11話 真実へ


 ★


「名乗れよ、命。茶番は終わりだ」

「これだけの実力差を見て、その身に受けてまでして、そんな事を言える根性だけは認めてやろう。でも君は何も救えない。何も護れない。君は失い続ける運命の元にある。俺の輪から君は絶対に逃げられないよ」

「ペラペラと口だけは達者だな優男、御託は要らない」


「──【天花五家】『三日月』序列五位 立待月命」

「──【天花五家】『三日月』序列七位 三日月凛音」


 琴裏、そんな顔するな。妹を護るのがお兄ちゃんの役目なんだよ。こんな時くらい、格好つけさせてくれよ。

 下なんか見てても何も変わらないぞ。君みたいな不幸な子が救われない結末なんて僕は認めない。

 今から──君を救ってやる。


「さあ──殺し合いを、始めようか」



 ★


『今年も始まるそー! 司会進行役、兼解説役はこの私、三日月鞘歌が勤めさせてもらう!今日はよろしく頼む!!』


 スピーカーから流れてきた姉さんの声で目を覚ました。

 マジでうるせえ。どんだけ張り切ってんだよ。

 手元に携帯を手繰り寄せ時間を確認する。

 ……完全に寝坊した。開会の儀がある事を完全に忘れていた。

 僕一人くらい居なくても別にいいだろ。琴裏の立会いだけ見れればいいや、そう思い二度寝しようと布団に潜り込んだ。


『それから本日はスペシャルなゲストが解説をしてくれるぞ! 滅多にお目にかかれない、とんでもないレアな人だぞ! 自己紹介を頼む!』


『血闘祭』は三日月の関係者以外は入場する事は出来ない。

 三日月の人間が本気で闘う所を他家に知られるなんて絶対にあってはならない事だからだ。

 当然、屋敷の周囲には結界が張られている。門外には人除けの護符も張られている。

 つまり三日月関係者でレアな人という事だ。一体誰なんだ。

 まさか爺さんなんて事もあるまい。総本家の御前様が直々に解説なんてする訳がない。


『三日月瑠璃子だ、よろしく。今年はどんな猛者が集まっているのか拝見させて貰うぞ。いやー昨日の夜は興奮して眠れなかっ──』


 瑠璃子さんかよ!

 確かに僕の中ではレアではあるけれど、三日月の中でもレアな存在だったのか。マジで謎過ぎるぞあの人。

 というか姉さんと瑠璃子さんが解説とか本当に大丈夫なのかよ。破天荒二人を実況席に置くとか、総本家と分家のお偉いさん、気でも狂ったか?


『瑠璃ちゃんに話させると長いので、早速開会の儀に移りたいと思う!序列持ちの諸君、前へ出てこい! 』

「……は?」

 そんなの去年まで無かっただろ。

『一人足りない様に見受けられるが』

『凛音だな! 全くあいつは……凛音! 三日月家 序列第七位 三日月凛音!』

『坊やはマイペースだな』

『出てこないと宗近で細切りにするぞ!』


 どんな脅しだよ!

 凛音凛音連呼されるので、急いで布団から這い出て着替えもせずに部屋から出た。

 健康サンダルを履き、会場まで小走りで向かう。

 決闘場の周りにはとんでもない人が集まっていた。その全員から視線を向けられる。それら全てを黙殺した。


『遅いぞ凛音!』

「実の所、寝てた」

『見れば分かるぞ! そんな事は!』

 マイク越しにそんな怒鳴らなくていいだろ。

 周囲からは軽蔑の視線が向けられていた。僕の敵はこうして増えていく訳だ。

『全く……まあ良い。早くこちらへ来い』

 言われるがままに姉さんの元へ向かう僕。

 目の前には横一列に三日月の猛者達が並んでいた。中には立待月命も立っている。

 命の場所から推測するに、立ち位置は序列順だろう。そう思い、列に並んだ。


 周囲の人間は皆、立会いの為に完璧に武装していたり、着物で正装している。そんな中で僕だけは寝癖せのまま、寝巻きにサンダルだ。当然、僕は浮きまくっていた。名前をスピーカー越しに連呼されまくった上に遅刻しただけで注目の的なのに。これは一種のイジメではないだろうか。

