3. 整備士兼パイロット


 先にも触れた通りブロスファイト参入を目論むチームは、年に一度行われるライセンス試験に受からなければならない。

 この試験の方法はシンプルである、試験を受けるチーム同士の一体一による模擬試合。

 本当にブロスファイトに参加できるか確かめるため、ブロスユニット同士で本番さながらに殴り合えと言うのだ。

 ライセンス試験は半ば興行的な面もあり、プロ未満の受験者たちの模擬試合は毎年欠かさず中継されている。

 歩自身もブロスファイトに参加する夢を抱いていた頃は、この中継を見ながら何時か自分もこの場に立ってみせると考えた物である。


「"こら、もっと早く動く! そんな動きじゃ、ワーカーと変わらないでしょう!!"」

「っ、解っているよ!!」


 夢破れた筈の自分が期せずしてブロスユニットに乗り、ブロスファイトのライセンス試験に挑む事になるとは人生解らない物でる。

 今日も歩は鬼教官さながらの監督の甲高い声をBGMに、ベースの裏庭でブロスユニットの慣熟運転に励んでいた。

 華麗とは言えないステップを踏みながら前後左右に動き回る移動動作、架空の相手に向かって殴る蹴る掴むを行う格闘の基本動作、果てには模造剣で縦横無尽に振り回す剣術動作。

