20話 終わりの灯火から
「……お前、一体誰だ。僕に怨みがあるのであればこんな嫌がらせしないで直接言いに来い」
校舎の影で顔が見えない。
しかし声とその影の細身で女性である事は分かる。
「怨み何てねぇよぉ〜? これっぽっちも、一切。でもぉ失望はしてるかなぁ〜」
「出て来い」
「言われなくても出るからぁ、そんな怖い声出さないでよぉ〜クラスメイトだろぉ〜?」
クラスメイト……? 一体いつの事を言っている? 僕のクラスメイトはあの壺の中で全員死んだ。それとも中学の時か? 高校の時か? 潜入してきた高校か?
まさか……雪那、なのか?
雪那が僕を恨んで化けてこんな事を? 雪那は生きていた? いや、そんなはずはない。
彼女がゆっくりと歩みを進め、月の光にその身体全てが晒された。
「……そういう事かよ。全部お前の仕組んだ事だったのかよ――『赤谷あかり』」
眼鏡を掛けていない、吃っていない、制服もスカートも履いていない。しかしそれは紛れもなく喪服姿の「赤谷あかり」だった。
「嘘、赤谷ちゃん!?」
「こんばんはぁ幾望さん。それから華菱可憐さん。そして、『三日月凛音』。御足労頂き誠に感謝の至りですぅ〜」
赤谷あかりは自殺したはずだ。それはEOS諜報班が直に確認済み。こいつがここにいる事自体があり得ない。遺体は確かに火葬された。
それは間違いない。
「お前が――連続自殺誘導の犯人か」
「せーかーい! よく出来ましたぁ! 毒虫ぃ」
こいつ僕が蠱毒である事を知ってやがったのか。
「俺の計画を台無しにしてくれてさぁ〜ほんと、俺って不幸だよなぁ〜! 真逆、自分で作った毒虫に潰されるなんて思ってなかったわ〜! マジ不幸」
計画?
自分で作った?
潰された?
何が起きてるのか判らない。彼女は一体誰なんだ? アクナシアと小学校には関連があったという事か? 理解が及ばない。何もかもに置いて行かれた気分だ。解らない。
「なーんにも分かんないって顔してるねぇ! 三日月凛音。無能、屑、罪人、ゴミ、欠陥品、人格欠落者。愉快愉快! あー楽しい!」
「推理――赤谷あかりは殺害されている」
桜が冷静に彼女に対して言った。
「あったりぃ! 幾望さんは頭良いからねぇ! で、俺は誰な訳?」
「赤谷あかりは第一自殺者の神崎さんと交友関係にあった。その彼女が虐めを苦に自殺した。そして彼女はこう思った。『次の標的は自分ではないのか』と」
「うんうん、そうそう。かなり怯えてたよぉ? もうすぐ三年になってクラス替えじゃん?」
学年が変われば、神崎梨乃を虐めていた連中と同じクラスになる可能性があるからか。
「そして、影武者を使った。それが――キミの正体だ」
「すっごぉ! 当たり当たり大当たりぃ! 凄すぎるよ!! 赤谷は【天花五家】オタクだからねぇ〜俺の所に依頼が来ただけの話。それで?」
財閥以外の人間にもやはり入れ替わった者がいたのか。
「恐らく、影武者としてアクナシアに潜入したのは初めてではなかったキミは、神崎さんの事を知っていたんだ。神崎さんが虐めを苦に自殺してしまった事を知ったキミは憤慨した」
「それっておかしくなぁい? じゃあ何で神崎梨乃を虐めてた奴らを殺してないのぉ?」
ケラケラと赤谷の顔をした何かが醜悪に顔を歪め笑う。
「虐めを認めなかった学園側に怨みを持ったからだよ。無差別に生徒を自殺させて、聖アクナシア学園の地位の失墜を画策した」
「やるじゃんかぁ幾望さん。でも一つ致命的に間違ってるよぉ? 『無差別』じゃないよぉ? これだけは絶対に解らない! ざんねーん!」
と、奴が腹を抱えてまた嘲笑する。
「待って――五秒で追いつくから」
桜が目を閉じた。恐らく思考を開始したのだろう。
「仮説形成――自殺者の共通点『容姿の美』。その他にも多く美しい人間は存在した。チェス盤反転。その人達がその選考から外れた理由、殺せなかった、殺さなかった。殺す必要性、動機、『数珠丸』、影武者、選ばれた華菱可憐」
