19話 『あの日』の真実

 以降、僕は桜と可憐と行動を共にする様になり、二週間が過ぎた。

 大典太死織を排除した事により、相手は手を引いたのかも知れない。あれから自殺は一度も起きず、平穏な学園生活を僕達は過ごしていた。

 その間、桜が僕の家に遊びに来たり、カラフルな家具を勝手に置いたり、好き勝手に僕の部屋を改造した。


 そして、赤谷あかりの葬儀に参加し、彼女の冥福を祈った。

 一つ変わった事があったと言えば、『数珠丸』に褒められた位か。廊下ですれ違った時に、大典太死織を下した事を絶賛していた。お陰で自分の影武者任務ももうすぐ解かれそうなので、この間の貸しは帳消しにしてくれるとの事だった。

 桜と可憐と昼食を終え、五限の数学の時間、隣の席に座る桜がポツリと言う。


「そろそろだね」

「そう、だな。可憐に話して休暇を貰わないといけない。今年は平日だから学園を休んで貰わないと」


 二月二十七日。それは十一年前、あの事件が起きた日――つまり僕達の家族の命日だ。


「毎年行ってるの?」

「うん。全員の墓参りをしてるんだ。朝から丸一日かかる」

「そうだったんだ……あたしも行く」

「……行こうか」

 終業のチャイムを聞き、直ぐに可憐の席まで行き事情を説明した。

「わかりました。私は登校せず自宅に居ます。でも一つだけお願いがあります」

「お願い?」

「凛音さんの御家族には、私も会わせて頂けませんか?」

「分かった。それじゃ、最後にするからその時に迎えに行くよ」



 二月二十七日、午前六時。

 喪服に着替え、買っておいた線香と大量の仏花を車のトランクに入れ家を出た。道中で桜を拾い、僕と彼女の故郷へ走り出した。

「お墓参りの時、遺族の人と会ったことある?」

 桜が助手席から僕に問いかけた。

「あるよ。相手は僕が『宮前凛音』だとは気付かなかった。そして、僕も言えなかった」

「そっか……」


 車を走らせる事一時間。故郷へ付いた僕達は、それぞれ線香と花を備え、墓石には手を合わせた。桜と僕の家族を残し、全てを回り終えた頃にはもう日が暮れようとしていた。

「桜、行こう」

「うん」


 僕と桜が到着し、花を持って墓道を歩いていると背の高い男性が一人、『幾望家之墓』の前に立っていた。

「叔父さん」

 と、桜が呟いた。僕の心臓は今にも破裂しそうに鼓動を打っている。


「桜……! 来たのか。そちらの方は?」

「……『宮前凛音』です」

「『宮前』……ああ、そういう事か……」


 何度だって殴られて構わない。僕はそれだけの事をした。本来、僕が墓参りなんてしてはいけない。

「桜、良い顔になったな。兄貴にそっくりだ。目の下のクマも大分薄くなった様だ。加奈子さんに似て美人になったね」

 彼女の義理の父親は、優しげな表情で桜を見た。


「あたし見つけたよ。今まで沢山心配かけてごめんなさい。ありがとうお父さん」

 桜は僕の手を握って真っ直ぐに「お父さん」と言った。

「そう面と向かって言われると照れるな」

 頭を掻きながら、彼は言う。

 そして、僕に視線を移した。

「宮前凛音君」

 名前を呼ばれ、緊張が走る。


「はい」

「――娘を、宜しく頼むよ」


 僕を待っていたのは罵倒でも叱咤でも恨言でもなかった。

「……はい。僕は、彼女と生きていきたいです」

「ああ……それが桜の救いなんだろう?」

 桜がずっと『宮前凛音』に囚われていた事を彼は知っていたんだろう。

「うん」

 桜は目に涙を溜めながら、しかし懸命にそれを堪え言った。


「私はずっとこの日を待っていたよ。桜……そして凛音君。幸せになれ。それが『あの日』失くした人達の、願いだと私は思う」

 僕と桜は頭を下げ、彼はその横を歩いて行った。そして去り際に僕達の背後から陽気な声でこう言った。


