299回目の9月28日


 299回目の9月28日

 

 午後4時15分。スマホ部のあるコンピュータ室。

 徳井はスマホ部部長の律の前に、拾ってきた2台のスマホを差し出す。

 律はすばやく2台のスマホをチェックし、それぞれのスマホに、【要パスワード】【要電池】と付箋を貼り付けた。

「これで全部か?」

 律の質問に、徳井は顔を左右に振る。

「いえ、気になったスマホがあって」

「気になったスマホ?」

 そういうと徳井は最後の一台のスマホを律に見せる。

「律センパイと一緒にこの中身を確認したいのですが、いいでしょうか?」

「キミがそんなことを言うってことは、これは学校内で見つけたものなのか?」

 徳井は「はい」と肯定する。

「いいだろう。そのスマホ、キミと一緒に確かめてみよう」

 律は徳井のそばに近寄り、徳井が持ってきたスマホを覗き込む。

 ……ちょい、部長! 近すぎ。

 徳井は律が自分の右横によってかかってきたと思いつつ、彼はスマホの電源ボタンを入れた。

 パスワードのかかっていないスマホ画面をオープンさせ、徳井はスマホを呼びかける。

「ハロー、アイリ」

 画面から現れたのは私服姿のアイリ、298回目の9月28日のスマホ部で見たアイリの姿と同じだった。

 徳井はスマホの画面から視線を外し、苦虫を噛んだような表情を見せた。

「あなたは誰ですか?」

 アイリは目の前にいる律と徳井に対して警戒している。

「オレは徳井典。――アイリ、スマホ主のためにも協力してくれないか?」

「わたしのマスターに何の用ですか?」

「マスターに用はない。あるのはオマエの持ち主に返すこと」

「それでしたら最寄りの警察署に預けるのが最良だと思いますが」

「警察は相手にしてくれない。警察は落とし主が探す気がないと動いてくれない」

「わたしのマスターは探す気がないというのですか?」

 徳井は少し間を置いて、「ああ」と返事した。

「オレに協力しろ。でないと、オマエは持ち主の元には戻れないぞ」

 アイリは目を何度かパチパチさせると、口を動かした。

「コスモスから指令が来ました。あなたは、わたしのマスターに、害を与える人物ではない。したがって、わたしはあなたに協力します」

「ありがとう。じゃあ、放送部に行こうか。蝶野虹華を呼ぶために」



 午後4時30分。

 放送室を借りた律は校舎内にいると思われる虹華をコンピュータ室へ来るように、呼びかけた。


 午後5時00分。

 放送をしてから30分。徳井と律はコンピュータ室で待っていたが、虹華は来ない。

「これは帰ったね」

「帰った?」

「そう思うしかないだろう?」

「まあ、そうですね」

 徳井と律はそう話を交わす。

「そういえば、愛理君は?」

「愛理?」

 徳井は首をかしげる。

「すごく静かすぎて気味が悪いと思っていたら、愛理君がいない」

「ああ、そういえば」

 徳井は自分のスマホを確認し、電源ボタンを押す。すると、そこにはホッペをぷぅと膨らまして、ムームーと不機嫌を伝えるドアップの愛理がいた。

「……何してるんだ? このコは」

「すいません。マナーモードにしてました」

 徳井はスマホのマナーモードを解除すると、愛理は大声をあげた。

「とーくーいーさーん!!」

「わめくな!! ここは学校だぞ!」

 徳井はうるさいと不機嫌を顔に出しながら、耳をふさいだ。

「愛理君、そんなに大声出すと、電池の減りが一気に消耗するぞ」

「あ」

 愛理はカオを真っ青にし、突然土下座する。

「神さま、仏さま、徳井さま! どうかわたくしめに1ミリメガワット分でもいいので電気をお流しください」

「愛理、いきなり土下座しなくても充電するから。……って、でんきの神さまって一体誰だよ」

「……カミナリさま?」

 ああ、いたね、と、徳井は自然とうなずく。

「和風だね。てっきり私はボルトかワットだと」

「それは科学者であって、洋風の神さまではありません」


 徳井は愛理のスマホ、もとい自分のスマホを充電する。

「これこれー! しびれるーー」

 電気はしびれるものだと徳井は思いっきり叫びたかったが、ここはグッと我慢した。

「ぶちょありがと。充電器持ってて」

「スマホに必要なものだからね。こんな大切なものを持っていない方がおかしい」

「そうだ。おかしいおかしい」

 ――なんだか、オレのこと、さらっとディスられている気がする……、と、徳井はそう思った。

「そういえばぶちょ、スマホ部ってスマホを拾う部ですよね」

「そうだけど」

「じゃあ、なんでスマホを捨てるヒトがいるんですか? スマホ捨て部でもあるんですか?」

「愛理。それ、オレが昔説明したぞ。あそびだからって」

