4話 本当の呪い

 校内のシャワールームで体を洗い、新しい制服に着替え、二限目に出席する為、歩き出すとサクラちゃんは何故かピッタリと僕に付いてきた。


「ちょっと、歩きにくいから」

「歩きにくくない」


 そうは言うが彼女も決して歩きやすそうには見えない。

 僕が怪訝な表情でいると彼女が話しかけてきた。


「本当に休まなくていいの?」

「うん」

 死んだはずの人間が、普通に次の授業に出席している。それが重要なのだ。

「凛、旧姓は?」

「待て。唐突過ぎるし、苗字が変わった事を僕は君に言ったか?」

「そんなの推理するまでもないよ。『三日月家』は【天花五家】っていう五家の中でも珍しい、養子を取る家でしょ。それにさっきの言葉を当てはめれば、自ずとそこに行き着く」


 結構立派な推理だと思うんだけど。

 僕はサクラちゃんを無能だと言ったがとんでもない。事実、彼女は迷宮入り必至の難事件を何件も解決した実績を持つ歴とした探偵だ。過去、二度一緒に仕事をした事があるが、その時の僕はただのカカシだった。


「三日月家生まれの可能性と婿養子になった可能性を排除するなよ」

「前回の任務の時、キミは義理の姉が居ると言っていた。そしてキミは未婚。そんなの同じエージェントとして当然持ってる情報だよ」

 そんなのよく覚えてたな。

「……旧姓は宮前だよ。十一年前、三日月凛音になった。というかさっきのは冗談って言わなかったか?」

「宮前……ッ!!」

 何故そんなに驚くんだ。別段珍しい苗字でもあるまいに。蜂須賀はちすがなんて苗字の方が珍しいぞ。

「どした?」

「いや、何でも、無い。き、切っ掛けは?」

 何でもなくないだろその反応は。てかどんだけ質問してくるんだよ。

「別に何でもいいだろ。孤児だったとか、何かそんな感じでさ」

「ふーん……」

 全く信用してないな、こいつ。

「てか凛、いつの間にか『一桁持ちワンナンバー』になってたんだね、ビックリ」


 EOSのエージェントにはコードネームが付く訳だが、数字が少なければ少ないほど優秀である事の証になる。その中で1〜9の数字は、一桁持ちワンナンバーと呼ばれ、羨望の対象だったりする。

 この順位は年に一度、前年の功績によって決まり、そのままコードネームになる。しかしあまり変動はしないので、『今のE9』は誰だっけ? となる事はあまりない。

 まあ、上層部の人間からしたらエージェントなんて使い捨ての駒でしかないという意味でもあるんだろう。その点、古谷部長は僕を名前で呼ぶので好感はある。


「まあ、成り行きで。サクラちゃんはE19だっけ」

「そう。『一桁持ちワンナンバー』は別格って聞いてたけどその通りだね」

「過大評価だよ。僕は《呪い持ち》だからな、最弱の一桁持ちワンナンバーとか言われてる」


 実際、僕は格下であるはずのE15に格闘技能訓練でボコボコにされた。火器の取扱いもヘタクソだ。拳銃の組み立てはクソ遅いし、まずもって的に当たらない。そしてすぐジャムる。剣術も抜刀術も格闘術も全てゴミだ。頭も悪い。エージェントとしてはポンコツにも程がある。


 ――ただ死なないだけ。それが僕だ。


「そうなんだ。あたしは『白鬼』って呼ばれてるの聞いたことあるけど」

「うわ何それ」

 半ば呆れ顔で僕は言う。

 『ミステリスポイラー』やら『最弱の一桁持ちワンナンバー』やら『白鬼』やら忙しいな、僕の異名。


「『三日月家』の戦闘序列は?」

「内緒」

 何なんだよ本当に。どんだけ僕に興味持ち始めてんだよ。性に目覚めた男子中学生か。


「ふーん。【天花五家】なのに民間警備会社に籍を置いてるのは、他人を救う為?」

「うん。まあどうでもいいだろ僕の事なんか。そういえばさっきメールで『推理が当たった』とか何とか言ってたけど、外れたよ」

「忘れてた。いや……当たってたよ」

「僕に接触してきたのは天之神朝水だったよ。彼女、『数珠丸家』の人間で、影武者やってるんだってさ」

「うわー……それは気づかなかった。影武者か……それって周囲にバレたりしないの?」

「容姿や体格の似た人間から選ぶし、その人間の全てを把握してる訳だから多少周囲から違和感を覚えられてもそれは直ぐに薄れる。そもそも本来、【天花五家】はその為に存在する」


