第一話 ~魔法エブリパ少女始めました~3/4
福のエブリパ仮面が片手を振り上げると同時、背後の360インチ超大型ビジョンを流れていたT○KIOのMVが切り替わり、その真下にある山○メンバー胸像が二つに割れて中から出現したXbox360コアシステムが起動する。
「さあ、お嬢ちゃんのマイXbox360コントローラーをペアリングするでやんす!」
「えりちゃん、杖の持ち手のスイッチを押すんだ!」
「えっと、こう?」
エブリ子が杖のへこみを押し込むとその周囲にいくつものボタンとスティックが現れ、瞬く間にXbox360互換コントローラー形態へと形が変化する。無論エルゴノミクスデザインである。
「1マッチ2CPU&ゴールファースト、【信用金庫へGO】レディー!」
「1マッチ2CPU&ゴールファースト、【信用金庫へGO】レディー!」
福のエブリパ仮面のルールに則った宣言をエブリ子に代わりウサギが復唱する。
一本先取。不足分の遊び手2人をCPUで代行し、状態如何に関わらず最初にゴールした者の勝ち。一対一のガチエブリパに於いてもっともポピュラーなルールだ。
そしてマップは――。
「あ、このマップ好き! 早くしょーぶが終わるんだよ!」
【信用金庫へGO】。短いコースの中で良いマスと悪いマスの比率が大きく異なる5つの道に分岐するのが特徴の小さなマップだ。
最短ルートの短さから一見コンパクトな内容に見せて、その実ゴール前の強制チェックポイント戻しと一マスだけ存在する大量のメダルを用いた確定あがりマスの存在により選んだ道に応じて勝利のプランが大きく変化する戦略性の高さが魅力の舞台。まさにエブリパーティで最も運と実力が問われるマップと言えるだろう。
マップ選択の完了と同時にプレイ順を決めるルーレットが回転し、エブリ子、CPU1、福のエブリパ仮面、CPU2の順番を指し示す。
「さあ、エブリパスタートでやんす!」
順番が決まると同時に、各プレイヤーに一枚の特殊ルーレットが配られる。エブリパーティで常に所有しているルーレットはいわゆる六面ダイスに当たる【きほん】のみであり、それ以外の36種に渡る特殊ルーレットをいかに取得し、いかに活用するかが勝負を分けるのだ。
そしてエブリ子に配られたルーレットは――。
「……【どりーむ】」
「【どりーむ】好き! わくわくするもん!」
【どりーむ】。それは全てのルーレットのなかで最もロマンに溢れた存在。
効果は6分の5の確率での【あがり】へのワープ。つまり回せばまず間違いなく勝てるという冗談みたいな力を秘めたルーレットだ。
だがそれを回す条件はメダル12枚の消費。通常1~2枚ずつしか取得できず、消費もしないそれを集めるにはよほどの幸運と長期戦に適したマップが必要になる。
そして試合時間の短い【信用金庫へGO】で12枚のメダルが集まる可能性は極めて低い。つまりは置物同然の外れルーレットなのだ。
「引いちゃった物はしょうがない、とにかく【きほん】を回すんだ!」
「うん!」
エブリ子が通常のルーレットを回し、想いを込めてAボタンを押す。
出た目は1。【どりーむ】と合わせ、考えうる限り最悪のスタートだった。
「おやおやぁ? どうやらお嬢ちゃんのその格好も、こけおどしに過ぎなかったようでやんすねえ……!」
「あううぅぅ……」
失意のエブリ子を尻目に良い目を出すCPU1の手番が終わり、余裕の笑みを見せて己のターンを始める福のエブリパ仮面。その手にあるルーレットは……。
「あ、【おけら】だ! いいなー!」
「初手【おけら】……まさか!?」
【おけら】。それは名前とは裏腹に4~7が均等確率で出るという最強ルーレットの一枚。
その高いダイス目と引き替えにメダルを一枚も持っていない時にしか使用できないという大きな制限を抱えており中盤以降は使用できない場面も多いが、逆に初手に含まれていた場合の性能は他のルーレットとは比較にならない。『おけらに始まる者あがりに通ず』とはあまりにも有名なことわざである。
