15話 そこから始まる物語
「久々だな……って言える程、時間は経っちゃいねぇな。ここが何処だとか、俺が誰なのかとか? そんなのはどうでもいい。お前が何故ここに居るのかってのが、重要だ」
そう言いつつ、終火が僕に歩み寄ってくる。
「君は──死んだはずだ。いや、【蠱毒】は身体が無くなっても、生き続けるのか……?」
「バァカ、俺は死んだよ。間違いなく──お前に救われてな。感謝しかねぇよ。お陰で俺はアイツにもう一度会えた」
「なら何故、今───」
そう言いかけた途中で終火に首を掴まれた。
「何故とか、どうしてとか、なんでとか、理由ばっかり求めて立ち止まるのはお前の悪い所だぜ、凛音」
「くっ……」
「情けねぇなぁオイ。なんだその腑抜けた眼は?」
そう言いいながら手に力を込める終火。片腕で軽々と僕は持ち上げられ、宙に浮いた。
その細腕の何処にそんな力があるんだ。
「へぇ、ここがお前の『世界』か。中々凄惨だな。何処を見渡しても、死骸だらけ、後悔で塗り固められてやがる」
「手を……離せ……」
ほらよ、と言いながらボールを投げる様に僕を放り投げる終火。
その瞬間、視界が回転した。三半規管が悲鳴をあげている。ダンプカーにでも突っ込まれたのではないのかと思う程の衝撃が僕を襲う。
吹き飛ばされた勢いがあまりに強すぎて、転がる事しかできない。ようやく勢いが弱まってきた所で右手で地面を掴み、勢いを殺し立ち上がった。
「テメェ……」
「オイオイ、弱過ぎじゃねぇか? 俺は今、生きてた時より格段に弱いぜ? こりゃアレだな。俺が勝つか、お前が勝つかなんて二択はあの場面では無かったと同じだな」
「何を言ってやがる」
「俺がお前を殺そうとすれば、お前は死んだ。俺が殺されてやろうと思えば、俺が死んだ。つまりあの日、──全部の出来事は、俺の気分次第だったって事だ。お前は俺に勝てないんだからな」
「──ッ」
「まぁ、『あの日のお前』には俺は絶対に勝てなかったと思うがな。だが『今のお前』になら、負ける要素がねぇよ」
僕は変わり始めた。
それは自覚している。人並みに喜怒哀楽も覚えたし、心から笑える日もある。天を目指して前へ歩き始めた僕は、また間違えていたのか?
「一体僕の何が変わったって言うんだ、終火」
その問いかけに対して、少しだけ泣きそうな顔で彼は答える。
「シンプルだ。──人に、なった事だ」
その憂いを隠すように、額に手を当て終火は続ける。
「人になった事で、お前は一人じゃなくなった。お前は孤独じゃなくなった。護るべきモノを得た。気付いてねぇのか? 自分が弱くなった事によ」
「弱く、なった……?」
「人には守るもんがあれば、強くなれるヤツと、失うもんがなければ強くなれるヤツの二種類がいる。凛音、お前は──後者だった。ほら、自分の過去を見渡してみろ」
そう言って、僕が歩いてきた道程を見る終火。
見渡す限りの、屍。
死。
死。
死。
それ以外、何もない。
「これ見りゃ一発で分かる。お前は他人の為に他人を救ってきたんじゃない。──自分の為に、他人を救ってきたんだ。心の奥底では他人の事なんて、どうでもいいって思ってんだよ」
その言葉に対して、僕は言い返す言葉が見つからなかった。
何故なら、──それは紛れもなく真実なのだから。
「他人なんてどうでもいいと思っていたお前は、本当は本気で人を守る気なんてなかったんだよ。何も持たず、何も得ようとしなかったお前には当然、何もない。有るのは、過去の後悔しか存在しないこの『世界』だけ。故に、後者。失うもんが無い奴は強えーぞ。何しろ、失敗してもいいんだからな。しかもお前は死ぬ事はない。何度でも失敗出来る。ハッキリ言って無敵だ」
「…………」
「そんなお前に。自分が許されたい一心で戦ってきたお前に、だ。どいつもこいつも本当は生きたって死んだってどうでも良いと思ってたお前に、胸の奥底から本当に護りたいと思える人が出来た。おめでとう! 拍手喝采だぜ!」
そう言って手を叩く。
「だがなぁ、悲しい事に、お前はそれと同時に恐れ始めた。大切なモノが、また居なくなるんじゃないかってな。故に、弱くなったんだよ。失う物が無かったお前は、本当に強かったぜ──『三日月鞘歌』から離れたお前に、俺が手を出せなかった程にな」