桜が断片的情報を機械のような早口で呟きだした。
「はーい五秒! 分かんないでしょ? 分かるわけないよ〜?」
目を開いた桜が、奴を見た。
「いや――解ったよ。単純明快、キミは容姿の美しい人、『本人』を順に殺しただけだ」
「…………おい、嘘だろ? お前、五秒前まで前提条件自体を間違えていたんだぜ……?」
奴が初めて感情を表した様に見えた。
それは驚愕だった。
「現在のアクナシアにはキミを含め、多くの影武者が潜んでいる。それを除いた『美しい本人』を順番に殺したんだね。だから共通性が薄いんだ。可憐ちゃんを次の標的にしたのも、それで説明が付く」
初めに資料を読んで僕も感じた事だったが、自殺者は皆容姿が整ってはいたが、全員がクラスで一番美しいであるとか、そういう突出した存在ではなかった。
その理由は、影武者を除外した――影武者を使っていない美しい『本人』を殺していたからだった訳か。
奴が解る訳がないと言った理由も分かる。既に解っている事の中に、真実が紛れ込んでいるのだから。それを新たに導き出せと言ったのだから。
「……ほんっと、驚かされるよ。お前を真っ先に殺しておくべきだったぜ〜『目の下の強烈なクマ』さえなければな〜」
美少女である幾望桜を自殺者に選ばなかった理由は、それか。
「そして、キミはさっき計画を台無しにされた、と言った」
「言ったけどぉ?」
「『三日月凛音』の転入は本当にイレギュラーだった。彼が学園に居る事で、動きにくくなった」
「……まあある意味正解。時計塔で狙撃させたのも、死織を差し向けたのも俺。死織と初めて殺し合いした後、あんな丁度良いタイミングで人気のない場所に『赤谷あかり』が来る訳ないじゃんかぁ?」
確かにその通りだ。それにあの場所から赤谷あかりの自宅までの距離は徒歩で三十分かかった。これは怪しまない方がおかしい。
しかし、あの時は『大典太』が関わっていると判明して、赤谷を疑う余地が頭の中になかった。
「解らない事がある。何故、凛が《呪い持ち》である事を知っていたのに、狙撃や刺客なんてものを送り込んだのか。そしてどうやって神崎梨乃以外の生徒達を自殺させたのか。これは現状、推理の及ぶ範疇に無いよ」
確かにそうだ。僕が不死だと知っていれば、それは無駄にしかならない。
そして二つ目の疑問、これはもっともだ。
「僕は《咒い》の類をある程度感知できる。それを使わないでどうやって生徒を自殺させたんだ」
「あれぇ? 最初に言わなかったっけ? 俺が三日月凛音を作った、って」
「作った……?」
僕は思わず疑問を口にしていた。
「無能な毒虫は黙ってろよぉ。欠陥品」
「凛音さんを悪く言うな」
と、直ぐに可憐が噛みついた。
「おっと怖い怖い。でも本当の事じゃんかぁ? で、幾望さん、推理は出来たぁ?」
「――この小学校を毒壺に見立てたのはキミか。こいつがあたしたちの本当の仇だよ、凛」
「大! 正! 解! 作る事が出来るなら殺す事だって出来るよねぇ? 解毒できない毒なんて、何の意味もないじゃぁん? 因みに因みになんだけどぉ、蠱毒は蠱毒でしか本当の意味で殺せないって知ってた? 《咒い》の感知ぃ? 出来るわけないじゃん。だって頭からつま先まで泥にまみれた身体に同じ泥が一滴や二滴、垂れたって分かるわけないじゃんかぁ」
「じゃあキミは……」
「俺が始まりの蠱毒。そして小学校立て篭り事件の首謀者、そんで今回の連続自殺誘導犯!」
「お前が――蠱毒だって?」
蠱毒が僕一人だという前提が間違っていたのか。
「そ。だって、おかしくなぁい? 何で十一年前、犯人たちはこの小学校に授業参観日なんかに立て篭もったの? それじゃ身代金も請求出来ないしぃ? 何でトランプなんてさせたの? おかしいなぁ? そこの欠陥品は蠱毒の使い方がなーんも出来てない出来損ないの欠陥品」