そしてその幸運を手にした福のエブリパ仮面が不敵に笑う。
「けっけっけ、どうやらその変な生き物はなかなか勘が良いようでやんすねぇ。けど、もう遅いでやんすよぉ!」
福のエブリパ仮面が【おけら】を選択し、僅かな間を置いてルーレットを止める。その数字は最大値の7。
「あーいちばんおっきい! ずるーい!」
「違う……福のエブリパ仮面は7が出ると分かっててルーレットを止めたんだ!」
ウサギの叫びに福のエブリパ仮面の瞳が包帯越しに妖しく輝く。
「けっけっけー! そう、その通りでやんす! これこそ全エブリパリストが一度は目指し、そして挫折した【完全目押し】でやんす!!」
「かんぜんめおしっ!?」
ゲームにおいてダイスやルーレットが使われるたびに話題となる目押しの可能性。それはエブリパーティもまた例外ではなかった。
当然全人類共通の娯楽となっているエブリパーティに向けられた合法的イカサマの可能性に向けられた目は厳しく、目押しの可能性を検証すべく世界中の名だたる研究機関が長きに渡って研究を続けた。
そして4年の歳月を掛けた末に各研究機関は『人間には不可能』という結論を出した。
完全に同じ条件を満たせば針が一定の範囲内に納まることは確認された。しかしその状況を再現するのはあまりにも厳しく、人間が行うのは無理であると。
「しかぁーし! この『○2歳。 トキメキプロフ手帳』にはおいらが12年掛けて調べ尽くしたエブリパーティのありとあらゆる仕様が書かれているでやんす! 更には『○ne Million Taps』を360回に渡ってクリアし3億6千万回Aボタンを押し続けてきたおいらの右親指はもはや機械と同等の正確性を有するでやんす! この二つの力が合わさった時、おいらは遂に完全目押しというエブリ境地に到ったのでやんすよぉぉぉぉ!!」
己の輝かしき功績を誇示するようにソフ○ップ福袋から取り出した少女向けキャラクターグッズを掲げ、福のエブリパ仮面がここぞとばかりに口から泡を飛ばしてまくし立てる。
「確定目押しでこの【信用金庫へGO】を【あがる】のに掛かる時間は僅か4ターン! この速度に敵う戦術はエブリパーティにただの一つも存在しないのでやんす! すなわち! おいらの! 勝利は! ゆるるるぎないのでやんすすすす!!」
「ひうぅっ!?」
福のエブリパ仮面の気迫に押され、思わずエブリ子が後ずさる。
ていうか、純粋に怖い。
ちょっと考えてみてほしい。小学4年生の少女に歯をむき出しにして迫り力説する顔に包帯を巻きピ○太郎クリアファイルがはみ出たソフ○ップ福袋を抱えたおっさんの姿を。
いくら魔法エブリパ少女でもそりゃあ泣きたくもなる。
「大丈夫だよ、えりちゃん。きみの神力を信じるんだ」
エブリ子の不安を察したウサギが努めて優しい声で彼女を励ます。
「彼は早い。あらゆるエブリパリストのなかで誰よりも早く【あがり】を踏む事が出来る。さすが3万円分もらえると思っていた姪から気を使われ刀○乱舞クリアファイルを2枚も福袋に入れられただけの事はある」
「う、うん?」
「でも、彼の戦術はエブリパーティの一側面でしかない――付け入る隙は必ずあるよ!」
「う、うん!」
しかしそれからもエブリ子の出目はパッとしない。福のエブリパ仮面ほどではないが良い出目が続くCPUにも大きく離され、早くも打つ手がなくなりつつあった。
逆に福のエブリパ仮面は己の宣言通りの完璧な出目を披露し、二手目は唯一ノーペナルティで済む6を、三手目もすでに置かれたお邪魔キャラであるちからっこを避けられる5を出し、あっという間にリーチを掛けた。
「残り5マスでやんす! さあさあさあさあおいらの【かち】まであと一手っすよぉぉぉ!」
「どうしよううさぎさん……全然勝てそうにないよぉ……」
次のエブリ子の手番もまた状況を打開するような結果は出ず、いよいよエブリ子の瞳に涙がたまり始める。
しかしウサギはエブリ子の言葉に反応する代わりに、何かを考えるように呟く。
