1-2.


 免許取得のために通っていた教習所では操縦を教えるパイロットコースだけに留まらず、ブロスに関係する様々な技術を身に着けることが出来た。

 夢を諦めた歩であったがブロスユニットとの関わりを捨てきれず、ブロスユニットの整備技術を学ぶコースへ転科を決める。

 ブロスユニットの整備士へとなる道は操縦者を目指す道と比べれば容易であり、免許取得を諦めた歩は整備士としての資格は挫折せずに身に着けることが出来た。

 そして教習所を卒業して整備士への道を進みだした歩は、幸運な事に新たにブロスファイトへの参加を目論む会社へ就職したのだ。


「此処が俺たちの職場か…、今年から始動したチームの拠点の割には古臭いな…」

「前にロボット競技をやっていたチームの設備を、安く買い叩いたらしいぞ。

 前のチームの設備が一通り揃っているから、とりあえず困ることは無いだろう」


 "白馬システム"、それがブロスファイトへの挑戦を決めた歩が務める会社の名前である。

 今年よりブロスファイトへ参加する白馬システムは、ブロスファイトのための準備を一から行う必要があった。

 ブロスファイトのために必要な整備士などの人材だけで無く、ブロスユニットを整備するための施設も必要なる。

 そこで白馬システムが目を付けたのは、かつてブロスファイトに参加していた企業が保持していた中古の施設だった。

 ブロスファイトから撤退したその企業は施設を撤去する費用を惜しみ、放置された状態なっていた施設を白馬システムが買い取ったのである。

 古い施設を流用することでコストを抑える、企業らしい合理的なやり方であろう。

 肝心のブロスユニットより一足早く集められた歩たちは、数ヶ月かけて施設を整備しながらブロスユニットを受け入れる準備をしていた。

 そしてこの日、受け入れ体制が整った施設にいよいよブロスユニットがやって来る事になったのだ。











 白馬システムは元来、ブロスワーカー用のソフトを開発している企業である。

 先程、歩が乗っていたブロスワーカーのソフトも当然のように白馬製であり、今では大半のワーカーのソフトは白馬製だ。

 ブロスに関わりを持つ企業が、自社の宣伝目的を兼ねてブロスファイトに参戦するのは解らない話では無いだろう。


「…来ないな」

「予定の時間より1時間もずれてる、なにかトラブルでもあったのか? 別に事故との情報も無いしな…」

「どうする、連絡するか?」


 施設の前で待つこと数十分、到着予定の時間はとうに過ぎ得ている。

 ブロスユニットを受け取りに行った重野からは何の連絡も無く、歩たちは待ちぼうけの状態になっていた。

 寺崎が腕に嵌めたデバイス、現代において大抵の人間が持っている多機能情報端末を弄りながら隣の歩と話す。

 歩の方も同じく手帳型のデバイスを触り、重野のデバイスに連絡を入れることを提案する。


「もうメールは出したわよ、返信は無いけどね…。 あちらの状況が解らないから、うかつに電話も出来ないし…」

「待つしか無いですね…」


 技術的な制限があった旧時代とは違い、22世紀の技術で作成されたデバイスであれば世界中のあらゆる所とナノセック単位で繋がることが出来る。

 しかし幾ら通信端末が進化しようとも、それを使う人間側に問題があればどうしようも無い。

 どうやら重野の方でデバイスを操作出来ない状態になっているらしく、こちらかのメールに反応する事が出来ないらしい。

 反応が無いデバイスを前に僅かに苛ついた様子の福屋は、自身の三つ編みにしている黒髪を何となしに弄っている。

 結局、彼らは重野の到着を大人しく待つことしか選択肢が無かった。







 それから小一時間ほど経過し、ようやく待望のブロスユニットの到着が間近に迫ってきた。

 遅まきながら重野から到着が遅れる旨の連絡が入り、ついでに送られてきた重野が乗車している車両の情報によってあちらの位置も拾えるようになった。

 段々とこちらに近づいて来る重野の反応に、歩たちは一安心と言った様子を見せている。


「おお、来た来た、ようやくご到着か。 渋滞にでもあったか?」

「何時の次代の話だよ、今のご時世、交通システムが配備されていない余程の田舎で無ければ渋滞なんて起きる訳が無いだろう」


 そして歩たちの前に巨大なトレーラーが姿を見せる、全長二十メートルの巨体を運ぶに相応しいサイズの車両である。

 既にこの施設の情報を把握している車両は、まるで何度もこの場所に来た事があるように何の迷いも無く敷地へと入っていく。

 施設の入り口の前に綺麗にトレラーが止まり、そこから出てきたのは二人の人間であった。

 一人は歩たちと同じ作業服を来た中年の男性、歩たちのチームのブロスユニット整備班責任者である重野(しげの)リーダーである。

 ブロスユニットを取りに言った重野が出てくるのは解る、しかしその後から降りてきた人影を見て歩たちに緊張が走った。

