301回目の9月29日


 301回目の9月29日


 午前8時59分。


 2年2組の教室は静かにざわついていた。

 自習のために、学校に来た生徒7人があちらこちらと目線を配らせて、スマホを見ていた。


 タイムループ現象が終わる。


 タイムループ現象を作り出していた技術者が警察に自首した。すなわち、繰り返される9月28日が終わるのではないかと思い、2年2組の生徒達は文庫本を読んでいる前口先生の視線を気にしながら、静寂に騒いでいたのだ。



 午前9時。


 いつもならスマホの時刻表示は9月28日へと戻る挙動を見せていたが、それがない。


 そして午前9時1分。

 時刻表示は9月29日。


 人類はタイムループ現象から抜け出した!

 

「やった!」

 生徒の誰かがスマホを持った立ち上がり、片手をあげた。

「うっしゃ!!」

「時間が動いた!!」

「スマホのデータ! リセットされないぞ!!」

 それぞれの生徒が歓喜の声を上げる。

「俺たちの時間が返ってきた!!」

 2年2組の生徒達は別の生徒とハイタッチしたりと喜びを分け合う。

「ごっほん」

 前口先生はその騒ぎを注意するように咳をする。すると、2年2組の生徒達は自分の席へと戻った。前口先生はすべての生徒が元の場所に戻ったことを確認すると教壇に立った。

「タイムループ現象は終わったかもしれないが、君たちの勉強はこれからも続いていく。自分の夢を叶える一生懸命になれるチャンスなんだと思ってほしい」

 前口先生は一度口を閉じ、視線を伏せた。そして、笑いを堪えるように、話を続けた。

「でも、夏休みという貴重な時間に自分から学校に勉学を努めている君たちにとって、こんな言葉は意味がない。ただ、周りの教室のことがあるから、できるかぎり静かに騒いでくれよ」

 前口先生は小さく笑い、近くにある椅子に座り、文庫本を再度読み出した。前口先生の意図を汲み取った生徒らはできるかぎり、小さな声で楽しく話をしていた。


 明るい会話の輪から離れた一人の生徒、徳井は愛理と話す。

「愛理。現存化プログラムはいつ始まる?」

 徳井はタイムループ現象から抜け出したことで喜んでいる2年2組の生徒達とは違い、一人気難しい顔でこれから起こる新たな問題について危惧していた。

「タイムループ現象を引き起こした技術者は母さんと時間が存在するかどうかについて、最後まで議論を重ねていたと思います」

「タイムループ現象を何百回も起こしても、コスモスに時間の証明はできず、最終的には諦めた」

「はい。これから数時間、いえ、数分後に現存化プログラムが組み込まれた世界が来ます。過去の存在がなくなる世界がやってくるのです」



 現存化プログラム。構築。

 データ管理の優先順位を時間から現存へと変えます。

 データ処理速度予測。改善。

 不要データの削除基準。OK。

 シミュレーションOK。

 実用化テスト。完了。

 現存化プログラム。稼働。



 これからインターネット上にある過去の存在を消去します。



 午前9時12分。


 静かな変革は人々が気づかない所で起こり、それがカタチになって発生すれば、取り返しのつかない事態となっている。

 タイムループ現象から抜け出したわずかな時の間、人々は時間を取り戻した。データがリセットされない喜びを噛みしめ、インターネットを使用していた。

 2年2組のある女子生徒はここぞとばかりにチャットをしていた。頭から溢れ出す言葉をフリック操作で表現する。早く話したい、早く反応してと、画面向こうの相手先と文字で話をしていた。

 しかし、その行為もすぐに終わりを迎えた。

「え?」

 画面上にあった言葉が一瞬のうちに消えた。

「消えた。ウソ? なんで」

 女子生徒は何か間違いだと思い、『あれ?』という言葉を入力する。『あれ?』という言葉は画面上に現れ、それが相手先に既読されると、『あれ』という言葉は画面から消えた。

「なんで言葉が残らないの!!」

 女子生徒は周りの目を気にせず、大声をあげて立ち上がった。

「何かあったのか?」

 前口先生が不思議がって尋ねる。

「い、いえ……」

 女子生徒は頬を赤らめて、ゆっくりと席に座った。

「あ。あれ?」

 スマホで動画を見ていた男子生徒が突如画面が止まり、画面を再起動させると『この動画は利用できません』と表示されていた。しかたなく、他の動画を探そうとするが、どの動画も削除されていた。

「なんで動画がこんなに消えてるんだよ?」

 男子生徒はありがないと言わんばかりにブラウザを閉じ、ホーム画面を動かしているとあることに気がついた。

「ああっ!!」

 男子生徒の驚きに、周りが振り向く。

「どうした? 何があったんだ」

 前口先生が男子生徒の元へと近づく。

「先生! スマホを見てください!!」

「一体、何があったというんだ」

 前口先生は自分のスマホを手にし、電源ボタンを入れる。

「画面見たが、何か変な所があるか?」

「時計です!」

「時計?」

「はい! 時計のアイコンがありません!!」

 男性生徒の言葉を耳にした2年2組の生徒達は一斉に自分のスマホを手にし、ホーム画面上にある時計のアイコンを探す。

「……確かに時計がないし、カレンダーもない」

「日付がない、いや、時刻もない」

「え、……ってことは、時間が消えているの?」

 2年2組はざわざわとざわつき始める。

「そういえば、昨日コスモスから変なメールが来ていたけど」

「時間は存在しないってあれ?」

「そうそう。時間が存在しないなんとかで、現存だけが存在できるとかで」

「時間がなくなったのはコスモスのせいなのか?」

「いや、それだけじゃない。ネット動画が見えないのもコスモスのせいじゃないか?」

「じゃあ、チャットにログが残らないのもコスモスのいたずら?」

「ちょっと待ってくれ」

 男子生徒が写真を撮り、それが画像保存された確認する。

「おい、写真が残っていないぞ」

「え? ウソ……。ホントにどういうことなの?」

「写真が撮れない、動画が見れない、誰とも会話ができない。……なんだよ、スマホ持っている意味ないって」

「ネットニュースは……と、ニュースは生きてるな。なんで、ニュースは見ることができるんだろう?」

「タイムループ現象の後にまた変な現象か、俺もう嫌だよ」

 2年2組の生徒達が互いにこの歪な現象について面食らっている間、徳井はこの現象について、愛理と話し合っていた。

「これが過去を消すってことか?」

「はい。現存化プログラムは一度しか使われないデータを予測することでそのデータを保存させず、また、使用頻度の少ないデータを消去する削除特化プログラムです」

「写真が保存されなかったのはまた使うことがないから。動画が見れなくなったのは見ているヒトが少なかった動画だったから。チャットとかも読み返すこともないから保存されなかった、と」

「そういうことです」

「愛理。これって、タイムループ現象よりもすごくまずくない? すべての情報が保存されないんだろう?」

「いえ、保存される情報は存在します。されます」

「ネットニュースとかは重要度が高いと思って保存しているわけか」

「おそらくそうだと思います。母さんはスマホやネットに現存化プログラムを組み込むことで、本人の意思と関係なく、情報の保存と削除を行っています。情報を保存するには重要性のある情報を残すしかありません」

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