最終話 ~祭りの後の夢~3/4

 全平行世界の頂点を決める戦いで最も優勢に試合を進めていた男と、その戦いに参加していた者の力を借りこの場に立つ少女。

 二人の全身全霊を懸けた再戦は、序盤から苛烈な展開を見せた。


「何度エブリパろうと、結果は変わりませんよ……!」

 先の対戦と全く同じように先手の赤のエブリパ仮面が目押しで【50マスすすむ】を踏む。

 これを踏み逃せば再び致命的な出遅れを招くこととなる。その事を理解している少女は、これまでずっと一瞬で終わらせていた自分のターンに、初めて考え込む仕草を見せる。

「……うん!」

 迷いを断ち切るようにエブリ子が呟きルーレットを選択する。

 そして少女のそこからの動作は、これまでとは全く異なるものだった。

「何っ……!?」

 Aボタンでルーレットの画面を開き、Bボタンでキャンセルする。その動作を幾度か繰り返した後、思い切りAボタンを連打する。

「えーーーーーいっ!!」

 一瞬の回転時間の終了と同時に指し示された数字は、【50マスすすむ】への道筋を明るく照らし出した。

「えりちゃん……目押しが出来るようになったのか!?」

 つよくんの驚きの声にエブリ子がちょっぴり得意げに答える。

「おじさんの操作見てたらだいたい分かったよ!」

 ルーレットを選択し、針が回ったところでキャンセルし再度選択しなおすと、針は最後にキャンセルした時に指していた場所から回転を始める。

 この仕様を利用し針の開始位置を調整し、常に同じタイミングで止めようとする事で出す目の操作を実現する。これが純粋目押しの基本構造だ。

 人生でもっとも新しい物事に興味を持ち更には高い吸収力を秘める小学四年生の頭脳は、一度の対戦で赤のエブリパ仮面が極めた技術の仕組みを見抜き、模倣することに成功したのだ。

「この僅かな時間の内に目押しを体得するとは、これがゲームを楽しむ乙女の力ということですか……!」

 驚嘆するように呟きつつも赤のエブリパ仮面がルーレットを止め、目的のマスへと進む。初戦では成功率半分だったそれを、彼はここまで4回全てで成功させていた。

「てりゃーっ!」

 だがエブリ子もまた負けていない。見よう見まねの初めての目押しでありながら赤のエブリパ仮面とまったく同じ数字を出し続け、ぴったりとその背中に付いて行く。

 常軌を逸した精度で決まる目押し。湯水のように消費されるメダル。

 その速度、その熱量は、もはやCPUが関与できるような戦いではなかった。


「こんなエブリパーティが、実在しうるのか……」

 エブリパーティ仮面の一人であるつよくんでさえおもわず呟くほどの死闘。

 そして極限の域に達した勝負は、僅かな差がその趨勢を決める。

 一つは最初の順番決めの時点で生まれた一手の差。

 そして確かに差は詰まれどそれでも追いつけないミニゲームの実力がもたらす差。

 それらが、この終局間際の状況を作り出す――。



「さあ、勝負を決めましょう」

 互いに最後の?マスの上、ゴールまで残り9マスの距離で並び、赤のエブリパ仮面が先にルーレットを回す。

 止まった数字――否、選んだ数字は5。 

 それはミニゲームの報酬で得た【4すすめたい】を抱える赤のエブリパ仮面にとって、勝利を決定付ける数字だった。

「――終わりです。貴女の手持ちのルーレットでは、もはや私の勝利を止めることは叶わない」

 目押しを体得する赤のエブリパ仮面が次のルーレットを外す可能性は皆無。そしてエブリ子の手元には次の一手であがれる可能性のあるルーレットも相手を妨害出来るルーレットも存在しない。

 絶体絶命の状況に立たされ、それでも今のエブリ子は揺らがない。

「まだだ、えりちゃん! エブリパーティは【あがる】その瞬間まで終わらない!」

「分かってる!」

 赤のエブリパ仮面が移動を終えた時、ミニゲームの文字が表示される。

 選択されたゲームは『飛ばせ!ペットボトル!』。

 それはこの2試合のミニゲームで一度たりとも勝利を譲らぬ赤のエブリパ仮面が、なかでも最も得意とするゲームだ。

「貴女達の考えている事は分かりますよ。このミニゲームで勝利し、起死回生のルーレットを手に入れる。ですが運の絡む『あたりかも~アイス』などならいざ知らず、こすりの極意を知らぬ貴女にこのミニゲームでの勝ち目は存在しません」

 そう言って赤のエブリパ仮面がその手の青髪の美少女フィギュアを肩の上に乗せ、健全な形状のXbox360互換コントローラーのAボタンに爪を立てるように五指を置く。

 僅か10秒間の連打力を競うこのミニゲームに最適化されたボタン配置を持つコントローラーを用いることで、彼は前人未踏の250メートルの壁を突破したのだ。

「負けないもん!」

 エブリ子もまた己の杖のAボタンに赤のエブリパ仮面と同じように爪を立てる。これまでの戦いのなかでもたびたび行われてきたこのミニゲームの最適解を、少女はすでに十分過ぎるほど目にしてきた。

