17話 解釈のジレンマ

 二人で一頻り泣いた後、手を繋いでM1の元へ戻り、『ツーマンセル』の申請書を手渡した。


「E5、良い顔になったな」

「そうですか?」

「孤独というのは病だが、不治の病ではないという私の持論を証明してくれた様だ。やはり貴様は最高だ。それからE19、相談事は以上で良いか?」

「はい! ありがとうございました!」


 桜が僕の手を強く握りながら、満面の笑みで礼をした。

 今の僕には分かる。さっきの『友達の話』というのは、紛う事なき幾望桜本人の話だった。彼女は僕が心配で心配で仕方なかった。人でないからと命を簡単に放り出す僕を見ていられなかったんだ。それに僕は気付くことが出来た。


「僕はもう孤独でも蠱毒でもない。もう二度と、命を簡単に投げ出したりしない。罪は消す事は出来ないけれど、全て背負って進む」

 それが、三日月凛音という『人』だ。

「凛、偉い」と、桜が僕の頭をくしゃくしゃに撫で回した。

「惚気は他所でやってくれ。全く……良かったな」


 外に出て二人で夜空を見上げてみた。尚も雲の隙間から月の光が漏れて来ていた。僕は、やっぱり不幸じゃなかった。


「幾望桜、僕が小学三年の時、君は園児だったんだな」

 蠱毒による影響で僕が外見が幼い為に忘れがちになるが、僕と彼女は三歳も離れているんだった。

「そう。あたしは幼稚園に行ってて、家族が事件に巻き込まれた事を幼稚園の先生に聞いて、それからはライブ中継をずっと寝ずにテレビで見てたの」

「前、お父さんはこの仕事をしてる事を知ってるって言っていたけど、あれは?」

「お父さんの弟さんの事。引き取って持ったの。だから苗字もこのまま」

「そういう事か……てことは君はお嬢様って事になるのか!?」

「んー、あたしは特待生で学費全額免除だからお嬢様って訳ではないよ。因みに入学式で新入生代表挨拶したの、あたし」

「……マジかよ。天才じゃん」

 だから登校しても直ぐに打ち解けられた訳だ。


「イェーイ! 天才美少女探偵ここに有り!」

 何がイェーイだよ横ピースなんかしやがって……めちゃくちゃ可愛いじゃないか。

「そういえば美少女探偵、ずっと気になってたんだけど君、【天花五家】について詳しすぎないか? 何か家柄にも関係してるのか?」

「別にないよ。全くの無関係。ただ『童子切どうじぎり家』に知り合いがいるだけ。情報屋なの。そういう危ない橋渡ったり色々手は尽くしたけど『宮前凛音』の行方は全くわからなかったよ……『三日月家』って本当に凄いね」

