13話 学園再潜入開始

 資料と制服を本社ビルで知らないお姉さんから受け取り、資料の方に目を通す。


 赤谷グループ主催のパーティ中に公開自殺、だと?

 身内だけでなく、多くの人が集う立食パーティ所で突然、肉を切り分ける為にテーブルに置いてあったナイフを突然手にした赤谷あかりが、周囲の制止を振り切り手首を切り落とし、壁に巨大なメッセージを書き出したらしい。

 多くの人間がそれを目撃していて、警察はこれを完全な自殺だと断定した、とある。

 全国ニュースや新聞記事で報道された、ともある。

 流石に公開自殺では隠蔽するのは無理だもんな。赤谷グループも一枚岩では無いだろうし、赤谷氏の失脚を狙って情報を売ったなんて事は簡単に想像がつく。


 一部のオカルトマニアの間では、『COME OUT! MOON』の解読合戦が起きている、か。僕に辿り着くのも時間の問題かも知れないな。芋づる式に連続自殺事件が公に成らないとも限らない。恐らく可能性は低いが。こんな大事になってしまっている所に、過去七人の遺族は情報を漏らさないだろう。

 資料を読み終え、シュレッダーにかけてから制服に着替えビルから出た。

 『三日月凛音』は未だ退学にはなっていないらしく、ここ数日はただの欠席扱いになっており普通に登校出来る様なので、今から通学するつもりだ。昼休みの時間に這入るのがベストだ。

