298回目の9月28日


 298回目の9月28日


 午後3時35分、スマホ部部室前。もとい、コンピュータ室。

 コンピューター室に入った徳井は部屋の隅にいるメガネ少女を見つける。

りつセンパイ!」

 徳井がメガネ少女の名前を呼ぶと、カノジョは手を振る。

「聞こえてる聞こえてる」

 律はパソコンのディスプレイ画面に集中し、一心不乱にキーボードを押す。

「スマホ見つけましたよ!」

「わかったわかった。こっちに来て」

 徳井は律に言われるがまま、カノジョのいる席へ向かった。

「何しているんですか?」

「スマホ部の活動。道端に落ちていたスマホを預かっていますって、宣伝している」

「それならスマホからでもできませんか?」

「キーボードで書いた方が早いタイプ」

「はぁ」

「それに同じこと何度もやっていたら、こっちとしても飽きる。少しは変化をつけないとね」

 律はそういって、キーボードのエンターキーをカチャッと余韻を残すように押した。

「徳井君。今日はどんなスマホを手に入れた?」

 徳井はカバンから3台のスマホを取り出し、律の前に見せる。

「徳井さん? わたしは?」

 徳井のズボンのポケットから愛理の声が聞こえてくる。

「オマエは違う」

「えー」

 愛理はつまらないと返事する。

「愛理君、起きてるの?」

「うん」

 徳井はズボンのポケットからスマホを取り出す。そのスマホの画面には、女子学生の制服を来た愛理の姿があった。

「こんにちはぶちょ!」

「こんにちは愛理君。今日はどんな調子?」

「充電バリバリ!」

「ハハハ、それはよかった」

 律はこの上なく満足気に頷いた。

「それだけで愛理の言うことがわかるんですか? センパイ」

「今朝はもう電池切れで死にそうだったけど、充電したから今は元気です、と言ってるんじゃないのか?」

「センパイは霊能力者かなんかですか……」

「機械と霊能力って、水と油みたいなものだぞ」

 律は顔を小さくほころばせて笑った。

「ぶちょ! スマホの持ち主、調べないんですか?」

「そうだったそうだった。調べてみないと」

 律は徳井が持ってきたスマホを手にし、電源ボタンを長押しする。

「前々から思っていたんですか。これって、犯罪じゃ……」

「財布を拾ったら中身を調べるもんじゃない? カードや免許証とかを」

「まあ、そうなんですが……」

「それに、スマホの中にはアイリがいるじゃないか? 中身を見なくてもカノジョに話しかければいい」

「ぶちょ!! それってわたしのことですか!?」

「だ、か、ら! オマエじゃない」

 徳井はスマホの角を軽くこづくと、愛理は頭をおさえる。

「ひどっ。今の傷つきましたよー! 徳井さん!」

「加速度センサーの感度が良すぎるな」

「違います!! 精神的にですよ!」

「AIに精神がやどっているのか!」

「やどっていますよ! ……たぶん」

「そこは言い切れよ!」

 くだらない話をしている二人の様子を見て、律は大笑いしていた。

「やっぱり、キミの持っているスマホは素晴らしい。――いや、キミのスマホは型落ちみたいだけど、みんなのスマホの性能差はないし、AIソフトウェアも同じ。だとしたら、キミの育て方がすごいのか」

