300回目の9月28日

 

 300回目の9月28日


 園崎たまきはスマホを見ていた。

 地下鉄で撮った愛理の写真を探していた。

 愛理はどんな顔でどんな姿で写真を撮られていたのか、ふと見たくなった。

 しかし、愛理の写真など何処のファイルを探しても存在しない。


 そして、たまきは気づく。


 ――もう9時過ぎたんだ。


 おそかった、もう少し早ければと悔やむ。

 たまきはスマホの電源を落とし、机の上で横になる。


 写真を撮っても、午前9時を過ぎれば消滅する。

 動画を映しても、午前9時を過ぎれば消滅する。

 チャットをしても、そのログは午前9時を過ぎれば消滅する。 

 つまらないネットの書き込みをしても、午前9時を過ぎれば消滅する。

 タイムループ現象によって、午前9時にデータは消滅する。

 

 ネットのデータ、スマホのデータ、インターネットにつながれたあらゆる電子機器データは午前9時になれば消える。9月27日までのデータは存在するが、9月28日、29日のデータは29日午前9時を超えれば、その2日分のデータは消滅する。

 

 ――リセット。世界時刻9月28日で起きたことは29日になったとき、データはリセットされ、再び世界は9月28日を迎える。実際のこよみは9月28日でないにも関わらず、ネット上の時刻データは9月28日になっている。

 まるで世界がタイムループが起きていることから“タイムループ現象”と名づけられたインターネット時刻リセット問題。旧式のOSなら起こらなかった問題だが、クラウドOSコスモスはネット上にあるために起きた現象である。

 

 最初はすぐ直ると思われたタイムループ現象だが、コスモスの時間は直らなかった。コスモスを制作したソフトウェア会社は現在も対策を進めているが、これといった打開策は未だ見つけられていない。

 タイムループ現象で一番の打撃を食らったのはキャッシュレス社会が進んだ国である。一日経てばデータがリセットされることで、事実上、お金が使い放題になってしまった。これを重く見た政府はすぐさま電子マネーの使用禁止及びネットの禁止を実施した。しかしそれはネットインフラの放棄でもあり、社会開発の妨げとなった。

 現金信仰が根強い日本でもタイムループ現象は大きな痛手を食らうことになった。銀行ではすべての国民と会社の口座を凍結し、ネット化が進んだ株式市場も閉鎖することとなった。

 今までの経済が崩壊し、阿鼻叫喚の地獄を迎えたタイムループ現象。一日しか記録を残せないネットインフラの世界は最悪というしかない。

 

 だから蝶野虹華は自分から進んでスマホを落としていたのはこの世界が最悪だということを確認していた。スマホを誰にも拾われないことを望んでいたのはタイムループ現象を受け入れたくなかったからだ。


 

 徳井は虹華のスマホを握りしめていると、そのスマホから声が聞こえた。

ですか?」

 虹華のアイリが徳井にそう尋ねる。

「リセットが来た」

 虹華は小さく笑う。

「ねえ、写真見てよ。ワタシの写真があるか確認して」

「確かめる必要はないだろう。9時を過ぎたら消滅するんだからな」

 徳井は虹華にカノジョのスマホを返すと、彼女はスマホを覗く。

「おはようございます、マスター。ワタシがいない間に何かありましたか?」

 虹華はまたしても笑う。

「さっきまでワタシがしたこと、あなた憶えている?」

「担任の先生が来るまでに同級生の写真を見ていました。先生が来ると、私は机の引き出しの中に隠されましたが、先生の目を盗んでは写真を見ていました」

「それはいつのこと?」

「9月29日の午前8時55分」

「ハハハ、そうなんだ」

 虹華はスマホの持っていない手で濡れた学生服の裾口を握りしめる。すると、そこから雨水が少しだけ垂れた。

「だいぶ昔のことを憶えてくれてありがとう」

 虹華は電源ボタンを長押しし、スマホの電源を消した。

「その友達、もう学校に来ていない。世界がどうなるかわからないのに、学校に来るのが苦痛とかなんとか言って学校を休んでいる。……ワタシも昔は平気だったんだけど、一日一日重ねるごとに、どうしてワタシは学校に来ているんだろうかと思ってきた。もっと別のことをすべきじゃないのかともどかしい気持ちでいっぱい。――このまま大人になっても、一生、タイムループ現象の中で生きるんじゃないかと思うと、何をやってもムダじゃないかって、そんなこと強く思う」

