11話 ゆびきり

 そんな僕の心中を察することなく、彼女はお構いなしに続ける。

「少し熱くなってしまいました。話を元に戻しましょう。【天花五家】について教えてください」

 その会話のレールに戻すのかよ!

「……赤谷あかりに聞いたんじゃないのかよ」

「聞きました。けれど、難しい単語が多くて。それに早口過ぎて理解が及びませんでした」


 ああ、自分の趣味の事になると熱く語り出して相手の事を考えずに早口になる人、居るよな。概要は既に知ってしまっている様だし、もう別に話してもいいか。

 別に絶対に知られてはいけない事柄ではないし、世の裏事情に一歩踏み入れれば必ず視界にチラつく存在だ。それに、中途半端に知っている事の方が危険だ。


「僕は養子でそこまで詳しくは知らないんだけど、【天花五家】ってのが五つの家の事ってのは理解してるよな?」

「はい。そして【五大財閥】の影だと。それ以上は知りません」

「なるほど。昔々あるところに、【天下五剣】と呼ばれた五振りの妖刀がありました」

「分かりやすいです!」

 あれ、僕ノリノリじゃね? 愛してるとか言われて浮き足立ってね?

「その五振りの妖刀の所有権を争って、沢山殺し合いが起きました。余りに途方の無い戦いなので、その中で一つの調停が結ばれました」

「ふむふむです」

「偉い人達が言いました。『あーお前達、いい加減ウザい。今持ってる奴が所有者ね。そんで殺し合いするの無駄だからその力で俺らを守れや』と。その偉い人達が今の【五大財閥】です。こうしてそれぞれ五つの財閥に囲われた事が【天花五家】の始まりでした。おわり」

「三日月先生、質問があります!」と、真っ直ぐに挙手する可憐。

「えーと、華菱可憐くん、何かね」

 ノリノリの僕たちがそこにいた。

「何故【天花】なのですか?」

「それはだね、それぞれの家の家紋が花だったからだよ。因みに『三日月』はアザミの花ね。他は知らん」

 家紋なんて今の時代、誰も使ってないし知らんだろ。

「【天花五家】は具体的に何をしているのですか?」

「端的に言って、【五大財閥】の出来ないこと。つまり、暗殺じゃない? 『殺し屋集団』だからな。でもまあ、『三日月』は陰陽道に通じてるから対人より、対魔の方が多いかもな」

「先生!【天花五家】にはそれぞれ序列があると赤谷さんにお聞きしました。先生は何位なのでしょうか?」

「内緒」

「雑魚だからですか?」

「君は可愛い顔して辛辣な事を言うね。えー、そうです」


 僕は序列七位。下には分家含め五十人は居るから雑魚ではないはず、多分。

 有事の際は最終防衛線の要だと爺さんに一応言われているし。僕的には最前線で《不死》を使って暴れた方が有用だと思うけど。というかそんな戦争にならない事を祈ってるけど。


「可愛いって言われてしまいました!」

 また身をくねらせる可憐。

「そろそろお腹減らないか?」

「そうですね。今からお作りしますので、テレビか、私の後ろ姿か、横の姿か、下からの姿を見てお待ちになっていて下さい」

「テレビ見てるわ」

「分かりました」

 彼女の一挙一動に捕らわれてはいけない。スルーが正解だったんだ。僕はまた賢くなった。

「いや嘘だよ。悪いから僕も手伝う」

「凛音さん、料理の経験は?」

「ない」

「テレビでも見てろ」

 め、命令形!? 僕、早速尻に轢かれてないか。結婚したら恐妻になるな、こいつは。

「はい」

 素直に従っておく事にする。


 いやでも、彼女は深窓の令嬢だ。それこそ包丁なんて握った事がないのではないのか。金持ちの家というのは料理長が常時居て、勝手にご飯が出てくるものなのではないのか。少なくとも『三日月家』はそうだった。その点、普段から刃物を扱っている僕の方が料理は上手いんじゃないか?(謎理論)


「凄く美味しい」

「それは良かったです!」


 彼女のハンバーグはとてもおいしかったです。肉じゃがでもなければカレーでもなかったです。僕はだめな奴です。天は二物を与えるんだなあと思いました。二年二組 みかづきりんね。


 食事を終えた途端に眠気に襲われた。満腹中枢が満たされて眠くなったのだろう。昨日は三度も死んで夜も眠れなかったのだから無理もない。

 眠い目を擦りながら可憐に言う。

「入眠剤なんて入れてないよな? マイスリーとかレンドルミンとかロヒプノールとか」

 よく考えたらとんでもなく失礼な事を言っている。

「入れる訳ないではないですか。眠いのですか?」

「うん、昨日は眠れなくて。客人の前で眠るなんて失礼だとは思うが、少し寝てもいいか?」

「構いませんよ」

「寝顔は見るな……よ」


 ――意識が覚醒し、最初に目に入ったのは可憐の顔だった。吐息がかかる程に近い。というか彼女のその甘い香りで目が覚めた。

「おはようございます、凛音さん」

「何してる。近いぞ」

「見てました」

「見るな」

「見てました」

「お、おう……」


 廊下で詰問された時もそうだっが、彼女の距離感覚はおかしい。これでは心理的視点からも物理的視点からも考えてパーソナルスペースゼロだ。目も合わせてくれず「離れて下さい」と、護衛時は冷たくあしらわれたものだったが……。