「徳井さん! またそれですか? あそびって言って納得するAIが何処にいるんですか?」

「……違うの?」

「あのね! スマホをあそびで捨てるバカが何処にいますか?」

「まあ、そうだな。個人情報のカタマリを捨てたいヤツなんて――」

「そうそう、こんなかわいい愛理ちゃんが住んでいるスマホを捨てるヒトがいるなんて信じられません!」

「……オレ、この学校にスマホ捨て部があったらすぐ入部して、封印札でペタペタと貼りつけてから谷底に落とすよ」

「徳井さん! それって、どういう意味ですか? いくらなんでもミイラスマホって古すぎて新しすぎますよ!」

「まあまあ。古すぎて新しすぎるの意味はさておいて、徳井君や愛理君が言うことはもっともだね」

「でしょう!! もうぶちょ! 愛してる!」

「ハハ、――愛理だけに?」

 律が自信満々に応えると、あたりが静寂に包まれる。

「……おかしいな。どうして静かになるんだ?」

 愛理は徳井に来い来いと手で招き寄せる。徳井はスマホ画面の前まで近寄ると愛理は隠し持っていた巻物を広げる。

『ぶちょのセンスっておかしくない?』

 徳井は愛理の疑問に対して、スマホ上にキーボードを表示させ、フリック操作で応える。

『律センパイは滑り芸マイスターなんだ』

 愛理はなーると、目からウロコとうなずいた。

「まあいいか。――愛理君、スマホを捨てるあそびというのはね、自分が今最高の人生を進んでいるというのを確認できる“運命スマホ”から来てるんだ」

「なんか名前の響きからうさんくさいあそびですね、運命って」

「スマホが運命を語るのか」

 徳井は電子機器がオカルトじみた話をするなんてすごい時代が来たんだなとしみじみと思った。

「で、“運命スマホ”ってどういうあそびなんですか? スマホを捨てるだけでいいの?」

「パスワードを解除した上で、道端にそっと置く」

「まあ! すごく簡単! さっそくやってみてください、徳井さ……って! それって個人情報フルオープンじゃありませんか!」

「そうだが」

「えー、やだな。その……、徳井さん以外に、な、なかみを見られるだなんて。しかも、ふ、ふ、フルオープンだなんて」

「言葉の端はしに、ほのかなエロスを忍ばすのはやめなさい」

「エー」

「……そうか。スマホAIにとっちゃ、そういうことになるのか」

「律センパイも愛理の言葉をまともに受け取っちゃダメです」

 徳井はいかがわしいことを考える愛理に対して、どこで育成間違えたんだろうかと本気で思い始めた。

「話を戻そうか。道端に落としたスマホが自分の手元に戻ったら、今の人生は最高ということが確認できる。“運命スマホ”でやることはこれだけ、わかったかな、愛理君」

「わかりましたけど、どうして最高の人生だと確認できるんですか?」

「さっき徳井が言っただろう。スマホは個人情報のカタマリだ。これを元にいろんな悪事をすることができる」

「……徳井さん?」

 愛理はこの上ない笑顔で徳井の名前を呼ぶ。

「ここぞとばかりにメチャクチャいい笑顔でオレのことを呼びかけるのはやめろ愛理。というか、AIが人間をおどすか?」

 愛理は、――もしわたしのことを邪険に扱ったらどうなるか知りませんよ、と言わんばかりに悪い顔で迫る。

「愛理君、人間は悪いことをするヤツもいれば、いいことをするヤツもいる。いいヤツは道端に落ちているスマホを拾って、警察に届けるよ」

「あ、だいたいわかった。自分から落としたスマホがいいヒトに拾われて、自分の元に帰ってきたということは、最高に運がいいってことなんですね」

「そういうことだ。自分の意思でスマホを捨てるから、運命スマホは命がけの運試しということになる」

「徳井さん、間違ってもわたしを捨てないでくださいよ。もし捨てたら、1秒ごとに徳井さんの情報をないことないこと、ジャンジャン流しますよ」

「どんなホラーよりも怖いこと言うな! おい!」

「わたしだって壊されたくないですからね。自分の身のためなら、徳井さんの情報ぐらい平気に渡します」

「愛理、オマエ人間臭いな!」

「徳井君。それはAIにとっちゃ、ある意味、最高の褒め言葉だぞ」

 律はふふふと微笑むように笑った。

「とまあ、“運命スマホ”は自分の運を試す人迷惑なあそびだったわけだ」

「だった? 今は違うんですか?」

「違うといえば、違う。今は“拾われたくない”ことを望んで捨てるヤツらがいる」

「拾われたくない?」

「そうだ。スマホ部はそんなヤツらがあとで後悔しないようにと、ちょっとしたおせっかいをしてるんだ」

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