 その人物は作業服姿の重野とは対象的に、皺一つない如何にも高級そうなスーツを着こなす金髪の白人である。


「おいおい、何でオーナーまで居るんだよ」

「やっぱりブロスユニットを見に来たんじゃ無いか?」


 歩と寺崎は車両から降りてきた、白人の男の事を知っていた。

 彼が所属するチームのオーナーであり、白馬システムのトップである"エディ・白馬"社長その人である。

 歩にとっては天の上に居る存在であり、事実、面接の時などの数度しか顔を合わせたことの無い人物だった。


「よう、遅くなって悪かったな」

「ハッハッハ、すいませン、皆さん! 少々、トラブルが有りましてネ…」


 トレーラーから降りて歩たちの前に来た重野と社長は、共に到着が遅れたことを詫びる。

 重野は何時もの通りぶっきらぼうな口調で、白馬社長はネイティブな日本語と微妙に発音が異なる独特な声でだ。

 今の時代、デバイス一つで完全な機械翻訳が可能であり、異文化コミュニケーションの難易度は極めて低下した。

 しかし郷に入っては郷に従えと言うように、機械翻訳に頼らずにあえて独力で言語を習得する変わり者も中には居る。

 この独特の発音は白馬社長がこの国に馴染むために努力した証であり、そう考えれば尊敬の念すら出て来る物であった。


「一体何があったんですか?」

「否、何、ちょっとな…」

「詮索は後、それより早く機体を中に入れるわよ。 此処にパイロットが居ないと言うことは、搬入のために既に機体に搭乗しているのね?」


 歩としては重野たちが此処まで遅れた事情を知りたいが、それを遮るように福屋先輩がブロスユニットの搬入を進める。

 福屋先輩の言葉で歩は、ブロスユニットとセットで此処に来る予定になっていたパイロットの姿が見えない事に気付いた。

 トレーラーの操縦席を見る限り人影は見当たらず、それならば既にパイロットが機体に乗っていると考えるのは妥当だろう。

 機体を施設に入れるためにはトレーラーから機体を起こす必要があり、そのためにはパイロットが必要になる。

 トレーラー内のパイロットのために早く機体を出した方がいいと、福屋先輩は無駄話しを止めて作業を進めようとしているらしい。


「福屋…、実はな…」

「いえ、ここからは私が話しまス。 そのために私が来たのですかラ…」

「…何かあったんですか?」


 しかし機体搬入を進めようとする福屋先輩の言葉に、どういう訳か重野と社長は苦々しげな表情を浮かべる。

 そして何かを言いたかけた重野の言葉を遮り、白馬社長が口に出した言葉に歩たちは重野たちの反応の理由を知ることになった。


「…パイロットに逃げられた!? 何で、どうして…」

「端的に言えばこの機体が気に食わないだそうだ。 全く、パイロットて人種はどいつもこいつも…」

「うわ、マジかよ…」


 ブロスユニットのパイロットは、過剰なまでの操縦技術を要求する競技用ブロスに勝った選ばれた人間である。

 そのためブロスユニットのパイロットの中には自信過剰な者も少なくなく、その傲慢さ故に対人関係でトラブルを起こすことは少なくない。

 恐ろしいことに機体が気に食わないなどの理由で、チームから離れたパイロットの話を歩は以前に噂で聞いたことがあった。

 そして以前に聞いた噂と同じように、歩たちのチームに所属する筈だったパイロットが土壇場でチームから脱退してしまったと言うのだ。

 どうやらブロスユニットの到着が遅れた原因は、このパイロットとの揉め事にあったらしい。


「機体の方はどうするんですか。 今から新しいパイロットを探すのも…」

「…おい、歩。 お前がこいつを中に入れろ」


 競技用ブロスの免許を持つ人材は希少であり、言うなれば引く手数多の売りて市場であった。

 その背景もあってパイロット側の立場は極めて強く、新興チームはパイロットを見つけるだけでも苦労すると言う。

 今から新しいパイロットを見つけるとすれば相応の時間が掛かることは確実であり、それが見つかるまで機体はトレーラーに入れっぱなしになるのか。

 そんな危惧を抱いた福屋先輩の問い掛けに対して、重野が出した解答はとんでもない物であった。

 何とブロスワーカー用の免許しか持たない歩に、競技用のブロスユニットを動かせと言うのだ。


「…え? …えっ!?」

「はぁっ!? そんな、無茶苦茶な…」


 重野の有り得ない発言に歩は自らの耳を疑い、間抜け顔で言葉にならない言葉を発してしまう。

 横には同じように唖然とした表情を浮かべる福屋の姿があり、どうやら歩の反応は極々正しい物であるようだ。

 しかし重野たちは歩たちの反応を全く気にせず、何処か人の悪い笑みをただ浮かべるだけであった。



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