 そもそも開会の儀で序列持ちが前に出るなんて聞いてないぞ。

 そんな事を考えていると、僕の左から笑いを押し殺す声がした。


「おい、命。お前の仕業か」

「ごめんごめん、俺としたことが鞘歌様からの言伝を伝え忘れていたよ」

「やっぱりな。琴裏を迎えに行く時についでに頼まれたって所か?」

「勘が鋭いね。その通りさ、申し訳ない。しかし……神聖な儀を前にその格好は……」

 そう言って命は笑いを堪えている。

 確信犯だな。わざと僕に伝えずにこうして恥を晒させる様仕向けやがったな。


『おい! そこ、私語は慎め!』


 姉さんから怒号が飛んできた。

 丁度良い。やられっぱなしってのも性に合わない。


「姉さん、僕、序列持ちが呼ばれるの聞いてなかったんだけど」

『何? そうなのか? 命に言伝を頼んだぞ』

「命が僕に伝え忘れたんだってさ」

『そうなのか? 命!』

「いえ、あの……はい。申し訳ございません」

 命でも姉さんには頭が上がらない様だ。本気で凹んでやがる。

 しかし、僕の性根の腐り具合はこの程度ではないぞ。これで終わりだと思ってもらっては困る。他人を不快にさせる事に長けては一級品の僕だ。


「しかもわざと言わなかったらしいよ。酷い話だよな」

『何!? 本当か? 命』

「いえ、そんなまさか。忘れてしまった事は私の失態ですが……凛音くん、それは心外だよ」

 僕に矛先を向けて来やがった。

「本当の事を言っているだけだ」

「凛音くん、いい加減にしろよ」

 そう言いつつ命が僕に歩み寄って来て、正面に立ち憎悪の視線を向けて来る。

 至近距離で睨み合いだ。

 自爆砲かましといてそれはないだろ。


『あーあー! もういい! これ以上は言った言わないの話になるだけだ! 命、戻れ! 開会の儀を行う!時間もあまりないんだ』


 渋々、自分の立場に戻ろうとする命。その際に僕にだけ聞こえるように呟いた。


「必ず殺す」

「かかってこいよ」


 その後、開会の儀はつつがなく進行した。

 序列待ちを前へ呼んだのは、参加者の士気を上げる為の余興だった様だ。序列持ち一人一人にマイクを渡され、一言話す機会があったのだが、僕は「よろしく」とだけ言って隣の人にマイクを渡した。

 そして、爺さんが出てきて校長先生のように長話を始めたので全て聞き流した。その他も全て聞き流した。


 そして空砲が鳴り響き、『血闘祭』が遂に開催した。

 他の奴が何をしているのかなんて興味がないのでその場から離れた。会場からは観客の歓声と姉さん達の声が聞こえてきている。早速一回戦が始まった様だ。


 琴裏の立会いは何時開始なのかをチェックする為にトーナメン戦の時間割を眺めていると、横から声がした。


「こんにちは! 序列七位のお兄さん!」


 声がした方向に顔を向けると、群青色に染め上げられた髪を眉上で一直線に切り揃えた所謂姫カットの女の人が立っていた。

 両耳に大量のピアスをしている。瞳の色は深い深い闇の様なダークブラック。濁った眼だ。顔には不気味な薄ら笑いを貼り付けている。

 正直関わり合いたくないとは思ったが、話しかけられてしまった以上、無視する訳にもいかないのでそれに応対することにする。

「こんにちは」

「うッス! いやーあんな公共の面前で高序列同士でメンチ切り合うとかすごいッスよー!あれでブーイングとか野次が飛ばなかったのは完全にみんなビビってたからッスね」

 なんだこいつ。馴れ馴れしいな。

「君、名前は?」

「三日月花梨でっす!」

「おかしいなー三日月家に花梨なんて名前の子は居ないはずだけど」

 居るか居ないか、そんな事は本当は知らない。居るかも知れない。だが、この口調──僕の勘通りなら……。

「いやいや、居ますよー! 三日月花梨ちゃん。何スかその適当なカマの掛け方は!本当アナタって面白いッスね──『三日月さん』」

「お前──」

「おっと! 殺したりしてないッスよ! ちょっと寝ててもらってるだけッス。さーて、問題ッス!アタシは誰でしょー」

「──数珠丸叫」

「せーかーい! しっかし凄いッスねー『三日月家』の序列の決め方って! まるでお祭りッスね! 」

「そんな事はどうでもいい。お前、どうやって入った。いや、それよりも何の用事だ」

「三日月さんに逢いに来ただけッスよ。ほら、また逢いたいって言ったじゃないッスかー本家に来れば逢えるかなーと思って来てみたんスよ。用事はそれだけッス! そしたら丁度序列決めるって話だったんでラッキー!みたいな? どうやって入ったかは、まあ企業秘密ッス」


 横ピースを決めながら言う数珠丸。

 他家の人間に簡単に入られてんじゃねぇか。どうすんだこれ、大問題だぞ。万一、こいつが『数珠丸家』の人間だと他の人達にバレたら全て終わりだ。僕の責任問題に発展するかもしれない。更に言うならば【天花五家】同士で戦争が起きる可能性すらある。