「マジかよ……」

「凛の事を話した事はないから安心してよ」


 世の中、知らない事で溢れてるものなんだな……。てか爺さん凄すぎ。僕の事を秘匿するのは大変だったろうに。


「そんな心配はしてないよ、君の事信じてるしな。ああそうだ、僕の事が目的だったんだろ?それが解決したんだから、登校免除されてても不登校禁止。ちゃんと卒業すること」

「学校面倒くさい」と言いながら、ふてくされた様に彼女が小石を蹴飛ばした

「子供か! 子供だけど」

「子供扱いしないでよ! ……分かったよ、ちゃんと卒業する。そしたら凛と結婚する」

「ハァ!?」


 何でそういう流れになるんだよ。

「あたし、こう見えても結構胸あるんだよ?良物件だと思うけどなー」

「確かに結構大きかったな。てか物件て……」

 確かに僕から見たら彼女は都内にそびえ立つ超高級高層マンションの様だけど。因みに自分を物件に例えるならゴミ埋立地。どう考えても吊り合わないけど良いんだろうか。


「あたしの欠けた場所をキミが埋めて、キミの欠けた場所をあたしが埋める。そういう運命だったの」

 急にポエマーな事言い出した。さっきまで殺そうとしてた相手に運命を感じ始めるとかどんな奇跡だ。

「すまん、意味わからん」


の意味、後で調べてみて! いつか二人で天に輝く、満月になろうね! 凛!」


 全く意味は分からないけれど、彼女が心底幸せそうに笑うので僕も幸せな気持ちになった。

 そうか。彼女が悲しいと僕も悲しい。彼女が嬉しいと僕も嬉しい。その逆も然り。それだけが真実だったんだ。


「……そうだな。全部、桜と可憐のお陰だ」

「可憐ちゃん〜〜??」と、桜は僕を言葉だけで威圧してきた。どんだけ嫌いなんだよ。

「可憐にも色々と世話になったんだよ」


 可憐の『癒えない胸の傷』。

 それからあの『大切な日』。

 それは僕が僕を見つめ直す大きなきっかけになった。


「へえ? 世話って何?」

「飯作って貰ったり、まあ色々」

「それ、いつの話?」


 あ、今なら分かる。これ触れちゃいけない話だったんだ。非常に嬉しい事に嫉妬してくれてるんだ。ならば部屋へ上げた事は墓まで持っていくしかあるまい。

「前の護衛の時」と、声色も平坦に無表情で言った。僕の鉄仮面レベルは既にカンストしている。微塵も疑いを向ける余地はないだろう。優しい嘘は嘘じゃないの。


「そうなんだ」

 何とか騙せた様だ。ふぅ、危なかったぜ。

「なんて、言うと思った?」

「ゑ?」

 桜の発言に驚き過ぎて、声が裏返ってしまった。

 待て待て。別に僕、ミスしてないよな? 軌道修正完璧だったよな?


「推理――華菱可憐の前高校である甲賀峰高等学校は全寮制である。そして田村優一という偽名を使っていた、つまり共学である。全寮制の高校の寮が男女同じである可能性は極めて低い。結論、先程の発言は嘘である」


「異議あり。僕は何も学内でご馳走になったとは言っていない」

「被告人は学外、つまり休日に食事を作って貰ったと?」

 被告人て。裁判みたいになってるんだけど。てか探偵相手に勝てる訳ないんですけど。

「そうだ。休日、可憐が実家に帰りたいと言った際、護衛として付いていった」


 嘘に嘘を塗りたくっている。まず可憐の実家は場所は知っているけど入った事すらない。嘘というのは本来、真実に混ぜて使うものだ。今回は全部が嘘なのだから詰んでいる事は明白だ。


「そっか」

 降参の用意をしていたが、桜はあっさりと納得した。やはり普段の行いが良いと発言に信憑性が生まれる訳だ。

 うん、これからは誠実に生きていこう。

「じゃ、今から行こっか」

「ん? 何処に?」

「可憐ちゃんの家。この後、可憐ちゃんの家に行って護衛するつもりだったんでしょ?」

 確かにそのつもりだった。自殺者は神崎梨乃と赤谷あかりを除き、皆自宅で死んでいる。仕事を引き受けた以上、万全を期したい。しかし、この流れは不味い。事の露見のカウントダウンが始まった。


「いや、んーそっすね。じゃ行くわ。また明日」と言いつつ回れ右して歩き出そうとするが、メリメリと音が立ちそうなほどの力で桜に肩を掴まれ、硬直する僕。

「何? 肩はこってないよ。行きつけの整体院がこれまた最高なんだ」

「怪しい。これは直接聞きに行くしかないね」


 大事になってきた。たった一つの小さな嘘が、雪だるま式に大きくなっていく。今の内に止めないと、大変な事になる。しかし――。

「まあ、良いよ。でも今ギクシャクしてるだろ。大丈夫なのか?」

 と、この様に言い出せないのが僕だ。そして可憐が僕の不利益になる行動をしないと信じての発言だ。きっと僕の口車に合わせてくれる。

 誠実に生きるのはやめだ、やめ!

