3話 無意味な弾丸

『連続自殺事件の犯人を暴き出せ!』


 改めて考えれば無茶苦茶だ。まず意味がわからない。

 僕に出来ることなんて食事と睡眠と呼吸と排泄くらいのものだ。そんな紛う事なきゴミ手札で何をどうすればいいんだか。

 サクラちゃんは今頃、真面目に授業を受けているのだろうか。

 『話したい事が沢山あるので、授業を抜け出して時計塔屋上に来て欲しい』とメールをした。 

 というのも、第一自殺現場である学園の中心に聳え立つ時計塔。ここに来ても何も分かる事がなかった。《咒い》の残滓でも感知出来ればこれ幸いなのだけど、そんなものは一切無かった。無い頭を絞って考えた事件の真相、それは『第一自殺者、神崎梨乃の悪霊による怪死事件!』だった訳だが、全くの的外れだった。

 時計塔の屋上に一人、無能が立っていた。それが僕だった。

 てか人、死に過ぎだろ。別に本人が死にたいならそれでいいだろ。護衛対象者も居ないんだし、帰りたい。と考えていると携帯のバイブが震え、メールが届いた事を知らせた。


《あたしの推理当たってたよ》

 何の話だよ。返事をしろよ。

《外れてたよ》と返信をした。


 接触して来たのは結局、華菱可憐ではなく、天之神朝水の影武者『数珠丸』だった。


《今行く》


 お前はいっこく堂か。

 サクラちゃんの推理の件は一度置いておこう。一度、現状を整理する。

 授業を抜けても特に問題は無い。教師側にも、警備側にも、僕の存在は認知されている。今回は学園側からの依頼でないから、もっと融通が利かないものだと考えていたが、その心配は杞憂の様だ。事実、授業中に廊下を歩いていて教師とすれ違っても何も言われなかったし、この時計塔に上がる際、警備員は僕の白髪を見て何かを察したようで、何も咎められる事なくすんなり登る事が出来た。

 実に動きやすい。部外者で見るからに異常、そして【天花五家】の僕がこれ程に動きやすいということは、学園側も相当焦っているという事に他ならない。刃物や拳銃などのは持ち込みは不可ではあるが、それは当然の対応だろう。だからこそ、僕が呼ばれたのだとも取れる。

 次に事件に関してだが――これは、他殺だ。根拠はない。証拠もない。

 因みに自信もない。

 そろそろ頃合いか。サクラちゃんに電話をかけた。数コール待って、彼女がそれに応じた。


「あ、もしもしサクラちゃん?」

『何? 心配しなくてももう着くよ。というか、着いた』

 時計塔屋上の入り口のドアの窓の向こう側、そこにサクラちゃんが見えた。

「扉を絶対に開けないで」

『は?』

「君、死体は見た事あるよな?」

『何の話? 勿論あるよ。探偵といえば殺害現場だから』

 ならば問題無し。

「これからどんな事が起きても、そこから動かないで」

『……? よく分からないけど、分かった』

「じゃ、よろしく。敵がいる筈の方角だけ直ぐに上に報告してくれ、そうそうあのさ僕、悪霊の仕業だと思ってたんだけど違ったみた――――ッ!!」


 ――身体が、熱い。

 とんでもなく熱い。溶かされた鉄か何かを流し込まれた様に、熱い。視線を下に移すと、腹部の辺りから大量に出血していた。それを確認したと同時に衝撃に襲われ、僕は絶命した。

 ――――。


 狙撃された。


 恐らくライフルによる千メートル以上の長距離狙撃だ。確かにこんな遮蔽物のない場所に突っ立っていれば格好の餌だ。(もし、そんな奴がいたらの話だが)

 しかしそんな事は重々承知の事。

 サクラちゃんの居る場所はほぼ唯一、射程範囲外の死角。気球でも飛ばさない限り、時計塔の構造、そして周囲の建造物の高さから、絶対に狙う事が出来ないデッドスポットだ。

 ショッキング映像を扉の小窓からテレビ番組よろしく見せてしまってサクラちゃんには大変申し訳ないが、僕一人では相手が何処から狙撃して来たのか判らない。

 僕の死の瞬間の目撃者が必要だった。

 しかし、これほど早く動かれるのは予想外だ。最低でも三十分くらいはここに突っ立っている予定だったのだけど。――これで敵の正体が掴める。【天花五家】『三日月』として潜入した以上、それを使わない手はない。

