10話 『血闘祭』前日

 翌朝。

 なにやら外が騒がしい事に気づいて目を覚ました。


 時計を見ると午前八時。九時間も睡眠を取れた事もあり、体調は万全だ。《蠱毒》の影響で万全じゃない時の方が珍しいのだが。

 極端な話、僕は不眠不休で活動する事が出来る。思考能力、集中力はメンタル的な問題なので、勿論低下するが、身体の疲れから倒れるという事はない。

 爺さんが用意してくれた着流しに着替え、顔を洗ってから、念の為手袋をしてから部屋を後にした。


 三日月家はとんでもなく広い。

 例えるならそう、新宿御苑。庭園と言ってしまっても全く差し支えない。白い砂利で整備された途轍もなく広い庭。手入れの行き届いた植木達。鯉の泳ぐ澄んだ水の溜まった池。

 それらを横目に大理石で舗装された道を中庭へ向かって歩いていく。


 あまり帰省しないので忘れがち、というか完全に忘れていたが僕は小庶民ではなかったのだと思い出した。

 今まで実家に帰る、という事も『血闘祭』の為に日帰りの小旅行に行く、位の気持ちだった。

 だが、こうしていざ数日滞在してみると、なんて贅沢な幼少期を過ごしたんだと自分で驚く。


 中庭に着くと、三日月家の使用人さん達が忙しそうに動き回っていた。どうやら明日の準備をしてくれている様だ。

 中庭には広大な決闘場がある。それを覆う様にに観客席も完備されている。

 芝生ではなく、地面はコンクリートだが野球場の様な感じだ。

 少し離れた場所では出店の準備をしている人達も見受けられた。

 数分歩いた場所には道場もあるので、そちらも覗いてみようと思い、移動する。

 中へ入ると、多くの三日月家の人間が熱心に竹刀を振るっていたり、座禅を組んでいたり、様々な鍛錬をしていた。

 何もしてないのが申し訳なくなってきたぞ。


「おはよう、凛音」


 名前を呼ばれて振り向くと、僕の姉、三日月鞘歌が立っていた。

 身長は可憐よりも高い。前に聞いた時は172センチと言っていた。長身であるが故に着ている紺色の着流しがとんでもなく映える。

 鍛錬をする気がないのだろう。普段後ろで括っている長い黒髪を解いていた。身内贔屓を差し引いても美人だ。


 世の中には努力で力を手に入れる人間と、元から持っている素質や才能で力を手に入れる人間がいるが、彼女は両者に当てはまる。

 生まれ持った素質に驕る事なく、誰よりも努力と研鑽を重ねた人間、それが三日月鞘歌という存在だ。

 天才が努力という才能を手に入れてしまうとこういう人間が出来上がるという良い例だ。


「おはよう、姉さん」


 僕がそういうと、姉さんの存在に気付いた道場の人達が一斉に騒めき出した。

 おはようございます!と言いながら皆それぞれ頭を深々と下げている。


「皆、おはよう! 朝から御苦労! 朝食を持ってきたぞ! 私手製の握り飯だ!」


 そう姉さんが言うと、更に人が集まり出し、過剰な程の礼を言いながらそれを受け取っていく。

 当然、僕はガン無視されていた。中にはガンを飛ばしてくる連中もいた。


「凛音〜、敵が多いなぁお前は!」


 お握りを配り終えた姉さんが、僕にお握りを渡しながら豪快に笑った。


「笑い事じゃないから……毎年、実家に帰る度に憎悪の対象にされてるんだぞ。それに聞いたぞ姉さん、序列七位は欠番になってるらしいじゃないか」

「……何を言っている? そんな事はないぞ。『三日月』の序列七位は三日月凛音だ。誰がそんな事を言っていたんだ?」

「僕の今の部屋の隣に住んでる琴裏」

「……あー、そうか。全くあいつは……」


 そう言いながら納得した様に腕を組む姉さん。

 何か事情があるんだろうな。

 僕の事を嫌いな奴が言いふらしてる、とかそんなのだろうな。

 生憎、僕はそういった陰口を全く気にしないタイプなのでどうでもいい事だ。


「まあ気にするな。気にしていないとは思うが! お前が七位である事は事実だ。欠番なんて有り得ないぞ。それに序列会議に一度も顔を出さないお前も悪い」


 序列会議。

 EOSと同様に、序列一位から十位の人間は本家では別格扱いされている。その十人が集まり、会議を行うのが序列会議だ。


 EOSと違うのは、EOSのエージェントナンバーは前年の仕事の功績を汲んで上層部が勝手に決定するので、純粋な戦闘能力だけで決まる訳ではないという点だ。

 一方、『三日月家』の序列は強ければ強いほど、序列が高くなる。詰まる所、僕は三日月で純粋に七番目に強い、という事になる訳だ。


「いやー会議とか面倒だし。会社の会議も僕殆ど出ないし」

 そういうとゲンコツで頭を殴られた。

「殴るぞ」

「殴ってから言うんじゃねぇよ」

「兎も角、今年は特に楽しみだな! 我が不詳の弟の本気が見られる。毎年丸腰でトーナメントに参加してブーイングを受ける事も今年はないだろう」


「いや、今年も丸腰で出場するぜ」


 そう言うと、またゲンコツで殴られた。

「痛いわ!」

「舐めるのも程々にしておけよ? 凛音。お前が強い事を私は知っているし、何よりも事情を知っている。だが、『三日月家』の他の連中はそうではない。ジジイの期待に応える為にも刀を抜け」


