6話 死を織り込んだ瞳
校門の前のロータリーには高級車が何台も停まっていた。プリウス、レクサスなんて当たり前、ベンツやらBMやらゾンダ何かも停まっている。あれ一億位するだろ……。僕の愛車ラパンSSターボ何て塵みたいなもんだわ。
「お帰り、彩花」
「お母様! お父様も! お二人とも揃ってどうしたのですか?」
「仕事が落ち着いてね、食事でもどうかなと思って。何処か行きたい所は無いかい?」
なんて会話が聞こえてくる。
幸せそうだ。幸せっていうのは見ていて心地良い。心が温かくなる。こんな幸福を殺す連中を許せる訳も無い。一刻も早く、この一連の事件の犯人を殺し尽くしたい。
「家族、か」
僕にもそんな時があったんだよな。普通の家庭だった。高級車も無ければ一戸建ての立派な家でもなかった。でも、仲だけは良かった。僕と妹の誕生日には、大きなケーキを買って、蝋燭を年齢の数だけ灯して。結局、それは九本以上増える事は無かった。
僕は家族が大好きだった。失って初めてその大切さに気付いたなんてとんでもない。ずっとその大切さを知っていた。子供なりにその環境に感謝し続けていた。
『――俺のババを引け! 引け!!』
忌まわしい記憶。――僕は選択を誤った。
そう言えば可憐が言っていたな。『胸の傷が癒えない』と。
きっとそれは時間が解決してくれるだろう。彼女は選択を誤っていないのだから。何も失っていないのだから。
幸せそうな家族を見送り、校門から出ようとすると声を掛けられた。
「待てよ転入生」
振り返ると、男子生徒が五人立っていた。
事前に予習してきたから知っている。何処ぞの御曹司五人組だ。内、二人は僕のクラスメイト。仙崎と深海だったか。仙崎は……今朝、僕に質問をしてきた奴だな。
「ぞろぞろと、何か用?」
「目障りなんだよ」
そういう事か。本当、何処に行っても変わらない。群れないと何も出来ない人種。
なまじ金持ちの子供だからもっと質が悪いかも知れないな。真実は分からないが、神崎梨乃も虐めを苦に自殺した様だし、アクナシアにもスクールカーストの様な物は確実に存在する訳だ。そしてそのカーストの均衡を崩しそうな僕を早々に潰しに来た、そんな所か。
やはり血筋や血統の良い者がカーストの上位に立つのだろうか。それとも実家の資産とかか? まあ、どうでもいいか。
「何、サクラちゃんに気でもあった? 華菱さんに気でもあった? 天之神さんに気でもあった? 赤谷さんに気でもあった? それとも僕の外見が気に入らない? 態度が気に入らない?」
「うぜぇんだよ」
憎悪の視線をぶつけてきた。仙崎君は怒り心頭といった感じだ。
「僕にどうして欲しいのか端的に言えよ」
こんな下らない事に時間に無駄を割いている程、暇じゃない。どうしたものか、と思案する。
生徒に危害を加えるなんて選択肢は最初からない。校舎裏でボコられても構わないが……。
「そういう所がうぜぇんだよ」
質問に返答をしろよ。まあ、君たちの心情も分かるけど。僕だって僕みたいな奴、殺したい位嫌いだもの。……先程の発言は少し大人気なかったな、と反省した。
「じゃあこういうのはどう? お詫びに指を折るよ」
「はぁ?」
「そっちには五人居るし、僕の片手の指は何と丁度五本あるんだ。これは間違いなく運命だね――さて、早速一本目」と、言いながら左手で自分の右手の人差し指をへし折った。
ボキッという音が確かに僕にも聞こえた。物凄く痛い。それ以上に見た目が痛々しくて見ている方が苦痛だ。目に毒、というヤツか。
「お前、ま、待てよ。指、何して!」
「――目を逸らすなよ。二本目」
今度は中指を関節と反対側に思い切りへし折った。
「こいつ、頭イカれてやがる!!」
仙崎が叫ぶ。と同時に背後の四人が後退った。
「次は親指行こうかな。結構力込めないとなんだよ。誰か手伝ってくれない?」
両手を広げそう僕が言うと、全員が逃げ出した。
生徒に危害は加えない、という規則を忘れていた。僕も今は生徒だったんだった。まあ、僕は人じゃないからグレーゾーンって事でどうか大目に見て欲しい。
人差し指と中指はもう回帰していた。
「さて、帰るか」
僕は別に彼らの事は嫌いじゃない。立場の違いって奴だ。
逆の立場だったら僕も彼になっていたかも知れないのだから。でもまあ、普通の人間が異常者に憧れる事と同等に、異常者も普通に憧れている事は成ってみないと分からないことだろう。知らぬが仏だ。
今度こそ校門を潜り、学園外に出て暫く歩いて人気のない場所を探す。廃ビル裏の開けた空き地を見つけたのでそこを選択した。日中でも日光が射さないのだろう。非常にカビ臭い。
わざと直帰せずにこんな場所に来てあげたんだ。これで喰いついてくれないと困るぞ。