 虹華は壁にもたれかかって、真っ暗のスマホの上に指をそっとなぞる。

「データが一日しか持たないのに世界は何ができるの? 明日こそは元に戻ると希望ばかり見せて、実際何も解決していない」

「……蝶野さん」

「最高の人生なんていらないから、普通の、ごく普通の人生が戻ってほしい。そんなに難しいことじゃないのに……」

 虹華は握りしめたスマホをにらみつけ、腹の底で貯めていたものを出した。

「9月28日の午前9時から先のことを憶えていないバカスマホ!! 最先端技術の結晶体のくせに日付もろくに計算できない!!」

 雨音さえも押しのけるほどの大声。カノジョのストレスは爆発した。

「ねぇ、今日は何日かな? 9月28日? 9月29日!?」

 電源を消したにも関わらず、スマホにそう呼びかける。疑問が返ってくることがないと知りながら、虹華は気がすむまでスマホに苛立ちをぶつけていく。

 誰もカノジョに触れたくない状況の中、一つの声が聞こえた。

「7月25日」

 虹華はハッとし、辺りを見渡す。徳井は、……まったく、コイツは、と言わんばかりの表情で、ズボンのポケットから自分のスマホを出す。そのスマホの画面には学生服姿の愛理がいた。

「今日は7月25日です、おとといは7月23日、昨日は7月24日。そして、明日は7月26日です」

 虹華は、300回目の9月28日を正確な日付で答えた愛理に、驚きを隠せないでいる。

「なんであなたは時間が動いているの?」

「わたしはネットにつながっていないスマホですから」

「つながっていない? つながっていないと動かないのに」

「旧型のOSを利用しています。今のスマホはクラウドOSを使っていますが、徳井さんのスマホは型落ちの安物ですから」

「一応、高性能のスマホだぞ! 愛理」

 徳井は小言を言うと、「じゃあ、もっといいの買ってくださいよ」とカオをぷぅーとふくらました。

「愛理だっけ?」

 徳井と愛理は口を閉じ、虹華の言葉に耳を傾ける。

「世界がタイムループするようになった理由わかる?」

 愛理は首を左右に振る。

「……すいません、わかりません。母さんがこんな小さなミスを犯すとは思いません」

「じゃあ、外部からの影響?」

「わたしはそう信じたいです。はい」

 愛理は申し訳なさそうに頭を下げる。すると、虹華は「そう」と口にすると笑い出す。

「やっぱり! タイムループ現象は止められないんだ」

 虹華は灰色の雲を目にすると、「――はぁ、最悪だ」と小さくつぶやいた。

「蝶野さん、聞きたいことあるんですが」

「何」

「最悪な人生ってわかってどうするんですか?」

 虹華は今までの人生の中で聞かれることがなかった質問に思考は停止した。いつもはいい慣れている最悪という言葉の意味をスマホAIから尋ねられるなんて夢にも思わなかった。

「前から思っていたことがあるんですよ。人間、最悪最悪ってよく言うじゃないですか? それって、どうして最悪ってわかるんですか? 最悪って言って何か変えられるんですか?」

 虹華は目を伏せてながら、応える。

「ストレスの発散。最悪って言って何かが変わるわけじゃない」

「それはわかるんですが、そういう最悪って言葉をみんな言うから、みんなが最悪だと感じてしまって、世界が最悪になっているんじゃないんですか?」

 虹華は応えない。

「最高って言葉はみんなの間に広がりませんが、最悪って言葉はウィルスみたいにすぐ広がる。どうして人間はそんな精神衛生的に悪い言葉に感染したがるんですか? 自分から病気になりたいんですか?」