「あたしもそこはずっと疑問だった。犯人グループの目的があまりにも不明瞭過ぎた。そして、彼らには何の共通性もなく、互いに連絡を取り合い計画を企てている素振りもなかった。つまり――彼らは赤の他人だった」
そうだったのか。僕でさえも知らない情報を桜は持っている。やはり彼女の推理の前では僕はただのカカシだ。
「そりゃね、テキトーに選んだだけだしぃ?」
「適当に……そういう事ね。蠱毒の本当の使い方、それは――意識のコントロールか」
「ロジックの飛躍までこなすなんて本当に幾望さんは凄いねぇ……でも気付いてる? それ推理でも何でもないぜ? 他人のコントロールが事件のオチ所だとしたらそれは下の下だぜ?」
「これは長年の疑問からの導き出した演繹的推理だよ。そしてこの一連の事件の全ては最初から下の下。これ以上落ちる事なんてない」
そう言って桜が奴を睨み付けた。
「そうだなぁー確かにその通りだわ。上手いこと言うじゃんかぁ」
「それで、どうなの? 合ってるの?」
「正確には違うんだけどぉ、そんな感じぃ? 蠱毒の体液は猛毒なんだよ。血液は勿論、唾液、汗、尿なんかも全部ねぇ! 俺が触れたもんは全部俺の傀儡って訳! 小学校立て篭り事件は俺がガキの頃考えたんだよぉ〜! 今思えばバカだよねぇ」
と、奴が僕を見て嘲笑した。
「俺は沢山人を殺して蠱毒に――孤独になった。ガキだった俺はもう一匹作ってみよっかなーって思ってこの小学校を選んだの。テキトーにその辺の奴を傀儡にしてねぇ。思春期によくあるじゃんか? 『学校がテロリストに襲撃されてぇ、それを自分が解決してヒーローになる』みたいな痛い妄想。その条件を作ってあげたのよぉ〜」
「お前……」
僕は奴を睨み付けた。
それを軽くいなされ、尚も奴は話続ける。
「『宮前凛音』は本当は俺が回収する予定だったんだけど、お前んのとこのジジイに邪魔されてなぁ。結果、贖罪として人を救うとか馬鹿なことぬかすゴミ屑になっちまった。俺は呆れたぜ? この気持ちわかんねぇだろうなぁ〜」
「分かる訳ないだろ」
そんな気持ち、分かる方が異常だ。
「ふーん……、でもお前がアクナシアに転入してきた時は本当に興奮したぜ! 俺がぶっ殺してやれるってなぁー! ライフル弾は牽制とアピール、そんで死織には俺の血液を入れた注射器を渡したんだけどなぁ、何故か生きてんだよなぁ……やっぱり直接じゃねぇと駄目ってことが分かった訳!」
僕が珍しく気を失った理由はそれか。
「許せない……」
可憐の怒りが頂点に達していた。
奴に詰め入りそうになる所を僕が手を引いて制した。
「華菱可憐、お前こそが最大のイレギュラーだったよ。お前が三日月凛音の事を聞くもんだから、俺はあの時点では『赤谷あかり』を演じなければならなくなっちまったのよぉ。華菱が居なければもっと早くに直接殺してたのによぉ〜……しかもお前は俺に絶対に触れさせようとしなかった。異様に警戒心が強いから驚いたぜ。俺が一歩踏み入れると、必ず一歩下がりやがる。歩いていても必ず俺の後ろを歩くしなぁ」
僕は知らないうちに可憐に護られていたのか。
そして彼女に脅迫状を送りつけたのは僕を誘き寄せる目的の他に、【蠱術】で殺せない『例外』だったからという理由があった訳だ。
「良く喋るお嬢さんだな」
「あ? 俺は男だっての。お前も似たような容姿してんだろが」
「……そうかよ」
「俺たち蠱毒は世界から零れ落ちた異端者、異常者。普通に他人に触れる事も出来ない人で無し。俺たちは蠱毒はなった瞬間からずっと孤独なんだよ」
僕たちは、孤独。
「俺にはなぁ、お前の気持ちがよーく分かるぜ。独りになって、辛くて、苦しくて、泣きたくて。でも全部全部自分の責任。逃げたい、でも逃れられない。死にたい、でも死ねないのスパイラル。――そんで俺は志向を変えたのよぉ。俺の都合で産んじまった可哀想で不幸で孤独な『三日月凛音』とかいう毒虫を、この手で終わらせてあげようってさぁ! もう学園の事なんて、影武者やってる事だってどーでもいいやーってな風に」
