4話 休日のカーチェイス

「嘘ッ!ほんとだ。付いてきてるわ!横に並ばれるよ!」

 背後を振り返って琴裏が驚きの声をあげた。

 それと同時に右を見ると、二車線道路の右に車線変更しようとするバンが見えた。


「行かせねぇよ!」


 右にハンドルを切り、それを阻止した。直ぐに左に車線変更しようとしたので、左にハンドルを切りまた阻止する。恐らく並ばれたら終わりだ。


「ハッ!軽自動車最速とも称される僕のラパンSSターボフルカスタムを舐めるなよ!」

 そう言った瞬間、右車線の真横に並ばれた。

「並ばれてるじゃん!」

「所詮軽自動車は軽自動車って事だ!妹よ!」


 相手の車の助手席の窓が開き、拳銃を構えている男が見えた。

 即座にブレーキを踏んだが遅かった様だ。ボンネットの辺りに銃弾が衝突した。

 それと同時に左にハンドルを切りドリフトしながら左折し、細道に進入した。そして尚も法定速度五十キロオーバーで爆走する。少しでもハンドル操作をミスれば大事故だ。


「あー!保険屋と板金屋に何て言えばいいんだよ!」


 まさか銃撃されたと言える訳もない。そもそも保険が下りるのかも怪しい。いや下りないだろう。

 いや、そんな事考えている様では駄目だ。最悪廃車になっても構わない位の気持ちでいくぜ。

 今まで数多の車を破壊、廃車にしてきた僕だ。それが今回はたまたま自分の愛車だったというだけの事だ。


「琴裏、僕のスマホ出して!パスコードは0227!」

「わ、分かった!」


 最早ハンドル操作と会話しか出来ない。サイドミラーどころかルームミラーを見る余裕すらない。


「どうした!」

「……何でもない。それでどうするの?」

「さっきのM1にコールだ!」

「分かった!」


 いつもの様にワンコールで繋がった。

『どうしたE5、先程の情報ならまだ何も得られていないぞ』

「今黒塗りのバンに追われてまして、一発小型拳銃で狙撃されました。一般道を高速走行中です。相手はどうにかして僕の車を廃車にしたい様です」

『そうか。E5、ニ階級特進か』

「勝手に殺さないで下さい。休日にカーチェイスの末、愛車が廃車とか全然笑えない」

『私は面白いけどな。貴様はどうせ死なんし』


 死なないからって死んでも良い理由にはならないんだよ!


「乗っているのが僕一人なら爆笑してくれて構わないんですがね、女の子が一人乗ってます」

『何だ、デート中か。邪魔してすまなんだ』

「違います妹です。でも念の為、桜には内緒でお願いします」


 桜は多分真顔で物凄い怒ると思う。『凛、あたし今怒ってる』とか言いながら。

 彼女の愛情はとんでもなく深い。理性的であるが故に分かりにくいが、僕が他の女子──それが例え妹であっても話しているだけで嫉妬する。

 僕に対する十一年分の憎悪と同等の愛情なのだから重いのは当然なのだが。


『義妹とドライブとな……それ何てエロゲ……まあ良い。それで私にどうして欲しいんだ?』

「僕が通過した道の信号を片っ端から赤にして貰えませんか?」

『……本気で言っているのか?』

「無理なら無理で構いません」


 今の状況で警察に電話しても動いてくれるのは相当後になる。それでは遅い。

 それに僕達は【天花五家】だ。警察がそれを知って介入してくれる可能性は低い。

【五大財閥】に囲われた僕達は、警察から相当数の犯罪を見逃されている。こちらが困った時だけ助けて貰う、なんて筋が通らない。

『了解した。言っておくが期待はするな。不可能な可能性の方が高い。折り返す』

 そうM1が言って通話は終了した。

「琴裏、後方確認頼む!」

「来てる!」


 ここで敵を迎撃するか、それとも何処か安全地帯に逃げるべきか。どちらも安全とは到底言えない。

 考えていると細い道を抜け、再び開けた道に出た。ルームミラーで後方を確認するが、追っ手は見当たらない。

 巻いたか……!?