 オジサン、頭が痛くなってきたよ。


「お前、自分がやってる事のヤバさ理解してんのか? ここで僕に人を呼ばれてみろ。お前、普通に殺されるぞ。その前に僕が殺るとは思うが……」

「その辺はノリと勢いでなんとかなるんじゃないッスか? それに三日月さん、人呼んでないし名乗る素振りもないじゃないッスか」

 こいつの頭には脳みその代わりにカボチャでも詰まってるんじゃないだろうか。

「普通に呆れてるだけだ」

 頭を抱えたくなりながら返答をした。

 すると、僕のスマホが鳴り出した。画面を見ると、実況解説中のはずの姉さんの名前が映っていた。

 大方、こいつが侵入した事を察知して僕へ連絡をしてきたのだろう。電話してくるって事は、僕に片付けをしておけって指示だろうな。


「お前、死んだな。お疲れ」


 そう言いながら通話ボタンを押した。

「はい凛音」

『そいつは誰だ』

 普段絶対に発しない様な、冷酷な声だ。

 通話する僕の横では、『数珠丸』が必死に両手でバツを作っていた。小さな声で「ダメー! ダメー!」と言っている。


 ダメって言われてもなあ。どうしようかな……。別に僕は無闇に人を殺したい訳でもないし、人が死ぬのは極力見たくない。

 こいつは初対面から一貫して僕と敵対する気はないって言っていたし、迷惑料との名目で金も払ってもらった。アクナシア潜入の際には、こいつにとっては何の利益にもならないはずなのに、任務が円滑に進むよう助けられた過去もある。


「僕の知り合いだ。もし『三日月』が不利益を被る様な事が起きた際には、全ての責任を僕が負う。そうならならない様、必ず言い聞かせる」

「そうか……ならば良い! よろしく頼んだぞ凛音!」


 先程の冷酷な声は何処へやら、快活な返事と共に通話が終了した。

 軽いなー。本当に大丈夫か、【天花五家・三日月】。


「あのー、どんな感じッスか?」

 身を縮こませながら、彼女が話しかけてきた。

「何とかなった。というか、した。死ぬ気で感謝しろよ。僕の一言でお前の人生ここで確実に強制終了してたからな」


 一言でも僕がHELPを出した瞬間、姉さんはここへ一秒とかからず飛んできて、こいつをこの場で即殺しただろう。


「いやー、ヒヤヒヤッスねー。汗が止まらないッス。死ぬ気で感謝します! ありがとうございます! でも何でスか? アタシの事庇って、責任を負うとか……」

「アクナシアの時の恩と気紛れと打算だ。恩と対価が完全に釣り合ってないけどな」

「おお……なんと……身分明かしといて良かったー! 因みに先程の電話のお相手は……?」

「『三日月』の序列一位だ」

「ひええ……マジ一生付いていきます」

「付いてくんな。もう既にストーカー枠は埋まってんだよ。あー、一応言っておくぞ。これは僕の温情だ、二度目はない。それから既に始まっているから知っているとは思うが、序列はトーナメント方式で決定する。当然、異能の類を使用する連中も居る。それを例え見ても生涯他言しない事。『三日月』と敵対しない事。僕の質問には必ず嘘をつかない事。勿論、そちらの家の事情を無理矢理に聞き出す様な事はしないから安心しろ。それから『三日月さん』という呼び方はやめろ、凛音と呼べ。僕も叫と呼ぶ」

「分かりました。全て守ります。ストーカー枠が埋まってるなら、助っ人枠ッスね! というか、優しすぎません? 逆に怖いスけど。すぐに帰れともいいませんし」

 はあ、と嘆息しながら僕は言う。

「見返りをこれから求めるからに決まってんだろ」

「何スか? 命の恩人ですし、敵対する気もないので色々教えられますけど……精々有益なのはアタシ個人の固有能力くらいじゃないッスか?」

「それも教えて欲しい所だが、後にしよう」

 そうだ。こいつを即座に帰さなかったのには理由がある。

「先日のカーチェイス、覚えてるよな?」

「はい、勿論ッス」

「依頼主を教えろ」


 僕がそう言うと、彼女は躊躇う様子を見せる。

 当然だ。

 仕事の依頼人を明かすなんて、絶対にしてはいけない行為だ。それが殺人の依頼ともなれば尚更だ。例え拷問を受けたとしても、それだけは話してはいけない。即座に自害を選択しなければいけない。

 それが『殺し屋』。

【天花五家】という存在だ。


「ここで答えなかったら、アタシは死ぬんでしょうね。ま、それはそれで仕方ないと普段のアタシなら潔く死にますが……そうッスね、今回は凛音さんに肩入れしますか」

 妙な言い回しだな。


「依頼主の名前は──◾️◾️◾️◾️です」

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