 この――《不死の呪い持ち》の僕が取れる最善策だ。


「――■■■■■■ッ!!」

「――■■■■︎■■■■■■■!!」


 サクラちゃんは僕の言い付けを守って扉の向こう側で何か話している様だ。あまりよく聞き取れないが、付近に配置した実働班、あるいは学園側エージェントにコンタクトを取ってくれているのだろう。傷の状態は今しか見られない。すぐに完治――いや、回帰してしまう。サクラちゃん、僕を見ろ。

「――早くして下さいッ!!」

 依然として彼女の声は聞こえきているが内容が聞き取れる様になった。早くしろ、と叫んでいる。聴覚も視覚も戻った。恐らくもう起き上がる事が出来る。

 それでも――早過ぎる。まだ死んだふりを続ける必要があるだろう。……いや、起き上がるのも一つの手か? 狙撃手を動揺させて足止めするという作戦。しかしもう二分位は経ってしまった。今更遅いか。

 もうそろそろ良いだろう。名残惜しいがコンクリートとお別れしようと立ち上がろうとした瞬間、扉を勢い良く開け、サクラちゃんが飛び出してきた。


「凛! 凛! 死なないで……! 今、救護班を呼んだから!」

 彼女の声はひどく震えていた。

「救護班は必要ない」

 僕の胸にしがみ付くサクラちゃんを抱えて念の為、即座に時計塔内部に転がり込んだ。

「君は阿呆なのか? 狙撃手の捕縛確認は取れたのか?」

 今の行為は、銃弾飛び交う戦場に財布だけ片手に上下スウェット姿でキティちゃんのサンダルを履いて行く様なものだ。

「凛、撃たれたの? 傷は? 平気なの? どういう事?」

 質問の連射を浴びせられる僕。

「撃たれた。傷は治った。情況は不明」

「良かった……あたし、キミが死んじゃったと思って……ごめんね」

 何に対する謝罪なのか不明だ。しかし怖がらせてしまったのは事実。

「僕こそごめん。それで、実働班から連絡は? 狙撃手を拘束して、詰問でも尋問でも拷問でもすれば任務は今日で終わらせられるかもよ。喜べ」

「そんなのしてないよ〜凛が死んじゃったと思って……」


 呆れた。

 仮に僕みたいなどうしようもない毒虫が本当に一匹死んで、この事件が解決するなら安いものだろう。何せ、救えるのは今後の日本の未来を担う生徒たちだ。


「生きてるから安心して」

 でもまあ、良しとしよう。僕の転入を危険視していて、優秀な狙撃手を有している個人、或いは組織がこの学園に関与している事は明白になった。

「うん……うん……」

「さて、と。サクラちゃん、少し失礼」


 そう僕は言い、右手の血を軽く拭き取り、彼女のスカートのポケットに手を入れ、携帯を取り出した。僕のものは多分もう使い物にならない。

 そして暗記している11桁のナンバーを押してコールした。これはどんな機関にも傍受されない物凄いナンバーらしい。個人衛星がどうだとか詳しく説明されたけど、良くわからなかったので忘れた。


『M1』


 ワンコールで直ぐに女性オペレーターに繋がった。これはEOS本部へのダイレクトコールナンバーだ。


「こちらE5」

『情況を説明しろ』


 M1は彼女のコードネーム、E5は僕のコードネームだ。警備会社EOSのE。

 因みに実働班がE、諜報班がO、救護班がSだ。Mは多分、MotherBaseのMか何かだろう。それからEOSというのは神話の暁の女神が由来だそうな。どうでも良いけど。


「時計塔屋上にて狙撃され、一度死亡。負傷者なし。付近に怪しい人物が居ないか実働班へ。救護班への要請をキャンセル、諜報班へE5の新しい制服と携帯電話の支給をそれぞれ手配お願いします」

