日付なし(3)


 ――話は少し前に戻る。

 徳井が繁華街の道端でスマホを拾い、近くの派出所に渡した日から数日のとき、彼は学校である少女と出会った。

 その少女は自分の身体よりも大きなダンボール箱を持ち、廊下を歩いていた。カノジョの顔はメガネがよく似合う美人だった。徳井は外観的には好みの女性であったが、何処か話しづらそうな雰囲気を持っており、自分とはお近づきにならないヒトだと思っていた。

 徳井はそのコが持っていたダンボール箱の中身を見た。佃煮つくだに小鉢こばちのように、箱の中には大量のスマホが入っていた。それを見た徳井は呆気あっけに取られた。なぜ、カノジョはそれだけスマホを集めることができたのか? いや、何処からそのスマホを手にできたのか? そんな疑問が徳井の中で生まれた。

 徳井はそのスマホの謎を追っていくとその正体がわかった。

 カノジョの名前は院賀律いんがりつ、元生徒会副会長で、スマホを拾って元の持ち主へと返す“スマホ部”を設立した人物であった。

 カノジョの正体がわかったが、更なる謎がやってきた。

 ――なぜ、カノジョはスマホ部を作ったのか?

 ――なぜこんな活動をしているのか? 

 普通の人間は次の謎の解明を探求することはない。表面的な謎を解くだけで満足するからである。

 だが、徳井は違った。彼はカノジョがスマホ部を作った理由を勝手に理解していた。


 ――道端に落ちているスマホは持ち主が生きているモノとは限らない。もし、持ち主が死ぬ前に捨てたモノなら助けるチャンスがあるかもしれない。


 脳裏にしみついた後悔が彼の意識を高める。普通に落としたモノであれば、本人に返せばそれでいい。落とさないでくださいね、と言えばいい。だが、もし電車やトラックの前の身を放り出す前に捨てたのであれば、急いで止めなくればならない。

 脳にざわめく掻痒感そうようかん、脳細胞ネットワークにおいて、それがびゆんびゆんと働く。甲状腺が騒ぎ出し、神経が不愉快になる。指の皮の中に入り込んだささくれのように、その記憶に触れるだけで敏感に反応する。剥がしたい。忘れたい。消したい。取りたい。

 徳井はその意識に引きずられたのか、彼はスマホ部に入部した。

 スマホ部部長の律は入部部員が来たことに驚いた。

「物好きがいるんだね」と律は言った。

「それはセンパイもでしょう」と徳井は言い返した。


 それから彼らは2人でスマホ部を活動した。

 道に落ちているスマホを拾い、元の持ち主へと返す地味な毎日を過ごしていた。

「それ生産的じゃねぇな」

 誰かがそう言った。

「それくそ面白くねぇよな」

 誰かがそう笑った。

「偽善活動ご苦労さま! 内申点上がるね!」

 誰かがそんなことを口にした。徳井は気にしなかった。律も気にしなかった。彼らが言う言葉の半分以上はそのとおりであったからだ。


「――なんでそんなムダなことをしているの?」


 徳井はこう言い返す。


「多分、そういうムダなことをしたいからやってる。きっとそうだ。そういうムダをやっていると、オレはなんかできていると気分になる。いや、そういう気分を求めてる。でも、ムダというのは何かができたんだけど、それが目的とふさわしくないからムダと思われている。ある意味、それはボタンかけ違いみたいなものだから、これはちゃんと手段と目的が噛み合っているから、これはムダじゃない。きっと、プラスになっている」


 スマホ部に対する悪口は段々と消えていき、気づけば彼らは学校のクラブ活動の1つとして認知されていた。道端に落ちていたスマホを渡す生徒がいるぐらいに、学校のいる生徒達はスマホ部に協力的になっていた。

  

 そんなスマホ部も律部長が抜けてから活動が減った。徳井は自分から積極的にスマホを拾うことがなくなった。道に落ちていたら拾う程度になっていた。神経を撫で回していた掻痒感そうようかんはいつの間にか消え、彼がスマホ部をする明確な理由がなくなっていた。



「今日は何月何日?」

 徳井はスマホに向かって質問する。

「はちがつーじゅういちにちー、8月11日です」

 愛理はぶっきらぼうに返した。


 