【五大財閥】一家に対して、【天花五家】が一家付随する。そういう構造だ。

 先程の様に五大財閥【天之神家】の人間の危険を、その影、天花五家【数珠丸家】の人間が負う。

 その代わり、【天花五家】はそれぞれの財閥から資金提供や多くの犯罪行為を許される立場に立てている。


「へぇー、じゃあ今、この学園で他の生徒にも影武者が混じっている可能性はある?」

「ある、確実に。少なくとも【五大財閥】の生徒は皆、入れ替わり済みだろう。依頼があって、尚且つ適性があれば財閥以外の人間の影武者をする事も少なからずある」


 そうか、【五大財閥】の生徒が皆入れ替わり済みだから僕の実名潜入の許可が通ったのか。

 今現在、『三日月』の人間も生徒の中に居るだろう。僕は本家では煙たがられているので、恐らく接触してくることはないだろうけど。

 養子で、しかも民間企業で働いてるなんて特例を許されてる身分だし、邪険にされても仕方がない。


 「……影武者か……何だか重要な事の様な気がする。今後の推理には加味する必要がありそう……ってか【天花五家】同士って敵対関係でしょ? 大丈夫だったの? 流石に校内で『名乗り合い』なんてしないだろうけど」

「敵対意思は無いってさ。ま、あいつはとりあえすは放っておいていいだろ」


 どうせ『天之神家』に縛られて動けないだろうし。

 それにしてもサクラちゃん、【天花五家】どころか『名乗り合い』まで知っているのか。殺し屋同士が対峙した際に行うマイナールールまで知っているとは驚きだ。


「モンスターパラダイスだね、この学園。真っ当な捜査じゃ情報をろくに得られないのも納得。そんで華菱可憐の事だけど……」

「うん」と空返事をして廊下を二人で歩きながら、《咒い》の痕跡の様なものを探す。特に、異常は無い。


「凛じゃなくて、あたしと赤谷ちゃんに接触してきたよ。キミが教室から出て直ぐにね」

 ――そう来たか。サクラちゃん、本当に優秀。

「それで、どんな話を?」と、今度はサクラちゃんに意識を向けた。

「三日月凛音について知りたいってさ。当然、あたしは特別な事は知らないって答えた。授業が始まったからその場での話はそれだけだった。でも、赤谷ちゃんはこれからきっと……」

