5話 天花五家 数珠丸再び
しばし思考する。
僕の名前を知っている。ということは、何処かで縁のあった人間だ。
僕は任務で多くの人を護ってきた。必然、それには敵対する人間が多く存在した。
その中には、殺すことなく逃した人間も、逃げられた人間も存在する。
詰まる所、これはピンチでもあり、チャンスでもある。
過去の清算を今出来る、という事だ。となれば僕のする事は一つに限られる。
相手が誰であろうと、関係ない。
「僕は今からあいつを排除する」
能力不明の敵。
相手が行動を起こす前に即殺してやる。捉えて情報を引き出せるかも、なんて甘い考えは捨てる。
「は、排除って……」
人影は一言発した後、静止したままだ。
「琴裏、絶対に僕の後ろから動くなよ──【天國・刀輪処】」
僕がそう唱えると熱鉄の針の雨が奴の周囲に降り注いだ。
これだけで殺せるとは思っていない。これは様子見だ。
針の雨が降り終わり、周囲の土煙が晴れる。
目を凝らしてみると、相手の周囲には何か薄い膜──シャボン玉のようなものが見てとれた。その球状の何かに奴は覆われて、僕の放った針は全て弾かれていた。恐らく爆破の衝撃から逃れられたのもアレのお陰だろう。
「…………」
背中越しに琴裏が小刻みに震えているのが分かる。
「大丈夫。僕が必ず護り抜く」
あくまで僕の推測だが、あのバリアの様なものに何かを破壊する能力はない。そんな能力があるならば、カーチェイス中に拳銃など使わずに使用しているはずだ。
しかし念の為、次に行動を起こさせる隙は与えない。僕の使える有りっ丈の十六小地獄を連続でぶつけてやる。初っ端から全力だ。
「【天國──」
「ちょっとちょっと待って下さい! 話し合いましょうよ!」
相手が僕に向かいまた話かけてきた。
この声、女か。夕日の逆光で姿は見えないが恐らくそうだ。
「今更話し合いなんてする訳がないだろ。殺すか、殺されるか──どちらかだ」
「いやはや。誰かと思えばアナタッスかーこりゃ勝ち目が無いッスねぇ」
「……お前、誰だ」
「ほら! アタシッスよ! 一ヶ月程度とは言え、クラスメイトだった仲じゃないッスかー。いやー車に乗ってたの、三日月さんだったんスね。今の今まで気付かなかったッス」
「……誰だと聞いている」
この話し方、何処かで聞いた覚えがある。それもごく最近の記憶だ。
「あはは! こわっ! これは『名乗り合い』じゃないんで、そこんとこお願いしますよ?『数珠丸』ッスよー数珠丸叫ッス」
「お前──アクナシアの時の天之神朝水の影武者か」
【天花五家】『数珠丸』。
何故ここにいるのか理解が及ばない。僕達に何の用事があるというんだ。
「せーかーい! 【天花五家】一つ潰した人相手にアタシも勝てるとは思ってないんで、ここは一旦引かせて貰うッス」
相手が引くというのであれば、危険を犯してまで今、追う必要はないかもしれない。
逃げるのと、逃すのでは意味合いが全く違う。
逃げるのであれば、追われる可能性がある。
逃すのであれば、こちらが追う側になる。つまり、後の脅威になる可能性も低くなる。
何より、琴裏を庇いながら戦い、完封出来る可能性が低い。
だが言っておくとしよう。
「逃がしてやっても良いが──僕達を追う限り、僕はお前を何処まででも何時まででも追い続ける。そして、見つけ出して必ず殺す。例えこの子が殺されてしまったとしても、それは変わらない。この先二十四時間三百六十五日。永遠にお前に休息の時は来ない。僕の影に怯えて暮らせ。『数珠丸』──ここは無間牢獄の中だ」
奴が僕より格上の可能性は十分にある。だがそれは些事。相手が僕を少しでも恐れているのであればそこに漬け込ませてもらう。