 学校の自習の時間が終わると、徳井はトイレに向かっていた。

 その途中、彼は渡り廊下で律と鉢合わせした。

「律センパイ、こんにちは」

「ああ、こんにちは」

 律は薄い挨拶で返す。

「私はこれから塾に行くからゴメン」

 律は小走りに徳井から離れようとする。

「律センパイ!! スマホ部に帰ってくれませんか!」

 律は立ち止まった。徳井はカノジョに話を聞いてくれると信じ、言葉を口にする。

「なんていうか、あちらこちらとスマホが捨ててばかりいて、オレ1人だけじゃさばききれなくて」

「私、来年受験だよ。タイムループ現象が終わった次の日、スマホ部をやめるって言ったはずだ」

「それはわかっています。ただ、オレひとりでスマホを持ち主に返す勇気がなくて。中身とか見たとかそういうこと言われる気がして」

 ホントは1人でスマホ部をやるモチベーションが湧かない、と徳井は言えばよかったの。だが、それを言うと自分が軟弱者だと思われる気がして、それが言えずにいた。だから、律と一緒にやれば、そのモチベーション戻るかもしれないとカノジョにお願いしたのだ。


 徳井はカノジョがスマホ部を戻るとは考えていなかった。ただ強い動機が欲しかった。ガンバレとかサボるなとかそういう短い言葉でもよかった。

 ところが、律から徳井に返された言葉は彼の予想を裏切るものであった。


「それなら、スマホ部やめればいいじゃないか」


 徳井の思考は一旦プツンとちぎれた。彼の意識はえ? という驚きに支配された。


「私が勝手に作ったクラブだ。やめていい。元からなかったと忘れた方がいい。いや、それがいい」

「えっと、センパイ、一生懸命やったじゃないですか。なんで、今になってそんなこと言うなんて」

「運命スマホでスマホを捨てる人間はもういない。今、スマホを捨てているのは、クラウドOSを破壊したい人間だけだ」

 律の言葉は正しい。徳井のモチベーションが上がらないのは、スマホを捨てる人間はホントにスマホを捨てたい人間がいるからである。

「キミには迷惑を掛けた。受験が一段落したら何処か遊びに行こう。コースはキミが決めてくれ」

 律は徳井を背にし、さっさと渡り廊下を歩き、下り階段を降りていた。

「徳井さん、フラちゃったね。いつもいるチャンスだったのに」

 胸ポケットから一部始終見ていたスマホの住人、愛理はニヤけながらそう言った。

「そういうのじゃない。オレがスマホを拾っていたのは自分ができなかったことをしたかったからだ」

「自分ができなかったことそれってなんですか?」

「拾ったスマホをすぐに返すこと。警察なんて当てにならない」

「徳井さんはガサツでだらしないのに、なんでこうおせっかいなんですか?」

「過去を振り返ったとき、できなかった、やれなかったと後悔したくない。ただ、それだけ」

「スマホを拾う程度で後悔なんか拭えますか?」

「少なくとも、スマホ部にいた間は後悔していない。ちゃんと、自分の仕事してると納得してる」

「なのに、スマホ部をやめたがってる」

 痛い指摘だなと徳井は苦笑いした。

「でも、徳井さん。わたしはスマホの立場からスマホ部をやってもいいと思いますよ」

「愛理」

「スマホが警察に届けられたスマホAIは自分から消えることなく、遺失物コーナーの中で眠り続けて永遠を過ごします。けれど、AIは早くマスターの手元に帰りたいと思っています」

 繁華街で落ちていたスマホにいたアイリのことを思い出す。

 ――カノジョはスマホの所有者が死んだ後、どうなったんだろうか? やっぱり、処分されたのか。

 AIはペットのように生き物ではなく、機械、ソフトウェアだ。機械は寿命があるが、最後まで使い切ることは少ない。回収業者に葬られて、機械としての一生を終える。一方、人間は機械の死を待つ前に、最新型に交換する。

 

 ……。


 ――AIは持ち主が死んだ後、ちゃんと死ねるのだろうか。


 そんな素朴な疑問が徳井の中で生まれる。

「いいですか、徳井さん」

 徳井は無意識に胸ポケットからスマホを取り出し、愛理と向かい合う。

「もし、あなたがわたしをいらなくなったら、どうかあなたの手でわたしを消してください。永遠なんかいりませんよ」

 AIは時間を知覚できなくても、永遠の時を過ごすことは嫌がっていた。

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