「スマホ!鳴ってるわ!」


 M1からの折り返しだろう。この際、これからどう動くのが最良か聞こう。


「よし、電話に出てくれ!」

「わかった!」

 そう言って琴裏がスマホをタッチした。

「残念ながらまだ車は爆散してませんよ! 追っ手は巻けたかも知れません。EOSに逃げ込んでも良いですかね?」

 この際、是非そうしたい。


『……何言ってんの?』

「いや、そんなボケに付き合ってられる程の余裕は無いんですよ。追っ手を迎撃するか、EOSに突っ込むか、悩んでます。どちらが安全ですかね?」

『……凜、また何か巻き込まれてるの?』

「…………」


 やばい。これM1じゃない。

「アンタ、どうしたのよ?」

『……ちょっと、今の声、誰?』

「桜、話し合おう」

『店に行くっていうからあたしも行こうと思ってたのに……もう。説明して』


 生死をかけたカーチェイスをしながら彼女に浮気ではないと弁解するこの状況。

 これがもし他人事であれば僕は恐らく爆笑している。


「殺人現場に遭遇した結果、カーチェイスしてる」

 自分で言ってても意味がわからん。

『そう。話は後で詳しく聞くからね。そんで何だっけ?迎撃するかEOSに突入するか迷ってるんだっけ?』

 後が怖いパターンだ。

「うん。あ、今また後方から追っ手が見えた」

『ならEOSに逃げた方がいいよ。EOSの住所、LINEするからナビで来なよ。どうせそこが何処かすらもう分からないんでしょ?』

 相変わらず頭の回転が良過ぎる。


「お願いします」

『後でお仕置き』


 そう桜が言ったと同時に通話が終了した。

 お仕置きかー怖いなー。

 最近、彼女の愛が可憐に匹敵する程重くなってきている気がする。


「また着信きてるわよ!」

 よし、今度こそM1か。

「電話に出てくれ!」

『もしもし、凛音さん、さっき凛音さんに似合いそうなスカート見つけたので買っておきましたよ!サイズもバッチリです!今からお届けに上がりたいのですが……』

 今度は可憐かよ!!

「それ何処のスカート?」

『FRIENDSearthです』

「それ今度買おうと思ってた奴!ありがとう!金は後で払うよ!でもごめん今、カーチェイスしてるからまた今度!」

『またですか……? 気を付けてくださいね』

「はい」


 通話が終了した。

 可憐の中で僕はいつもカーチェイスしてる奴だと思われている事が発覚してしまった。この誤解も解きたい所だが、今はそれどころではない。

「今度はM1から着信よ!」


 遂に来たかM1!待ってたぜ!

 後方の車がジリジリと距離を詰めて来ている。ジリ貧だ。

『E5、生きていたか。貴様、キャッチ機能くらいは付けておけ』

 桜と可憐と通話中に電話をしてくれていたのか。

「すみません」

『既に気付いているとは思うが、貴様の進行方向の信号は全て青にしてある』

 そう言えば、一度も信号に引っかかっていない。今気付いた。

「ありがとうございます」

『今からEOSまでの道程、計28台の信号機の操作権限を得た。任意に操作可能だ。今から貴様が通った道は全て赤信号に変わる。それで良いな?』


 僕がEOSに行こうとしている事を看破して計画を立ててくれていたのかよ。信号機を弄るだけでも無茶振りにも程があるのに。

 化け物かよこの人は。


「ありがとうございます。お願いします」

『了解。かかった金は貴様持ちだ』


 通話が終了した。

 いくら僕は払えばいいんだよ!それを教えてくれ!確実に数十万は取られるだろう。しかし構わん!妹を救えるのであれば全く問題無し!車と一緒に犠牲になってくれ、僕の預金通帳よ!一蓮托生だ!人を救って稼いだ金で人を救う。

 これが真の経済の回し方だ!


「琴裏!幾望桜って人からLINE来てるか?」

 追っ手が迫る迫る。

「来てるわ!住所……!ここへ行けば良いのね?」


 そう言いながら即座に彼女は地図アプリを開き、ルート案内を開始してくれた。中学生もスマホ持つ時代で良かった。

「口頭でナビよろしく」

「わかった!次の交差点、右よ!」


 前方を走る車を避けながら尚も法定速度五十キロオーバーで走り続ける。僕の車が通過する時にはジャストで信号機が黄色になった。

 警察に見つかったら確実に免許取り消しという色々ギリギリの状態だ。前方の車を避ける事に精一杯で、もう後方確認も何も出来ない。ハンドルを握る手が震える。


「琴裏!後方確認出来るか?」

「うん!後ろ、まだ付いてきてるわ!」


 信号無視してるのかよ!

 僕が払う金は完全に無駄じゃねぇか!これじゃ埒があかない。他の車両にも迷惑が掛かっている。僕が事故るのも、奴らが事故るのも時間の問題だ。


 何故ここまでして僕たちを追うのか分からない。だが今はそんな事は些事だ。後でM1や桜に調べて貰えば良い事だ。

 僕は馬鹿だから多分分からんと思う!