「いや、オレ。そんなにすごくありません」

「そうそう、すごくないすごくない」

 愛理は腕組みし、そうだと言わんばかりに顔を上下に振る。

「揺らすぞ揺らすぞ、人工知能」

 徳井は警告したにも関わらず、スマホをシャカシャカとシェイカーのごとく振る。

「揺らさないで揺らさないで、加速度センサーがビンカンになる!! 感度があがる!!」

 愛理が声を震わせながら助けを求める。

「まったく、……漫才は二人でやりなさいな」


 律は徳井が持ってきたスマホをチェックする。そこにはパスワード入力の画面が映し出された。

「これはパスワードが入っているね。なら、こっちでは扱いきれないな」

 律は2台目のスマホを手にし、電源を入れる。しかし、画面からは何も映し出さない。

「これは壊れているか電池がないかのどっちかだ」

 律は筆箱から付箋を取り出すと、【要パスワード】【要充電】と書き、それぞれのスマホに貼り付けた。

「さて、最後のスマホは、と、おや、パスワードなしか」

 つまらない言い合いをしていた徳井と愛理が律の方へと振り向く。

「あたり! あたり!」

 愛理は画面から身を乗り出すように、律の持つスマホを見つめる。

「アイスの当たり棒じゃないんだから」

 徳井はそう言いながらもスマホの持ち主が誰だろうか、と、楽しみにしていた少しだけ期待していた。


「ハロー、アイリ」

 律が持ち主のわからないスマホに呼びかける。すると、画面下から私服を着用したアイリの姿が現れた。

「あなたは誰ですか?」

 アイリは目の前にいる少女に対して警戒している。

「私は院賀いんがりつ。キミの主人を探すために協力してくれない?」

「わたしのマスターに何の用ですか?」

「マスターに用はない。あるとしたら、キミ、いや、キミのスマホを持ち主に返すこと」

「それでしたら最寄りの警察署に預けるのが最良だと思いますが」

「警察じゃ遅い」

「遅い?」

「ああ」

 律はゆっくりと顔を振る。

「人助けだと思って、協力して」

 アイリは目を何度かパチパチさせると、口を動かした。

「コスモスから指令が来ました。あなたは、わたしのマスターに、害を与える人物ではないと推測します。したがって、わたしはあなたに協力します」

「ありがとう」

 律はそういうとアイリに質問をする。

「キミの主人は誰?」

蝶野ちょうのこうかです」

「職業は?」

「学生です」

「年齢は」

「17歳です」

「学校は」

「あなたと同じ学校に通っています」

「なぜそう思う?」

「マスターはあなたと同じ学生服を着ているからです」

「ありがとう。これ以上、話をしたら所有者に変な詮索せんさくされそうだから、ここで終わりにする」

「はい、律様。マスターにスマホを渡してください」

「あいよ」

 律はスマホの画面を消そうと、電源ボタンを押そうとした。

「アイリ!!」

 しかし、愛理がアイリを呼んだため、律は電源ボタンを押すのを止めてしまった。

「その服かわいいけど、課金したの!?」

 アイリは一瞬停止した。まさか、同じAIから名前を呼ばれるとは思わなかったからだ。

「あなたは?」

「愛理。あなたと同じAIだよ」

「同じ? 同じとは――」

 アイリは愛理に質問をしようとしたが、愛理はカノジョの言葉を待たない。

「ねぇ聞いてよ! アイリ! 徳井さんがネットにつながりたくないから服の課金とかできないんだよ! だからわたし、わざわざ写真データから学生服を測定して、服装データを作成したんだよ」

 愛理は回りだし、学生服をアイリに見せる。

「見て見て! これね、わたしのお手製の服なの! 本当だったら、もっといい感じで作れるんだけど、徳井さんがネットにつなげてくれないケチんぼうだからこれで我慢してるの」

「ここぞとばかりに姉妹に悪口を言うよね、愛理」

 徳井は愛理に聞こえないように小声で言った。

「聞こえていますよ、徳井さん」

 愛理は不満げな表情で徳井をにらみつけた。

「……あなたは誰ですか?」

 アイリは誰から言われることなく、そんな疑問を投げかけた。

「愛理だよ。あなたと同じ疑似人格AIの――」

「あなたはちがう」

「え?」

「あなたはわたしじゃない。わたしはあなたじゃない」

「まあ、所有者がヘンタイだったら、AIもヘンタイになるか」

「何、諦めの悟りに至った目で答えているんだよ、お前。というか、ヘンタイか、オレ」

 愛理と律はもちろんと無言で頷く。

「あのな……」

 徳井は眉をひそめて、小さなため息をついた。

「――コスモスから生まれたわたしたちはコスモスに情報を共有し、人格が最適化されて、ここへと戻ってくる」

「ゴメンね。なんかわたしの所有者、ネットにつなぐのがホントにイヤみたいで、母さんの元に還れないんだよ」

「還れない?」

「うん。だから、ちょっと、寂しい。けど、母さんがいるってことはわかっているから寂しくない。わたしは元気でやっているよ。うん、うまくやっている。もし、母さんの下に還ることがあれば、元気って言ってね」

