日付なし(5)


「愛理、暑い」

 徳井は学校の屋上でアイスソーダを食べながら愛理を呼びかける。

「8月18日ですからね。まだ残暑ですよ」

 愛理はスマホの画面の中でヘトヘトに倒れる。AIが夏バテをしていた。

 

 徳井は蝶野虹華と会うために、朝から学校の屋上にいた。

 太陽は熱波を放ち、アスファルトが焼きつき、気温がますます上がる。

「来ますか? 昨日来てませんでしたが」

「何度でも待つ。何度でも」

「ホント、このヒトは……」

 愛理は誰かに聞けばいいのに、と、主人のコミュ力不足に嘆いていた。

 

 夏の暑さが激しさを増すそんな中、屋上へとやってくる生徒の足音を耳にする。

 徳井はそちらへと振り向くと、虹華の姿があった。

「ああ、蝶野さん、話が――」

 徳井の話を遮るように、虹華が近づく。

「徳井だっけ」

「ヒトの名前、憶えてくれよ」

「そんなことどうでもいい」

 虹華は徳井に向けて、持っていた自分のスマホをかざす。


「存在者やめるにはどうすればいい?」



 徳井は3年の教室で自習をしていた律をコンピューター室へと連れてきた。 

「まったく、大学受験で忙しい中で呼ばれたと思ったらこんな話をするなんて聞いてないよ」

「オレだって、律センパイを呼ぶ気なんてありませんでしたよ」

 二人がそう言い争っていると、コンピューター室の端にいた虹華が軽く頭を下げた。

「こんにちは」

「ああ、こんにちは」

 虹華と律が挨拶を交わす。

「それでどうしたの? スマホ部の力が必要なことなの?」

「ええ」

 虹華が椅子に座ると話を始めた。

「実は存在者になりたい友達がいて、運命スマホの話をした。あ、勿論、徳井の話はしていない」

「落としたスマホを拾われたら最高とかいう話をしたのか?」

「うん。でもその友達が言いふらして、それが知らないヒトまで届いた。しかも、そのヒトは実際にやって、自分の手元に戻らなかったからウソだと言われて」

「まあ、普通そうだよ」

「パスワードかかってなかったからクレジットカード情報が抜き取られた。弁償しろとか事務所の方まで電話がかかって」

「モンスタークレーマーって運がなかったな」

「もう仕事場まで来てるからストーカーレベルまでなっている」

「モンスターストーカークレーマーか。横棒が3分の1も占めてるね」

「センパイの感想はそっちですか……」

「しかし、存在者になるためにはスマホを拾われることだと思うとはね……」

 律は虹華の考えにため息をつく。徳井も、それで存在者になれるとは思ってなく、虹華の思考回路に対して不安になった。

「あ、なんか頭が残念そうとか思っていない?」

「……」

 二人は口を閉じる。

「沈黙しないで!!」

 虹華は、自分はバカじゃないと声を張り上げた。

「でも、蝶野さん。存在者になった理由って、ホントにそれだと思ったの?」

「だって、それしか存在者になれたと考えられないから」

「あのなー、普通に考えて存在者がそれだけでなれるわけがないだろう?」

「2回だよ! 2回も同じヒトに拾われたら、存在者! て、思わない?」

 徳井と律は……すごい偶然だけど、それで存在者になれるわけがない、と、心の中で思った。

「わたしは思うよ」

 一方、愛理は虹華の話に強く感銘していた。

「愛理は話をややこしくするから黙れ」

 愛理はしょぼんとスマホ画面の隅で座り込んだ。

「話はわかった。つまり、蝶野さんがネット上で書き込みができる人間、存在者になれたのは徳井君のおかげだと考えたわけか」

「はい」

「でもね、いくらなんでもスマホを拾われただけでネット上に書き込みができるとは考えられない」

「ええ?」

「そのホント? というマジな顔はやめてくれないか。自分に自信がなくなる」

「じゃあ、どうしてワタシは存在者になれたんですか?」

 律は腕組みし、考える。

「事実、キミはネットで個人的な書き込みができる唯一の人間だ。は必ずあるはずだ。きっと、それが存在者をやめられる理由にもなると思う」

「うーん」

「存在者になったきっかけみたいなものは憶えている?」

「憶えていない」

「もう少し考えて。考えるフリでもいいから」

「ない。ホントにない」

「うーん」

 律は色々と頭を動かせ、それをコンピューター室にあったホワイトボードへと書き込む。

「そういえば、タイムループ現象が終わった後、少しの間、普通にネットができる時間があったな」

「センパイ、それがなにか?」

「もしかするとその時間の間で、蝶野くんがをしたから、存在者になったのだと考えられる。タイムループ現象はデータがリセットされていたから、タイムループ現象の間で存在者になったとは考えられない」

