12話 8人目の自殺者
特にやる事もなく、二日が過ぎた。
その間、可憐からもEOSからも連絡が来る事は無かった。三食カップラーメンと冷凍食品で過ごし、サクラちゃんとの一件も過去の仕事だと無理矢理に割り切り、ゴロゴロしていた。
録画したテレビも一通り見終え、暇を拗らせフローリングでゴロゴロしていると仕事用の携帯電話が鳴り出した。ディスプレイには古谷部長の名前が映し出されている。
「事件が解決したのか」
そう言いつつ手に取り、通話ボタンを押した。
「こちらE5」
『軟禁生活御苦労さん、凛音ちゃん。任務、大活躍だったみたいだねぇ』
「いやただ殺されただけですよ。もう外に出ても良いって連絡ですかね?」
『外に出ても構わないよ』
事件は無事解決した様だ。ここ二日、来訪者は居なかったので滞りなく解決に向けて進んでいると踏んでいたが、やはりそうだったか。
「犯人が特定出来て解決したということですね」
『いや、そうではないんだ。――新たな自殺者が出た』
「……そうですか。誰ですか?」
サクラちゃんと可憐ではない事を願う。
手が震える。過呼吸になりそうだ。
唾をゴクリと呑み込んだ音が弾け飛んだ様に身体中に伝播した。
頼む。地獄に堕ちる僕が神に祈るなんて、許される事ではないとは分かっていても祈らずにはいられない。もし、彼女達だったならば僕はここで無駄だと分かっていても自殺する。
『赤谷あかりだよ』
――そうか……彼女だったか。
「赤谷さんが――自殺。それは確かな情報なんですか?」
赤谷あかりが八人目に選ばれた、そういう事だ。あれだけ嗅ぎ回っていたんだ。標的にされても全くおかしくない。ああ、携帯電話の御礼が出来なかった。
『確かだよ。今回は現場にEOS諜報班を入れさせて貰ってね、遺体も直に確認済みだ』
EOSが事後現場に介入出来た……?
おかしい。そんな事、一民間企業の枠から外れている。いくら裏社会の仕事をしていて多少顔が効くとは言え、クライアントでもない彼女の遺体を確認出来るなんて、あり得ない。情報を提供してくれるなら兎も角、警察が直接介入させてくれる訳がない。
極端な例えかもしれないが、ゴシップ記者が既にキープアウトの張られた殺害現場に行って、『死体直接見せてくださいよ』と言う様なものだ。
「何故介入出来たんですか」
当然、聞くに決まっている。
『赤谷あかりの死体状況が異様だったんだよ。彼女、右手首を自分で落として、そこからの失血多量が死因なんだが……血液でダイイングメッセージが書かれていた。壁一面に、腕を筆の様に使ってね』
彼女らしい最期とも思える。最期に何か残したかったんだろう。しかし僕の質問の回答にはなっていない。
「……メッセージの内容は?」
『COME OUT! MOON』
――出て来いって事かよ。
僕が生きている事が相手方にはバレていたという事だ。僕の外出許可が下りたのも、それが理由か。介入出来たのも、EOSエージェントに対するメッセージだったから。
「挑発されているんですね、僕は」
『そういう事になる。凛音ちゃんが生きている事を唯一知っていた赤谷あかりが死亡したという事は、相手方は君が生きている事を既に知っていた様だ』
唯一は間違いだ。華菱可憐も知っている。犯人は、可憐で決まりかも知れない。あいつには不自然な行動が多過ぎた。理事長の血縁者、同日に転入、僕を必用に追い回す、嗅ぎ回る、部屋へ突然現れる。挙げていけばキリがない。
「その様ですね」
しかし僕は部長に可憐の事を報告しなかった。
彼女を信じたかったからだ。あと時、『ゆびきり』をしようとした時の言葉を僕は信じたい。きっと、今の行動も選択ミスに違いない。
それでも、良いと思った。
僕は――華菱可憐を信じる。