 付近で時間を潰し、校門を潜るとそこには見慣れた女生徒が立っていた。


「……サクラちゃん」


 やばい。何を話せばいいのか分からん。喧嘩別れしたカップルが偶然コンビニで会ってしまった、みたいな。気不味い。

「凛」

 名前を呼ばれて背筋が伸びた。どんな罵声を浴びせられるのやら。

「何?」

「これ」

 彼女の第一声は軽蔑の言葉でも罵倒の言葉でも無かった。僕のあんな醜態を聞いて、見て、それでも彼女は僕に変わらない態度で接してくる。理解出来ない。

 僕が呆気に取られていると胸にサクラちゃんの手が当たって我に帰った。

「これ!」

 彼女が手にしていたのはペラペラの紙だった。

「何これ」

「『ツーマンセル申請書』! 今書け! すぐ書け!」

 無理矢理に押し付けられ、それを手に取った。

「サクラちゃん。正直に言うよ……僕は君が泣いていた理由が解らない。解らないけど……僕は君が泣いているのは嫌だ」

「凛……」

「君には笑っていて欲しい。僕は君が好きだ。大好きだ。君を幸せにしたい。君を護りたい」


 僕の希望をこれ以上悲しませたくない。

 ポケットからペンを取り出し、掌を台にして申請書に名前を書き込んで、彼女に見せた。


「これが僕の答えだ」

「こんな場所で泣かせないでよ……ばか」

 そう言って紙を大切そうに胸に抱きしめた。

「それから一つだけ分かった事がある。死んだ人は、救える」

 ハッと涙目でサクラちゃんが僕を見た。

「……どうしちゃったの、凛……そうだよ。そうだよ! 救えるんだよ !あたしの言った通りでしょ!」

 彼女が凄く嬉しそうに、笑った。

 そうだ。これが正しい選択肢なんだ。彼女の笑顔がそれを証明している。毒虫にも、正しい事が出来るんだ。

「美少女探偵様には敵わないよ」と、僕も笑った。


「――取り込み中の所悪いんだけどさ、俺の護衛対象を泣かせるのは見てられねぇなァ。E5」

 僕と彼女に割って這入る形で、黒服の男が現れた。優に百八十を超えるであろう長身、黒髪のオールバック。E15、僕の後任エージェントだ。


「誰でしたっけ?」

「テメェは他人の神経逆撫でするのがほんっと上手いよな」

「サクラちゃん、行こっか。可憐にも合流しないと」

 サクラちゃんの手を引き、歩き出そうとするが男に阻まれた。

「待てよ。クソガキ」

「僕の方がEOSでは先輩です。敬語を使いましょうよE15。社会人失格ですよ?」

「良くもまぁ、のこのこと出てこれたもんだな。負け犬が」


 負け犬、か。確かに彼にも大典太死織にも負けた僕にピッタリの蔑称だ。しかし――。

「何を言ってるんですか?これは任務です。私情を挟むのはやめた方がいいですよ」

 私情を挟みまくっているのは僕も同じなんだけどな。

「私情じゃねぇ。幾望は俺の護衛対象だ。割り入るのは当然だろ」

「え、何です? サクラちゃんの事好きだったりするんですか?」

 何て、挑発してみる。面白いから。

「テメェのそういう所が気にくわねぇ。上が俺よりテメェを評価してる事も気にくわねぇ」

「それは上に言えばいいんじゃないですかね? 悪いですけど、そういうのに付き合ってる程、暇じゃないので。仕事の邪魔をしないで下さい」

 それと、と付け足す。

「訓練では僕はあなたに百回やって恐らく百回負けます。でも――殺し合いなら一万回やって、僕が必ず一万回勝ちますよ」

 そう言って振り返る事なく、サクラちゃんの手をしっかりと握り締めて学内に歩き出した。

「凛、どうしたの? 普段、あんな事言わないじゃん」

 サクラちゃんはやけに嬉しそうだ。


 確かに僕は今まで負け続けてきた。今までああやって突っかかられても、別段言い返す事なく「そうですか」としか言わなかった。今は違う。何が違うのかは解らないけれど……。

「何か良い事でもあったんじゃない? 好きな人が出来た、とかそんな感じの」

 E15は学園警備に配備されている。校内にまでは入って来ないだろう。サクラちゃんの手を離し、可憐に電話を掛けようとプライベート用のスマホを取り出した。


「えええええ! スマホ持ってたの?」

 これはひょっとしてひょっとすると馬鹿にされているのか。

「それ位持ってる。僕を歩く骨董品だとでも思ってたとか言うんじゃないだろうな」

「いや、壊れた柱時計」

 もっと酷かった。何の役にもたたない所か動けもしないじゃないか。

「僕は粗大ゴミか。まあいいや」

 そう言いながら可憐にコールした。

「誰に掛けてんの?ねぇ、ねぇ」


 呼び出し音の最中にサクラちゃんが身を乗り出して僕に質問をぶつけてくる。僕は成人男性の中ではかなり低身長の部類だが、そんな僕より彼女はもっと低い。百五十二センチと言っていたがあれは嘘だな。もっと低い。こうして詰めよられるとそれが分かる。


「華菱可憐だよ。ちょっと、離れろって」と、言っている間に可憐が発信に応じた。

『凛音さん、おはようございます』

 相変わらず綺麗な声だ。心が癒される。

「おはよう。僕を選んでくれてありがとう」

『御礼を言うのは私です。ありがとうございます。今、教室で昼食をとっていますので、そこでお逢いしましょう。ああ、凛音さんに逢える。楽しみで胸が――』

 通話を終了した。


「可憐は教室に居るって。行くよサクラちゃん」

 彼女を見ると、頬をパンパンに膨らませていた。僕は人差し指でそれを押し、萎ませた。

「何すんの!」

「なんでリスみたいになってんだよ」

 まあ、確かにサクラちゃんはリスの様に可愛い訳だけど。いや動物に例えるなら猫だな。そして可憐は犬だ。

「いつの間に可憐ちゃんと番号交換したの! てかいつの間に仲良くなったの! あたし知らない! 凛の番号!」

 別に仲良くなってはいない。しかし色々あった事は確かだ。

 あの日は僕にとってかなり大切な日に成った。理屈抜きで僕が僕の意思で彼女を信じ、正しい選択を掴み取った、僕の人生を変えた日だ。言うべきなのだろう。しかし……未成年の彼女が僕の家に一晩泊まったなどという事案をこんな場所で発表する訳にはいかない。