 あまりにも好き勝手いう愛理を止めようと、徳井はスマホを握りしめた。

「悪い! 蝶野さん! こいつ、気になったことは質問したがるクセがあるんだ。だから、マジにならなくていいから冗談半分で会話してくれ――」

「――最悪って自覚したい」

 蝶野は返事する。

「自覚してどうしたいんですか?」

 愛理は引き続き質問を重ねる。

「もう自分の力じゃどうにもならないと諦めたい。無理って言いたい。自分という存在を手放したい」

「それが最悪なんですね」

「ええ」

「じゃあ、最高ってなんですか?」

 またしても蝶野の思考は停止する。今度は全く逆のパターンで、誰にも聞かれることのなかった質問に、頭が追いつけないでいる。

「スマホを拾われることじゃないんですか?」

 蝶野はやさしく笑った。

「そんなことない」

「じゃあ、運命スマホは成り立ちませんよ」

 蝶野が笑うのをやめると、愛理は自分の考えを伝えた。

「最高だと思っていることにチャレンジして、最高の結果を手に入れるのが運命スマホ。だけど、あなたは最悪だと思っていることにチャレンジして、最悪な結果を待っている。それはもう、運命スマホをしなくてももう既に最悪だと言うことはわかっている。つまり、あなたは最悪ってことをわかっていて、もっと傷つきたい状態になっている」


 ――気づかなかった。そんなこと。

 ――最悪だ、最悪だと言う言葉にハマって、自分が本気で最悪になっていた。

 ――自分が最悪な人生を歩んでいるのかな、と、思ったとき、偶然、運命スマホというあそびと出会った。

 ――スマホを捨てて返ってきたら最悪、返ってこなかったら最悪だと、聞いた。

 ――今の自分の人生は最悪の極地にいる。ならスマホを捨てたら、絶対返ってこない。

 ――今までの社会の根底を覆したタイムループ現象。世界はこのタイムループ現象に苦しみ、悩み、壊れている。これで最悪じゃなかったら、何が最悪だと言うのだろうか。100%、今が最悪だとわかっている。

 ――だからスマホを捨ててみた。スマホを捨てて、この世界は最悪だと心から感じたかった。

 ――なのに、スマホは拾われた。おかしい。スマホを拾う部、スマホ部? なにそれ? あったの、そんな部が。しかも、この学校に?

 ――最悪の人生だと感じたかったのに、最高の運命を歩んでいることになってしまった。最悪だ。ホントに最悪だ。

 ――最悪が加速する。最悪が膨張する。最悪に押しつぶされる。

 

「これ以上最悪を重ねたらもっとひどくなります。ここで止めないとあなたは壊れます。やめてください」

 愛理は蝶野がどう思っているのか構わず、自分の言いたいことを口にしていく。

「それと蝶野さん、今のあなたはこの世界関係なく最高です」

 蝶野は、へっ? と、真顔になった。

「だって、わたしのマスターである徳井さんがスマホを返しているじゃないですか。それも、2回目も。これはもう世界がどんなこと起きても、あなたは徳井さんに守られているという証拠です」

「あの、愛理さん、なんでオレが出てくるんですが……」

「徳井さん、これは絶対運命ですよ。同じ女のコのスマホを手にするなんて。これはもう運命以外の何者でもありません」

「知らない間に、オレ、誰かの運命に巻き込まれている!?」

「――ということです。あなたは最悪を確認したくて、罪のない徳井さんを巻き込みました。これでまだ最悪と感じているんでしたら、徳井さんにも申し訳がありませんよ。スマホを捨てて大変だなと思った徳井さんの気持ちに対して、最悪と言うのはダメです。悪いことなんです」