『今後の任務を伝える。電話で構わないかい?』
「はい」
『――『華菱可憐』の護衛として、再び私立聖アクナシア学園へ潜入せよ』
「……え?」
待て待て。どういう事だ。どうしてまた可憐を護衛する事になっているんだ。
『今朝、華菱家に匿名の脅迫状が届いたんだ。《華菱可憐を九人目の生贄へする》とね』
「……本当ですか?」
自作自演……か? 今迄と何もかも手順が違い過ぎる。
『間違いなく真実だよ。そしてウチに依頼が来たという経緯だ。華菱可憐本人、それからそれ以上に親御さんや彼女の叔母である理事長の強い希望があったんだ。護衛エージェントは『三日月凛音』が良いとね。前々回の任務で君は彼女を護りきった。それが評価された形だ。幸いなのかは分からんが、君はもう動く事ができる』
「しかし、メッセージから考えて敵の狙いは僕です。彼女の側に居るということは、危険に晒すという事と同じです」
『俺も全く同じ事を親御さんと彼女本人に面と向かって言ったさ。でも、どうしても君が良いんだとさ。可憐が狙われているのであればリスクは変わらない、だとさ』
訳が分からん。犯人は可憐ではないのか。犯人が自分を護衛しろと態々親御さんと依頼しに行くだろうか。
いや――しない。挑発している点でそれは否定出来る。そして良く考えれば、過去七人の自殺に彼女は関与していない。絶対にだ。何故なら……。
『僕が彼女を護衛していたから』。
可憐は――白だ。
僕は選択を間違わなかった。疑心の渦の中でも、彼女を信じる事を選んだ。
他人にとっては何て事のない事柄かも知れない。「その程度の事」と、嘲笑される事かも知れない。それでも僕にとってそれは何もよりも嬉しくて、誇らしかった。
――僕は初めて重要な選択で自ら正解をこの手で掴み取った。
「分かりました。その任務、受けさせて頂きます。必ず、絶対に、この命に代えても、華菱可憐を護り抜きます。そして次こそは――敵を殺します」
何処のどいつかは知らないが、乗ってやる。
僕を信じてくれている、爺さんや姉さん、可憐。そして……死んでしまった赤谷あかりの為にも、必ず殺してやる。携帯の御礼は必ず今から支払う。僕が招いた死と言っても全く過言ではないんだ。絶対に仇を討つ。
死んだ人間を――救う。そうだ、死んだ人間も救えるんだ。サクラちゃん、僕はまた間違えていたよ。
『何時になくやる気満々だね。どうしたの?』
「護りたい人がいる、ただそれだけです」
『……正直さ、安心した。俺は凛音ちゃんを危うい存在だと思ってたんだよね』
「危うい……?」
『人を救いたいと言うけど、その理由が見えてこない。人を護りたいと言うけど、その心が見えてこない。……怒らないで聞いてね。一歩道を違えれば、凛音ちゃんは《あっち側》に行ってしまうんじゃないかって思ってたんだ』
《あっち側》。
連続自殺誘導犯。
『大典太家』。
「……そうかも知れません。いえ、その通りです。僕は人を救う事を義務だと思って生きてきました。でも、少しだけ今は違うんです。――護りたい。僕の心がそう叫んでる。救いたい。僕の心が叫んでる」
『凛音ちゃんは、正しい。ありがとう。宜しく頼むよ! エージェントE5!』
資料と制服を渡すから本社に来てくれと付け足され、通話は終了した。
直ぐに僕は着替え、クローゼットを開け、迷う事なく爺さんから託されたものを取り出し、家を出た。
日の光が眩しい。それが嬉しい。陽の下を歩ける事に感謝する。そして、表舞台に再び引き戻してくれた可憐に感謝する。
「さあ全部護りきって、今度こそお前達を殺し尽くしてやるからいつでもかかって来い」
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