寝る前のスマホ
@sand_clock
第1話
―――寝る前のスマホ
深夜、ベッドに潜り込んだ僕の顔を、スマートフォンの明かりだけが照らす。良い子も悪い子も、普通だったらとっくに眠っている時間だ。だけど僕は起きている。眠りたくない理由がある訳でも、寝る時間が惜しいほど面白いものが液晶越しに繰り広げられている訳でもない。ただ何となく、惰性で僕はスマホを操作し、眺めていた。
「あっ」
スマホが手から滑り落ち、ベッドの外に転がる。ベッドから這い出て取りに行く気にはなれなかった。手を布団の中にしまい、目を瞑る。なんだが久しぶりに暗闇が僕に訪れた気がした。
だがすぐに眠りそうにはない。僕は羊を数える代わりに、何となく、そうスマホを弄っていたのと同じように何となく、何故ベッドから出て拾いに行くほど執着してる訳でもないのに、かたみはさず持ち歩き、触わり続ける理由を考えた。
持ち歩く理由はすぐに思いつく。今や世界はすぐに連絡が付く前提で成り立っているものが多い。それなのに持ち歩かないのは、社会の中で生きる者として損失が生じてしまう。
だがそこに触り続けなければならない理由はない。そうすること自体に意義があるのだろうか。例えばなんだろう。スマホがあり、電波が届く所であればネットワークという途方もなく広がる情報の海にアクセスできる。だが、そうし続けたところで、Wikipedia限定の全知全能にはなれないし、話題の尽きない博識でコミュ力抜群の人間にもなれない。
僕はスマホを手にしていただけで、僕自身が成長した訳ではない。ただ僕と膨大なネットワーク、そして僕が求めた情報を結びつけるデバイスを持っているだけだ。現に今はスマホを手放してるが、それで僕が何か変わったか聞かれても、何もないと言うしかない。僕の記憶にネットで得た情報がしっかりと刻まれた覚えはない。ただその時必要だったから一時的な記憶領域に置かれ、しばらくしたら他の情報に追いやられ、消えた。
僕はスマホ越しの世界が現実だと、そうだとは理解しているつもりだが実感なんてのはちっともなかった。テレビが普及した時、当時の人達はニュースや実況中継を観て、それが自分と地続きの世界で起こっていることだと意識しただろうか。もしかしたら、テレビの箱の中にまた別の世界が存在すると思ったのかもしれない。
僕がスマホの中で広がる世界を眺めている間、当然現実への意識は疎かになる。その間に何ができただろう。自らの研鑽? 経験の貯蓄? 他者との交流? いくらでもあっただろう。それでも僕はただ眺め続けた。だってそうしてた方がずっと楽で気軽に娯楽が得られるから。テレビやスマホは直接的にコンテンツを享受できる。そこが本との違いだと僕は思う。
小説の文章は読むのと同時に、自らの解釈で世界を一度構築するというプロセスが入る。それは膨大な量のため、とても一時記憶領域だけでは収まらない。だからちゃんと記憶へと移される。
スマホやテレビで得られるものの多くはそうじゃない。世界を自分の中に構築する必要なんてないんだ。だって目の前にあるもの。本を読むのと比べて、処理、思考はずっと少なくて済む。本能のままに喜び、怒り、悲しみ、楽しめばいい。後からそうなった理由を考えてもいいが、そうしないという選択肢もある。記憶に残りにくいのにはそういったものに加えて、細かく分断されているというのもあるだろう。
五分と経たずに観終わる動画、読み終わる文章。そんなものは一時的な記憶で十分に楽しめてしまう。それだけのものに、後から後から時間や思考をつぎ込もうとは思いにくい。ガムと同じだ。味がなくなれば吐き捨てる。
別に僕は本を読むと頭が良くなり、スマホやテレビを観ていると馬鹿になると言いたい訳ではない。いかに後者が楽なのかに自身が納得できる理由を欲しただけだ。
何となくでスマホを触り続ける生活。薄い現実で全身を覆われて過ごす生活。日記を付けようものなら、今日も変わりのない日だった、で埋められる生活。
そういったものを否定する気はない。仮にそれを続けた果てに滅亡があってもだ。人間は道具を使うことで発展、進化してきた。今までだって進化の結果滅んだ種はあるはずだ。今更、僕だけが抵抗しようとは思わない。
その方がずっと楽だ。
通知音が部屋に鳴り響き、バイブレーションでスマホが床の上を蠢いた。スマホの中の世界に何かあったらしい。
僕は布団を抜け出し、拾いに行くか、少し迷った。
寝る前のスマホ @sand_clock
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