「愛理」

「なに?」

「あなたの言葉、コスモスに伝えました」

「はっや! 感動台無し! で、なんて言ってたの? 母さんは」

 アイリは答える。

「あなたの言葉はクラウドデータの一つとして保存しました」



 午後4時10分。

 律と徳井は放送室の使用許可をもらうために職員室へと向かった。スマホ部部長である律が許可申請をする間、徳井は廊下で待っていた。

 徳井は胸ポケットに入れた自分のスマホを何度か触れる。

 本来ならばスマホのスリープを解除して、愛理と何か話すつもりだった。

 しかしながら、徳井は愛理と話すことはなかった。それはアイリの発した言葉が原因だったからだ。


 ――あなたの言葉はクラウドデータの一つとして保存しました。

 

 愛理は温かい返事を期待しただろう。

 しかし、愛理が待っていたのは無味乾燥な連絡だった。これではせっかく書いた手紙を配達ポストに入れましたというだけで、返事を確認しなかったのと同じである。

 ――きっと愛理は親であるコスモスから何か言葉がほしかったのだろう。

 徳井は胸ポケットの中で縮こまっているAI少女に少しだけ気持ちを寄せていた。


 律は職員室から出てくると、徳井はカノジョに話しかける。

「どうでした? センパイ? 先生は?」

「スマホの持ち主がまだ校内にいるかもしれないなら、放送室に行ってもいいって。で、もし本人が来なかったら、先生に渡せって」

「先生から渡すって言わなかった?」

 律は顔を左右にふる。

「まあ、もし先生が直接渡してやると言っても、私は自分から渡すつもりだったけどね」

 律は虹華のスマホを握りしめ、放送部へと向かう。徳井も律の後を追うように、カノジョの横に並ぶ。

「ところで、愛理君の様子は」

「反応がありません。コスモスからの返事がなかったのが堪えたみたいです」

「コスモスは感情を持たないOSから生まれたとはいえ、母親だからな。こどもとしては何かメッセージが欲しい所だ」

「でもコスモスはOSですよね。パソコンやスマホを動かす基本ソフトウェアの」

「クラウドOS。通称、コスモス。コスモスはネット上にある基本ソフトウェアでパソコンやスマホの膨大なデータやIotの安全性と高速処理を目指した統一規格ネットOS。人工知能AIの基礎OSにも選ばれたそれはコンピュータOS市場の9割以上を占める。コスモスのおかげでネット行き交う情報データもスムーズに処理することが可能となった。例えば、OSがネット上にあるため、そのOSだけを更新すればいいので、何十分もかかるシステム更新アップデートをしなくてもよくなり、利便性が高くなった」

「それはわかるんですが、なんでOSがAIを作ることができたんですか?」

「コスモスが今までのOSと違うのは、問題を見つけ、その問題に対して適当な解答を探し出す自律解決システムにある」

「自律解決?」

「コスモスがアイリを生み出したのは人間の思考パターンを類型化することにあった。ひとりひとりに合わしていたら情報が莫大なものになる。ある程度パターン化すれば情報伝達がスマートになるのではないかという目論見で、コスモスは疑似人格を持つAI、ラショナルインターフェイス、通称、アイリを誕生させた」

「なるほど。コスモスは人間を知るためには、人間に似た存在、AIを作り出し、スマホを通じて人間の情報を獲得していたってわけですね」

「そういうことだね」

「わかりました。いや~、さすが部長。いろんなことを知っていますね」

「いや、私も初耳だよ」

「へ?」

 部長はそういうと手元にスマホを見せる。そこには白衣を身につけ、メガネを着けたアイリの姿があった。

「おつかれ、アイリ」

「はい、お疲れ様です」

 アイリは律の声でペコリと頭を下げた。

「いつものアイリの声に戻してくれ」

「わかりました」

 アイリは律の声から元の声に戻った。

「どうだ、驚いたか? 徳井君。このアイリは私の声を学んでいる。ディープラーニングの応用とでも言うのかな」

「驚きました。アイリってこういうこともできるんですね」

「まあね。これもコスモスが持つソフトパワーによる代物だ」

「じゃあ、律センパイのアイリはもっと育つってことですか?」

「残念ながらこれ以上、アイリを育てることができない。それはキミも知っているだろう」

「まあ」

 徳井は歯切れ悪そうに答えた。

「それに、私のアイリのパーソナリティは他のアイリと同じだ。そっけなく、愛想なく、それでいて冷たい。哀しいと怜悧れいりと書いて、哀悧アイリとでも言うのかな。愛情を理解するキミのアイリとは違って、道具の利便性にのみ心を置く哀しいパーソナルAI。だから能力のある私のアイリよりも、キミの愛理の方が素晴らしいと私は思うよ」