僕には分かる。こいつは、僕になれなかった僕だ。
三日月に拾われなかった僕。
爺さんや姉さんに愛されなかった僕。
桜や可憐に救われなかったもう一人の僕。
部長の言っていた《あっち側》に行ってしまった僕だ。
「なるほどな。そんな事の為だけに本物の『赤谷あかり』を殺して、可憐に脅迫状を送り付けて、僕を表に引きずり出してこんな大舞台を用意してくれた訳だ」
実に下らない理由だ。
「理解がはえーじゃねぇか欠陥品。……『赤谷あかり』はさぁ、神崎梨乃が自殺した時、何て言ったと思う?」
ほんの少し、彼の表情が曇った様に見えた。
「……何て言ったんだ」
「『わたしじゃなくて良かった』だとさ。笑けてくるよなぁ? 唯一の友達だったんだぜ?」
所詮、そんなものだろう。友情なんてその程度の物だ。自分に直接害がなければ、それで構わない。悲しい事だが、それが人間の本質だ。
「そうか……これはお前自身の復讐劇だった訳だな。自殺した神崎梨乃の汚名にならない様、わざと虐めていた連中には手を出さなかった」
虐めをしていた連中を殺せば、それは神崎梨乃本人の復讐になってしまう。それを避けたかったんだ。
「さぁね、どうだったかなぁ? ま、全部お前に壊された――いや違うなぁ。お前の為に壊した訳なんだけどなぁ〜」
「僕の為……」
責任転嫁か……? いや、違うな。奴は本当に僕の為に計画を破綻させた。
「お前が独りで来なかった事は本当に驚いてるよ。けど事実は――真実は変わんねぇ。宮前雪那をお前は殺していなかった。不慮の事故だった寧ろ悪いのは妹だった。どうだぁ? これで心置きなく死ねるってもんだろぉ? ガキの頃の記憶ってのはアテにならねぇよなぁ? 自分の意思で『記憶』の方を捏造してたんだからよぉ」
「……何故そこまで知ってるんだ」
「『三日月』に俺の傀儡が居たからに決まってんだろ? 脳味噌詰まってんのか?」
そうだったのか。最初から最後まで僕はこいつの盤上で踊っていただけだったんだ。
そして僕は罪に押し潰されて、そんな風に歪んでいたのか。
「……確かに僕はずっと死にたかった」
「凛ッ!?」
「凛音さん、駄目です」
奴の言う通り、僕は毎日自殺していた。僕は生から逃げようと必死だった。
「僕が初めて自殺したのは、今から丁度十年前。僕の家族の一周忌だった。僕は全身に灯油を撒いて、焼身自殺した。それが一番苦しい死に方だと聞いた事があったからだ。髪が焼けて、肌も爛れ焼け落ちて、呼吸も出来なくて死ぬ程辛かった。喚きながら地面を這いずり回った。――でも、死ねなかった。それから毎日死んだ。どうすれば死ねるのか、今でも、探してる。ここ数年、自殺しないのは単にどんな方法でも無理であると悟ったからだ。だから――蠱毒、お前しか僕にはもう無い」
二人の手を振り解き、彼の目の前に立った。
「凛、嘘だよね? そんな事無いよね? 一緒にいようよ! やだよ! 凛!」
「凛音さん、それは間違いです。貴方は選択を間違えています」
分かってる。分かってるよ、桜。可憐。
息を吸い、自分が生きている事を確かめた。
そして、僕は『約束』を護る為、宣言する。
「――【天花五家・三日月】序列七位 三日月凛音」
僕は全ての罪を背負って、生きていく事を選ぶ。もう、逃げ出したりしない。
「……おいおい、まさかこんなチャンスを不意にするのかよぉ! 死にてぇんだろ? お前はやっと終われるんだぞ!!」
「悪いが、僕はもう蠱毒でも孤独でもない。『人間』だ」
「……お前が独りで来なかった理由がわかったよ。そうかよ、その道を選ぶのかよ」
「人として、生れ間違えたお前を今、救ってやる。僕が天へ導いてやる」
「凛!」