「……おかしいな」
「ふゆっ?」
「【信用金庫へGO】のあがり最短マス数は22マス。つまり【きほん】でも【おけら】でも最速であがれる手数は同じ4ターンなんだ」
【おけら】は平均値こそ5.5と高いが最大値は7。【きほん】の6と大きな差はない。
「だから福のエブリパ仮面が本当に完全目押しが出来るなら、別に【きほん】でも構わないはずなんだ」
「でもあのおじさん、【おけら】にこだわってるよ?」
「それは、もしかしたら……」
ウサギが言いかけたその時、CPU1の手番が終わり、画面に大きく【ミニゲーム】の文字が表示される。
エブリパーティでは誰かがターンを終了した時ランダムでミニゲームが発生することがある。全員参加のそのゲームに勝ったプレイヤーは多くのメダルかルーレットを取得しゲーム全体の勝利へと近づく。『
「おっとミニゲームの時間でやんすねえ。まあなにが出ようともおいらの勝利はもはや確定でやん……!?」
選択されたのは【ぴょんぴょこレース】。選ばれた四体のかえるのうち誰が勝つかを予想し、当たったプレイヤーはかえるに付けられた倍率の枚数のメダルを得る。一切の技量を必要としない、エブリパーティ唯一の完全なる運否天賦のミニゲームだ。
「これは……チャンスだよえりちゃん!」
「うん!」
エブリ子は迷うことなく最も倍率の高い徹夜明けを自称するかえるを選択する。確率は恐ろしく低いが、もしも勝利すれば一発で【どりーむ】を回すためのメダルを獲得できるのだ。
「……でやんす!」
CPU達、そして福のエブリパ仮面もまたその動きに倣い、全員が徹夜明けのかえるを選択しレースが始まった。
当然のように倍率1倍のやる気まんまんのかえるが一気に飛び出していく。それを他のかえるが追いかけ、徹夜明けかえるはあっという間に画面外に消えた。
「やっぱりだめか……!?」
やる気かえるは難関の岩場も軽々と飛び越え、ゴールの目前まで迫る。
「そのままでやんす! そのままいくでやんす!」
だがあと一歩まで来たその時、突然力尽きたかのようにやる気かえるが眠り始める。
鼻ちょうちんを出して寝入るやる気かえるの後方、画面外から置き去りにされたかえる達が現れ始める。
そしてそのなかには、徹夜明けのかえるも居た。
「てつやくん、がんばれー!」
瞬間、まるで少女の声援が聞こえたかのように徹夜明けかえるが連続で大ジャンプし、他のカエルを抜き去りやる気かえるに迫る。
「いけーっ!」
ウサギが叫んだその時、目を覚ましたやる気かえるが最後の一歩を跳ぶ。
だがその緩慢なジャンプが地面に付くより僅かに早く、後方から一気に跳んだ徹夜明けかえるがゴールを越えて着地した。
「「やったーーー!」」
全プレイヤーに一斉に振る舞われる10を超える枚数のメダル。これによりいきなりエブリ子は次の自分の手番で6分の5の確率でのゴールが約束された。
だがミニゲームの後の手番は、すでにリーチを掛けた福のエブリパ仮面。この手番であがれば大量のメダルも何の意味もない。そのはずだった。
「……ああああああでやんすすすすす……」
これまで己のやりこみ具合を誇示するかのように高速で手番を終わらせてきた福のエブリパ仮面が、ルーレット選択画面から動こうとしない。
まるで、次の目押しに成功する自信がないかのように。
「おじさん、どうしたの?」
「やっぱりそういうことか……」
「?」
「【おけら】を使えなくなったからだよ」
【おけら】の使用条件はメダルを一枚も持っていないこと。けれど今の福のエブリパ仮面の手元には掃いて捨てるほどのメダルがある。この状況を避けたかったからこそ、福のエブリパ仮面は最も勝率の低い徹夜明けのかえるに賭けたのだ。
通常のミニゲームならば意図的に負けることでその条件を維持することが出来る。しかし【ぴょんぴょこレース】だけは『絶対に負けること』が出来ない唯一のミニゲーム。ただ一つ福のエブリパ仮面の戦略を覆しうる可能性だったのだ。
