3話 陰謀に巻き込まれるのが趣味の僕
「琴裏、大丈夫か?人が死ぬの初めて見たんだろ?」
「……色々聞きたいことがあるんだけれど」
「あの事件の事なら何も分からんぞ。通り魔──にしては行き過ぎだし……琴裏を狙った事からもストーカー殺人だとは考えにくい」
被害者は誰だったんだろう。
僕がもう少し早く気付いていれば……クソ。また救えなかった。
いや待て。悲鳴が聞こえてからものの数十秒、あそこまで細かく原型を止めない程に身体を切り刻む時間は無かった筈だ。だとしたらあの悲鳴は誰のものだったんだ……?
「違う。怪我、何で治ってるのよ」
そっちかよ。また他人に説明しなきゃいけないのかよ。面倒くさい。適当に嘘言っとくか。
「紙一重で躱した」
「嘘。服、破れてるし血が付いてる」
「これは僕のお兄ちゃんパワーに耐えられなかった服が勝手に破けただけだ。血は周辺に飛び散ってたやつが着いたんじゃないの」
「…………」
助手席を見なくても白い目で見られているのが感じ取れる。
「私には言えない事?」
「別に。でも明日で僕は『三日月』をやめるからな。知る必要は無いだろ」
「私の事、大切だって言ったわ。あれは本当?」
「家族だから」
「じゃあ家族じゃなくなったら大切じゃなくなるの?」
別段、琴裏に思い入れはない。大切か問われれば、即答出来ない。ここは話を逸らしておくとしよう。
「琴裏」
「な、何よ」
僕の真剣な声に驚いたのか吃った。
「一つ、『殺し屋』──【天花五家】として忠告、もといアドバイスをしてやる。これが最初で最後のお兄ちゃん風だ。吹かせろ」
「…………」
「殺す事を躊躇うな。何れ大切なものを失くすぞ」
「な、何よそれ。偉そうに──」
「僕は昔、自分を殺すか、大切な人を殺すか……躊躇った。躊躇った結果は……見ての通りだ」
自分の白髪を左手でくしゃくしゃにしながら言った。
凛音と雪那。僕はその二人を天秤に掛け、躊躇った。躊躇っている間、僕は妹を兄殺しにしてしまう所だった。
「見ての通りって……意味分かんないわよ」
「今日の買い物、プレゼントなんだろ? 誰のかは知らないけど。それを渡す相手が危機に追いやられた時、琴裏はどうするつもりだ?」
「そんなの、警察を呼んで……」
「甘いんだよ。時間は待ってくれない。悪意は──待ってくれない。護るんだよ、その手で」
「…………」
「相手を無力化して拘束? 相手を疲弊させる? 相手を説得する? 誰かが助けてくれるのを待つ?──甘いんだよ、全部」
「でもっ……」
「琴裏、これは説教でもあるんだ。僕の言いつけを守らずふらふらと付いてきて、挙げ句の果てに殺されそうになった君へのな。確かに僕も迂闊だったよ。僕の提案であそこへ行った訳だし、僕が突然走り出した訳だからな。でも、君はあの場で何も出来なかった所か、殺すなとのたまった」
「だって、怖くて……」
「君はまだ無力だ。それを自覚しろ。そして──強くなれ。自分の弱さを受け入れて、大切な人を護れる、そんな【天花五家】になって欲しい」
こんな事、僕が言えた義理ではないんだけど、この子は危なっかし過ぎる。自分には力があると過信している。そんな人間は、直ぐに死ぬ。
「……アンタは、何で怖くなかったの?」
「ベビースターラーメン知ってる?」
「知ってるけど……」
そりゃ知らない訳ないよな。知らないとか言ってる奴を見た事がない。だからこそ話の引き合いに出した訳だが。
「ベビースターラーメンが凄い好きな奴が居てさ、三食毎日食べてたんだよ。どうなったと思う?」
「太った、とか?」
何でだよ!そうじゃないよ!