「まあ、色々あって」

「……も、もしかして、好きな人って可憐ちゃん?」

 まさか。感謝は多々しているが、好きではない。

 寝言で『生涯ストーキング宣言』をするような女は御免被りたい。それに、僕は彼女の愛の告白を二度も断った。

「違うよ」

 とかさっき僕はサクラちゃんが大好きだと言ったはずだろうに。恋愛に疎いのか、それとも耳掃除でも怠っているのか定かではないが、もう一度ここで言うのは気恥ずかしいから言わない。


「そっか、なら良し。スマホ! 貸して!」

「え、何で」

「あたしの番号、入れる。可憐ちゃんが知っててあたしが知らないのは不公平でしょ!」


 粗大ゴミのプライベート番号に、彼女達美少女が取り合う程の価値はないと思う。

 登録されているのも、爺さんと姉さん、可憐。それから三日月家の義理の兄妹たち(凄い嫌われているので連絡は絶対にない)だけだ。

「まあ、いいけど」

 そう僕が言うと、即座に掴み取り何かを入力していった。フリック入力速度早過ぎ。流石女子高生。

「はい! あたしの番号入れたから」

 最近の女子は男子に対してみんなこうなのだろうか。相手のスマホを引ったくって自分の名前を登録するというブームでも来てるのか? これが噂に聞く肉食系女子って奴か。


「あ、うん。どうも、サクラちゃん」

「サクラ」

「ん?」

「サクラちゃん、じゃなくてサクラ。呼び捨てにして」

「今更になってどうした」

「別に。その方が短くていいでしょ」

 確かにそうだ。

「分かったよ、サクラ」

 そう言うと、また笑顔になって、僕の手を引いて走り出した。

「行くよ! 凛!」


 廊下は走ってはいけないんだぞ、とは言う気にはなれなかった。


 教室にサクラと入ると、途端に生徒達が騒つき始めた。

 当然だ。転入一日目で連続サボタージュ、そして無断欠席三日連続。からのクラスメイトの公開自殺。

 そして決定打、『COME OUT! MOON』。

 僕が怪しまれるのが当然だ。完全アウェーという奴だ。眼前で指を折って見せた仙崎と深海なんかは怯えている。『数珠丸』は、居ない。あいつは僕が現れてどんなアクションを起こすのか分からないから警戒が必要になってくるな。


 始まりの自殺者、神崎梨乃。

 クラスメイトの雲母坂ルミが学校に来ない事。

 不登校だった幾望桜が突然学校に来た事。

 僕と可憐が二月という中途半端な時期に同日に転入して来た事。

 そして赤谷あかりが自殺した事。


 この表層的な情報だけでも、組み合わせればここに居る優秀な連中は気付くだろう。何かが起きている、と。これは一歩踏み込む必要がある。

 騒つきを終え、静まり返った教室で第一声を上げるのは、考えるまでもない。

「凛音さん! 逢いたかったです!」

 華菱可憐だ。彼女の周囲に集まる生徒を器用にすり抜け、僕の元に駆け寄ってきた。


「よう、無事で安心した」

「妻の心配をする旦那様、ああ、なんて幸福なのでしょう! 愛こそが世界のすべて!」

(どういうこと?)

(え、何知り合い?)

(華菱さん離れなって)

(今旦那様って言ってなかったか?)

(白髪の人、何なの)

(私あの人怖い)

(私も)

(嫌だよね。私嫌い)

 全部聞こえてるぞクラスメイトさん達。

「よーし、帰るか」

 思わず弱音が出てしまった。ここに来て逃げ癖が出そうになる。

「ふふふのふ、です。私に秘策があります」と、不敵に笑う可憐。

 嫌な予感しかしない。良い兆候が一切ない。余計な事を言うのはやめろ、と言う前に彼女が宣言していた。

「――みなさん。彼、三日月凛音さんは私の許婚です。お騒がせして申し訳ありません」

 何て事を言ってるんだお前はァァアアン! 事をややこしくしてどうするんだ。許婚って無茶苦茶にも程があるだろうが。誰がそんな荒唐無稽な事を信用するんだ。

「あ、そうなんだ」

「だから一緒に転入してきたのね」

「華菱さん狙ってたのに……」

「許婚かー俺も親に言われてるよ」


 あっさり受け入れられていた!