 姉さんもジジイって呼んでたな、そう言えば。


「僕にも考えがあるんだよ。今回のトーナメント戦、どれ位の規模なんだ?」

「参加資格を持っているのは丁度100人。資格を得られなかった人間が300人程度だ」

「去年と同じくらいって訳だな」

 去年までの僕は《蠱毒》だけでトーナメントを勝ち抜いてきた。であれば早々に負ける事もないだろう、多分。

「実は今回の『血闘祭』、絶対に勝ちたい相手がいるんだ。それまでは刀は使わないと決めている」

 立会いは、多くの観客が見ている中で行われる。序盤で【天國】を使用するという事は、命に能力を知られるという事だ。

 ただでさえ格上の存在なんだ。奥の手は隠しておきたい。


「なるほどな。絶対に勝ちたい相手か……お前、本当に変わったな。毎年やる気のカケラも無かったお前からそんな言葉を聞く日が来るとは夢にも思わなかったぞ」

「今でも別に序列自体には興味はないよ。ただ相手が僕より格上なんだ、だから今回は特別だ」

「特別でも何でも構わん。本気のお前が見られる。それだけで私のテンションは最高潮だ。本気のお前と本当は立会いたいのだが、生憎、私は今回は解説役だ。トーナメントには参加しない。まぁ、飛び入り参加するかもしれんがな! せいぜい楽しませてくれ弟よ。ではな」


 そう言って姉さんは長い髪を翻し、去っていった。

 姉さんが居なくなった瞬間、物凄い眼力で多くの人に睨まれた。

 それもそのばず。

 先程姉さんが言っていた様に、『血闘祭』のトーナメント戦は『三日月家』の全員が参加出来る訳では無い。爺さんの様な、お偉い方達が選び抜いた猛者達のみが参加出来るのだ。

 更に、戦闘序列を与えられるのは上位に勝ち上がった、二十人だけ。

 故に二十位以内に入ることが出来ず敗北したその他の人達は、《名乗り合い》の際、序列を口にする事はできない

 そんな経緯もあって、トーナメント参加者は僕の様な養子、しかも不真面目な序列持ちを敵視しているのだ。別に敵視される事自体は毎度の事なこで気にしないのだが、鍛錬の邪魔になると思いその場を後にした。

 スマホで時間を確認すると、時刻は午前十時前。そろそろトーナメント表が張り出される頃合いだ。

 歩いて屋敷に移動すると、既に大量の人が集まり、賑わいをみせていた。丁度今、張り出された様だ。

 人混みを掻き分け、張り出されたそれを見る。

 序列持ちは一回戦目はシードだ。なので僕は二回戦目から参加する事になる。故に今すぐに見に行く必要は無いのだが、気になるものは気になる。


 直ぐに自分の名前を見つけた。僕はAブロック。命は……Eブロックか。直ぐに当たる事ないな。

 僕の初戦は一回戦目を勝ち抜いた人間になる。どうせ見た所で名前も知らないし、興味も然程ないのだが、一応確認する事にし目を走らせた。


 ──「三日月光輝」対「三日月琴裏」


 そう書いてあった。

 これは面白い事になった。

 仮に一回戦目を突破出来ても、序盤で僕という序列持ちが控えている。なんて不幸な奴なんだ。

 僕の余裕をグチャグチャにしてやると大口を叩いたクソ生意気な義妹の実力、見させてもらおうとしようじゃないか。


 人混みの中、栗色の少女が背伸びをしてトーナメント表をみているのが目に入った。

 それに近づき、僕は言う。


「一回戦目、頑張れよ」

「言われなくても分かってるわよ。絶対に勝ち進むわ。アンタも、私がブチのめす」

「たかが殺人犯一人にビビってた子供がよく言えるな」

「ビビってないわよ! ちょっと驚いただけよ!」

「それをビビってたと言うんだぞ」

「ムカつくー! そんな事はどうでもいいのよ! 私だって伊達に鍛錬を積んできた訳じゃないわ!」

「まあ確かに、中学生で『血闘祭』の参加資格を得られたのは凄いな」

「そうでしょう? アンタなんかチョロっと前回出てきて、偶々クジ運が良かっただけでしょ」

 クソ程舐めてくれるじゃねぇか。

 僕がお前の歳の時にはもう既に序列持ちだったぞ。

「お前、『血闘祭』観戦した事ないのかよ」

「ないわ。兄様の言いつけで見られなかったのよ」

 成る程。そう言う事か。確かに大人同士が本気で闘う様は子供には刺激が強過ぎるもんな。

「じゃあ尚更楽しみだな」

「ええ、必ず勝ち進むわ。ちゃんと私の戦い見てなさいよ!」

 これで僕が琴裏に負ける様な事があったならマジで洒落にならんな。序盤で妹に負けちゃいました! とか全然笑えない。僕も少し気合を入れておくか。


「分かった。二回戦で待ってる」


 ──遂に、【血闘祭】が始まる。

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