「学園は卒業してくれよ〜桜ちゃん」

 彼が去ってから僕はその場に膝をついた。

「凛、大丈夫?」

「大丈夫。緊張し過ぎた……」

「もう、そんなんじゃこの先が思いやられるよ」と、桜が笑った。


 『幾望家之墓』の前に立つ。既に墓石は掃除されていて線香も花も供えられていた。そこに持参した物を追加し、二人で手を合わせた。


「僕が桜を護ります」

「あたしが凛を護ります」


 二人でそう誓い、その場を後にした。

 最後に残すは、僕の家の墓だけだ。可憐に電話し、迎えに行く旨を伝え再び車に乗り込んだ。

 喪服姿で仏花を持った可憐を乗せ、再び故郷へ車を走らせ目的地に着いた時にはもう時刻は十時。

 三人で墓道を歩く。その間は無言だった。そして『宮前家之墓』の前まで到着した。桜の家のものと同じ様に、墓石は既に掃除されていて花も供えられていた。


「凛音さんのお祖母様がされたのですかね?」

「いや、違う。僕の爺さん婆さんは父方も母方も両方もう他界している。それに父さんや母さんの兄妹はここへは来ない。毎年、僕だけが来るんだ」

 おかしい。こんな事は初めてだ。

「凛、ここ。何か紙が置いてあるよ?」

 桜が示した線香立ての横に、二つに折られた紙が確かに置いてあった。風に飛ばない様、石が乗っている。

「手紙、か?」

 そう言いつつ、僕はそれを手に取り開いた。


『終わりと始まりの場所で待つ』


 一言、そう書かれていた。それを桜と可憐にも見せた。

「『終わりと始まりの場所』って何処でしょう?」

 感だが、僕には心当たりがある。

「恐らく、『高坂町立南條北小学校』廃校舎だ」


 ここは僕の家族の墓石。そして僕の『人』としての全てが終わって、『蠱毒』として始まった場所とすれば、そこしかない。

「行くの?」

 心配そうな顔で桜が僕の顔を覗き込んできた。


「行くしかない。いや、行きたい。二人は何処か人目の多い場所で待っててくれ」

「あたしも行く」

「私も、行きたいです」

「駄目だ」


 何が起きるか分かったものではない。桜のお父さんはああ言ってくれたが、僕を恨んでいる人間は山程存在する。連れて行くには危険過ぎる。

「凛、お願い」

「お願いします」


 二人の少女。僕は彼女達に救われた。決して無関係という訳ではない。事件はまだ完全に解決した訳ではないし、護衛任務は継続中だ。学園からは距離があるが、二人きりにするのは避けたい。


 選択肢が現れた。


 ここは恐らく僕の人生のターニングポイントだ。彼女達を連れて行くか、行かないか。この二択、外す訳にはいかない。

 いや――二択ではない。僕がそこへ行かないという選択もある。そうだ。僕の都合に彼女達を付き合わせる必要はない。


「キミ独りで行くのは危険だよ。あたしはキミを護りたい。護らせて欲しい。あたしも、自分が通うはずだった場所をキミとこの目で見たい」

 桜が僕の目を逸らす事なく、そう言ってくれた。

「……分かった。何が起きても、君達を護ると『約束』する。だから付いてきて欲しい」


 彼女達に頭を下げる。

 僕は、彼女達と行くという選択をした。

 この『約束』、もう二度と破る訳にはいかない。僕は、覚悟を決めた。

 両親と妹に別れを告げ、車へ乗り込んだ。

 時刻はもう十一時を過ぎていた。


 田舎というのは街灯が少なく、人通りも少ない。いや、無いと言っても過言では無い。田畑を懐かしく眺めながら目的地へ向かう。

 奇しくも、そこは僕の小学校へ向かう為の通学路だった。片道徒歩で一時間。今思えば良くも毎日歩いたものだ。雪那との思い出が蘇る。二人で走った道、遊んだ空き地、花を摘んだ畑。みんなみんなあの時のままだった。