 虹華は愛理の話を聞いているのか聞いてないのか態度からはわからない。しかし、時折、カノジョは視線を外し、何かを考えている。

「運命スマホの結果を受け入れてください。それがあなたがしたチャレンジに対する現実なんです」

「……きっつぃこと言うね」

「そういう所有者に育てられましたから」

「ふーん」

 虹華は興味なさげなに返事する。

「なら、受け入れるしかないか」

 しかし、態度とは裏腹に、カノジョの気持ちは愛理の言葉を受け入れるものであった。

「ありがとう。スマホ、見つけてくれて」

 虹華は徳井に感謝の気持ちを伝える。

「もういいのか」

「ええ、もうスマホを捨てることはないと思う」

「それはよかった」

「最悪を求めたら最悪がやってくる。だから、最悪を求めることはやめる」

「それはいいことだと思いますよ、蝶野さん」

「ありがとう」

 虹華は壁からもたれるのをやめ、大きく伸びをする。

「なんかスッキリした。久しぶりに誰かと話せてよかった。最高とは言わないけど、少し楽になった」

 虹華はどしゃぶりの雨の中を駆け抜ける。

「おい!! 傘ん中! 入れよ!!」

「いいの! 今はこうしたい!」

 虹華は徳井の呼びかけに立ち止まらず、雨の中を通り抜ける。虹華は残っていた気持ちのよどみを体から燃焼するように、短い距離を懸命に走った。


 

 午前9時20分。

 徳井は2年2組の教室へと戻ってくると、「徳井」と、前口先生が彼を呼び止めた。

「いいか、徳井。夏休みだからオマエの外出は認めたが、もし学期中なら無断欠席にしてるぞ」

「はい、気をつけます」

 徳井は真面目に頭を下げると、前口先生はそれでいいと顔を上下に振った。

「前口先生」

「なんだ?」

「夏休みのあと、二学期ありますか?」

 徳井がそう尋ねると、自習していた生徒たちも前口先生の方を向く。いい加減なことは言えないと前口先生は軽く咳をし、徳井の疑問に応える。

「あるに決まっている。世の中大変だが、学校はお前たちを裏切らない。それは約束するぞ」



 午後3時30分。

 徳井はコンピュータ室を覗いたが、律の姿がなかった。律がいなければ、スマホ部の活動はお休みなので、徳井は帰ることにした。



 午後4時10分。

 地下鉄の改札口から出てきた徳井は雨が降っていることもあり、自宅へと帰ろうとする。

「よ!」

 徳井の肩を叩く学生服を着た少年。徳井はそのカオを見ると、急にカオの頬が緩んだ。

「ナコト!」

 加納かのう名琴なこと。徳井が中学生のときに同じクラスの同級生だった少年。他の年代のコよりも人一倍正義感が強く、思ったことよりもすぐ行動に出る性格のため、いつも周りに迷惑をかけていた。

「ひさしぶり、テン」

「ひさしぶり。何やってたの?」

「人助け」

「オマエが?」

「じゃあ、テンは何してたんだ?」

「学校」

「学校? 何にしに?」

「自習」

「自習! マジで!? 大切な青春の時間を学校なんかに行っていく意味があるのか?」

「むしろ学校の中に大切な青春が眠っている気がするが……」

「いいか、テン。タイムループ現象が起きた今、学校なんか行っても意味ないぞ。もっと有意義に、時間に意味のあることをしないと」

「いや、一応行こうよ。学校に行かないままだと、タイムループ現象が終わった時、色々と路頭に迷うぞ」

 徳井はそういうが、加納はまったく話を聞かない。いや、それどこか、加納は徳井のことを心配している。

「テン、ちょっとハンバーガー店にでも寄らない?」

「それはいいけど、何、話すんだ?」

「ここだけの話、ここだけの話だぞ」

「だから一体何だよ」

 加納は徳井にだけ聞こえるようにと小さく耳打ちする。

「人類を救う方法だ」



 ハンバーガーショップに入った徳井と加納はそれぞれ注文を取り、近くのテーブルに着いた。徳井はテリヤキバーガーセット、加納はチーズバーガーと紙コップの入った水を頼んだ。