「僕は……例え弱くなったのだとしても、彼女達と会えた事だけは間違いじゃないと思っている」
それだけは、いつの時でも変わらない。
「───ああ!お前は、間違えてない!」
涙を流しながら、彼は力強く言い放つ。
「三日月凛音は、間違えてない! 俺が太鼓判を押してやる! 強さも弱さも、抱えて進むのが人だ! だから、その恐怖から逃げんな! 自分は人だと高らかに吠えてみせろ! 」
終火が叫ぶ。
僕の迷いを、晴らす言葉の数々。
まだ僕は進み始めた道を正しいものだと信じきれていなかった。だが、その全てが正しいものだと。お前は間違っていないと、肯定してくれている。
これは、間違いなく救いの手だ。
僕へ向かって近づいてきて、胸倉を掴まれた。
「何してんだよ馬鹿野郎……俺に見せてくれよ……お前は俺の唯一の『希望』なんだ……」
リンネとシャウビ。
僕らは二つの道を歩いた同じ存在。
僕は人として生きる事を望み、彼は人して生きる事を望まなかった。
「あの日あの時、彼女達を護ると誓ったお前に、俺は絶対に勝てなかった。そりゃ同然だ、背負ってる物が違うんだ。そして何よりも──凛音は自分を救おうと必死だった。お前は、前者にもなれんだよッ!! 誰かを護る為に!生きて! 本当に強くなれるヤツなんだよ! 俺とは違う道を進む事が出来た事が何よりも、その証明だ! いい加減気付けよ! 他人よりも何よりも、まずは自分自身を救いに行けよ! そこから物語は始まるんじゃねぇのかよ! 救いを待ってるだけの家畜になんて成り下がるんじゃねぇッ!!」
「自分を、救いに行く」
彼の言葉を口に出してみた。
そんな事、考えもしなかった。脳裏の片隅にも無かった。僕は彼女達に救われて、それで満足して、彼女達が居なくなることに心の底で怯えて……それだけだった。
「自分を救う方法がわからねぇなんて事、まさか言わねぇよな? 」
「──人を救う」
そうだ。僕は決めたじゃないか。
弱い人を、救う事を。他人を守り続ける事を。覚悟したじゃないか。
義務や責務ではなく、自分の意思でそれを覚悟したじゃないか。偽善でもお節介でも良いから、それに気付こうと想っていたはずなのに、自分の事はいつも後回し。
──僕は僕を救おうと、しなかった。
「僕が僕を救えるのは、他人を救うことだ。だから──僕は人を救い続ける」
「お前がそう思うのなら、その道が正しいんだ。こんな場所でウジウジしてんじゃねぇぞ。失う事が怖くて何もしない自分は、俺に預けて進め、──『もう一人の俺』」
「ありがとう、──『もう一人の僕』」
「人を救うのが、自分を救うことになるなんて、お前は本当に矛盾した生き物だ。だがまぁ、それが『人』ってヤツなんだろうな……」
「僕は、いや僕達は歪だから仕方ないさ」
僕がそう言うと、無垢な笑顔で涙を拭きながら彼は笑った。
「それから、お前の今の【蠱術】は俺が貰ってやる。もう、あの能力は使えない。無限の牢獄に自分を押し込めて懺悔するのはやめろ。今のお前なら分かるはずだ。──本当の【蠱毒】の使い方が」
「君、どこまで人がいいんだよ」
僕が笑う。
「さてなぁ……俺も自分に呆れてるぜ。わざわざこんな場所まで来て俺、何してんだろうな。でもな、恩人には何をしても足りねぇと思うもんなんだよ」
彼が笑った。
「ここが何処だとか、難しいことは考えんじゃねぇぞ。さあ、行け」
「ああ、ちょっと野暮用を思い出した。
そう言って、僕は終った灯火の横を歩き始めた。
「じゃあな凛音、大丈夫だ。俺がついてる」
「ああ、本当にありがとう──元気でな、終火」
「誰に向かって言ってんだ、当たり前だ」
そして、彼はそのまま続ける。
「お前の居ない間にいつも代わりに戦ってくれている本物も──いつか救ってやれ」
何の事を言っているのか分からないと考えている内に、意識が遠のいて行く。
でもきっと、それは悪いことでは無いのだろうと思った。
♦︎
『三日月凛音、意識を失った! さあ、カウントを取るぞ!』
「カウントは要らない。仕切り直しだ。──本物の物語を始めよう」
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