「……そっスかー小物がそんな事を言ったのならこの場で直ぐに殺すだけなんスけどねぇ……『大典太』の序列一位を打倒したアナタに目を付けられるのは流石にマズいッスね。ウチの本家にも迷惑がかかりそうッス……分かりました。この件からアタシ個人は完全に手を引きます。元々依頼で同乗していただけッスし、これじゃ割に合いません」
「良い判断だな」
本当ならば些細な事でも情報を引き出したい所だが、完全に手を引いてくれるのであればそれはそれで構わない。
純粋な実力で『大典太』の序列一位、大典太終火に勝った訳では無いので、僕は彼女が言う程の脅威は持ち合わせていないが、何だか勘違いしてくれている様なのでこのまま消えてもらうとしよう。
「一つ、聞いてもいいッスか?」
「駄目だ。早く消えろ。今すぐ消えろ」
「その子を護ってるのは前のアクナシアみたいに上からの指示ッスか? アナタが噛んでるのが事前に分かっていれば、アタシはこの仕事を引き受けなかったッスよ」
「いや違うけど」
何故そんなことを聞くんだ。まともに答えてしまっているけど、良かったんだろうか。
「んじゃ、もしかして恋人さんッスか?」
「いや違うけど」
「……マジッスか? じゃあ何であんなに必死になって護ってるんスか?」
それはまあ、一応妹だからだけど。
でももしも彼女が赤の他人であっても僕は全く同じ行動を取っただろう。
「人を助けるのに一々理由付けなんて必要ない。僕がしたいからした。それだけだ」
「……何スかそれ。『正義の味方』気取りッスか? 鼻につきますね。アタシ達は『殺し屋』ッスよ?」
「君、数珠丸叫って言ったけか? 正義なんてこの世の何処にも無いぞ」
完全善も完全悪もこの世には存在しない。有るのは曖昧な何かだ。
「言ってる事が無茶苦茶ッスよ、三日月さん」
「何処がだよ。僕は僕の『信念』を貫いているだけだ。僕は『正義の味方』では無いが……そうだな。言うなれば──『弱者の味方』が一番近しいか」
目の前に立っている彼女の影が揺れた。
「──そっスか。なるほどッス。さっきの言葉やっぱり撤回していいッスか? アタシ、アナタに興味が湧きました。興味深いッス」
「ならば今、ここで殺す」
彼女に向かって【天國】を構えた。
「ちょっとちょっと! 勘違いしないで下さいよ! その子を襲ったりしませんて。というか最初から一貫してアタシはアナタと敵対しようとしてないんスから、やめて下さいよ」
「【天國──」
「本当ですって!追っているのが三日月さんだと気付いたのはついさっきッスよ?」
「僕と敵対しているか、していないかは重要じゃない。重要なのはこの子を危険な目に合わせた、その事実だけだ」
「それは……まぁ、そッスね。仕事とは言え、すみませんでした」
「…………」
やけに潔いな。何か裏があると考えた方がいいな。
「アナタの行き先が見たくなりました。今件からは手を引きますが、アナタにはまた逢いたいッス。そう言う意味での撤回って意味ッスよ」
「僕は逢いたくない」
「そう言わないで下さいよ! まあ、今日は場が悪いッスね。出直します。そんじゃ、バイビー!」
そう言いながら、彼女は薄い膜を纏ったまま地面の中に消えていった。
僕を買いかぶってくれていて良かった。何の能力かは分からないが、勝てる気がしない。
「だからバイビーは死語だろ」
次に会ったら即座に『名乗り合い』する覚悟くらいはしておこう。
「ふぅ……兎も角、何とかなって良かった」
振り返り琴裏を見ると、僕を謎の視線で見つめていた。
「どうした?」
「アンタ本当に何者……?」
「ただの社畜だけど」
それから車に戻り、再び走り出した。目的地は少し悩んだが、やはりEOSに向かう事にした。
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