「……だな」「当たり、なの」「……そうだな」
「殺す、なの?」「……勿論」
する事も無いので友達が居ないが故に何時の間にか出来るようになった脳内一人オセロをしていると、何やら無視できない不穏な会話が聞こえてきた。やっとお出ましか。
「『三日月凛音』さんとお見受けする、なの」
脳内の盤をひっくり返し、声のする方に視線を動かすと、そこには一人の少女が立っていた。
だらしなく伸びた前髪、身体を覆い尽くす程に長い黒髪が印象的な小柄な少女だ。その髪の隙間から病んだ紅い瞳が光っている。白いワンピース姿だが、服の上からでも痩せ細っているのが分かる。
「待ちくたびれたよ」
「待っててくれた、なの?」「……そうみたいだな」「嬉しい、なの」
何やらブツブツと独り言を言っている。僕にも分かる。こいつヤバい奴だ。
こいつの狙いはやはり『三日月凛音』個人だ。余程、あの学園を掻き回される事が困るのだろう。でなければ狙撃手や「刺客」を送り込んでくる理由がない。
同じく潜入してるサクラちゃんに対する武力行使がない以上、脅威は無いとは判断された事は簡単に予想が立つ。
つまりサクラちゃんは無能ではなく、正しかった。元よりこれは推理の上に成り立つ事件ではなかったのだ。
「君らの目的は何なの?」
駄目元で聞いてみた。
「わたしは、ただ『三日月凛音』を排除しろとしか言われていない、なの。それ以上は何も知らない、なの」「……知らない」
指令に従っているだけ、という事か。つまり、指示を出している人物が居るというこの事だ。やはり何らかの組織絡みか。犯罪組織なんてこの世に溢れかえってるからな。分からない事は聞いた方が早いだろう。多分教えてくれないだろうけど。
「名前を教えてないくれないかな?」
「――【天花五家・大典太】序列三位
それを聞いた驚きの余り不整脈を起こした。
【天花五家】? 何故、こんな局面で現れた?
そして――何故名乗った?
『殺し屋』が身分と名を宣言するという事。それは端的に言って決闘を意味する。『どちらかが死ぬまで殺し合いは終わらず、対象以外を攻撃してはいけない』という『戦争屋』やチンピラ、ヤクザ等との線引きを明確にする為に設けられた暗黙の絶対遵守のルールだ。
直ぐに連絡を入れないと。『大典太』がアクナシアに絡んでいることは最早明白だ。事は僕が思っていた以上に危険。常軌を逸している。そこらの犯罪組織なんて目じゃない程にヤバい。
「ちょっと電話させてくれないか? 殺し合いするのにも『三日月本家』に許可を――」
と言いながらさり気なく携帯を取り出そうとする。
本家なんて今はどうでもいい。サクラちゃん……いやこの場合、秘匿ダイヤルか部長だ。
が――手に取った瞬間にそれは破壊された。小さな穴が三つ、空いている。
「他人のものを壊しちゃ駄目だって教わらなかったのか?」
発砲音も無かったし、これは銃痕ではない。何が起きた?
「名乗れ、なの」「……はやくしろ」
そういう事かよ。僕をここで消してしまえば、『名乗り合い』をした事も、『大典太』が絡んでいる事も闇に全部葬れる。死人に口なしとは良く言ったものだ。
――しかし、毒虫には口があるのは知らないようだな。乗ってやる。それらしく闘って負けてやる。ブッ殺された振りしてやるよ。
「――【天花五家・三日月】序列七位 三日月凛音」
相手の能力は不明。
武器も不明。
『大典太』の序列は三位。
真打【
というか何で『大典太』が出張って来るんだよ。しかも超高序列。『大典太家』は完全世襲制で分家も多く存在する訳だが、その本家本元が出てくるのは想定外。あの学園から天下統一でもしようって魂胆か? ゲームでもあるまいに。
「来ないのなら、こっちから行く、なの」
僕が瞬きをしたその刹那に、彼女の右手には抜き身のまま一振りの刀が握られていた。暗器遣いかよ。これはいよいよ本当に勝ち目がないな。
菜斬り包丁の様に分厚く短い刀身の巨大な日本刀。少女が小柄の為にその巨大さが浮き彫りになっていて、あまりにミスマッチだ。余程重量があるのだろう。切先が地面に付いている。これは……影打でもないな、どっかの名刀だろう。
「いつでもどうぞ」
彼女がその場から消えた。
目で追える速度じゃない。追う気もない。
刹那、僕の左腕の関節から先が切断されていた。血液が吹き出る。骨が痛む。痛覚が悲鳴を上げていた。さよなら左腕。
回り込まれたのか。僕がそちらを向く時、既に彼女は居ない。
それらしく呻き声でも上げておくか。
「ッアァァァ!!」
「痛い、なの?」「……【
何処に居るのやら知らんが、ボソボソとまた独り言を言っている。
「もっと痛くする、なの」