 面倒だな。嬉々として話すだろう。【天花五家】の事を。不僕が身を浸している歪な存在を。


「華菱可憐は僕を田村優一と同一人物だと断定出来ていない。それは収穫だ」

 田村優一、前回の甲賀峰高校潜入時の僕の偽名だ。

「断定はして動いているんじゃないの? 事実、同日に転入してきているし」

 そう考えてしまっても仕方がない。しかし重要な事がサクラちゃんの情報には欠けている。いや、切断されている、とでも言うか。

「前回の最終局面、僕は彼女の眼前で左腕を失った。だからその可能性は極めて低い」


「――そう。本当にキミはそうなんだね」


 そうなんだ、って何だよ。頭の回転が速い人間には言葉が欠けがちだ。自己完結して、報連相を蔑ろにする。馬鹿にはさっぱり解らない。無視して話を進めるしかないか。

 彼女の綺麗な顔に悲しみが張り付いているのはだけは気になったが。


「捜査は次の段階へ進んだ。もっと喜べよ」

「喜ぶなんて、出来る訳ないよ」

「ふーん……?」

 何でだよ。

「……凛さ、『自殺』した事、ある?」

 と、恐る恐る、腫れものに触る様な口調でそう聞いてきた。別に堂々と聞けばいいのに。

 自殺、か。質問の意図は一切分からないが――。。

「――あるに決まってる」

「……そっか」

 サクラちゃんは遂に俯いてしまった。何が何やら。

「良くわからんけど、僕が先に教室に這入る。二分後に君は来てくれ」

 休み時間で廊下に溢れる学生を避けながら僕は早口で告げた。

 同時に教室に戻るのは怪し過ぎる。もう手遅れかも知れないけど。

「……分かった」


 理由を付随させなくても僕の意図を直ぐに理解してくれている。やはり、パートナーが優秀だと仕事がしやすい。

 教室の扉を開き、生徒達の視線を無視して教室を見渡しそれとなく華菱可憐を探す。

 居ない。赤谷あかりは――居ない。


「だよな。そう来るよな」

 華菱可憐は赤谷あかりと絶賛会話中だろう。もう、どうとでもなれ。その場しのぎで何とかとしてやる。

 着席し、支給されていた教科書を机に並べながら周囲を観察する。僕を見ている人間が大勢いる為に違和感を察知出来ない。

 そりゃそうだよな。転入して来ていきなり一限目サボタージュだもんな。それでもってこの異様な外見。注目されないなんて事の方が異常か。周囲の僕に対する評価は不信なんてレベルはもう越えただろう。只でさえ、神崎梨乃が自殺して異様な雰囲気がある学園なんだからな。

 因みに『数珠丸』は、僕を一度も見なかった。その行為は、天之神朝水としては不正解だぞ。

 机に両肘をついて、思考を開始する。

 連続自殺。これは間違いなく殺人だ。それは先程の狙撃で明白になった。不安因子を即座に排除しようとする辺り、陰謀渦巻く相手方からしたら当然の行為だ。

 しかし解せない。警察が介入して自殺と判断した事だ。

 使用人や家族の目の前――つまり完全密室でないケースもあったのだ。それを自殺だとしたのは、それに相当する理由があったからだ。それぞれの目撃者のアリバイが完全に立証され、検死結果もそれに符合した。それは知っているし理解もしている。――それでもおかしい。

 何らかの形で《咒い》の様な非常識が関与している事は分かる。しかしその様な痕跡は感じ取れない。何だろう、このチグバグ感は。


「凛、華菱と赤谷。二階A棟の廊下の隅で話してたよ。どうする?」

 隣に着席したサクラちゃんから声をかけられた。本当、優秀。

「放っておこう。華菱可憐が真実に辿り着こうと、赤谷あかりが事情に深入りしようと、僕が護るだけだ」

「意外な答えかも」と、サクラちゃんは目を丸くした。

「え、何で」

 僕が悪くて、僕が異常である事が発端なんだ。その尻拭いをするのは当然だ。

「だって、キミの護衛対象者になるはずだった、雲母坂ルミがその、アレしても特に意に介してなかったみたいだし、仕事以外は切り捨てるタイプだと思ってたから」


 雲母坂ルミ。

 七人目の自殺者。僕が護るはずだった人。資料にあった写真の満面の笑みが印象的だった。


「意に介してるよ。でも――死んだ人は救えないだろ?」


 サクラちゃんは僕の顔をじっと見て、また悲しそうな顔をした。

「ああ、ごめん。探偵は死んだ人を救うのが仕事だったな。今のは撤回」

 失言にも程がある。猛省。

「別にそういう事が言いたいんじゃない」

「ふーん……?」

 益々もって意味が分からん。

 華菱と赤谷が教卓横の扉から教室に戻ってきた。僕の席から見下ろすと、華菱は僕に向かって微笑んだ。それに対して僕は無表情。

 何をどこまで知ったのかは分からないが、事が捻れて来ているのは分かる。


「あらら。完全に目をつけられちゃったじゃん。ドンマイ」

「もうどうとでもなれ」


 現代国語の授業を受けている間は別段何も変わった事はなかった。サクラちゃんとの会話もなかった。(僕の方を凄い見てくるのは気になったが)この現国の教師というのが、私語に対して物凄く厳しい人だったからだ。それを知ってか知らずか、僕の携帯電話にEOSからの連絡はなかった。いや、多分知っているんだろう。

