たった一つの冴えた悪戯 〜大好きなあの娘がバイトしているドラッグストアのレジでコンドームを買う〜
校内でも有数の美貌の持ち主である美少女・佐々木さん。
これは、そんな彼女の気を引こうとする男の子のお話です。
仕事でミスをした日に凹みながらこの掌編を書いたのをよく覚えています。
うん、どうでもいいですね。
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最近、気になる人がいる。同じクラスの佐々木さんだ。
艶のある長い黒髪はまるでブラックダイヤモンドのように見る人を魅了し、赤い縁をした眼鏡の奥にある硝子細工のように涼しげな瞳がいつも窓の景色を眺めている。図書館で本でも読んでいるのが似合いそうな少女だ。
気づけば、俺は彼女ばかりを目で追うようになっていた。机に座って友達の話を親身に聞いている姿も、移動教室の時に綺麗な姿勢で廊下を歩いている姿も、何もかもが輝いて見えた。彼女を見るだけで、俺は何もかもが満たされたような気分になった。それと同時に、ただ見ているだけで満足感を得ている自分が虚しく思え、嫌気がさしていた。
彼女に振り向いてもらいたい。俺の視線に気づいて欲しい。俺を意識して欲しい。次第に、俺の感情はどこか紆余曲折したまま、歯止めが効かないくらいに膨れ上がってしまっていた。
そんなある日、情報通の友人からこんな話を聞かされた。
「うちのクラスの佐々木さん。駅前のドラッグストアでバイトしてるらしいぜ」
意外だった。確かに佐々木さんはどこの部活にも所属していなかったが、どこか上質な気品を漂わせている彼女が、汗水流してお金を稼いでいるビジョンが浮かばなかった。
とはいえ、これは貴重な情報だ。これを受けて俺は、とある作戦を思いついた。
その夜、俺は頃合いを見計らって、佐々木さんが働いていると思われるドラッグストアへと足を運んだ。入り口から見てすぐ近くのレジで、佐々木さんの姿はすぐに確認することができた。しかし、俺はすぐに佐々木さんの元へは向かわず、あくまで普通の客を装いながら、重ねて置いてある買い物カゴをひとつ手に取る。店内の端にある生理用品コーナーを抜け、俺は目的地へと辿り着いた。
商品の並んでいる棚から、パッケージに大きく『0.01』と表記された箱を手に取る。そう、コンドームだ。
遠目に見ればタバコのケースに見えなくもないそれを、俺はすかさず買い物カゴに放り込む。すでにカゴの中にはあらかじめ適当に入れておいた石鹸セットや数本の缶コーヒーなどで一杯になっており、小さな箱はすぐにそれらの山に埋もれていった。
あとはこの箱が入ったカゴを、佐々木さんのレジにまで持っていけば作戦は完遂される。いつもはクールな印象の彼女も、年頃の女子高生の筈だ。クラスメイトの男子が自分のレジでゴムを買いに来れば、少なからず動揺を見せるだろう。それと同時に、勤務中の彼女はいやでも客の対応をしなければならない。屈辱と恥辱を受けながも、彼女はそれを我慢して会計を済ませなければならないのだ。もはや彼女に逃げ道などない。つまり、チェックメイトだ。
歪んだ高揚感を抱えつつも、俺は
「いらっしゃいませ」
依然としてレジの店員を演じる彼女の目の前に、俺は無言で商品が山のように盛られた買い物カゴを突きつける。彼女はそれらの商品を一つずつバーコードスキャナーに通しながら、レジ袋へと綺麗に詰めていく。
間も無く、商品の瓦礫の山からひょっこりと、コンドームの箱が顔を出した。
「……っ」
それを見た佐々木さんの手もピタリと止まる。無理もない。彼女からすれば、バイト先で同級生がゴムを買っているのだ。こんなことがあれば、明日から彼女は俺のことをいやでも意識してしまうに違いない。
そんなことをしたら嫌われてしまう? それでも構わないさ。どんな理由であれ、彼女が少しでもこちらに目を向けてくれれば、俺はそれで満たされるのだから。
さあ、俺に見せてくれ。言いようのない恐怖に震える顔を。理由のない悪意に怯える表情を。
「ここで装備していくか?」
まるで武器屋のNPCのように、佐々木さんが普段とまるで変わらない淡々とした口調で言った。
予想外の反応に、俺は頭がフリーズする。
いま、佐々木さんは何と言った? 『ここで装備していくか?』だと? それはつまり、俺がここで『はい』と言えば、佐々木さんはここで“装備”してくれるのか?
否、そんな選択肢を選べる筈もない。なぜならここは店内、公共の場だからだ。俺がこの場でベルトを外した瞬間、周囲の人間はすぐに俺を通報し、警察に突き出すだろう。ともすれば、俺が選べる選択肢は一つしか残っていないではないか。
「……遠慮しておきます」
佐々木さんを毒牙にかけようとしていた俺は、逆に彼女の鮮やかな返し刄により『いいえ』を選ばざるを得なかった。いいや、俺は彼女に選ばされたのだ。このカゴをレジに運んだ時点で、俺は詰んでいたのだ。
つまり、俺の完敗だ。
「ありがとうございました。またお越し下さい」
佐々木さんの事務的な挨拶を背に受けながら、俺はドラッグストアを後にした。とてつもない敗北感に打ち拉がれたながらも帰路を辿る。
途中、何となく喉が乾いた俺は、商品で一杯のレジ袋の中からぬるい缶コーヒーを一本だけ取り出した。蓋を開けて、中の液体を喉奥へと放り込んでゆく。
苦い。文字通り、敗北の苦汁だった。
彼女が最後に告げた言葉。
『
「今度こそは、負けられないなっ!」
一気に飲み干した缶コーヒーを手近なゴミ箱に捨てると、俺は高揚感に身体が熱くなるのを感じながら、帰り道を走る。まるで憑き物が取れたように思考はクリアになり、今の自分ならどんな作戦でも考えられる気がした。
頭上には、綺麗な一番星が輝いていた。
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