298回目の9月29日


 298回目の9月29日


 午前8時20分 

 徳井は公園の花壇をかきわけ、落ちているスマホを探していた。

 昨日は変なところにスマホが落ちていた。なら、今まで意識していなかった場所にもスマホが落ちているかもしれない。そう思って、彼はこんな場所でスマホを探していた。だが、そんなところにスマホが落ちているわけもなく、彼の行為はムダに終わった。

 ところが徳井はそれがムダとわかるだと、少しだけ微笑み、ベンチの上に座った。すると、長方体の感触が尻から伝わってきた。

「……と」

 徳井は急いで立ち上がり、感触の正体を見る。

 ――スマホ。少しばかり砂がついているスマホ。おそらく誰かが拾ってベンチに置いたのだろう。

 徳井はスマホを手にすると悲しげな表情を浮かばせた。スマホがベンチに置いてあった驚きよりも、なぜそれを警察とかに届けないんだろうか、という気持ちでいっぱいだった。 

「徳井さん徳井さん」

 胸ポケットから愛理の声が聞こえる。

「充電お願いします」

「悪い。ちょっと黙ってくれないか」

「別にスマホが見つからなくてもいいじゃないですか。それより、わたしが住んでいるスマホの電池を心配してくださいよ」

 徳井はぼぅーと思考を巡らせる無為な時間が欲しかった。

 だからか、愛理との距離を取りたくなった彼はスマホをパパっと動かす。

「愛理ちょっとゴメン」

 徳井はそういうと、スマホをマナーモードにする。

「!!!」

 愛理は『おーぼーだ! ゲンロンだんあつ!』というプラカードを持って、喋らせろと主張する。しかし、徳井は愛理のメッセージを無視し、電源ボタンを押し、スマホをスリープモードへと切り替える。

 そして徳井はベンチに座りこみ、住宅街の通学路を見つめ、物思いにふけた。


 集団登校の小学生の群れ。

 ヘルメットを着用し自転車を駆ける中学生。

 くだらない話をしながら登校する高校生。

 犬と散歩するおじさん。

 街路を掃除するおばさん。

 いつも目の前を横切るものでしかなかった見慣れた風景、しかし、今はそこにはない。

 まぶたの焼きついていたはずの光景が重ならない。

 ――いつか自分も日常から切り離されて、世界から消えてしまうのだろうか。


 徳井は頬を噛み、痛みを確かめる。ああ、痛い。それでいい。オレは生きている。痛みがわかることで自分の存在が確認できる。

 もし、それさえも失えば、何か恐ろしいものに呑み込まれて、日常が失い、オレという存在も失う。

 

 ――今、オレは存在が薄くなっている。何百回以上続くタイムループ現象で精神がすり減っている。


 徳井が恐れているのはそれだ。自分が失われる大きな不安。それを抵抗する手段はいつもの日常を過ごすということのみ。


 ――それはとても小さなこと。けれど、それは難しいこと。

 ――それが崩れた時、自分はこの世界に存在できるか。


 徳井が考えているのは存在性。自分がこの世界に居るということ。それを実感するために、彼は再び動き出す。

 

 徳井は今日も日常を求め、自転車に乗り、学校へと向かった。今朝、見つけたスマホは2台だった。



 午前8時35分。

 いつもより遅い時刻に徳井は学校に着いた。

 遅刻ギリギリだった。

 徳井が2年2組の教室に入ると6人の生徒がいた。

「今日は遅いね」

 たまきは大丈夫と尋ねるように徳井に話しかける。

「ちょっとぼーとしていた」

「また愛理ちゃんと朝までゲームしていたの?」

「まあ、そんな感じ」

 徳井は大きくあくびをすると、ガクンと机の上に倒れる。

「もう寝る準備してるー」

「オレはもう寝たいんだよ」

 たまきの声を無視し、徳井は眠り出す。



 午前8時40分。チャイムが鳴り、前口先生が2年2組の教室に着くと、黒板に【自習】と書いた。

「ほら、先生きたよ」

「くかー」

 たまきが徳井の身体を揺するが、彼は完全に眠りについていた。



 徳井が眠ろうが眠らないが、時間はすべてのものに平等に流れ、世界を引っかき回す。

 世界時刻は9月28日23時59分から9月29日0時0分へとまたがることができず、9月28日0時0分へと戻る。

 かれこれこんなことを299回繰り返している。

 タイムループ現象と名づけられた不具合の下、299回目の9月28日がまた始まった。

 

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