次はガード不可の左側に回り込む算段だろう。多少それっぽく戦っとかないと、「『三日月』の序列七位は雑魚だったわ〜『三日月家』大したこと無いわ〜」とか言われそう。ウチの序列一位様にも怒られそうだ。
――回帰した『左手』で刀を掴み取ろうと掌を広げた。しかし無残にもまた左手掌を切断された。
「高再生能力者、なの?」「……切れた左手、溶けてる」
僕の身体から切り取られた部分は霧状になって世界に溶ける。そして、直前までの最良の状態が僕の身体に回帰する。それが僕の《呪い》だ。
そしてこれはある程度、回帰速度は調整出来たりする。例えば、右足を切断されたとする。何もしなければ二秒程度で切断部位は世界に溶け、身体に回帰するが、それを二十秒程度まで遅延させる事が可能だ。これを狙撃された時にはフルに使って傷口をサクラちゃんに見せた訳だ。因みに、こうして何度も痛覚を味わっている内に髪の色素が抜けていったという経緯があったりする。
「ここでも狙わない限り、僕は死なないよ?」と、胸に手を添えて彼女に示す。
――『傷が癒えないのです』
ふと、可憐の言葉がリフレインした。彼女の痛みはどの位なのだろう。僕のこの痛みよりも、痛いのだろうか。それはどんな種類の痛みなのだろうか。そして、どうして痛いのだろうか。
「――【
そう聞こえた方を向くと、数メートル離れた場所に彼女が立っていた。刀身から無数の触手が伸び、空中で不気味に畝っている。僕の本日二代目の携帯に穴ポコ空けたのはあれだ。伸縮自在の針金みたいかもんか。
しかし、やっぱりやられっぱなしってのも格好つかないしな、どうしたもんかね。
彼女の姿が粉塵だけを残してまた消えた。
縮地術だな、あれは。恐らく連続使用して死角に入っているのだろう。この手の縮地術は直進しか出来ない。指定した箇所に移動して、それから身体の向きを変更してまた縮地する。しかし、こうも足の抜きも入りも上手すぎると瞬間移動にしか見えない。なす術なし。
心臓を狙えとアドバイスをしたんだ。きっと真後ろから来る。
直ぐに振り向き、心臓を右腕でガードした。
「甘過ぎ、なの」
頭に衝撃が走った。先の針金の一本が左眼から頭蓋骨を突き破って刺さっているのが残った右眼から見えた。続いて、正面から右眼が潰された。
この針金、弾丸よりも速いんじゃないだろうか。それに発砲音も無いし、弾数に制限はない。おまけに縮地されるせいで何処から何発飛んでくるのかも分からない。飛び道具の弱点である近接戦闘も刀であるが故にカバー出来る。こいつ、本当に冗談抜きで強い。
「弱過ぎ、なの」「……治癒能力者でも、高再生能力者でも眼球と脳は弱点」
「ッァ!!」
「■■■■■■、■■」
一秒。
「……■■■■■■」
二秒。
「――捕まえた」
僕は自力で両目に刺さった二本の針金を左手で引き抜いた。そして回帰した両目と脳を確認し、針金を掴んだまま持ち主に向かって走り出した。
「……こいつ人間やめてやがる」「ば、化け物、なの」
「ご名答」
人外相手に超高速で飛んでくる針金なんて、羽虫が肌に当たる程度の事だ。
針金を掴まれた彼女は縮地せず、残りの針金を僕に向けて放った。それを全弾身体で受けながら、しかし心臓だけは右腕で庇いながら彼女へ肉薄する。一本一本が細い為に拘束能力は低い。
――いける。
僕が止まらない事を悟った彼女は針金を縮め、刀に納めると、僕に向かってそれを斜めに振り下ろした。僕はそれを右腕でガードした。切り落とされる筈の右腕は切断されなかった。
当然だ。――右腕の手首から肘には短刀が埋め込んである。
「残念でした」
体格差に物を言わせて右腕で刀を弾き、空いている左手の人差し指と親指で彼女の眼球を押し潰そうと試みた。――しかし寸前の所で僕の左手は刀から伸びた全ての針金によって雁字搦めに拘束されていた。
両者、動けない。膠着状態が二秒程。
「いけたと思ったんだけどな」
「三日月凛音さん、弱いと言ったことは撤回する、なの」「……お前は、強い」
刀から針金が一本、伸び始めた。
「ったく……一体何本出るんだよ、それ」
千本は出てるぞ。
「刀の体積全部、なの」「……
彼女が言ったと同時に、その一本が僕の心臓に突き刺さった。
僕は――ゆっくりと、絶命した。即座に回帰の遅延を開始する。
「■■■■■■■■、■︎」 「……■■■■■︎」
何度か身体に衝撃が訪れた。死体蹴りはマナー違反だぞ。
それから暫くして、彼女は去っていった。
心臓を潰されたって僕は死なない。いや、死ねない。上手く騙せた様だ。
しかしこの選択が、後に僕を苦しめる――最悪の事態を招く事になるとは、この時の僕には知るよしもなかった。
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