 歩とワークホースはブロスファイトと呼ばれる巨人同士の戦いに備え、ブロスユニットを用いた戦闘動作を繰り返し行っていく。


「ほぅ、ちったぁましになったな。 最初は本当にワーカー並にしか動かなかったのに…。 」

「あの子があれの操縦になれたのもあるけど、それだけであの成長は有り得ない。 白馬システムご自慢のシステムの力と言う所ね…」


 整備班として機体の状況をチェックしていた彼らは、茶色の機体の動きの変わりように驚きを隠せないでいた。

 監督の言葉とは裏腹に今のワークホースの動きは、素人目で見る分にはブロスファイトで見るそれと大差が無いように見える。

 しかしそれはワークホースの操る歩の成果と言う訳では無く、あの機体に搭載されているセミオートの機構が大きく比重を占めていた。





 ブロスユニットに搭載されているブロスは、白馬システムがそれの解析に成功するまでは誰も触ることが出来ないブラックボックスであった。

 そのためブロスユニットに乗る操縦者は馬鹿正直に、ブロスが要求する多大なパラメータ入力を逐次入力する必要がある。

 ブロスは操縦者以外のパラメータ入力は全く受け付けず、機械に操縦の肩代わりさせることはこれまで不可能であった。

 ソフト的な入力は勿論、操縦者の状態を監視するシステムも有るらしいブロスは人間以外からの物理的な操作も認めない。

 過去にブロスユニットと言うロボットを操作するための人間大のロボットと言う、マトリョーシカのような代物を用意して試した者が居たらしい。

 結果は残念なことにブロスはロボットの入力を全く受け付ける事は無かった、ブロスは人間の両手両足による操作しか受け付ないのだ。


「機体動作の最適化のための経験値集め、やっとアニメのロボット物に追いついたって所ですね」

「これまではパイロットの腕が全てだったから、あれが世に出たらブロスファイトの世界は大きく変わるわよ」


 これまでブロスユニットの慣熟運転と言えば、操縦者の熟練度の向上を目指すための物だった。

 ブロスには操縦者からの入力しか受け付けず、それ故に操縦者側の技量を上げるしか道が無かったからである。

 しかし部分的にではあるが、操縦者以外からの入力を可能としたセミオート機構はその前提を覆した。

 セミオート機構のソフト側が様々な操縦パターンという経験値を詰み、そこから最適な動作を学習することでより高度な操縦支援を可能とする。

 歩のワークホースは互いに経験値を詰みながら成長することになり、その速度は操縦者のみに負担を強いる旧来のブロスと比較にならないだろう。

 驚くべきスピードで動作が最適化されていくワークホースの姿は、まさしくブロスファイトの革新を予期させる物であった。


「確かにあれは大した物だ、しかし新しい物や概念って奴に拒絶反応を示す奴は多い。 さて、どうなる事やら…」

「重野さん?」


 セミオート機構と言う新技術に感心するばかりの若手とは違い、黎明期の頃からブロスに関わってきた整備班リーダーには何処か心配げな表情を浮かべる。

 重野の思わせぶりな言葉の真意を、彼の部下たちはそう遠くない未来で知ることになる。










 臨時でパイロットとなったとは言え、歩の本職はあくまで整備班の作業である。

 そしれ歩の上司であり師匠でもある重野は、例えどんな理由であろうとも本業である整備作業に手を抜くことは許されない。

 現在の歩の勤務状況はさながら、21世紀後半まで問題視されていたブラック企業と揶揄される労働者の人権を無視した違法労働をしているようである。

 必然的に歩むはパイロットと整備班の業務を二重でこなす必要があり、必然的に日々の帰宅時間が遅くなるのは当然の事だろう。

 既に日が完全に落ちており、街灯の明かりに照らされた道を歩はゆっくりとした足取りで進んでいた。


「はぁ、今日も10時帰りか、一昔のブラック企業って奴かよ…。 まあその分、手当は出るけどさ…」


 ただしブラック企業云々の話はあくまで例えであり、法に則った休憩時間などを挟んだ現在の歩の勤務状況はあくまで合法の枠に入っている物である。

 そもそも22世紀の現在において、支給された業務デバイスからの情報によって勤務状況がリアルタイムで記録される現代において違法労働などが出来る筈も無いのだ。

 前世紀のブラック企業と呼ばれる存在があまりに酷かった物もあり、過去を反面教師として現在の企業はその辺りの話に酷く敏感である。

 過去のブラック企業を題材に上げたドキュメンタリーも定期的に放映されており、そのために22世紀の人間である歩には縁のないブラック企業の存在を把握している程である。

 ちなみに白馬システムは正当な報酬を渋るほど狭量な企業では無く、歩は整備員としての正規の給料とは別にパイロット業の報酬を別途支給される契約を結んでいた。

 はっきり言えば給料が二倍になったような物であり、パイロット業を始めた後の給料明細を見て大層驚いた物である。

 最も正規のパイロットに支給される額と比べれば微々たる額であるらしく、今の体制が続くようであれば報酬の見直しなども検討するそうだ。


「金があっても使う暇が無いんだよなー、最近は会社と自宅の往復しかしてないよ…」


 前世紀から危惧されていた人口激減を阻止できず、労働人口が半減した現代において機械による自動化は最早必要不可欠な物となっている。

 機械無しにはこの国の衣食住を賄うことは不可能であり、その究極の問題を前に労働者の仕事を奪うななどと世迷い言を言っていた連中は口を閉じるしか無かった。

 そのため大半の業務が自動化された現代において、業務時間外の長期業務は稀と言っていい。

 端的に言えば機械のお守りだけをしていればいい労働者たちを時間外まで働かせる必要は無く、22世紀においても人間が必要な極々限られた業務くらいでしか時間外労働は有り得ないだろう。

 ブロスユニットの整備やパイロットなどはまさにその限られた業種と言っておく、整備班とパイロットの二重生活を送る歩の帰宅が遅れるのは必然と言えた。







 歩の現在の住いは、ベースから徒歩10分程の場所にあり2階建てアパートである。

 幸か不幸か人口激減によって土地は余る方向にあり、余程の人口密集地でも無い限りは人間の住居空間は前世紀と比べて明らかに拡大した。

 現在の歩の住処は2DKと言う22世紀においては一般的な一人用アパートであり、その家賃は整備班をしていた頃の給料で充分賄える手頃な値段である。

 帰宅後、軽くシャワーを浴びて寝床に横になった歩は、白い天井を何となしに眺めていた。


「パイロットか、俺が本当にパイロットなんかしていいのかね…」


 職場に居る時は慣れない仕事をこなすために集中し、いい意味で余計なことを考える暇が無い。

 しかしこういう風に自宅で落ち着いている時は別だ、眠気を覚えながらも何故か眠れずに色々な考えが頭をよぎる。

 成り行きでパイロットをしている歩は、正直言って現在の自分の状況に奇妙な戸惑いを覚えていた。

 自らパイロットを目指していた事もあり、歩なりにブロスユニットのパイロットの凄さをある程度は理解している。

 そんな身としてはオートマ免許の自分が、ブロスユニットのパイロットであるなどと恥ずかしくて言える筈も無い。

 整備士兼パイロットと言う奇妙な立場にまだなれていない事もあり、歩は自身の立ち位置をはっきりと定められていないのだ。

 寝床の上で何度繰り返した自問自答を繰り返しながら、やがて歩は答えが出ないまま眠りに付くのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る