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 その夫婦は、慣れていた。

 一向に豊かにならない暮らしにも、すれ違う二人の関係にも、子宝に恵まれない運命にも。



 二人は雨の日に出会った。

 燃えるような恋ではなかったが、お互い、人生においてこの人と結婚することが正しい選択なのだと思えた。そしてその想いが変わることはなかった。

 この何年かは夫婦らしい会話をしていない。かつて愛をささやく為に在った妻の口は、その熱を失い、妻を抱きしめる為に在った夫の身体は、一回り小さくなった。

 愛し合っていないわけではない。ただ、慣れてしまっていた。子供がいない、という事が何かの原因だったのかもしれない。



 ある日、夫は二匹の黒猫を連れて帰った。この街で猫は珍しい。夫は旅の行商屋から譲りうけたのだと説明した。行商屋はこの街に猫が居ないことを知っているようだった。

 黒猫のつがいは仲良く、部屋の中で目一杯の愛を育んだ。それにつられるように夫婦の間には会話が戻り、暮らしには笑顔が増えた。



 それから程なくして、夫婦は子供を授かった。二人が長年待ち望んだ命は、間違いなく二匹の黒猫によってもたらされたものだ。

 二人は、初めての息子に「サニー」という名前をつけた。雨の日に出会った二人にとって、その息子は部屋の中と、この先の人生を照らす太陽のような存在だった。


 三人と二匹の幸せは永遠に続くと思われた。夫が流行りの病に倒れるまでは。

 夫が静かに息を引き取ったのは、サニーが三歳の時のことだった。


 妻はひどく落ち込んだ。少し広くなった部屋は、今までよりも窮屈に感じらた。

 ちょうどその頃、雌の黒猫が子供を授かった。本来は喜ぶべき出来事だろう。しかし、妻には新しい命を笑顔で迎える自信がなかった。





 妻は二匹の猫を街へと放った。夫を亡くして、猫を飼う余裕がなくなったという理由もあった。でも本当は、幸せそうな三匹を見た時に、自分が壊れてしまうような気がしたからだった。

 部屋は母と息子二人だけのものとなり、より一層狭く、心を締め付けた。




 雄猫は身重の妻を労りながら路地を歩んだ。

 サニーは幼いながらに、大切な何かを失うことに慣れはじめていた。

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