「凛音さん……」
「安心しろ桜、可憐! 僕はもう、逃げ出さない! 生きる事は今でも怖い。怖くて堪らない。それでも僕は全て背負って生きたい、君達と! 『果たせない約束』はしない! 必ず守る! 君達を、必ず護るッ!!」
彼女達に出逢っていなかったら、僕は必ず殺される方を選択した。嬉々として死んだだろう。御礼を言いながら罪を全部投げ出して勝手に死んだ。――でも、今は違う。
僕には護りたい人がいる。
僕にも正しい事が出来る。
僕は無価値なんかじゃない。
人を本当の意味で救う事だって出来る。
それを今から証明する。
「なーんだ。つまんねぇの〜絶対死んでくれると思ってたんだけどなぁ〜」
「名乗れよ、偽物」
「――【天花五家・大典太】序列一位
……序列一位か。『大典太家』自体が既にこいつの傀儡だったんだ。だから好き勝手に出来ていた訳だ。
恐らく、赤谷あかりもその家族も、彼の傀儡だったのだろう。
「蠱毒は孤独だから蠱毒だ。三日月凛音、俺もお前も永遠に孤独で――無価値なままだ」
ああ、そうだな。永遠は無価値だ。だが今は……。
「そんな口上、聞く気はない。悪いが加減は無しだ、大典太終火。――【天國】」
そう言うと僕の手元に【天國】が飛んで来た。
「すげぇすげぇ! まさか死織が純粋な殺し合いで負けるなんて思ってなかったからよぉ……俺の中で最強の手駒だぜ? 何事かと思えばそんなモン隠し持ってたとはなぁ……それだけは知らなかったぜ。『三日月』から出た後、手にしたのかぁ?」
自分の持つ最強の傀儡が排除されたから、自身が打ってて出た。そういう事か。
「御託は要らない。抜けよ【
【天下五剣】相手に何処まで戦えるのかは分からないが、この殺し合い負ける訳にはいかない。
全心全力で殺す。しかし【蠱術】は絶対に使わない。あくまで人として、彼を殺す。
「そんなもん持ってねぇよ」
「序列一位が持ってない訳ないだろ」
通常、【天下五剣】の真打は各本家の序列一位が所有し、影打を序列二位が持つものだ。
「あんさぁ、お前なら分かると思うけど、刀とか拳銃ってのは、牙や爪や毒、そういう他を直接淘汰する能力がない、人が人を淘汰するためのもんなんだよ。毒虫にはそんなもの持つ資格なんてねぇの」
そういう事か。僕も【天國】を抜く時、迷った。僕のような毒虫が刀を抜いて良いものか、と。
やっぱり、こいつと僕は似ている。
「そうかよ。それを彼女達に出逢えなかった僕が聞いたなら迷わず【天國】を手放していただろうな。フェアな戦いじゃないから、とか言ってな」
そう言いつつ、僕は正面に向かって刀を構えた。
「好きにすればぁ?」
「今、お前という蠱毒を、僕という人間が救ってやる」
「あーあ、…………本当に蠱毒としちゃ欠陥品だなぁ 、三日月凛音」
憂いを帯びた彼の表情を見て、僕は一瞬で全てを悟った。
彼の言う通り、彼には僕の心がわかる。ならば必然、僕にも彼の心が手に取る様にわかる。思わず涙が溢れそうになった。胸が痛くなった。哀しくなった。辛くなった。
涙を堪え、僕は言った。
「いくぞ、終火」
「こいよ、凛音」
それが終わりの合図だった。
「――【天國・刀輪処】」
僕が唱えながら刀を振る。
すると終火の周辺に万を超える針の雨が降り注いだ。その全てを避ける事なく、彼はその場にただ立っていた。
「ああ……何度傷付いても、痛いものは痛いよぁ……」
針が無数に突き刺さり、意識が朦朧としているであろう終火が言った。
「そうだな……僕は感情の全てを殺してきたつもりだ。だけど、痛覚だけは殺せなかった。それ所か痛みは増すばかりだ」
「なあ、凛音よぉ、お前、今幸せか?」
「幸せだ。義務や責務や贖いなんかじゃない。僕自身が、心の底から護りたいと思える人が出来た。僕の価値は――魂はそこに有る」
今なら胸を張って言える。
「そうかよ……あーあ。俺も、お前になれたかも知れねぇんだよなぁ……」