「今何時?」

 起き上がりながら壁掛け時計を確認しようとするが、彼女の豊満な胸で隠れてしまって見えない。

「夜の十時です」


 ちょっと昼寝のつもりが、ガッツリ眠ってしまっていた。でもまあ、可憐が僕に危害を加える意図が本当に無いのが判ったから良しとしよう。

 僕は死ぬ事はないが、封印なり、拘束なり、海中に沈められたりすれば簡単に無力化出来る。それをされなかったという事は、彼女は無害だ。


「悪いな、暇だっただろ?」

「いえ、凛音さんの寝顔を見ていましたので凄く充実した時間でしたよ」

「……まさか、九時間も僕の顔を見ていたんじゃないだろうな?」


 そんな訳ないか。何もないとは言え、テレビだけはあるし、彼女は自分のスマホでも弄っていたのだろう。あれ、何でこんな事聞いたんだろう。

「見ていましたよ? 一秒たりともその視線を外した事はありません。安心して下さい。抱きついたりはしていないですから」

 愛が重い。僕の予想は完全的中していた。そして何に安心すればいいんだ。

「そう、なら良い」

 部屋の物を動かした形跡もない。クローゼットには南京錠が掛かっている。何も問題なし。


「クローゼットには何が入っているのかだけは気になります」

「仕事道具だよ」

「そうですか。拳銃とかですか?」

 クローゼットには拳銃よりよっぽどやばい物が眠っている。見られる訳にはいかない。

「そんなもんかな」

「……凛音さん、あの、いや、やっぱりいいです」

「何だよ言いかけたなら言えよ」


 気になるだろ。僕が寝ている間に何かあったのか? 地震か? 雷か? 来訪者か?

「……うなされてましたよ。ごめんごめんってずっと謝っていました」

 何だよそんな事かよ。驚かせるなよ。

「何か怖い夢でも見たんじゃないの?」

「せつな、ごめんって」


 ――僕はまだ懺悔なんてしていたのか。そんな事で許される訳もないのに。自分の意思で殺した人間に向かって謝るなんて馬鹿げてる。唯の自己満足、そして逃避でしかない。

「宮前雪那、僕の妹。僕が殺した。忘れたなんて言わせないよ。明日の朝、家に帰ったら僕の事は忘れること。約束出来る?」

 右手の小指を出して、可憐に向けた。


 指切りげんまん、嘘吐いたら針千本飲ます。僕が雪那と交わした約束だった。僕が彼女を護るという、約束。僕は雪那を殺した後、言葉の通り針を千本飲んだ。


「出来ません。果たせない約束は、しません」

 可憐は僕の小指にそっと触れて、自分の胸に当てがってそう言った。

 『』。

 彼女の言葉は、正しい。やっぱり、僕は間違えていたんだ。


「そう。君は正しい」

「凛音さん、愛してます。何度でも言います。いつまでも言いつづけます」

「ありがとう」

 でも、ごめん。

「それはそうと、凛音さん。私シャワーを浴びたいのですがよろしいですか?」

「いいよ」


 僕から許可を得るのを待っていたのだろう。律儀なのか無茶苦茶なのか、一体どっちなんだ。

「絶対に覗かないで下さいね。絶対ですからね。絶対の絶対ですからね」

「分かってるよ。僕が好きなのは下着だけだ」

 もう認める事にした。

 彼女がシャワーを浴びている間、僕はダラダラとテレビを見ていた。その後、風呂上がりの彼女が僕のスウェット姿で部屋に戻って来たのだが、何やら不機嫌そうな顔をしていた。

「ユニットバスで悪かったな」

 彼女の家の豪邸の風呂場と比べたら僕の家の風呂など犬小屋に等しいだろう。

「……何故ですか?」

「ん?」

「何故覗きに来ないのですか!」

「いや、覗くなって言っただろ」

「あれは振りですよ! 押すなよ押すなよーという! 覗いて下さいよ! 私、全裸待機ですよ! しかも水が勿体無いから、ただ立ち尽くしていること十分! 悲しくなりますよ!」

「貞操観念を取り戻せ! 華菱可憐!」


 その後、カップラーメンが食べてみたいらしいので、二人で食べた。眠る時に一緒に寝ようだの、腕枕してくれだの、布団になってくれだの、一悶着あったが可憐は僕のベッドで眠りに就いた。僕は床に寝転び、浅い眠りを何度も繰り返し朝を待ったのだった。

 早朝、アラームも無しに五時ピッタリに目を覚ました可憐は、手際よく荷物の整理をし、何故かフライパンを僕の家のキッチンに片付け玄関に直ぐに向かった。


「また来ます」

「来るな」

「また来ます」

「は、はい。お待ちしてます」

 威圧するのやめて。怖いから。

「ではまた。私の携帯番号、登録しておきましたからいつでも掛けて下さいね」

 僕が寝てる間にそんな事してたのかよ。ずっと見てたとかいうのは嘘かよ。

「分かったよ。またな」

「お邪魔致しました」

 そう言って、満足したように笑顔で部屋を出て行った。

 別れ際というのは何だか切ない。だから嫌だ。人と会わなければ、こんな想いもしなくて済むのに。一人になって、何も無い部屋で僕は孤独になった。そして、また悩み始めるのだった。


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