18話 十六小地獄

 数人のメイドさんに案内され、豪華な客室に通された。本物のメイドが実在する事は感動だった。僕の家はメイドというよりも和風の使用人しか居なかった。


「ここに仕えて長いんですか?」

 気付くと僕はメイドの一人に話し掛けていた。

「ええ。五年程になります。三日月凛音様、可憐様をお守りして頂いた英雄とお聞きしております」


 英雄って。華菱家で僕は一体どんな人物になっているんだ。唯の人殺しだぞ。

 いや、しかし一人殺せば犯罪者、十人殺せば殺人鬼、千人殺せば英雄、全員殺せば神になる、みたいな言葉があったよな。だとすれば僕は鬼か英雄かどちら寄りかと考えれば英雄という事になるな。絶対に自分は英雄だとは思わないけど。間違いなく鬼だ。


「凛、彼女が出来たのに早速ナンパ?」

「いやそんなんじゃないって……彼女?」

「あたしキミの彼女。キミあたしの彼氏。オーケー?」

 そうだったのか。僕達はいつの間にか恋仲になっていたのか。

「オーケー」

 僕は人に成れた所か恋人まで出来てしまった訳だ。なんという幸福。

「ぐぬぬぬぬぬぬなぬぬぬ」

 可憐が謎の擬音を発していたが、聞かなかった振りをした。


 そして凛音トークとやらが始まった。

「凛音さんのドライブテクニックは物凄かったですよ!」

「え、凛って車乗るんだ」

「ええ。運転して敵から逃亡しながら無線で通信しながら拳銃打ってました」

「何処の映画なのそれ!凛は自分はポンコツだとか言うけど結構器用なんだよね」


 その銃弾は全く当たってなかったけどな。


「でも家事は全く出来ないんですよ。そこが可愛いです」

 さっきからずっとこんな調子で二人で盛り上がっている。すっかり仲直りした様だ。会話の内容は兎も角として。


「凛の部屋ってどんな感じなの?」

「物がないです。ベッドとテレビと時計だけ。家具も食器の類も一切ありません」

「凛ってあたしが思うに、境界性パーソナリティ障害か何かだと思う。部屋の色ってどんな感じだった?」

「白と黒のみです」

「なるほどね。凛、好きなゲームは?」

 ゲームを僕はしないんだけど……そもそもこれはどういう意図の質問だ? でもそうだな、強いて挙げるとすれば――。


「オセロでしょ」

「オセロだな」


 ほぼ同時、いやほんの少しだけ僕より早く桜はそう言った。

「やっぱりねー。思考の二極化が顕著なんだよ。物事を曖昧な状態で放置出来ないの。多分、こんなに性格ひん曲がってるのはその影響。オセロは明確に白と黒が盤上に並ぶし、引き分けの確率が約三%っていうほぼ確実に勝敗がつくゲームだから、そう予想したの」

 マジで何者なんだこの女子は。圧倒されるわ。

「そういう事ですか。人か人ではないかの境界の狭間に居た自分が許せなくて歪んだ、という所ですかね」

「あの、すみません。僕の分析やめて貰って良いですか」


 流石に口を挟まずにはいられない。最早悪口大会になってるぞ。

 僕が二人にそう言うと、一瞬僕を見て何も言わず会話を続行し始めた。


「後はねー、自己敗北性パーソナリティ障害の滅私型かな。回避性パーソナリティ障害って言ってもいいのかな」

「それはどういったものなのです?」

「簡単に言えば、行き過ぎた自己犠牲。自分の不幸を望んでるの。そして不幸になった自分だけしか自身を認められない。自尊感情が低くて、自分を愛せないの。凛はそれを自覚してるから達観してるんじゃないかな。必要最低限の事しか口にしないのも多分それが理由」

 僕より僕のこと理解してるじゃねぇか。

 何なんだよそのマイナーな病名は。鬱病でいいだろ。

「なるほど……こうして凛音さんが立ち直った今、それを治す事が私達の目標ですね」

「そうだね! 二人でこれから治していこう! 多分、今も凛は心の中で突っ込み入れまくってると思う。何だそれ鬱病でいいだろ、みたいな。そういうのを声と表情に引き上げるのが私達の役目ね!」

「君はエスパーか」


 早速引き上げられてしまった。

 しかしこれ程までに僕を理解してくれている人がいるという事実は単純に凄く嬉しい。今までだったら迷惑だと思って聞く耳持たなかっただろう。

 彼女達は僕の心の檻を砕いて、入り込んできた。その強引さに救われたんだと思う。そんな所が僕は大嫌いだったけれど、今では愛しくてたまらない。

 理解者、か。僕ももっと他人を理解する努力をすべきなんだろうな。


「凛音さんって絶対モテますよね」

「……だろうね」

「僕のどの辺を見てそんな感想が浮かぶんだ。嫌悪の対象にされた事は数多だが、好意を寄せられた事はない。『あなたがこの世界のどこかで今も呼吸していると考えるだけで虫酸が走る』と言われる程に徹底して嫌われている」

 後は何だったかな。『視界に入るだけで頭がおかしくなりそう』『名前を聞くだけで病気になりそう』『あなたがもし死んでくれるのであれば、私は死んでもいい』だとか。


 やれやれ、と桜が呆れた様に肩を竦めた。

「例え話をするよ。物凄い美人の女性が居たとします」

 目の前に二人程、実例があるのでその仮定はあまり意味がない様に思えるが。

「それで?」

「その完璧な彼女の趣味は何と! ガンプラでした! どう思う?」

「意外だなーと思うんじゃない?」

「そこにどんな感情がある?」

「好感が生まれるかな。いや、興味という類の好感だけど」

「キミはそれだよ、凛」

 話が全く分からない。

「僕は美人のお姉さんだったのか!」

「……凛ってアホだね」


 そんな事言われるまでもなく分かってるよ……。

「凛の外見は正直言って美少女の様な男じゃん。でもその白髪、虚ろな瞳、そして外見に似つかわしくない達観した物事に対する姿勢、言動。これは置き換えれば『美人の趣味ガンプラ』に相当する意外性、つまりはギャップだよ。人はそれに惹きつけられる」