「でもあと4マスだし、ふつーに振ればいいんじゃ?」
「そうだね。【きほん】でも1~6の数字は狙って出せる――本当に出せるのなら」
研究機関の解析は正しい。ルーレットの基本停止位置はボタンを押した地点の反対側と決まっているが、ただそれを目安に目押しをしても、必ずそこに止まるというわけではない。エブリパーティのルーレットには乱数が仕込まれているのだ。
だがビデオゲームにおける乱数には、その数値を決定するに到る過程が存在する。その過程を完全に把握し、同じ結果を再現する。それが――。
「【乱数操作】。おそらくそれが、完全目押しの正体なんだ」
乱数の変化する要素を全て把握し、まったく同じ動作を行う事で『ランダムな結果を固定する』。それがビデオゲームにおける究極の裏技、乱数操作だ。
おそらくは福のエブリパ仮面の初手ルーレットが【おけら】だった時から、既に彼の言う目押しは始まっていた。彼は12年の研究の末、【信用金庫へGO】において必ず【おけら】を引き必ず7‐6‐5‐5という出目を出し必ず【あがり】を踏むまでの乱数操作を物にしたのだ。
しかし現在の彼の状況――大量のメダルを持ち【きほん】しか使用できなくなったいまの状態は、彼が想定していた状況とはかけ離れてしまっている。
「ミニゲームに勝ってしまった時点で彼のエブリ境地は潰えたんだ。もはや彼に完全目押しの加護はない。分かるかい、えりちゃん」
「うん、ぜんぜんわかんない!」
「だよねー!」
「えっと……つまりおじさん、【きほん】じゃ目押しできないの?」
自分なりにウサギの話を理解したエブリ子の直球過ぎる問いかけに福のエブリパ仮面の身体がびくりと引きつり、そして少しの間を置いてその肩が震え出す。
「……け、けーけっけっけぇぇぇ!! お嬢ちゃん! いつおいらが【きほん】で目押しが出来ないなんて言ったでやんすかあああぁぁ!?」
「ふひゃあっ!?」
爛々とした目でエブリ子をねめ付ける福のエブリパ仮面。その異常な輝きに思わずエブリ子が悲鳴を上げウサギの後ろに顔を隠す。
「おいらはお嬢ちゃんが生まれる前からずっと! 一日も休まずエブリパーティの研究と修練を続けてきたんでやんす! そのおいらにこの程度のことが出来ないはずないのでやんすよおぉぉぉ!!」
これまでで一番の迫力でまくし立てる福のエブリパ仮面。それはどこか滑稽で、それでいて容易に茶化すことを許さない、痛々しさすら感じさせる叫びだった。
「見るがいいでやんす、おいらが全てを懸けて築きあげたこの最速の【あがり】の文字をっ!!」
福のエブリパ仮面が自らの人生を乗せてAボタンを押した。
ルーレットの目は――。
「くけえええぇ!?」
6。
それは【あがり】の土を踏むことなく通過し、次のあがりまで7マスを残す最悪の出目だった。
「そ、そんな……おいらの……おいらの目押しが……おいらの全てが……」
コントローラーを掴んだ両手をだらりと下げ、愕然と画面を見上げる福のエブリパ仮面。包帯の奥に隠れた瞳にもはや輝きはなかった。
「おじさん……」
「同情しちゃダメだよえりちゃん。彼は……自分を賭けたんだから」
勝利も敗北も、全てはこの瞬間彼の手の内にあった。ならばその結果の責任もまた、彼だけが背負うべき結末なのだ。ウサギはそんな感じのニュアンスを伝えたかったのだが、もちろんエブリ子には伝わらなかった。
ともかく、これで福のエブリパ仮面はしばらくあがれなくなった。
後はこのCPU2のターンが終われば――。
「「あっ」」
『ティトゥティティトゥティティティティティ~♪』
360インチモニターのど真ん中を占有するこれでもかという大きさの【あがり!】の文字。
それは大量のメダルを抱えたCPU2が【信用金庫へGO】の特徴の一つである【コイン10枚あればあがりに移動】のマスを踏んだ証だった。
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