うべきイベントが着々と進行しているようだ。

 当面の目標であるライセンス試験に向けて、実戦経験を積むために白馬社長が取ってきてくれた模擬試合。

 歩とワークホースに取って初めてとなる、ブロスユニット通しの戦いが間近に迫っていた。

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