「そうだな――【
また僕が唱えると、彼の下の地面が溶け出し、その中に埋まっていく。
それは一見、泥の様に見えて、銅を溶かした高熱の地獄だ。彼の下半身は埋まっているのではなく、溶けている。
「これが……地獄って奴かよ……」
「ああ、そうだ」
僕は溶けていく彼にそう言った。
「俺はこれから地獄へ落ちたら、こんな苦しみを永遠に繰り返す事になるんだなぁ……俺は無間地獄行き決定だからなぁ……そこに堕ちるだけで二千年だっけか? 因果応報、いやこの場合は悪因悪果ってのが正しいか……」
月光に照らされて、彼の瞳から綺麗な雫が落ちるのが確かに見えた。
「僕の家族の墓の掃除をしてくれたのは君だろ、終火」
「……さて、覚えがねぇなぁ」
いや絶対にそうだ。
「連続自殺誘導を実行したのも、虐めを苦に自殺した神崎梨乃の為だったんだよな」
「……さて、どうだったかなぁ」
「僕を蠱毒にした本当の理由、それは君が寂しかったからなんだよな」
「……さて、どうだったかなぁ」
「僕を今日、ここへ呼んで『あの日』の真実を教えてくれたのも、全て、僕の罪の意識を軽くする為だったんだよな」
「…………」
「君は苦しむ僕を殺してくれる為にここへ来たんだんだよな」
「……ああ、そうだよ」
「あるいは――君は僕に殺される為に、ここへ来たんだよな」
「ああ……そうだ。なんだよ全部バレてたのかよぉ……クソが……」
彼は高熱で無限回下半身を溶かされながら、泣いていた。
でもきっと、それは痛覚から引き起こされるものでは無いと僕は知っている。
「君の事なら、なんでも分かる。君は――僕だからな」
「お見通し、って事かよ。あのさぁ、凛音。こんな事、俺が言うのはおかしい事だと思うしさぁ、絶対に言う権利なんてねぇと思うしさぁ、そんでもって陳腐な言葉でわるいんだけどよぉ……最初で最後の願いだ。言わせてくれ、頼む」
歪な形ではあったが、僕の願いを叶えようとしてくれた彼だ。言わせない訳がない。
「勿論言わせてやる。君の願いを、僕が叶えさせない訳がないだろ。聞かせてくれ」
僕は彼をしっかりと目に焼き付けて、言った。
「――悪かったな」
「やっぱり、君も……辛かったんだな」
僕はもう、涙を止める事は出来なかった。
狙撃された時。桜に『辛くないのか』た聞かれたあの時。
本当は辛かった。
辛がる自分を殺していた。辛くない振りをしていた。
「俺にはそんな権利なんてねぇよ。もう、数え切れない程の人間を自分の都合だけで蠱毒として殺してきた。なぁ……凛音。
「この世界が本当にそう構築されているのであれば……そうだな」
僕はそんなもの信じてはいないが、あえて口には出さなかった。
彼も僕と同じで、望んで蠱毒になった訳ではなかったんだ。ただ僕と歩む道がほんの少しだけ違っただけ。彼と僕の差はそれだけだ。
「俺はお前をさぁ、自殺因子として作ったのかも知れねぇわ。なぁ……終わらせてくれねぇか? これから地獄で永遠に贖うからよ。それで償えるとは思ってもいねぇし、都合が良すぎるとも思うけどな……」
と、彼は目に涙を溜め、微かに笑った。
「それは無理な相談だよ」
と、僕は優しくそう返す。
「……俺を救ってくれるんじゃなかったのかよ?」
もう救ったさ。何故なら――。
「この【天國】で斬られた罪人は、現世で地獄を知る。生前に罪の全てを償うんだ。つまり、死後は必ず天国へ行く」
罪人が罪人を救う。それがこの刀の本当の使い方だ。
十六小地獄の能力はそれに付随したものに過ぎない。
「ッなんだよ……クソッ! 何でこんな……ふざけんなッ! 何でそんなッ! クソ……」
やっぱり、彼も罰が欲しかったんだ。
「罰が欲しいんだろ?」
「ああッ! 罰をくれ! このまま赦されるなんて御免だ! 俺の殺した人間達の悲痛に比べたら、こんなの比じゃねぇ! 命を摘み取るってのはそんなに軽々しい行為じゃねぇんだ!」