 終業のチャイムで教師が退出した途端、僕の携帯電話が震えた。

《狙撃手の追跡に失敗。任務を続行せよ》との簡潔なメールだった。

《了解》とだけ返信をしておく。サクラちゃんにも同様のメールが来たようだ。


「ごめん」と、彼女が長い睫毛を伏せて僕に言った。

「君は悪くない。僕が悪い」と話していると、デシャヴのように僕たちの前に人影が現れた。


「こんにちは。三日月凛音さん」

 はじめまして、じゃないのかよ。

 今度こそ僕に接触してきたのは、華菱可憐だった。今件に関わり合いの無いであろう彼女に、僕は用事が無い。なので……。


「あー初めまして華菱さん、でいいんだよね?」


 ダメ元ですっとぼけてみた。

 周囲の生徒達が騒つき出していた。すみませんね、こんな毒虫と御令嬢が話してる所なんて見ていられないよね。後で死ぬから大目に見てくれ。


「可憐、と呼んで下さらないのですね……折り入ってお話があるのですが、よろしいですか?」

「折り入った話は受け付けていない」


 ……バレてる。僕が田村優一だって事がバレてる。変装してたとはいえ顔は変えられないもんな……これは困った事になった。間違いなくこれは不必要なイレギュラーだ。


「折い入らない話なら受け付けて頂けますか?」


 折り入らない話って何だよ。そんな言葉ないだろ。それって要するに普通の雑談って事になるぞ。

 サクラちゃんにアイコンタクトで『HELP』を送るが、無視された。そりゃそうだ。


「僕は君に話なんてない」

「私があるのです」

 巻き込みたくないんだってば。分かれよ。……それはいくら何でも無茶か。

 周囲の視線の数がもうとんでもない事になっている。ここは折れよう。

「はあ……仕方ないな、場所を変えよう。じゃあねサクラちゃん」

 僕は嘆息し、サクラちゃんに付いてこなくて良い事を少し遠回しに告げ、立ち上がった。

「分かった」


 サクラちゃんの返答を聞きながら歩き出すと、華菱可憐は僕に付いてきた。例の人気の少ない廊下の端に到着した所で、僕は振り返った。


 うわ、まぶしっ。


 首をかしげる仕草で艶のある長い黒髪が揺れた。

 それだけで人を魅了する魔性、相変わらずだ。西洋人形の様に整った小さな顔、白い肌、華奢な身体つき、長い脚。恐らく僕が出逢ってきた人間の中で一番の美人だ。前に会った時はセーラー服、アクナシアの制服はブレザーなのだがこれまた似合っている。これでとんでもなく金持ちの箱入り娘なのだから神様は何を考えてこいつを作ったのやら。