僕の例えが悪かったのか? えーと、この場合はこの話題で押し切るしかないよな。全く……僕の馬鹿さ加減も底を知らないな。
「太らなかったよ。飽きたんだって」
「その人、馬鹿じゃん」
この話の題材、僕なんだけど。僕、馬鹿にされてるんですけど。
「確かに馬鹿だな。僕はそれだよ」
「意味分かんない」
「好きなものを目の前にしても何も感じなくなったって事だ。言い換えれば、僕は死に過ぎて、恐怖に飽きた。そういう話」
毎日自殺していた僕の体験談だ。
「恐怖に飽きたって事は、克服したって事?」
「違うな。壊れたって事だろ」
「壊れた……」
僕は人として生き直した今でも、欠陥だらけだ。
「さっき【天花五家】として生きるなら弱さを受け入れて人を殺す覚悟をしろ、って偉そうに言ったけど……僕はそんなのしてないんだ。だから参考にするなら『三日月』の先輩達に話を聞いてみなよ。どうやってそれを乗り越えたのかを。みんな多かれ少なかれ悩んだと思うよ」
「分かった。でもじゃあなんでアンタは、人を殺せるのよ?」
「──人を、救う為だ」
「ねぇ……」
琴裏が今までにない柔らかい声で呼び掛けるものだから驚いてそちらを見た。
「やめないでよ、『三日月』。序列も七位なんだよね……そんな上まで行ったのに勿体無いわよ。私知ってる。序列も持てない人達が沢山いること。戦闘序列って本当に強い人にしか付かないんだよね」
「は?」
数時間前と言ってること真逆じゃねぇか。何が起きたんだ。僕をクソ溜め扱いしてた彼女は何処に行ったんだ?
「いや、もう──」
と断ろうとした瞬間、僕のスマホが鳴り出した。
デフォルトだと味気ないとか言って桜が勝手に変えた笑点のオープニングの音楽だ。シリアスブレイクにも程度があるぞ桜!
「出ないの?」
「左ポケットに入ってるからちょっと出してくれる?」
琴裏が僕のポケットに手を入れて取り出してくれた。
「誰?」
「M1って書いてあるけど」
一体何の用だ。僕が有給で休みを取っている事を彼女は知っているはずだ。それを知っていて掛けてくるという事は何かあったに違いない。
いや、絶対に何かあったんだ。先程の事かも知れない。琴裏の前で話したくはないが、仕方ない。
「悪い、通話ボタンを押してくれ」
『E5、休暇はどうだ?楽しんでいるか?』
突如大音量で車のスピーカーから音声が流れ出した。
カーナビとBluetoothで接続してるのを忘れてた。
「楽しんでますよ。何か大事ですか?」
『いや、暇だから電話しただけだ』
「そんな理由で秘匿回線を使用しないで下さい!」
アクナシアの一件から妙に気に入られてしまった様だ。以前なんて質問はおろか、あちらからコンタクトを取ってくる事なんて皆無だったのに。
「堅い事を言うな。私は今や特務課の部長だ。最早私を咎める人間は存在しない」
そう、今春の人事異動によって特殊任務課の部長であった古谷五郎は本部長に昇進し、その後釜にM1が就任した。今の僕の直属の上司は彼女だという事になる。
「職権乱用じゃないですか」
『貴様が功績を挙げすぎたせいで古谷部長は昇進してしまったんだ。そして私がその後釜に収まったのも、あのアクナシアの功績が決定打だった。つまり、貴様が全て悪い』
何という横暴。
というかなりたくなかったんかい。
「その僕の功績順位が上がらないのは何でなんですかねぇ」
『知らん。E2とE4の面倒は私が見ていたのだが、貴様とそう差は無いように思えたのだがな。上層部は何を考えているのか分からん。まあ、貴様は生存力と戦闘力は高いが知力は低いからな』
「前に僕の事、優秀って言ってたじゃないですか……まあ、僕から上の四人は悪鬼羅刹、魑魅魍魎と本気の殺し合いしてるって話ですし……コードネームが変わらなくて良かったですよ」
『貴様もしてるだろ』
「論破された……と。そうだ物はついでなんですが、先程奇妙な事態に遭遇しまして」