「終火、君は僕を殺してくれようと、当初の計画を変更してまでこのシナリオを画策した。そしてそれが叶わなかった――いや、叶える必要が無いと判断した今、こうしているんだろう。だからそのせめてもの礼に、僕が最期に罰をくれてやる」
そう言って僕は全ての【天國】の能力を解除し、彼に歩み寄りながら【天國】で右腕を裂き、短刀を引きずり出した。
「それは……!」
そして僕の血液が滴るそれを彼の胸の中心にゆっくりと押し込んだ。
「君は孤独じゃない。僕が居る」
終火は、その罰を拒むことなく受け入れた。
「ああ、そうか……そうだったんだな……俺は、孤独じゃなかったんだな……」
「ああ。そしてこの先はずっと永遠に君は僕の中で生き続けるんだ。ざまぁみろ。永遠は無価値、そうだろ? これが君への罰だ」
「ああ……そうだ。刹那にこそ魂が宿るんだ。凛音、ごめんな……お前をこんな世界に残して終わる俺を――どうか許さないでくれ」
「携帯電話、ありがとな」
僕はあえて彼を許すか、許さないかの答えを告げずにそう言った。
すると彼は悪戯好きな子供の様な無垢な笑顔になった。
「……通話料金払え、ばーか。ありがとう……」
そう言い残し、大典太終火は胸に刺さった短刀を愛しそうに撫でながら、ゆっくりゆっくりと絶命した。
彼の身体が霧状になって短刀と共に世界に溶けていく。それは風に舞って、天高く昇っていった。
「さよなら、終火」
僕は今、本当の意味で彼を救う事が出来た。
ただ護るだけでは、救う事にはならない。護ることと、救うことは、必ずしも同一ではなかった。可憐が救われなかった理由がやっと今、本当に理解出来た。
きっと彼は死織と殺し合いをした後、僕にトドメを刺しにきたのだろう。でも、僕があまりに訳が分からない事を言うものだから、そんな気が削がれたんだ。
きっとあの時、僕を救うと決めたんだろう。本当に憎めないヤツだ。
そして、奇しくも死んだ人を救う事が出来ると教えてくれたのは、彼自身だった。
……別れは寂しいから嫌だ。それが多くの人間の人生を歪め、壊し、殺した僕の仇であっても変わらなかった。
それが絶対的社会悪であって、何からも許される事がない存在でも、意思があり、行動理念がある。そして葛藤があり、罪悪感情がある。偽善者であると、独善的であると、異常者であると言う人は大勢居るだろう。それでも、僕はもう大典太終火を許していた。
「どんな悪人も、罰が欲しいと思うものなんだね……あたしは何度も赤谷ちゃんに触れていた。だから何時でも……そう、今だって傀儡にする事は出来たと思うんだ。でも、彼はそうしなかった」
天に舞う彼を見て、桜はそう言った。
「彼は僕になれなかった僕なんだ。桜、可憐。君達に逢えなかった僕だ」
永遠の中にある自分に価値を見出せなかった、僕だ。
「凛音さんは人が良すぎます」
早速、異論を挟まれてしまった。それはそうだろう。彼のしてきた事は絶対に許される事では無いのだから。
「そう、かもな」
「そんな所が好きです。だから貴方は貴方でしかないのですよ、凛音さん」
「ちょっと可憐ちゃん!サラッと告白しないでよ!」
「別にいつ告白しても私の自由ではありませんか。婚約者なのですから」
「今までスルーしてあげていたけど、その婚約者っての止めてくれない? 凛は学園を卒業したらあたしと結婚するんだから」
「それは華菱の力を使って全力で阻止させて頂きます」
また二人が啀み合い始めた。僕は彼女達を二人まとめて抱き締めた。
「僕が逃げようとした時、手を握ってくれてありがとう。さあ、帰ろう。僕達の学園へ」
僕は選択を間違えなかった。
天へのぼる、終わりの灯火を見つめる。
彼の復讐劇は、こうして幕を閉じた。
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