 浄化されるわ。


「それで、折り入らない話ってのは何?」と、精一杯、嫌味を込めて言った。

「折り入らない話というのは嘘です」


 決して他人の事を言える立場ではないが……呼吸するように嘘つくんじゃねぇよ、知ってたけど。勘弁して欲しい。

「それで、何?」

 急かすように僕は彼女を睨み付ける。


「単刀直入に聞きます。貴方、田村優一さんですよね?」

 足掻くだけ無駄って事ね。分かった、もう諦める。

「はあ……久しぶり、華菱可憐。僕の前の名前に何か用?」

 そう言った瞬間、彼女は僕との距離を早足で詰め始めた。僕は後退りし、壁際に追い詰められた。


「どうして私の前から姿を消したのです?」

 近い近い。息がかかる。あ、これはオーラツークリアミントの香りだ。とかそんな事はどうでもいい。女の子の良い香りの濁流に飲まれ流される。

 高校生女子に詰問されテンパる二十歳男性。何とも情けない。


「親御さんから聞いてないのか?」

「聞きました。私を護衛する任務だったんですよね。警備会社EOSエージェントE5。私の命の恩人」

 田村優一側の情報は持ってるんだな。


「知ってるのなら僕に聞く必要ないだろ。任務は終了した。だから帰還した、それだけだ」

「口調も、表情も、外見も違いますけれど……あれは全て演技だったという事ですか?」

「そうだよ」と、うんざりした様に返す。

「傷は……それに左腕は?」

「話す必要性がない」


 そう言うと、彼女に抱き締められた。

 校内で何してんだお前は。てか何この状況。胸が当たる、胸が。

「――心配、したんですから」

「ああ……心配させていたのか……それは申し訳ない」


 彼女は、泣いていた。鼻水とか啜っているし、僕の胸に顔を埋めてくるし、もうどうしたものやら。こんな短時間で二人も女の子を泣かせてしまったのは人生初だ。学園の転入何かよりも余程衝撃的だ。


「……私を救うと言ったではないですか」

「救っただろ」

 事実、任務は無事終了している。

「嘘吐き」

「嘘なんて吐いてない」

「私は救われていないです。貴方が消えたその日から――ここに出来た傷が癒えないのです」

 ここ、と自分の胸を手を添える可憐。

「…………」

 そんなこと、言われても困る。僕は心療内科医ではない。

「貴方は仕事だったのかも知れない。でも、私にはあの時、あの場所が全て現実だったのです。貴方は私を許して、庇って、傷付いてくれた。貴方は私の全てなのです」


 僕は彼女を救えていなかった、という事か? ただ、護るだけでは救った事にはならない、のか? 疑問が次々と浮かんでは消える事なく、僕の胸に突き刺さり続ける。もういっそ思考を止めてしまいたい。


「僕は君を救えていないのか?」

「――そうです」


 僕の心に積み上げてきたものが瓦解しそうになる。

 人を救わなければならない。人を護らなければならない。それだけが僕の存在理由だ。その他は全て殺してきた。

 自分の幸福も、自分の傷も痛みも、自分の命までも。

 他人を救う為ならば、僕は何千回でも言葉の通り、死ねる。何度殺されたって構わない。僕に人権はなく、自由はない。僕はただ人を救う為の装置でしかない。その唯一の役割を全う出来なかった事実を受け入れられない。


「私は華菱の力を使って貴方を探しました。当然、EOS、日本中の病院、『田村優一』は何処にも存在しない人間だった。あの日々は一時に見た夢だったのかと思えた時もありました。でも、この傷が貴方の存在を現実だと教えてくれた」

「僕が君にしてあげられる事なんて、もうないよ」

 命だって、僕は君にあげたんだ。

「貴方は私の側に居てくれるだけで良いのです。二度と離しません」

「……それが君の救いになるのか?」

「いいえ」

「…………」

 これ以上、僕に何を求めると言うんだ。

「私を護るボディガードは何十人と居ました。それでも貴方だけだった。見知らぬ他人に、あれほどに命を懸けられる存在は」

 それは――。

「僕は伽藍堂で、賭けられるものが命しかないんだ。だから……」

「それは理由になりません。まるで死にたがって――いえ、罰を欲しているよう」

 それはこれ以上ないほど的確に真理を突いた言葉だった。

 僕は罰を受けて死にたい。でもそれが叶わない。故に、彼女の言葉は正しい。

「だったとしたら何なんだ? 君には関係ないだろ。君は痛くないし、君は苦しくない。君は叫ばなくてないし、君は泣かなくていい」

「痛くて、苦しくて、叫びたくて、泣きたかったのですね」


 鬱陶しい。何なんだよ、僕の何を知っているというんだ。何も知らない癖に、知った風な口をきくな。そんな哀れみの目で僕を見るな。僕は不幸ではないんだ。


「僕に這入って来るな」

 触れている彼女の手を振り払い、距離を取った。

「今度は、私が貴方を救う為にここまで来たのです。それが――私の救いです」

 サクラちゃんといい、可憐といい、いい迷惑だ。救いなんて僕は求めてはいない。


「勝手にしろ」

「勝手にします」


 僕は彼女をその場に置き去りに教室へ戻ろうと歩き出した。


 《僕は誰にも救われてはいけない》。

 それこそが僕の心に掛けられた本当の呪いなのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る