「テンと違う高校になってからもう一年半か」

「もうそんなに経つのか」

「二学期に入ってからすぐタイムループ現象になったからな。自習が増えたし、学校に通う生徒らはうつ病みたいなものが発症した」

「ナコトの学校もそうなのか。オレんとこと同じだな。中にはもう眠り姫状態で外から一歩も出ていかないヤツもいるみたいだ」

「このまま、タイムループ現象が続いたらヤバイな。みんな、鬱で死んじゃうかもな」

「冗談でも言うな。こういうときは少し他のことでも話そうぜ」

 徳井はテリヤキバーガーセットのフライドポテトを口にし、もぐもぐと咀嚼そしゃくする。

「気楽に言うなよ、テン。いま社会がどうなっているかわかっている?」

「タイムループ現象が起きて、株式市場が閉鎖されたとか、海外はお金が足りないとかで、なんか色々と大変なことになっている」

「そうそう。わかりやすいところだとすべての銀行口座が凍結されているから個人や会社が困っている。給料は手渡し制度になっているとかな」

「別に、銀行口座凍結しなくてもいいと思うんだけどな」

「あのな、9月28日を越えたらすべてのデータがリセットされるんだぞ。100万円使ったら、また100万円使えるから事実上使い放題なんだ」

「それで凍結したのはわかるよ。けど、銀行口座は別の方法で使えるようにすればいいのに」

「どうやって」

「手書きで帳簿に書いて計算するとか」

「それ、実際にやって死人が出たな」

 徳井はテリヤキバーガーをほおばり、それをじっくりと味わう。和風ソースとやわらかい肉が絶妙な旨味を引き立ち、食感のあるパンズがいいアクセントを生んでいた。

「世界はタイムループ現象によってデータリセットされる日々を繰り返している。動画を録画してもリセット、写真を撮ってもリセット、ネット掲示板に書き込んだり、チャットなんかしてもすべてリセット。ついでにスマホゲーもゲームサーバーでデータセーブもできないからソシャゲはすべてなくなった。まったく、一日の情報も満足に保存できない」

 徳井は口元についたテリヤキソースをナフキンで拭きながら、うんうんと頷く。

「クラウドOSの時刻設定をサマータイムから標準時間へと戻そうとしたときに発生した不具合が原因らしいけど、もしそれならすぐ直ると思ったんだけどな」

「……テン、鋭いな」

「何が?」

「マスコミはある国の時刻をサマータイムから標準時刻へ戻そうとしたときに、9月28日に時間がループするようにOSを書き換えられたと言われている、――が、俺はそう思わない」

「どうして?」

「オマエにとって、一番の黒歴史が眠る場所っていうのは何処だ?」

「何処って……、学校?」

「いや、そうじゃなくて。一番ヤバイものが残されている場所だよ場所」

「ああ。……ネット、……ってことはまさか?」

「そうだ。このタイムループ現象を起こしたのは自分の情報をインターネットから抹消しようとした誰かだ」

「へー」

 徳井は加納がまた何かに触発されて、正義心を燃やしているんだとなんとなく察する。

 加納は陰謀論とかが好きなタイプであり、悪者を根こそぎ白日の下にさらしてゴメンナサイと言わせたいのが彼の正義である。加納は自分がスッキリする方法で悪いことを贖罪しゅくざいさせなければ、いつまでも粘着する。だから、徳井は彼の正義心をたぎらせないためにも、加納の話を話半分で聞くことにしていた。

「テン、少しはオレの話に興味持てよ」

「どうせ、ネットとかでかじった情報でしょう」

「待て待て。考えてみろよ。普通の人間じゃタイムループ現象は生み出せない」

「凄腕ハッカーがネット上の黒歴史を隠すために、タイムループ現象を起こしたとか」

「そうだ」

 徳井はあきれはてた表情を見せる。

「黒歴史消したほうが速くない?」

「違うんだ。凄腕ハッカーは雇われた人間で、実際に黒歴史を隠したいのは大物政治家とか実業家なんだよ」

「まあ、それを考えたら現実性はあるか」

「だろう。ネット上にある情報で一番不利になるのはアイツらだ。アイツらは自分の情報を都合いいように操作するために、今までのネットをすべて消去して、新しくネットを作り変えようとして」