「それは良いの。だって、こうして解決したもん」

「それなら良いけどさ」


 ◆

「食事ですか? 先日、凛音さんの部屋に行った時にお作りしましたよ」

 開口一番、僕が口を挟む間も無く桜が可憐に質問したらこうなった。

「凛、私怒ってる」

「言い訳はしない」

 それが漢って奴だ。こんな女みたいな外見だが、心は漢でありたい。

「今後、不要な嘘はつかない。約束出来る?」

 桜は怒っていると言う割には落ち着いている。実は基本的に彼女はあまり感情的にならない。僕が命を軽んじて使う時だけが特別だった訳だ。

「はい。すみませんでした」

「分かってたけどね。凛の考えてる事なら何でも分かるし」

「凛音さんの事が何でも、ですか? それは是非お聞きしたいです。婚約者として」


 可憐が瞬時に食い付いた。あれ、つい何時間か前まで物凄い喧嘩してませんでしたっけ。女子というものはそういうものなのか? てかいつ誰が誰と婚約したんだよ。


「まず、凛の趣味は女装」

「アアアアアアアアアアッ! 本当に御免なさいでした! 僕が全部悪かったです! 二度と嘘吐きません!」


 クローゼットの中の秘密、それは僕の女装の為の服とメイクセットだった。

 二度目の任務の際、僕は女装潜入だったのだが、桜に余りに化粧が上手すぎると不信を持たれ、得意の推理で論破されたのだった。あれこれ言ったけど、全部趣味でした。


「そうなのですね! 是非見てみたいです! それからお二人共何か憑き物でも落ちた様な」

 側から見てそんなに分かりやすいものなのか。

「可憐、僕は『人』だった。桜に見つけてもらったんだ」

 説明は要らないだろう。きっと彼女には分かる。

「……そうですか。役割が私でなかったのが残念ですが……本当に良かったです……私も、救われました」

 胸を押さえ安堵する可憐を見て、僕も安堵した。

 そうか、やっと可憐が僕を追ってきた理由が見えた。


「可憐はこれで良いのか?」

「――本来、物事に善悪はない。ただ私達の考えでそれが決まる」

「シェイクスピアだね! あ、解釈のジレンマかな?」


 桜が即座に反応した。シェイクスピアなら分かるが、解釈のジレンマって何だ?

「何方でも構いませんよ。凛音さん、貴方が救われたと思えば貴方は救われていて、救われていないと思えば救われていない。それが私を動かす根幹です。貴方が幸せだと思えたなら、その道がどんな物であっても私は良かった。以前の貴方はとても幸福そうには見えませんでしたから。貴方は気付いていないのでしょうけれど、左腕が千切れた時、とても辛そうでしたよ。決して表情には出しませんでしたけど」

 だから彼女は毒虫である僕を許容し、そして人だと改め直した僕さえも許容するのか。器が大き過ぎる。本当に高校生かよ。

「心の底から礼を言うよ。僕は確かに君にも救われた。君の『胸の傷』。僕はずっとそれが知りたくて、悩んだ。きっと、その切っ掛けが無かったら今の僕は居ない」

「今の貴方の中に、私も確かに居ると言う訳ですね。では、この戦い降りるには早いですね」

 戦い?

「可憐ちゃん、凛はあたしのだから」

「サクラさん、凛音さんは私の未来の旦那様です。両親にも伝えました」

「え、何してくれてんの。てか結婚とかまだ……」

 考えられない。僕はまだまだ未熟だし、人として生きる決断をしたばかりだ。

「この際、白黒ハッキリさせとかない?」

「そうですね」


 美少女二人がじりじりと僕に詰め寄ってくる。

 しかしこれから言う言葉は、既に決まっている。僕はこの場面で事を有耶無耶にして生きる優柔不断さは持ち合わせていない。そして元より、これは二択ではない。選択肢など僕の中には最初からない。

「――僕は幾望桜と生きていく」

「凛、ししし信じてたよ」

 全然信じてる感が伝わって来ないぞ、身体が小刻みに震えてるし、汗とか凄いかいてるし。

「……哀しいですけれど、諦めません。となれば今宵は凛音さんトークで盛り上がりましょう!お二人共こちらへ!」

 芯が強過ぎる。

 桜が居なかったら惚れていたかもしれないと少し思ってしまう僕だった。

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