「凛、大丈夫?」

 僕の顔色を伺って、助手席の桜が声をかけてくれた。

「大丈夫。雪那――妹との思い出を少し、な。ほらあの場所。二人で秘密基地作ったりして遊んだんだ」

「ご実家は近くなのですか?」

「そうだな……ここから歩いて五分位の場所にあったよ。もう無いけどな」

「放火されたんだよね……」

 流石に桜は知ってたか。

「そう。全く困ったもんだよ。でも良いんだ。君たちの側に居られるのなら僕はそれだけで」

 感傷に浸るのは後で良い。僕は前を向き、アクセルを踏み込んだ。


 『高坂町立南條北小学校』廃校舎に到着した時には完全に深夜だった。

 月が煌々と輝き校舎を照らしている。


「十年前、ここは廃校になったんだ。あんな事件のあった小学校へ通いたくない、と苦情が殺到してな。今では心霊スポットと化してる」

 十年。色々な事があったけれど、ここへ訪れるのは初めてだ。あの頃の活気のあった小学校とは思えない、陰鬱とした空気が漂っている。


「そうなのですか……十年でここまで荒れてしまうものなのですね……」

「周りに家も無いんだよ。みんな引越したの」

 事件を追っていた桜は僕よりもこの場所に詳しいのかも知れない。

「さて。何が起きるか知らないけど、行くか」

 車を降り、念の為持ってきておいた【天國】を手に取った。そして抜刀してから、周囲を十分警戒しながら校庭の端を三人で歩く。また狙撃なんてされたら堪らない。



《キーンコーンカーンコーン》



 校舎の正面に立った時、チャイムが鳴り響いた。

「な、何ですか!?」

 狼狽える可憐。

「タイミングよく自動で鳴る訳がない。本来なら電気も通ってないはず。中に誰か居るよ」

 冷静に分析する桜。


《ザザッ…………シュ―――――》


 チャイムがノイズに変わった。

 懐かしい。これはラジカセのテープのホワイトノイズだ。


「相手さんは何を流してるのか皆目検討も付かない。何がしたいんだ」

《――ババを引け! クソガキ!引け! 引け!》

「これは……あの時の……うっ……」

 僕はその場に膝をつき、持っていた【天國】を落とし、今日食べたものを全て嘔吐してしまった。我ながら情けない。


「凛音さん、大丈夫ですか!?」

「凛、これって……」

「『あの日』を録音したものだ。こんな物があったなんて知らなかった」


《ザザッ………シュ――――》

 音が途切れ、またホワイトノイズに変わった。


「……随分と洒落た真似してくれるな」


《「――――宮前凛音くん、それから宮前雪那ちゃんおめでとう。二人は運が良いねぇ」》


 よりにも寄ってこの場面かよ。相手は僕の事が相当嫌いと取れる。

 僕が震えていると、右手を可憐が、左手を桜が握ってくれた。

 ああ……二人が居てくれて本当に良かった。一人で此処に来ていたら、僕は半狂乱になっていただろう。


《「――二人のどっちかを助けてあげるよ? オジさんは優しいからねぇ」》


 また吐き気。憎悪、後悔、悲痛、苦痛、そしてまた無限回の後悔。

 僕はこの後、雪那を殺す。

 聴いていられる訳がない。思わず耳を塞ごうとするが、左右の彼女達がそれを許さない。逃げるな、そう掌から伝わってくる。

 そうだ……逃げちゃいけないんだ。過去から。自分から。僕には圧倒的に覚悟が欠けていた。それを思い知った。


《――「これを使いなさいな」「雪那……」「……お兄ちゃん」「僕には……出来ないよ」》


 やめろやめろやめてくれ嫌だ殺すな殺したくない間違えた間違いだ聞きたくない嫌だ逃げたい聞きたくないごめん嫌だ何でこんな僕が死ね僕が殺されろ僕が僕が死ね僕を殺せ。

「やめろぉおおおおおおおおおおッ!!!!!」


《――「お兄ちゃん、私のために死んで」》


「なん、だこれ…………僕の記憶と……違う」

 僕は「これ」を手渡され、雪那を殺したはずだ。音声に釘付けになる。


《――「ごめん。私、生きたい」「雪那……嫌だやめてよ。何でこんな……嘘だよね? 雪那ッ!!」》何かが崩れる音、破壊音。それがスピーカーから流れる。

《――「ねぇ雪那、あれ。何でこれ刺さって……雪那! 死なないで! 雪那!アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」「おめでとう、宮前凛音くん」》


「……こんなの僕は知らない」

「捏造ですか?」

「いや、多分音声は本物だよ可憐ちゃん。恐らく捏造されていたのは――」


「そ、本物だよぉ〜?」


 校舎の中から声と共に人影が現れた。

 ――終わりが、始まろうとしている。

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