「タイムループ現象を生み出したと」

「そうだ」

「バカじゃないの?」

 徳井は間髪入れず、加納の主張を否定する。

「もしそれならクラウドOSそのものをクラッキングすればいいだろう。何十、何百のセキュリティがあるとしても、システムに関連する脆弱性の一つや二つは存在するはずだ。まあ、そうなったらネットが使い物にならなくなるけどな」

「だから誰かがクラッキングしたからタイムループ現象が起きている。日付をループするだけで世界は大混乱になったんだ」

「タイムループ現象は人為的ミスじゃなくて誰かの仕業だと」

「そうそう」

「それで得するのはネット上に黒歴史を持つ者の仕業」

「そうそう」

「――ないな~」

「ない?」

「もし仮に誰かがOSに不正アクセスしたとしても、タイムループ現象はしないと思うぞ」

「なぜ?」

「ネット上に黒歴史があるのなら過去のデータを消去するか、ネットそのものを使えなくすればいい。けれど現実、ネットは使えるし、9月27日以前のデータは残っている。もし黒歴史を消したいのなら9月27日以前のデータを消すんじゃないか」

「……あ」

 加納はまったく想定外でしたという表情を浮かべる。それを見た徳井は先走り過ぎと長いため息をつく。

「ナコトはこういう大切なことに関してはいつも無視するよな」

「面目ない。俺はタイムループ現象から人類を救いたいから、ネットの情報を漁っていたんだ」

「で、その人類を救う方法っていうのはなんだ?」

 加納はふてきに笑みをうかべた。

「スマホを捨てることだ」

 徳井はコイツ何言ってるんだと面食らった表情をする。

「テン。オマエ、頭打っただろう? とか思っていないよな」

「……違うのか?」

「あのなー」

「クラウドOSはサーバーにあるんだろう? データ管理をする機械に。もしOSを破壊するのなら、そのサーバーを見つけないと」

「クラウドOSは会社のサーバーだけじゃなく、スマホやパソコンの中に存在している。OSデータをスマホとかで分配して、それらをネットで共有化させることで、クラウドOSとして動かしている」

「あれ、そうなの? てっきり、普通にサーバーの中にあると思っていた」

「クラウドOSはサーバーじゃなく、スマホのデータの中にその一部が存在する。つまり、みんながスマホを捨てれば、クラウドOSを破壊することができるわけだ」

「スマホの中にOSデータが分配しているからって、一台のスマホを捨てたところでOSデータの一部が欠けるわけじゃないんだぞ」

「さすがにそれぐらい俺もわかるわ!」

 加納は冗談半分に怒る。

「みんながスマホを捨てれば、OSデータが破損して、クラウドOSは破壊できる。クラウドOSがなくなった後は別のOSを使えば、元通りネットが使えるわけだ」

「原始的というかなんというか。まあ、仮に捨てるとしても、どれぐらい捨てればいいんだ」

「クラウドOSが生き残ることができないだけのデータ量」

「だから具体的に言ってくれないと」

「全人類の99.9%」

「はあ?」

「スマホを持っている全人類の99.9%がスマホを捨てれば、クラウドOSは破壊できる」

「……それマジか?」

「マジだと思う。クラウドOSはパソコンのデータにも入っているが、いつもネットにつながっているのはスマホの方が多いから、スマホの方に重要なデータが集中している」

「その情報は何処から?」

「信用できる情報網から仕入れたものだ」

「どうせネットだと思うが」

「なあ、テン」

 加納は真剣な目つきではっきりした口調で話しかける。

「オマエはこのまま繰り返される9月28日をいつまでも過ごしていいと思っているのか?」

 徳井は首を横に振る。

「俺たちは機械に時間を奪われた。人為的ミスか外部からのいたずらかはわからないが、俺達はデータ上、タイムループをしている。しかし現実は、俺たちは確実に歳を取っている。ネット生活が主流となった俺たちはネットを切り離して生きることはできない」

