15話 夢物語
「食べろ」
「え、待って下さい」
「何だ私の飯が食えないというのか貴様」
諜報班が到着した所でサクラと可憐は言い争いを止めたが、関係は修復不可能の様だった。僕は可憐を一度家へ送り届け護衛をボディーガード達に一時的に任せ、珍しく不機嫌なサクラと一緒にEOS本社ビルに出頭した。したのだが……。
「食え」
待っていたのは古谷部長ではなく、M1と料理だった。そして僕は強引に唐揚げを口に捻じ込まれている最中だ。
「お、待ってそんなに一遍に食えな……待って」
「貴様、本当に『大典太の序列三位』に勝つとはな! 見直した。E15は残念だったがな」
唐揚げを飲み込み、僕は話す。
「彼は最期まで勇敢でした」
「……そうか。悔しいな。仲間が死ぬというのは何度経験しても慣れん」
意外と情に熱い人なのかも知れない。
「私はな、M1としてここに勤めている訳だが、秘匿ナンバーコールしか出ないんだ。それは、私が面倒を見たエージェントが死ぬのが嫌だからなんだ。エゴだとは分かっているのだが」
そうか。彼女も一人の人間なんだ。笑ったり、悲しんだり、怒ったりするんだ。
「しかし貴様は素晴らしい。私を裏切る事は無いからな」
死なないからな。
「E19、どうした? 先程から箸が全く進んでいないではないか」
サクラはずっと俯いていて元気が無い。僕の死様が余りに気色悪くて食欲が無いのかも知れない。と、そんな訳がない。可憐との言い争いの件だろう。
「サクラ、大丈夫?」
「M1さん。相談があるんですけど、いいですか?」
僕を無視して、サクラはM1に話し掛けた。
「良い。何でも話してみろ」
「凛も聞いてて」
「分かった」
箸を置き、サクラが話し出す様なので僕も箸を置いた。
「これは友達の話なんですけど、偶然、一人の男の人と知り合ったそうなんです。その男の人っていうのが『正義の味方』みたいな人で、知らない人の為に何でもしちゃうんです」
「何でも、とは?」
M1が相槌代わりに質問をした。
「例えば、火事の家に飛び込んで子供を助けたり、川で溺れてる人を助けたり。でもその度に、その人は死にかけてるんです。彼女は心配で、止めて欲しいって言ったそうなんです。けど……彼は止めないんだそうです。昔、人を見殺しにしてしまったから、その贖いなんだそうです。でも、彼女は心配なんです。彼女自身もも助けられて、嬉しいけど、それ以上に心配なんだそうです。でも、この気持ちを彼は理解してくれないそうなんです」
その男は馬鹿だな。彼女が可哀想だ。
「それで?」
優しくM1が続きを促す。
「彼女の友達の女の子が居て、その子も彼と知り合った。その子はそんな彼を全部好きだ、と言うんです。彼は他人の心が分からないんじゃない、自分の心が分からないだけなんだって。でもそれでいいんだって。彼女は違うと思ったそうです。間違ったまま幸せになって、それで良いわけがない、と。でもその子の言葉を聞いている内に分からなくなったそうです。何が彼にとって本当の幸せなのか、が。彼女はどうすれば良いと思いますか?」
「成る程な……全て理解した。その彼女が取るべき行動は、ただ一つ。真実を打ち明ける事だと私は思う」
M1は真剣な表情でサクラを見ていた。
「やっぱり、そうですよね。でも、怖くて……」
泣き出したサクラに驚きつつも、僕は背中をさすってあげた。
「凛、キミは今の話、どう思った?」
どうと言われても……男が馬鹿だとしか思えないけど。
「そうだな、僕は馬鹿だから何ともコメントしにくいんだけど。間違ったまま幸せになる物語って僕、結構好きなんだよな。駄目な奴が駄目なままで。欠陥を抱えた奴がそれを克服せずにそのまま幸せになる、そんな夢物語」
「凛……」
サクラが大粒の涙を流しながら完全に号泣し始めた。
「待って待って。続きがあるから。でも現実では間違ったまま幸せになんて、本当の所なれないと思う。結局いつかは知る事になるだろうからね。泡沫の夢って奴だ。小説では本を閉じてお仕舞い。それでハッピーエンド。だけど現実は違う。死なない限りずっと続いていく。その中で、きっといつか間違いに気付く日が来る。そして、今の自分が今まで大切に握りしめていた物が本当の幸せではなかったんだ、って絶望する。その絶望は何物よりも苛烈だろう。僕だったら、絶対に間違ったまま幸せになんてなりたくないな、とか。僕の意見はどうでもいいとして――」
「凛、来て」
突然サクラが立ち上がり、僕は腕を引っ張られて無理矢理に部屋の外に連れ出された。
「頑張れ、桜くん」
部屋を出る時、何かM1が言っていたが僕には何の事か分からなかった。
EOSビルのエレベーターに何の説明もなく乗せられた僕は不安で一杯だった。彼女はずっと俯いて、ただ屋上階のボタンを押すだけだった。
チンという音ともに屋上へ到着した。
するとサクラはビルの中心部まで僕を引っ張っていった。
「サクラ、一体何が……」
「見て! 凛! 満月だよ!」
「え?」
空を見上げてみると、夜空には満天の星と満月が――無かった。
空は曇っていて何も見えない。それ所か、今にも泣き出しそうだ。
「おい、今日は曇りじゃ――」
視線を彼女に落として、硬直した。
彼女が僕に向かって――拳銃を向けていた。
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