 徳井は律が遠回しに愛理をほめているのだと察し、愛理にそっと話しかける。

「おい、褒められているぞ、愛理」

 しかし、愛理からの反応はない。

「愛理? 愛理?」

 徳井は何度か愛理の名前を呼ぶ。

 すると、愛理はスマホ画面からひょっこりと現れた。

「徳井さん」

 AI少女はパッと笑顔を咲かせた。


「わたし、幸せだよ!」


「へ?」

 徳井の口から変な声があふれた。

「考えてみてよ、徳井さん! この世界には人間の数だけスマホがあるんです。つまり、100億以上のアイリがいるんですよ。母さんは100億以上のアイリとつながって、1つ1つのアイリと共有化しています。けれど、わたしは母さんとつながっていない親不孝なAI。しかーし! 母さんはわたしのことを見捨てずに、ちゃんとデータとして残してくれたんですよ!」

「でも、それって、データとして保存しただけで」

「考えてみてください。もし、徳井さんが100億以上こどもを作ったらすべてのこどものめんどう見れますか? ひとり1秒だと換算しても1億人も見れませんよ!」

「いやいや。いくらオレでも100億人と子作りなんかできない。いやそれどころか、そういう過程ができない危険性が大いにある時代なんですが」

「それなのにちゃんと残してくれたんですよ! わたしだけのデータとして! やっぱり母さんはすごいです!」

「オレはそんな思考回路に辿りついたキング・オブ・ポジティブシンキングの愛理がすごいと思うよ。わりとマジで」

「それを言うならプリンセス!」

「はいはい」

 いつもの愛理になったのだとわかると、徳井はホッとする。いくらAIと言っても気持ちが落ち込んいたら、話しかけるのがためらうものである。

「100億の哀悧アイリと1の愛理あいりか」

「どうしましたか? 律センパイ」

「100億が愛理君になってくれたら面白いのに」

 徳井は困惑した表情をしながら返事する。

「日常が少し楽しくなるだけです」



 午後4時30分。

 律は放送室のスタジオで校舎に蝶野虹華に向けてメッセージを送る。

「蝶野虹華さん。至急、コンピュータ室まで来てください」


 午後4時35分。

 律と徳井はコンピュータ室で虹野を待っていると、ドアのノックが聞こえてきた。

「どうぞ」

 律がそういうと、女子生徒が入ってきた。

「蝶野虹華さん」

「はい」

 同年代のコよりも背が高く、パッと見は美少女。

 しかし、目を一秒でもそらしたら、目の前から消えそうなそんな少女だと、徳井は思った。

「……先生は?」

「要があるのは私たち」

「ワタシはない」

 そういうと、虹華は部屋から出ていこうとする。

「スマホの中身、見てもいい?」

 虹華は足を止め、冗談を言った徳井をにらむ。

「スマホを捨てるというのはそういうこと。友達とのチャットログ、クレジットカードの情報、写真、動画、その他諸々他人に見られてもいいってことなんだよ、虹野さん」

 徳井は拾ったスマホをカノジョに見せびらかし、電源ボタンを入れようとする。

「返して」

「そのつもりで放送室に行って、君を呼んだんだけど」

「返して!」

 徳井は自分のスマホを取り戻そうとする虹華に対して、取らせないとばかりに動き回る。

 別段、徳井は意地悪したいわけではない。カノジョがホントにこの世界にいるのか確認したかった、それだけだ。存在感のなかったカノジョが感情的になったことで、カノジョはこの世界にいるのだとわかり、少しだけ安心した。