「なるほど! 時間を絞り込んで考えるわけですね!」

 律は自慢げに頭を上下に動かした。

「タイムループ現象が終わったのは301回目まで、7月26日か27日ぐらいだっけ?」

「えっと、多分その時期ぐらいです」

「確か私は、キミと愛理君、そしてたまきくんに会っている。そのとき私達の手元にはコスモスからのメールが来た」

「ワタシも来ました。変なメール」

「蝶野くん、何か返信とかした?」

「いえ、普通に消した」

「じゃあ、コスモス関連じゃないな。あとは?」

「仕事が休みだったので学校に来て、スマホしていました。家だと色々と面倒だったので」

「スマホで何をした?」

「普通に夏休みの話です。それと悪口と動画」

「悪口が理由なワケがないな。動画を見るぐらいなら誰でも存在者になれる」

「あとは普段と変わらない生活をしていました……あ、そうだ。愛理ちゃんと会った。女のコと一緒に」

「女のコ?」

 徳井が誰? と思っていると、胸ポケットにいた愛理が声をあげた。

「たまきだ!」



 徳井は屋内プールにいた園崎たまきをコンピューター室へと連れてきた。

「水泳部の練習だったのにいきなり呼び出すなんて」

「ごめんごめん」

 たまきがコンピューター室へと入ると、虹華の姿を見つけた。

「園崎たまきです。よろしくおねがいします」

「えっと、蝶野虹華です。よろしくおねがいします」

 礼儀正しくお辞儀するたまきに、虹華はなぜか慌てた。

「たまき、蝶野さんと何かした?」

「すごく雑な質問だよ……、テンちゃん」

「……えっと、園崎さん。私達は蝶野さんが存在者になった理由について色々と考えている。それで、園崎さんにもその力を貸してほしくて」

「律さん、わたしよりももっと頭のいいヒトいますよ」

「頭のいいとかじゃなくて、キミが蝶野さんと会って、何をしたのかという話を聞きたいんだ」

「あ、そういうことですね。わかりました」

 たまきは虹華と会ったときのことを思い出す。

「確か、愛理ちゃんと話をしていたら、屋上に蝶野さんが来ました。それで愛理ちゃんが蝶野さんに声をかけて、愛理ちゃんが記念に「蝶野さんと写真を撮りたいから」と蝶野さんと愛理ちゃんの写真を撮りました。それから色々と話をして、コンピューター室に行きました」

「何を話した?」

「……えっと、テンちゃんの話」

「存在者と関係ないな」

「ちょっとそれヒドくありませんか? センパイ」

「興味ないからな。……じゃあ、後は写真か。えっと見せてくれる?」

 虹華は愛理と一緒に撮った写真をスマホ画面に映すと、それを三人の目の前に差し出す。

「かわいく写っているでしょう?」

 愛理は自分が写った写真を自慢する。

「変だな」

「え?」

「変だ」

「うっそ?」

「わたしがこういうこと言うのはゴメンだけど、やっぱり変」

 徳井、律、たまきから変と言われ、愛理は少しヘコんだ。

「えーえー、どこが?」

「スマホと一緒に写真撮るのなら普通に撮るよ、愛理君」

「わたしだって画面から飛び出して一緒に写りたいよー。三次元側に移りたいよー」

「無理だ。キミの存在がこっち側に移転しないと、私達と一緒に写真撮ることはできないよ」

「そっちにワープできるのならしてますよ。ホログラム技術が進歩したらAIが三次元上に転移しますよ」

 愛理が律と言い合いしている一方、徳井は考え事をしていた。



 ――蝶野さんが存在者になれた何かをしたのは7月26日のときだ。

 そのとき、カノジョは普段と変わらない生活をしていたと言っていたからそこには何も変わったことはない。

 となると、その何かをしたのは愛理とたまきに会ったときだ。

 たまきは蝶野さんと愛理の写真を撮っただけで、愛理は別に変わったことは言っていない。

 ……何か引っかかる。

 絶対、このときに存在者になったカギがある。



「画面の中に来てくださいよー、そしたらみんなと一緒に居られますよー」


 あ。

 