「次の交差点を過ぎたら、五百メートル程先にY字路があるわ!そこを左!」

 的確な指示を琴裏は出してくれている。

「了解!」


 街並みも見慣れたものになってきた。恐らくEOSビルは近い。

 だが着いたらどうする?どうやっても車から降りなければならない。その時に追突でもされてみろ、僕はともかく彼女は即死だ。


「……やるか」

「えっ……」

「後ろの奴ら。ここらでお灸を据えておこうかな」

 この先、道は広いし周囲に民家も建物もない。ここで足止めしてから安全にEOSに入った方が良いかも知れない。


「そんな事をしたら、あの人達たち……!死んで……」


 これだけの悪意をぶつけられておいて、殺されようとしている中で、殺してはいけないなんて思うなんて。この子は良い子だなぁ。


「──【天國】」

 そう言うとトランクに置いておいた刀が僕の手元に飛んで来た。

「え、なによそれ!それ……刀、え……ほ、ほんもの……?」

「悪いけど琴裏、鞘持っててくれ」


 開けた一本道に出た所で、左手でハンドルを握り、右手で柄を握った。

 追ってきた車が、また僕の右側に並走してきた。やはりただの直線では勝ち目がない。


「えっ……!」

「早く!」


 そう僕が急かすと、琴裏は恐る恐る鞘を握った。

「──浄土へ至る道は泡沫に非ず、故に我は其の天を担う者也──抜刀【作陽幕下士細川正義・天国】」

「えっ…えっ…!!」


 黒塗りの車の窓ガラスが開き、拳銃を構えている男が見えた。


 間に合わないッ!


 男が僕に向かって発砲し、窓ガラスが割れ破片が車内に飛び散った。その際、左肩に被弾したが琴裏に当たらなければ問題ない。


「この際、仕方あるまい!ラパンSSよ、済まぬ!」


 ドアを開け、刀で斬りつけた。そしてそれを思い切り並走する車に向かって蹴りつけた。

 大きな音と同時に千切れたドアが車に衝突した。しかし、後輪の辺りにぶつかっただけで、失速する事なく黒塗りの車は並走を続けていた。何らかの特殊な装甲を施した改良車だ。恐らく、弾丸も通らないだろう。

 僕の使える【天國】の十六小地獄は基本的にどれも対人向きだ。使える能力は多いが、そのどれもが必殺ではない。器用貧乏な刀と言ってしまってもいい。

 何か考えないと不味い。

 ドアが無くなった為、物凄い突風が車内に押し寄せてきている。

 僕一人なら飛び降り易くなってラッキー!てなもんだが、琴裏はそうはいかない。これはいよいよ詰んだと見るべきか。


「アンタ、肩に……ッ!」


 丸裸の僕達に銃口が向いている。次の弾丸が運良く彼女に当たらないなんて希望的観測を即座に切り捨てた。仕方ないここは──!


「琴裏! 体当たりする! 覚悟しろ!」

「……な、な……」

「南無三ッ!」


 ハンドルを右に切り、黒塗りの車に接触した。大きな音と衝撃が僕達を襲った。助手席の男は体勢を崩し、銃口は明後日の方向に向いた。


「──【天國・何何奚処】」


 そう唱えつつ相手の車のドアをなぞるように斬りつけた。

 その傷跡から炎が上がったのを確認し、即座にハンドルを左に戻し、そしてブレーキを掛けた。

 直ぐに全体に炎が燃え広がり、黒塗りの車が失速していく。


 そして──映画の様に爆破した。


「たーまやー!」

 車を停止させ、琴裏を見ると口を開けたまま硬直していた。


「ほら!かーぎやーって言わなきゃ」

「……これって本当に現実?私、夢見てないわよね?」


 頬をつねってあげると、驚いて僕を見た。

「怪我はないか?ガラスの破片とかで切り傷とか出来ちゃったかな」

「だ、大丈夫……」


 尚も呆然としている琴裏だが、元気の様だ。

「いやー、今日のカーチェイスは中々ギリギリだったね!結局迎撃もしちゃったな!」

「…………」

「じゃあ琴裏、引き続きナビよろしく」

「わかった……ってそれより、肩……!」

 服に穴が開き、その周囲に紅いシミができていた。


「だ、大丈夫なの……?」

「問題ない」


 再び走り出そうとハンドルを握ると、爆散した車の中から人影が一つぬるりと現れた。

 あれで死んでないのかよ……あの様子じゃ爆破前に飛び降りたって訳でも無さそうだし、恐らく普通の人間じゃない。何らかの能力持ちだという事は確かだ。

 相手は移動手段を失っている。今なら簡単に逃げ切れる。だが──それは駄目だ。

 僕は前回、大典太死織を相手に一度全力で戦わずして敗北し、後にそれを後悔した。逃げるだけでは駄目だ。

 危険因子は即座に排除すべきだ。


「琴裏、そのままでいろ」

「な、何あの人……!」

「分からない」


 そう言いながら車を降りて、助手席まで歩いて行き、彼女を降ろした。

 そして奴から視線を逸らさないまま、楯になるようにしてゆっくりと後退する。


 爆散した車の中から人影が浮遊するようにゆっくりと出てきて、地面に降り立った。

 そして、陽気な声でこんなことを言う。


「奇遇も奇遇ッスね。お久しぶりッス──三日月さん」

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