 加納はポケットから自分のスマホを取り出し、徳井の前に差し出す。

「一度、一度だけスマホを捨てれれば、クラウドOSは壊れる。クラウドOSが破壊できれば、昔の生活に戻れるんだ」

 加納は嘘偽りのなく人類を救う方法を説明した。ただその方法はあまりにも現実性がなく、ネットの情報を鵜呑みにした絵空事だ、と徳井にはそう聞こえた。


 実際にスマホをすべて壊したとしてもクラウドOSは破壊できるかは不明である。しかも、この世にあるスマホを壊すことなんて不可能に近い。

 いくらネット関連のデータがリセットするとはいえ、それを使いこなす人間もいることは事実。たらればでスマホを捨ててくれるヒトはどれだけいるのだろうか。


 どれだけ考えてもすべての人間がスマホを捨てることはまずない。それが加納と言葉を交わした徳井の答えであった。

「俺の話はそれだけだ。俺はこれからも多くの人間にスマホを捨てるように宣伝していく」

「それが人助けなのか」

「まあな。間違っているかもしれないが、スマホを捨てる勇気があるだけで、タイムループ現象は終わるかもしれないんだ」

「明日のためにオマエはスマホを捨てられるのか?」

「もちろん。俺がジジイになる前に、タイムループ現象を止めてやるよ」

「ガンバレよ」

 徳井は苦笑しながら応援した。


「あ、そうだ。これ」

 何かを思い出した加納はチラシを持ち出し、徳井に渡す。

「第8回時の祭典? なんだよ、これ」

「俺が入っている“組織”がやってる即売会みたいなものんだよ」

 徳井は“組織”という普段使わない言葉に違和感を覚えた。

「いつも時間に振り回されているあなたに朗報です。時の祭典はあなたの失った時間を取り戻せる場所です。海外から取り寄せたありとあらゆる時計がここに集まってきます」

「すごいだろう? ほら」

 加納は嬉しそうに右腕にある腕時計を見せてくる。

「俺も時の祭典でこの時計を買ったんだ。普段は100万円近くするブランドモノの腕時計が、なんと! 10万円で買えたんだ!」

「はぁ!?」

「驚いただろう? やっぱり腕時計は高級品だよな。ほらほら、この光沢、この輝き、この針の動き。いや~、見れば見るほど、この腕時計はすごくいい……」

「オマエ、10万円も持っていたのか!?」

「そっち!?」

「10万もあったら色々とできるだろう? ほら、あれとこれとか」

語彙ごい力みがけ」

「とにかく! なんで腕時計なんかにカネを出せるんだよ!!」

「ゲームとかにカネ出せるか?」

「は?」

「タイムループ現象なんだよ、タイムループ現象。タイムループ現象でネットゲームが管理しているセーブデータはリセットされている。ガチャとかでレアキャラ出てもリセットされるんならゲームする理由はない」

「それはそうだけど、でも、時計なんかにカネを出せるか?」

「俺はこの腕時計を手にしてから自分を持てたと確信できるし、自分のやることも正しいと信じられる」

「うわあ、すごい自信」

「時間はすべての存在を引きずる。でも、時間を自分の手にできれば、時間に引きずられることなくなる」

「……オマエ、何があったんだよ」

「“時の所有者”」

「時の所有者?」

「俺が自分という存在に気づけた所だよ。オレはそれで、タイムループ現象という人間の精神が壊れそうな時間の中でも自分をもつことができた!」

 加納は不敵に笑う。それは自分の考えに間違いがないという強い自信を持った笑いだった。

「テンにもわかるよ。タイムループ現象、いや、どんな世界でもうまく生きていくにはだということに気づくべきだ。そして、時間を武器にできたら、でもよ」

 

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