めめ処

東雲メメ

錆色ロボット

突如として、地中帝国から現れし機械魔獣たち!!

迫り来る地球の危機!対抗できるのは“ヤツ”しかいないッ!

そう、我らが未来科学研究所が作りし鋼鉄の戦士ッ!!

その名も………………ッ!!


……そんな感じのモノに憧れた、老人と少年の話。


作者が執筆を始めて間もない頃に(飲み会の帰りの電車で)殴り書いた掌編です。

後の『錆色ロボット Reboot』や『聖女禁装ゼスマリカ』にも登場する向井光子郎少年の原点でもあります。



***********************



「ドク! 入り口にあった貼り紙……あれ一体どういうことなの!?」


 寂れたガレージの裏口から、ランドセルを背負った光子郎少年が慌てた様子で入ってきた。派手なトリコロールカラーのパーカーやお洒落な長ズボンに身を包んだその格好は如何にもな現代っ子だが、彼の真っ直ぐな瞳を見れば、いつの時代も少年というものは変わらないな、と思うことができた。


「読んで字の通りじゃよ。この町工場はもうおしまいじゃ」


 無骨なパイプ椅子に腰掛けている、ドクと呼ばれた白衣の老人が力なく告げた。町内でも頑固親爺として有名な彼であったが、今日はどこかいつものように覇気が無いように見えた。


「そんな……じゃあ、このロボット達はどうなるのさ」


 光子郎は周りを見渡す。やや天井の高いそのガレージには、全長8メートル前後の、四肢を持つ巨大な人型ロボット数機がそびえ立っていた。開発された当初は色鮮やかだった鋼鉄の戦士達も、今では錆色のオブジェクトとなって朽ち果てている。


「当然、解体するしかないじゃろう。こんなに場所をとる置物が、売れるとも思えんしな」

「えぇ、勿体無いなあ。こんなにカッコイイのに」


 光子郎の何気ない言葉に、ドクのしわだらけになった口元が僅かに微笑む。


「『カッコイイ』か……。きっとその言葉の意味も、時代と共に変わってしまったんじゃろうな」

「? ぼくはロボットのことカッコイイって思ってるよ?」

「お前は例外じゃ。この変わり者め」


 言われ、光子郎は露骨に拗ねた顔をする。ロボットが好きというのは本心からだった。だからこうして、放課後は毎日のようにドクの町工場に通っていたのだ。


「確かにクラスのみんながハマってるような、モンスターがいっぱい出てくるアニメも面白いけどさ、ロボットはもっとこう……上手く言えないけど、気持ちが昂ぶるんだよ」


 光子郎の意見にはドクも概ね同意であった。


「さて、たまには珍しく、真面目な話でもしようかのう。ほれ光子郎、適当に座りなさい」

「えー、やだよ説教なんて」

「何とやらより年の功と言うじゃろ。年寄りの話に付き合うのも悪くないもんじゃ」


 こうなってしまったドクは何を言っても聞かない為、光子郎はしぶしぶ近くにかけてあったパイプ椅子を広げて、話を聞くことにした。


「そもそも、ここにあるような巨大人型ロボットのルーツは、昔テレビでやっていた日本のロボットアニメだと言われておる。子供の頃にロボットに憧れていた者達が大人になって、実際に巨大ロボットを研究・開発していったんじゃな」


 かくいうワシもその一人じゃがね。とドクは付け加えた。


「へえ。でも、なんで昔は今と違って、ロボットものが流行ったの?」

「そういう流行だったからじゃ。……と言うと、イマイチ説得力に欠けるかのう。少し夢のない話になってしまうが、単に玩具メーカーの方針が変わったからじゃろう」


 話が少し難しくなってきたため、光子郎は小さく欠伸をしたが、ドクは気にもとめずに続ける。


「ロボットアニメもモンスターを沢山仲間にするアニメも、結局は大人が玩具を売るための宣伝広告に過ぎん。利益の大きい方が生き残るのは、当然の結果であると言えるじゃろう」

「うーん。よくわかんないや」

「今はそれでよい」


 コホン。とドクは荒く咳払いする。


「それと、ロボットアニメで描かれていた近未来の世界に、時代が追いついてしまったのも原因じゃろうな」

「昔はスマホもパソコンもなかったっていうしね。ぼくからしたら想像もできないよ」

「うむ。だから昔の人々は、空想の世界で様々な未来像を描いていったのじゃ。『未来ではこんなものが当たり前になるんじゃないか?』とな。巨大ロボットも、その一つじゃった」

「じゃった?」


 ドクは錆色のロボット達を見上げる。横並びに置かれたロボット達は、左から開発した順に並べられており、技術の系譜が浮き彫りになっている。


「研究が進んでいく中で、巨大な人型ロボットは“非現実的なもの”ということがわかってしまったんじゃ。燃費は最悪で搭乗者も危ない、何より使う場面がなかったんじゃ」


 並べられたロボット達を端から見ていくと、途中からコックピット機構が廃止されていることからも、ドクの指摘した危険性が伺える。かなり崩した言い方をすれば、有人のロボットが歩行をするということは、歩行の衝撃が中にいる搭乗者にも直接伝わるということだ。乗馬よりも激しく揺れるコックピットがどれだけ危険かというのは、想像に難くない。


「子供の頃の夢に憧れた者達が、大人になってその夢に打ちのめされていった。この上ない皮肉じゃよ。ワシの努力も、葛藤も、すべて無駄だったんじゃ」


 ドクは本当に残念そうな表情で俯く。力なく握った両の拳が、無念だと語っていた。




「本当にそうかな?」


 光子郎の言葉に、ドクが僅かに顔をあげる。


「だってドクは、ぼくに夢を与えてくれたじゃん。だから、やってきてきたことは無駄だったなんて言って欲しくない」


 ドクは、胸を張ってそう言う光子郎の瞳の中に、確かな輝きを見た。その光は、かつて老人が宿していたそれと同一のものに見えた。


(この眼……。そうじゃ、ワシはこの為に……)


 目の前にいる少年と、少年だった頃の老人の姿が重なる。


「ぼくも大きくなったら、ドクよりもすごいロボットを作ってみせるよ! ってドク? 聞いてるの、ねえ?」


 老人は笑っていた。

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