「そうなのか?」

「そうなの。興味は憎悪も愛情も孕んでる。何方に転ぶのか、それはさっきのシェイクスピアの話じゃないけど、興味を持った人間の考え方によって別れるだけ。キミはそれに気付いていないの」

「なるほどな……」

 ならば桜が僕に持っていた興味、つまり憎悪は愛情でもあったと解釈すればいいのか。明確な悪や善は無い、という事なのか?


「ま、あたし的にはそこは気付かないで欲しいんだけどね」

「え、何で」

「今まで任務で護衛してきた女の子、何人位いる?」

「さあ? 数えた事ないよ」

「そ。ならそのまま数えないで欲しいかな。ライバルが増えるだけだし。でも教えないってのは凛にとって良くないと思うから一応言ってみたの。世の中には白と黒、善と悪、そんな風に区別できない曖昧なもので溢れてる。それを凛には許容出来る様になって欲しいから」

 やっぱり頭の良い人の言っている事は意味が分からなくなる。

「私、凛音さんの女装見てみたいです」

「凄いよーオシャレだしメイクも完璧。素とのギャップが何より凄い。こんな髪ボサボサで目も死んでないし」

 悪かったな、髪ボサボサで目が死んでて。

「ギャップは私も驚きました。優一さんは本当に気さくで優しくていつも爽やかでした」

 悪かったな、気さくでなくて優しくなくて爽やかじゃなくて。

「やっぱ驚くよね! ねえ凛、何で女装すんの?」


 僕にとってそれは『何で呼吸してんの?』位の意味合いを持つ質問だ。


「いやあれは僕じゃないから。『三日月凛子』だから」

「あー変身願望でしょ、それ」

 一つの質問と一つの回答、そして選択肢のないこの状況で一発で正解を導き出すなんて、どれだけ頭が良いんだよ。

「変身願望?」

 と、小首を傾げながら可憐が疑問を口にした。

「変身願望っていうのは、自分じゃない誰かになりたいっていう欲求の事。『三日月凛音』は幸せになってはいけないって考えた凛は、『三日月凛子』として欠けた部分を補う、つまり別人になりきる事で人並みの幸福を享受しようとしたんじゃないかな。性格はひん曲がってるけど非行に走ったり、無差別に人殺したりしないのはそれがあったからじゃないかな」

 心理学でも齧ってるのかなこの探偵様は。全部正解だよこのやろう。

「桜って本当に何者?」

「天才! てか凛のその刀って一体何なの?」

「ナイショ」

「確か……【作陽幕下士細川正義・天國】でしたよね」

 良く覚えてたな。僕だって抜刀する時は噛みそうになったのに。

「……本家の爺さんに貰った刀だよ。簡易的な十六小地獄の能力が使える」

 僕は寝転びながら言う。


「十六小地獄……どの地獄の?」

「どの地獄って?僕よく分かんないんだよ」

「地獄には種類っていうか段階があるんだよ。それが八大地獄。その周囲にそれぞれ十六小地獄が存在するんだって。【何何奚処】って言ってたから衆合地獄の事なのかなー。でも【刀輪処】とも言ってたし……」


 どんな本読んだらそんなに詳しくなれるんだ。

 桜よ、君は何処へ向かうつもりなんだ。


「なるほどな……でもその辺はやっぱり分からん。自分の犯した罪を顕現させてるだけだし。今度爺さんに聞いてみるかな」

「三日月の序列は七位でしたよね」

 可憐、本当に目敏いな。あんな絶体絶命の状態でそこまで聞き取っていたとはどんな精神力してるんだよ。


「凛さ、もっと強いんじゃない?」

「いや今の序列は妥当だと思う。仮に僕が【蠱術】を使って、抜刀しても上の六人には絶対に勝てない」

 あいつらは本物の化物だ。


「そうなのですか?」

「可憐には話したよな。『三日月』は陰陽道に通じてるって。つまり《陰陽師》がゴロゴロ居るんだよ。式神にボコられて封印されるのがオチだ」

 てか封印された。

「へぇー世の中は広いねー」

「中でも僕の姉、三日月鞘歌は別格だ。あの人は一人で都市殲滅位できる」

「立ち会った事あんの?」

「あるよ。【蠱術】使う前に負けた。僕は数多のバケモノと《不死》だけを武器にして闘って来たけど、何も出来ずに負けたのはのはあの人だけだ」

 試合開始と同時に僕は地面に顎を打ち付け、這い蹲って動けずに負けた。

「凛音さんの【蠱術】って一体何なのですか? 見ていても分からないのですが」

 そりゃそうだ。全て僕の中で起きている事だからな。

「【蠱術・無間罪咎牢獄】。蠱毒で連続自殺して死に際の走馬灯を強制的に連続行使する、みたいな感覚遅延麻痺能力」


 《咒い》の専門家に話を聞いたら、それは感覚遅延ではなくて自身の存在を刹那に引き寄せる行為で、酷使すればからやめろと厳重注意された。

 全く意味が分からないから普通に使ってたけど。

「凛……」

 不安そうな顔で桜が僕を見た。

「安心して。僕はもう【蠱術】は使わないって決めたから」


 そう言うと、二人が心底嬉しそうに笑った。

 僕はその笑顔を護るために、これから生きていこうと決めた。

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