先程起きた一連の事を話してみた。
何か彼女なら分かるかも知れない。もう、警察が介入して大騒ぎになっている頃合いだろう。
『今情報を掻き集めているが……おかしいな。そんな事件は起きていないぞ』
まだ発見されていないという事なのか。
「どういう事でしょうか」
『これは私の読みだが、隠蔽されたな』
「誰がどうやって何の為に……」
『貴様は本当にミステリが好きだな。フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット。「ミステリスポイラー」の名が泣くぞ』
M1も知ってるのかよ。恥ずかしい異名、本当に止めて欲しい。
「泣かせておけばいいんですよ、そんな異名」
『貴様は何処かの武将のような事を言うな。そうだな……私も部長職についてからは以前より何故か暇でな。先程の件、調べておこう。待ち切れないのであればE12にでも相談してみろ』
「何故桜に?」
僕の順位は上がらなかったが、幾望桜はE19からE12へランクアップした。
欠番が出て繰り上がったという事もあるが、非戦闘要員にも関わらず順位が上がるという事は、僕の知らない所で多くの事件を解決へと導いているという証拠だろう。
前回のアクナシアの『連続自殺誘導事件』の真実を最終的に解き明かしたのも彼女であるし、当然の評価とも思える。
『彼女は貴様が思っているよりも凄い人間だぞ。アクナシア主席、全国模試上位常連、人脈も相当広い。裏業界にも顔が効く。独自の情報収集ネットワークを築いている』
「マジスカ」
『良かったな。彼女が敵でなくなって。因みにこれはE12には秘密にしろと言われている事だが……EOS内の三日月凛音非公式ファンクラブを潰したのは彼女だ。ではな』
勝手に爆弾を投下して通話が終了した。
ふぅ……僕の居ない場所でも世界は廻ってるんだなぁ。『三日月家』に遊びに来た時も桜は結構電話してたしな……僕の知らない事で世の中は溢れてるという良い教訓になった。うん、この事は胸にしまっておこう。
「EOSってあのEOS? CMとかで流れてるあの警備の事なら~ってフレーズの」
琴裏が僕に質問してきた。
「そうだよ。僕はEOSの社員。知らなかったのか?」
「うん。家では『三日月凛音』って名前はタブーになってるし」
「僕は実家で『名前を呼んではいけないあの人』扱いされてたのかよ。凹むわ」
「ほんとにそんな感じよ。だからどんな仕事してるのかも知らなかったわ。序列七位も欠番って聞いていた」
欠番って……たしかに僕は『三日月家』に住んではいないけれど、それは酷過ぎるんじゃないだろうか。
名前はタブーにされてるし、居ない人扱いされてるし、流石の僕でもそれは胸が痛いぞ。
「そっすか……僕は一応生きてるってみんなに言っといて……まあ、もう三日月の汚点は消えるからどうでも良いか」
「その話だけど、アンタ──」
僕がアクセルを思い切り踏み込んだ為、琴裏は体制を崩した。
「琴裏、シートベルトキツめに」
M1との通話中からずっと、背後に黒塗りのバンが付いてきている事に僕は気付いていた。
最初は偶然進路が同じだけだと思って気にも止めなかった。
しかし──先程ルームミラーで確認した時、助手席の男が拳銃らしき物体を持っているのが見えた。勘違いなら良い。それなら速度を上げれば付いてこなくなるだけだ。
しかし僕の車が時速百キロを突破しても、背後にピッタリと付いてきていた。
「アンタ、危ないわよ! ひ、百キロ!? 何してるのよ!」
「追跡されてる。多分僕らは何かの陰謀に巻き込まらたらしい」
僕は休日に何をしてるんだろう。
普通に生きることが出来ないのか、と心の底から思う。
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