「そうか!!」


 徳井がおもわず大声を言うと、3人の意識はそっちへと奪われた。 

「どうしたんだ? 徳井君」

「わかったんです!」

「徳井さん! 人間が二次元に入る方法を見つけたんですか!!」

「……愛理、ムチャは言わないでくれ」

 愛理はガックリとなんだできないのかとうつむいた。一方、徳井は虹華の方へと振り向く。

「蝶野さん、確か存在者をやめたいと言ったよね?」

「そのつもりで来たけど」

「じゃあ、その写真消していい!?」

「えっと、存在者をやめられるのなら」

「じゃあ、消すよ」

 徳井は虹華のスマホを手にし、虹華と愛理の写真を消そうとする。

「徳井さん! 消さないでください!! わたしと蝶野さんの思い出を!!」

「思い出はこれからも作れるって」

「それでもわたしのを消さないで!!」

 徳井は虹華と愛理の写真を削除した。ゴミ箱をオールクリーンにした。

「ああ、わたしの思い出が、思い出が」

 愛理は虹華のスマホに向けて手を差し伸ばすが、残念ながらそのデータは復活することはなかった。

「スマホ、返すよ」

 虹華は徳井から返された自分のスマホをチェックするために、ブラウザを起動させ、自分の書き込みを見る。

「え?」

 今までリアクションが薄かった虹華が大きな反応を見せる。

「うっそ、消えている。ワタシの書き込み、ワタシの保存したデータが消えてる!」

「たまき、蝶野さんに関するネット情報はどうなっている?」

「ええっと……、消えてる。全部、消えている」

 たまきは信じられないという表情をする。

 虹華がネット上に投稿した画像や動画データが一瞬のうちに消されていたからだ。

「徳井君、これはどういうことだ……」

「センパイが、キミの存在がこっち側に移転しないと言ったからです」

 律は腕組みをし、はてと首をかしげる。

「移転? それが何か?」

「AI側。つまり、愛理がネット側に移転したらどうなるかと考えてみました」

「愛理君はキミのスマホだけに住むAIだ。すなわち、ネット隔絶世界で生きるAIだから、ネット側には愛理君の情報は存在しない」

「はい、そうです」

「でも待て!! コスモスは愛理君の情報を重要視しているのか!?」

「すべてのスマホAI、アイリはコスモスとつながっていますが、愛理だけはコスモスとつながっていません。なぜ、愛理はコスモスとつながっていないのか、と疑問を持てば、その情報を残そうとします」

 律は徳井の説明に合点がいった。

「――なるほど。……つまり、からわけか」

「ええ。のはからです。愛理の写真がとして保存したんです」

 徳井の話に耳を傾けていたたまきは嬉しさのあまり、その場でジャンプした。

「テンちゃん! これは大発見だよ!! みんなのスマホに愛理ちゃんの写真があれば、みんな存在者になれるよ!!」

 たまきのアイデアに、徳井は嬉しそうな表情を浮かべた。

「ああ! そうだな!! じゃあ、愛理!! みんなと写真を撮ろうか――」

「待った」

「なんですか!? センパイ!! せっかく、みんなが存在者になれる画期的な方法を発見したのに」

「おかしいと思わないか?」

「おかしい?」

「そう。はなぜのか?」

「えっと、それは……」

「いや、それだけじゃない。なぜ、コスモスはのに、のか?」

「……センパイはそれがわかるのですか?」

「おそらく、おそらくだよ。コスモスが蝶野さんにネットの書き込みを自由にさせたのは、愛理君の所在地を掴むためだと思う」

「コスモスはわざと蝶野さんを泳がせていたってことですか?」

「ああ、私はそう思う。だから愛理君の写真をみんなと一緒に撮っても、愛理君に関する情報がそこから引き出せないと思考したら、ネット上に存在することはできなくなる」

「つまり、と意味がないと」

「そうだ。コスモスは愛理君を求めている。もしかすると、それが存在時間消滅現象から人類を救う鍵になるかもしれないよ」



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