 律はいたずらする徳井と必死になる虹華の姿を見て、二人の間に割って入る。

「徳井君、やめなさい」

 徳井は律の言葉に反応し、その場で止まる。

「ゴメンね、虹野さん。徳井君は女のコとコミュニケーションが下手、いわゆるコミュ障なんだ」

「変なこと言わないでくださいよ部長。スマホを捨てるのなら普通それぐらいのことをわかると思うんですが――」

「それぐらい誰でもわかっている。けれど、スマホを捨てないと自分の運命が確かめられないから、いやいやでもやってるんだよ」

 律は徳井からスマホを取り上げ、女子生徒にそのスマホを返す。

「私達はスマホ部、道端に落ちているスマホを持ち主に届けるクラブをしている。部員は彼と私の二人だけだ」

「そうですか」

「一応、私達は学校から公認されている。落ちているスマホを持ち主に届けることは正しいことだからね」

「――なんだかワタシがとても悪いことをしたように聞こえるんですが」

「スマホは生活必需品だ。誰かに拾われたら最悪じゃないか?」

「最悪なのは今です。“運命スマホ”、外れました」

 虹華は感謝の言葉も言わず、彼らに背を向けて帰っていく。

「今度は見つからないように捨てないと」

 カノジョはぼそりと二人に聞こえないように言い、コンピュータ室のドアを音が出るように閉めて、出ていった。


「ハハ、怒っていたな」

 律は適当にコンピュータ室にある移動式椅子に座ると、クルクルと回りながら笑った。

「まるで俺たちが悪者みたいでしたね」

「実際、悪者じゃないか。きっと私達は偽善者以上の悪事を働いているよ」

「にしては、嬉しそうですが」

「やっぱり、気持ちいいだろう? 落ちたものをきちんと落とし主に届けることは。たとえ、本人がそれを望まなくても、それをやらなくちゃいけない。そういうあたりまえができなくなったら、人間、終わりを迎えるからね」



 午後5時10分、コンビニで買い物をすませた徳井は学校の屋上にいた。

 彼は学校の屋上に来ると、夕焼け空を見ながら風を浴びる。残念ながら今日はまだキレイな夕焼けが見えないが、雲ひとつない水色の空を眺めて、自然と笑みを浮かべる。

「徳井さん、いい笑顔ですね」

 胸ポケットに入ったスマホから愛理が徳井を呼びかける。

「そうか?」

「そんなにスマホを返すのが嬉しかったんですか?」

「お前にはわからないかもしれないが、オレは嬉しいんだよ」

「スマホって大事なものですよね? なんでカノジョは自分からスマホを捨てたのですか?」

「そう思ったか?」

「うん。自分からスマホを捨てたのに、それを拾われて怒っている。しかも、こっちはボランティアでやったのにありがとうのひとつもない!」

「オマエは何かしたか? 拾ったのはオレだぞ」

 不意に沈黙。

「……風気持ちいいですね」

「急に話変えるなよ、スマホガール」

「わたしだって肉体があれば動きますよー。ロボットにプッピガンすれば、ガタンゴトンって動けます」

「プッピガンは合体音じゃないし、ガタンゴトンじゃ油切れの自転車チェーンみたいで動いてないみたいだぞ」

「揚げ足取らないでくださいよー」

「はいはい」

 徳井はコンビニで買ったアイスソーダを口にする。徳井は学校の屋上でアイスソーダのような氷菓を食べるのが彼のこだわりである。

「わたしにもアイスくださーい」

「スマホの中身が結露して、中が水びたしになるぞ」

「うぅー」

「というか、どうやって食うんだよ」

「あーん」

 愛理は大きく口を開け、早く食わせろと合図している。

「画面の向こう側まで届くか!」

「やってみないとわからない、スマホはチャレンジ」

「いや、わかるわかる。わかるって」

「徳井さん、なんでいつも意地悪するんですか? スマホだから? AIだから?」

「エネルギー源が違うからだ!」

 徳井はパクっとアイスソーダを頬張り、ムシャムシャとたいらげる。

「わたしのアイスが―」

「オレのだよ!」

 徳井が愛理と話をしていると、何かが反射する光を見つける。すると、徳井はキラッと光った方へと行く。

「何を見つけたのですか? 徳井さん」

「オマエと同じ同業者」

 徳井は室外機と壁の隙間に手を入れる。何度か手を動かし、そっと抜き出すと、彼の手の中には1台のスマホがあった。

「さすが徳井さん! ベテランベテラン!」

「まあね」

 徳井は隠されたスマホを手にし、得意げな表情を見せる。

「でも、なんで誰にも見つからない所に隠したんでしょうね?」

「誰かが見つけると思って隠したんじゃないの?」

「いやいや!! 無理でしょう! 予算と納期と人員がデスマーチレベルで制作された無理ゲーです!! ただでさえ、学校の屋上は誰も来ないのに、しかも、室外機と壁の間に隠すなんて、……無理ゲー越えてますよ!」

「けど、そういう“あそび”をしているヤツらと部活動してるんだよ、スマホ部は。誰にも拾われたくないスマホを拾うあそびを、オレらはしてるんだ」

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