 そうか、ここは御曹司、御令嬢の集う超名門校。許婚なんて珍しい事ではないんだ。政略結婚が当たり前の世界。むしろこの学園はそういう意図が強いのかも知れない。あと、一人可憐狙いの奴が居たのを聞き逃さなかったぞ。

 クラスメイトの不信感は、アクナシア中等部卒であり、理事長の血縁者である華菱可憐の非常に信憑性のある一言によって大部分が払拭されていた。

 僕もそれに乗る事にする。


「皆さん、驚かせてすみません。私用で急遽、海外に……というか帰省していまして」

 とか何とか言っとけばいいだろ。これで僕は帰国子女という肩書きを得たと同時に、赤谷あかり自殺事件との無関係を主張出来た。この白髪もブロンドみたいな扱いで収まる筈だ。というか収まれ。

 周囲から安堵のため息が漏れた。

 考えてみれば、今任務のクライアントは理事長、つまり学園側だ。そして可憐が味方に付いた今、僕は学園内で無敵(謎)だという事に他ならない。

 僕と可憐の周囲に人が集まってきた。


「馴れ初めは?」

 片桐コーポレーション社長令嬢、片桐優希。

「いいなー三日月君、華菱さんみたいな美人と結婚出来るなんてよー」

 株式会社ゼンコウグループ御曹司、前原和希。

「二人はどこまで行ってるの?」

 GODAグループ会長令嬢、アリッヂ・エルヴェーネ。数え出したらきりが無い。助けてくれ。

「――皆様方、お二人に御迷惑になるのではなくて? 困っていらっしゃいますわよ」

 質問責めを納めてくれた声の方に視線を向ける。

「天之神さん……」

「そうでしたね、ごめんなさいねお二人共」

「悪かったな! 仲良くしろよ」


 声の主は天之神朝水の影武者『数珠丸』だった。

 僕に協力しないんじゃなかったのかよ。変な所で借りを作ってしまった。有難いけど、後が面倒だ。

 『数珠丸』が僕の方に向かって例のゆるふわな雰囲気を纏い歩み寄って来た。

「こんにちは、三日月さん。これからよろしくお願い致しますわね…………貸しッスよ」

 そう一言、僕と可憐とサクラだけに聞こえる様に残して自分の席に帰っていった。

「凛、ドンマイ」

「貸し?」

「あ、ああ……」

 虚ろな目で僕は天井を見上げた。

 こんな場所で敵対する【天花五家】に借りを作ってしまったなんて、姉さんに知られたら殺される。僕の重圧が増えていく……。


「よく分かりませんけれど、昼食の途中だったのです。凛音さんもいかがですか?」

 事情を知らない可憐が席に戻り、弁当箱を僕に差し出した。

「食べたいのはやまやまなんだけど、実はもう食べてきたんだ」

 嘘だ。飯なんて食べていない。しかし、食べられない理由がある。

「そうですか……」

「あたし食べたい!」

「サクラさん、おかず交換しませんか?」

 仲良さそうに勝手に二人で盛り上がり始めている。良かった。

 ……ここにも赤谷女史が居たのかも知れない。そう考えると、やり切れない思いで胸が軋む。

 今まで僕は死んだ人に対して別段何も思わなかった。死にたい人は死ねばいいし、『あの事件』は例外だが、殺された人は終わった事なのだから仕方ないと思っていた。しかし今は違う。

「凛、何突っ立ってるの! 美味しいよ! 凛も食べればいいのにー」

 サクラが僕に手を振っている。


「今、行くよ」


 ――僕は、変わり始めている。

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