『了解』


 通話が終了した。

 僕が《呪い持ち》である事は本部でもごく一部しか知らない事だが、このオペレーターはその一部に該当する。「やれやれまた死んだのか」位に思われているはずだ。


「凛、説明して」

 サクラちゃんは何故か物凄い怒っていた。

「秘匿ナンバーを知ってたからって怒るなよ」

 このナンバーは凄いレアなんだからな! という部長の言葉を思い出した。

「違う。そんな事はどうでもいい」

 どうやら違う理由らしい。どうでもいいとは極端すぎる気もするけれど。だとすれば――。

「危険に晒した事は謝るよ、本当にごめん。計画性も乏しかったしね。事前にしっかりと話をしておくべきだった」


 正直、何となく思い付いたからその場で実行した。本当に狙撃されたので驚いている最中だ。


「待って――五秒で追いつくから」


 そう言ってサクラちゃんは目を閉じた。追いつく? 何にだ?

 五秒後、彼女は目を開き僕を睨み付けた。怖いっす。

「推理――三日月凛音は《不死》である。自身の命を囮として使用。目撃者を蜂須賀サクラに設定。狙撃手の割出しを試みた」

 泣いて動揺していたあの精神情況から、たった五秒で僕の意図を理解するとは……凄過ぎる。


「全部正解。ま、狙撃手の割出しには失敗したと思う」

 そして、と彼女は続ける。

「――今回が初の死亡ではない」

 見られている以上、隠す理由もない。というか最初から隠す気などさらさら無い。

「その通り。任務の度に何度か死ぬよ」

 勿論のこと、恒例行事の様に前回の任務でも二度殺された。毒殺と銃殺だ。護衛対象者、華菱可憐の前では絶命こそはしなかったが、左腕が吹き飛んだ。

  何度も転入を繰り返す事が出来るのも、任務で最終的に死ぬからというのも理由の一つだ。


「今までもそうやって自分の命を『道具』にして他人を護ってきたの?」

「そうだね」

「辛くないの?」

「いい? サクラちゃん。『辛い』っていうのは人間の感情だよ」

「自分は人間じゃないって言いたいの?」

「うん」と、返事したと同時に顔面に衝撃が走った。平手打ち、された?

「そんな風に命を粗末にしては駄目だよ」


 彼女は間違いなく怒っている。でも、理由が分からない。

「何を怒ってるの? 痛いのは僕だけ。何も問題ないじゃない。誰も傷つかないで済む。それに、僕はただ――救いたいだけ」

 それが唯一残された、壺の中で僕が殺してきた人達に対する贖い。


「あたしは、殺された人の無念を晴らしてあげたい――いや、晴らしたいから探偵をしている。キミは何故救いたいの? キミは自分の異常性を理解してる? 自分を救えない人に、他人は救えないよ」

 何の話かと思えば。議論に値しないな、これは。

「僕に必要なのは救いじゃない。罰だよ」

「……ッ! 生んでくれた親御さんが悲しむよ!」

 あーあ、面倒だ。

「親は死んだよ――僕が殺したから。なんて、冗談」


 と話していると、良いタイミングで僕が手にしているサクラちゃんの携帯のバイブレーションが作動し着信を知らせた。


「E5」

『こちらO9。報告です。E15、E108が狙撃犯らしき人物を目撃、只今追跡中。それから制服と携帯電話の用意が出来ました。今から時計塔屋上へ調査及び、隠蔽作業も含め向かいたいので、許可を願います』

「了解。許可します」

 そう僕が言うと同時に通話が終了し、時計塔のエレベーターが下へ降りていった。

「実働班が犯人追跡中。諜報班が今から隠蔽作業するから来るって」

 本当に段取りが良い。M1、一度会ってみたいぜ。許可を得てからエレベーターを起動させる辺り、最高。でもまあ、犯人は捕まらないだろうな。


「あたしキミの事、救いたい」

「頭の良い人は言ってることが時々訳が分からなくなる」

「待ってて――キミに追いつくから」

 追いつくも何も、遥か彼方先に居ると思うんだけどな。とは口に出さなかった。

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