 けれど、見よう見まねの連射だけで打ち勝てる相手ではないということもまた少女は理解していた。

 そこにKinectからの声が響く。

「えりちゃん――ぼくを使うんだ!」

「……! 分かった!!」

 つよくんの言葉の意味をミニゲーム開始時のチュートリアルの僅かな時間で察したエブリ子が頷く。

 そしてゲームが始まる。

 開始直後から残像が生まれるほどの速度で動く赤のエブリパ仮面の指。殆ど一つに繋がった連射音に呼応するように画面のなかのペットボトルに次々と空気が送り込まれていく。

それに対しエブリ子もこれまでとは比較にならない連射を見せるが、その速度は赤のエブリパ仮面には及ばない。

 だが、少女が動かしているのはAボタンに添えられた指だけではなかった。

「うにゃああああああああああああ!!」

 上半身を大きく振り乱しながら手元のコントローラーに指先を激しく擦り付ける、ヘドバンするギタリストの如き滅茶苦茶な動き。その何の意味もないはずの動作が、エブリ子のペットボトルロケットに送り込まれていく空気の速度を加速させていく。

「っ!? 馬鹿な……!?」

 時間切れと共に完璧な角度で発射され放物線を描く二つのペットボトルロケット。

 青空を超え、大気圏を越え、月をバックにほぼ同時に頂点に達した後に下降を始め、やがて地面に落ちて不規則に転がる。

 最後に表示された飛行距離は赤のエブリパ仮面ではなく、エブリ子が叩き出した数字だった。


「やった! やったよ、つよくんっ……!」

 これまでの全てのエブリパーティ仮面との戦いを通して、始めて掴んだ実力でのミニゲームの勝利。激しすぎる連射に若干身体をふらつかせつつもエブリ子がその喜びを爆発させ、その横で赤のエブリパ仮面が深く息を吐いた。

「Kinectを使い、己の身体そのものをボタン連打に用いたというわけですか……」

 本来エブリパーティはKinectには対応していない。だが魔法エブリパ少女として覚醒したエブリ子の神力は、その不可能をも可能としたのだ。

「コントローラー1つで届かないなら2つ使えばいい。これも神ゲーの在り方だろう、赤のエブリパーティ仮面」

 ゲームの仕様を超えた挙動ではあったが、神ゲーの論理を持ち出されては赤のエブリパ仮面としても異論の余地はない。

 終盤のミニゲームの勝利で得られる報酬はルーレット3枚。その内容によって全てが決まる。

 1枚目は【おやすみ】。誰かを一回休みに出来る特殊ルーレットだが、相手の位置をずらす効果はないので赤のエブリパ仮面の勝利は揺るがない。

 2枚目は【うるとら】。エブリパーティ屈指の強力ルーレットだが、8と10しか出せない以上今この場では何の意味もない。

 そして3枚目は――。

「なっ……!?」

「あっ……」

 赤のエブリパ仮面の絶句と、エブリ子の悲しげな声が同時に響く。

 表示された名は【らっきー7】。

 6割の確率で7マス進み、4割の確率で7マス戻るというまさにプレイヤーのラッキーを試すそのルーレットは、たしかにこの状況を打開しうる一枚ではあった。

 7マス先、ゴールの2歩手前には【あがりに進む】マスが存在するからだ。

 だがそのマスを使うためには30枚のコインを必要とする。

 そしてここまでの激しすぎる高速デッドヒートのなかでメダルを消費し尽くしたエブリ子の手元には、もはやそれだけのメダルは残されていない。

「つよくん……ごめん……ごめんね……わたし、届かなかった……」

 苦し気に顔を伏せるエブリ子。

 自分を信じてくれた大切な人の気持ちに応えられなかったという悲しみが少女の瞳からこぼれ落ちそうになった時、少女の頭を何かが優しくなでた。

「違う――それは違うよ、えりちゃん。きみは本当にすごいエブリパリストだ」

 宙を舞うKinectの翼が、少女の目尻に貯まった涙をぬぐう。 

「えりちゃん。このルーレットを回すんだ」

「えっ? でももう、メダルが……」

「大丈夫。この戦いは今この瞬間、このルーレットを回すためにあったんだ」

「――よく分かんないけど、分かった!」

 最後まで信じると決めた相棒の言葉を胸に、エブリ子がらっきー7を選択する。

「馬鹿な……今この瞬間のミニゲームでらっきー7が手に入るなど、そんな都合の良い話、あり得るわけが……!?」

 愕然と叫ぶ赤のエブリパ仮面の言葉に、エブリ子もまた叫び返す。

「あり得ないことだってときどきあり得るのが、エブリパーティだもんっ!!」

 そしてらっきー7が回転する。

 祭りの終わりを告げる針が、やがて一つの数字を指し示す。

「「いっけーーーーーーーーー!!」」



 チャペルへGOは最後の?マスに着いた時点から円型のループに閉ざされる。

 総計119マスを数える長大な一本道のマップは、最後の最後でゴールまで9マス、そこから更に7マスの計16マスで一周する超小型マップと化すのだ。

 そして、この円のなかに足を踏み入れた時点でそのプレイヤーの【戻る先】はそれまで辿ってきた道ではなく、この円内になる。

 ?マスの後方7マス目。それはつまり、7マス先に?マスがあるマス。



 そのマスを、人は【あがり】と呼んだ――。

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